第十二章・その結婚は「ちょっと待った」する。
第74話 炎の王子と聞いたことが無い国
「フーム」
俺は城の庭で、ソファゴーレムに寝転がりながら思案していた。
姫様が結婚だと……?
では、これから魔王軍と戦うのはどうなるのだ。
結婚式をしていて、魔王軍と戦えるのか?
この緊急時に、どれほど大きな式をするのだろうか。
どんな料理が出るのだろうか。
酒は飲み放題なんだろうか。
「あっ、腹が空いてきたぞ!!」
俺は飛び起きた。
美味しいものが食べられるなら、結婚式も悪くは無いかもしれないな。
あの場で、ゼロイド師が告げた衝撃的な話だったが、レヴィアはぽかーんとしており、「お前は一体何を言っているんだ」とばかりに、憤然として国王の所へ行ってしまった。
その後、王城に緊急事態宣言が出され、姫騎士vs王国騎士団・宮廷魔導師団の激戦があったわけだが省略しよう。
とりあえず、王と王妃はレヴィアの怒声に当てられてぶっ倒れ、今は第一王子が執政を行なっている。
つまりまあ、平和なものである。
俺は空きっ腹を抱えながら、ソファを厨房まで歩かせる。
歩かなくて良い環境なら、無限に楽をするのが俺の流儀なのだ。
「ウェスカーさんご飯食べに行くの? 一緒に行く!」
万年欠食児みたいな食欲を持つ、メリッサもよじ登ってきた。
いざ、食べるとなれば、俺とメリッサの間にわだかまりなど無い。
共に美味しいものを愛する同士として、厨房にご飯を要求に行くのだ。
ちなみに、お昼時にはまだ早いので、今は昼食の仕込みの真っ最中であろう。
食堂ではなく、ダイレクトに厨房を狙うことで、誰よりも早く本日の日替わりランチをいただくのだ。
「ま、待て!」
ソファゴーレムを止める者がいる。
お城の兵士だ。
大変怯えている。
「どうしたんだい」
俺が顔だけ出して尋ねると、彼らは「ヒェッ」と悲鳴をあげて首を縮こまらせた。
「安心してくれ。姫様はゴリラだが、俺たちは比較的人間なのだ」
「ほ、本当か! 俺たちを次々に千切っては投げ千切っては投げしないのか!? あれで、城の兵士の五割が怪我で休養に入ったのだ……」
「思ったより被害が大きかったんだなあ」
「なんか、王様が姫様をお嫁に出したがるわけが分かるよね。でも、随分急だった気がしたんだけど」
「フャンフャン」
『キュー』
メリッサも顔を出して意見を表明だ。
兵士たち、自分の娘くらいの少女には気を許すと見えて、ちょっとホッとした顔になった。
「それがなあ。あんたたちが、魔王軍とやらと戦って、この世界を広げて回ってるんだろう? その広がった世界の新しい王国から使者が来てなあ」
あっ、説明が始まったぞ。
俺のお腹は割りと大変な状況なのだ。
腹ペコなのだ。
ソファを構わずのしのしと歩かせ、兵士たちについてきてもらう。
「アードロイド王国という国なのだが、あんたたちがいなくなって数日くらいでな。で、アードロイドの王子だという方が、レヴィア姫をえらく気に入って」
「会った事もないのに?」
「まあ、噂で人となりを知ったんだろう。第二王女殿下は、四王国に知れ渡る程度には有名な人だったからな」
「まあ、あの容姿であの中身だもんねえ」
メリッサもなかなか手厳しい。
「だが、俺はゴリラはゴリラで好きだけどね。俺もバナナ好きだし」
「確かに、ウェスカーさんくらいずれた人じゃなきゃ受け止められないよねえ」
「ああ。姫様ガタイがいいしな」
「……そうじゃないんだけどなあ」
メリッサは何をニヤニヤしながら俺を見ているのか。
ボンゴレやパンジャが真似をするから、そういう笑顔はやめて欲しいものだ。
「でも、アードロイド王国ってどこに出来たんだろうな。俺たちが広げた世界ってさ、メリッサの村とあの橋だけだったろ?」
「うーん? なんか別のところに広がってたのかも?」
「そういうものかもしれない」
「きっとそうだよ。それよりご飯ご飯!!」
「うむ」
ご飯の方が大事である。
俺たちは厨房に押しかけ、真っ先にその日の日替わりランチにありついた。
二人で七人前ほど平らげて帰ることにする。
どこに帰るかと言うと、城の庭である。
今日は良い天気なので、一日、日向ぼっこをして過ごす予定なのだ。
忙しい魔王軍退治の日々から、打って変わったこののどかな生活。
こうして寝転がっているだけで、魔導師としての給料も出る。
いやあ、城勤めとはいいものだなあ。
メリッサと並んで、ぐうぐうと寝ていると、にわかに城門が騒がしくなってきた。
「アードロイド王国、フレアス王子のおなーりー!」
「なんだなんだ」
俺はパッと目覚めたものの、食べ盛り伸び盛りのメリッサは、むにゃむにゃと午睡の真っ最中である。
「よし、ソファ。メリッサを任せる」
『ま”』
ソファゴーレムに指示を与え、俺は庭の真ん中までやって来た。
この辺りは足下がつるつるとした石畳に覆われているので、俺専用の発着場にしてある。
「アイロン、ゴー!」
俺の裸足から、猛烈な蒸気が溢れ出す。
そして宙へと舞い上がるのだ。
ピューッと城を飛び越えていくと、見張り塔にいた兵士が慌てて飛び出してきて、すぐに「なーんだ、ウェスカー殿か」とか言いながら引っ込んでいった。
「あの人も人騒がせだよなあ」
「いつも禍々しいローブ着てるし、果物食べながら廊下を歩くし」
「だけどよ。レヴィア殿下が嫁入りしちまえば、一緒について行っちゃうかもしれないぜ」
そのような話がされていた。
ふむふむ。
そうか、そうだった。
アードロイドの王子ということは、レヴィア姫のお婿さん候補なのであった。
果たして、相手は幻獣ゴリラと渡り合えるほどの傑物なのか。
それだけが気になる。
俺は腕組みしながら、城門に向かって降りていった。
「あっ! 若、上空から怪しげな魔導師が!!」
「なんと禍々しいローブ!」
「撃て、撃てー!」
「うわー、いきなり矢を放ってきたぞ」
俺に向かって、アードロイドの護衛たちが矢を撃ち込んで来る。
魔法の矢らしく、ピカピカと光っているではないか。
魔法には魔法だ。
俺は目を見開くと、
「迎撃エナジーボルトだ!!」
紫の光線を放ちながら、矢を薙ぎ払う。
「ば、馬鹿な! 目から出た光線で魔法の矢を跳ね返した!」
「化け物……!」
「あー、いや、あれ、うちの魔導師なんですよ。すみません……」
門番の兵士が、消え入りそうな声で使者たちにペコペコ謝っている。
俺はそんな彼らを見下ろす位置に着地すると、使者たちを見回した。
一瞬、使者たちの間に緊張が走る。
俺は彼らの機先を制すべく、口を開いた。
「こんにちは」
「……こ、こんにちは」
それなりに年を取った、偉そうな男が挨拶を返して来た。
「い、いやいやそうじゃない! おい貴様! 上から若を見下ろすとは、無礼ではないか!!」
「えっ、そうなの? でも下からだと隠れてて見えない」
若、というのが王子のことらしい。
使者たちに紛れていて見えないな。
ここからでも、見分けがつくのはせいぜい、年を取った偉そうな男と、その後ろにいる赤毛でゴージャスな格好をした若い男くらいだ。
「ふ、ふはははは!! この国は、どうやら妙な魔導師を飼っているようだな! 前回来た時はいなかったように思うが……」
彼は、炎みたいな色に見える赤毛を揺らして俺を見た。
目玉の色まで、真っ赤だ。
何となく分かる。
この人が王子様だな。
つまり、ゴリラ婿である。
「面白ぇ……」
そう言って、彼は舌なめずりをした。
「オレはフレアス。アードロイド王国が第一王子。正統な後継者なり。貴様が、王女レヴィアの仲間である魔導師、ウェスカーと見受ける。相違はないか?」
「そうだよ」
「あっあっあっ」
なんか、俺の受け答えを聞いて、王子のお付きらしい年配の人が、顔色を赤くしたり青くしたりする。
カラフルだ。
「ぶっ、ぶっ、ぶぶぶぶ無礼無礼無礼っ」
「王子様、そこの人なんかぷるぷる震えてるけど」
「気にするな。おいウェスカー、降りて参れ! オレは貴様に興味を持ったぞ!」
「ほい」
俺は返事をすると、また手足からぶしゅーっと蒸気を吹きながらゆっくりと降りていった。
「うわー、熱い!」
「うわーっ、びしょびしょになるーっ」
護衛たちが何か悲鳴をあげている。
蒸気の勢いで、年配の偉そうな人も吹っ飛ばされて、転がっていってしまった。
フレアス王子の目の前に立つ。
おっ、背丈が同じくらいだな。
「ほお。オレと目を合わせても物怖じすらしねえ。っていうか貴様何も考えていないだろう……? そのローブを平然と纏っているあたり、常人ではないな」
「王子様もあれですな。赤いですな」
なんか褒めてきた気がしたので、俺からも褒め返した。
そうすると、王子の取り巻きたちが無礼無礼言い始めたので、大変面倒なことになる。
この場が微妙な空気に包まれだした頃、城の門が開け放たれた。
ガーヴィン王子がやってきたようである。
彼は、俺とフレアス王子が向き合っている姿を見た瞬間、真っ青になった。
「あっ、フレアス殿、これは違うのですよ。それはレヴィアの侍従で……その、頭がおかしいので」
「構わんぞ! オレはこいつが気に入った。聞けばレヴィア王女も帰って来たというではないか。未来の妻に会うその場に、こいつも連れて行くとしよう」
「ああ……フレアス殿が構わないのならば、まあ……」
ホッと胸をなでおろすガーヴィン。
俺を凄い目で睨んできた。
何だろう。
「では行くとするか。ついて参れウェスカー! ガーヴィン殿、案内していただけるかな?」
「ああ、それはもちろん……って、おい! なんでお前が私の横にしれっと並んでいるんだ!?」
「それは俺も城の構造にそろそろ詳しくなってきたからです」
「いや、そうではなくてだな! 役割と言うものが……!」
俺たちは賑やかに、レヴィア姫が待つ王族の間へと向かう。
かくして、姫騎士を娶ろうという奇特な王子との、これが初対面だったわけである。
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