第73話 いざ、元の世界へ

「ウェスカーさん! なんかそのセリフ、すっごく嫌な予感がする! やめて!」


 メリッサはボンゴレとパンジャを呼び戻しながら、俺を怒る。

 なので、俺は言い換えておいた。


「勝ったぞ!」


 果たして、マリエルの大魔法はネプトゥルフへ炸裂すると同時に、周囲に海を爆発したように吹き上がらせ、飛沫となった水が視界を覆って、どうなったか分からない状態である。

 それが、少しずつ晴れていく。

 太陽の輝きが見えて、その下で海上に立つ巨体が見えた。


「おっ」


 巨体の腹に大きな穴が空いており、向こう側がよく見えたので俺は覗く素振りをした。


「ウ、ウェスカー! もう、降ろしてくれてもいいんだぞ!」


「あっ! そう言えば姫様を抱えたままでしたね!!」


 上背は俺とそう変わらないレヴィアだが、重さは……重いな。だが俺に力がついたようで、彼女を抱えていてもそれなりに動き回れる。

 降ろしてあげると、レヴィア姫はちょっと離れて、息を整えた。


「……やったか!」


 姫様も同じ事を言ってら。




「うううっ……」


 ネプトゥルフが呻いている。


「届かぬのか、マリエル……! どれほど人や神にくみする種族が抗おうと、決して魔王様には勝てぬ……! だから、我輩がお前を守ろうと……」


「例えこの先、滅びが待っていようと、わたくしは人魚たちの女王として、そして海の王として、魔王軍とは戦い続けます。ネプトゥルフ。あなたとわたくしの道は、はじめから交わることなど無かったのです」


 マリエルはとても悲しそうな顔をしている。

 ところで、今レヴィアが、マリエルが口にした魔王軍と戦うという辺りに反応した。

 大変嬉しそうに彼女に駆け寄り、握手を求めている。

 マリエル、えっ!? っという顔をしたが、ちょっと引きつり笑いをしながら握手をした。

 憐れ、会話の雰囲気がぶっ壊されてしまうわけである。


「ちょっとくらい待てんのか貴様ら……!! くっ、もう駄目だ。無念……!!」


 ネプトゥルフは本当に心底無念そうな呟きを漏らすと、その全身が黒い粒子みたいなものになり、空気に溶け込んでしまった。

 そして、魔将の頭があった辺りから、きらきらと輝くものが落ちてくる。


「ピースですね。どうやら、この世界の魔将を倒したようです」


 クリストファが、ズボンの裾が濡れるのも構わずにざぶざぶと海に入ってきて、落ちてきたピースを受け止めた。


「実のところ、私もちょっと海に入っておきたかったんですよ」


 なんで俺にウィンクするのか。


「いやあ、マリエルさんとあの魔将がそういう関係だったとはなあ。だが……今や奴との関係を清算したマリエルさんはフリーと言うことだ。どうです、マリエルさん。ここに一人いい男がいますがね」


 ゼインが早速マリエルを口説き始めた。

 彼女はちょっと困っている様子である。


「して、クリストファ。そのピースは……」


「ええ。これはちょっとした大きなピースですよ。見てください姫様」


 クリストファの手の上には、今まで見たことも無いサイズのワールドピースがある。

 そして、それは一面の青に満たされていた。


「青いけど、もしかして海全部とか?」


「恐らくはそうでしょう」


「そうなのか」


「そうでしょうね」


「そうだったのか」


 俺とクリストファでいつもの会話をして、理解を深める。

 つまり、これを解放する事で、俺たちの世界に海が戻ってくるのだ。

 メリッサが何か物言いたげだったが、俺たちがさっさとやり取りをやめたので突っ込み損ねたようだ。

 さて、ピースを持って島に戻ろう。

 これで、手に入れたピースの数は四つ。

 全部で八つあるんだったか。

 半分は、俺たちの手に入ったことになる。


「それは、世界のピースですね? わたくしも実際に目にしたことはありませんが、まさかネプトゥルフが持っていたなんて」


 マリエルも興味津々。

 人魚の足で、浜辺まで登って来る。

 そして、しれっと両足が人間の足になってついてきた。

 足を変える詠唱を省略したな。

 クリストファと言い、マリエルと言い、魔法の詠唱は省略できるみたいだ。

 メリッサがだだだっと凄い勢いで走ってきて、人魚に布を差し出した。


「まあ、ありがとうございますメリッサさん」


 くるりと腰周りに布を巻くマリエル。

 目を見開いてその様子を見ていたゼインが、満足そうにうんうんと頷いている。

 俺もちょっと興味がないことはない。

 だが、それはそれとして、だ。


「今まで、俺たちが手にしたワールドピースはこれで四つ目で、大体魔将が持ってたんだ」


「魔将が……。ピースは、神々よりも先にこの世界に存在したと言う、大いなる者が作り出した魔道具と言われています。世界そのものを象り、ピースを得たものはそこに示された世界をも支配するのだとか。魔王オルゴンゾーラは、どこかでこのピースを手に入れたのでしょうね」


「詳しい」


 俺はびっくりする。


「すごい」


「そんな素朴な褒められ方は初めてです」


 マリエルはちょっと戸惑ったようだったが、にっこり笑った。

 うーむ、大人の美女の魅力と言うやつを感じる。

 見た目だけなら、うちの女性陣で一番年上だなあ。

 ちらっと姫様を見る。


「よし、魔将も残るは四人か!! 一気に減らしていくぞ!!」


 魔王軍絶対殺す的な使命感に燃える、肌もあらわなナイスバディ美女。

 うん、平常運転だな、あの人は。


「それでは、ピースに働きかけて元の世界に戻ろうと思います。よろしいですか?」


 クリストファが確認してきた。


「ええ、構いません。ここで皆様と会えたのは、きっと何かの縁。わたくしもご一緒いたしましょう」


「いいんですか? だって、マリエルさんはこの海の女王様なんでしょ?」


 メリッサがやって来て尋ねる。

 腕の中には、縮んだボンゴレを抱え、頭の上にパンジャを乗せている。

 まだまだ魔物が増えそうだなあ。


「いいのですよ。それに、世界が平和にならねば、海の民たちを蘇らせたとしても、この海で暮らしていくことは難しいでしょう。ネプトゥルフは海の魔物を束ねる魔将でしたが、彼に従わない強力な魔物は、まだまだいるのです。ですから、今は魔王と戦える力を持ったあなたがたと同行し、少しでも早く、世界に平和が訪れるよう尽力する事が重要だと考えています」


「ほえー」


 理性的な言葉でたくさん喋るので、すっかり俺はびっくりしてしまった。

 マリエルへの口説きを続けようと考えていたらしいゼインも、俺の隣で「ほえー」という顔をしている。

 うん、確実に俺と叔父さんは血がつながっているな。


「ちょっと待ってほしい。そなた、マリエルは蘇らせると言ったが……。死者を蘇らせられる魔法が使えるのか?」


 ここで突っ込んだのはレヴィアである。

 なるほど、死んでも復活できるなら、ずっと戦えるではないかという考えなのだろう。

 死してなお魔王軍を絶対殺したい姫騎士。

 大変筋が通っている。


「復活の魔法なら俺にも教えて」


 俺も頼んでみた。

 すると、マリエルは難しい顔をする。


「実は、わたくしの一族であれば、半々くらいの確率で成功する、と言う程度のものです。一人に対して一度しか使えませんし、失敗したら二度と蘇る事はできないでしょう。むしろそれらは、神懸りの方がお得意なのでは」


「あっ、使えますよ」


 しれっとクリストファが答えた。


「えーっ、そんな凄い魔法が使えたのかあ」


「使えますよ。ただし、私の魔法は新鮮な死体でなければ蘇りません。五分経ったらもうダメですね。だめもとでマリエルの魔法の方が良いかもしれません」


「ままならんのだなあ……」


 うーむ、と考え込むレヴィアなのであった。


「まあまあ姫様。そのうち俺が、完璧な蘇り魔法を作ってあげますよ」


「本当か!? そうかそうか、頼りにしているぞ!」


 俺が安請け合いすると、レヴィア姫の機嫌が戻った。


「それより、姫様。あんまり裸みたいな格好だと風邪引きますよ。俺のローブを貸しましょう」


「おお、ありがとう」


 フォッグチルのローブを手渡した俺である。

 すると、レヴィアの手とローブが反応して、バリバリと稲妻を放った。


「わっ、なんだこりゃ」


「これは……姫様と、この禍々しいローブが反発しているようですね」


「レヴィアさんは、勇者の素質を持っているのだと思います。それが開花してきているが故に、このローブが受け入れられなくなってきているのでしょうね。そもそも、このローブが人間が身につけることなどできないほど、おぞましい呪いに満ちたローブで……」


 俺はファサッとローブを纏った。

 マリエルの言葉が止まる。

 じーっと俺を見ている。

 俺も見つめ返す。ウィンクしてやった。


「理解不能です……。訳が分からないです……! それは、高位の魔物がその肉体を分けて作り出した呪物です! なぜ、ただの人間であるウェスカーさんがそれを身に着けていられるのですか……!?」


 マリエルが理解を放棄した。


「分からないなあ」


 正直に答えた俺である。

 そんなこんなしていたら、しびれを切らしたのか、ピースがピカピカと輝き出した。

 これはあれだ。

 元の世界に帰還する知らせである。

 光りに包まれていく俺たちを、島の人たちはじっと見送っている。

 何やら拝まれているな。

 空から降ってきて、海の魔物を退治して、そして光の中に消えていくだけではないか。

 何を神様でも見たような……って、すごく俺たち、神様っぽい……!!


「じゃあな! また来る!」


 俺はそう告げると、島の人たちに手を振った。

 どうせ、本当にまた来ることになるのだ。

 やがて俺たちの視界は光に満たされ、すぐにその輝きが収まっていく。

 到着したのは、見慣れた部屋。

 ゼロイド師の研究室だ。


「やあ、お帰りなさい!」


 ゼロイド師は手にしていた書類を放り出して立ち上がると、駆け寄ってきた。


「今回はまた、随分と大きなピースを手に入れてきたね! これは……ほほお!! これがもしや、噂の海とか言う……!?」


 酒場から海の世界へ飛んで、そしてゼロイド師の部屋に戻ってくるとは。

 何か、決まった帰還場所があるんだろうか。

 ゼロイド師は楽しげにピースを手に取り、眺めていたが、ふとレヴィアに目を寄越すと、「おお、そういえば」と口を開いた。


「殿下。何やら、殿下の輿入れが決定したようですよ」


「な、なんだと!?」


「ええーっ!?」


「うげえ!?」


「なんと……」


「まあ」


 俺以外のメンバーが驚いている。

 こしいれ?

 なんだっけ、それ。


「ウェスカーさん、ウェスカーさん」


 分かってない風な、俺の裾を引っ張るメリッサ。


「姫様、結婚しちゃうかもしれないんだってば」


「なるほど」


 分かりやすく言ってもらえて助かる。

 俺は言葉の意味を理解しつつ、頷く。

 そして姫様を見た。


「えっ」

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