第70話 ウェスカー、石になった人魚を見つける

 成り行きでネプトゥルフに突撃し、そのまま猛烈な勢いで海底城まで押して行ってしまった俺。

 驚いたなあ。尻から出る魔法があれほどの威力があるとは!

 俺が魔法と魔将の板挟みで潰れるかと思った。

 だが、案外俺も頑丈だったので潰れなかった。

 よかったよかった。


「くっ! なんと頑丈な魔導師だ……!!」


 海底城にめり込みながら、ネプトゥルフが呻く。

 さしてダメージは受けていないようで、起き上がろうとする。

 俺は慌ててその頭の上から逃げた。

 触手が追ってくるので、指先からアイロンの蒸気を飛ばして茹でる。


「ぬうーっ!! 細やかに魔法を使う!! 全くそうは見えないのに魔法の巧者であるようだな!」


「大体そんなものだ。ちまちました魔法は大好きだぞ」


 俺はじりじりと魔将と距離を取る。

 後から仲間が到着するまで、時間を稼がねばな。

 よし、このネプトゥルフの股間の辺りに出来た、海底城の亀裂から中に入ってみよう。

 幸い、俺が作り出した巨大な氷の穴が、城をまるごと飲み込んでいる。

 今この時だけは、陸上と変わらないのだ。


「そいっ」


「ぬぬ!! この状況で我輩の股間から城の中に飛び込むとは、剛毅な男!!」


 後ろから魔将の声がしたが、あの図体だ。

 おいそれと追いかけては来れないだろう。

 俺はてくてくと、海底城探索を始めるのだった。




「うおっ曲者ウグワーッ」


 角から出てきた、色の違うサハギンをアイロンで早速蒸す。

 大変美味しそうな匂いがするぞ。

 しかし、最初は服のシワを伸ばす魔法だったアイロンが、次には蒸気で空を飛ぶ魔法になり、ついにはこうして攻撃魔法……いや、お料理魔法? になっている。

 一つの魔法でも、色々使えるものだ。

 俺が、蒸しあがって真っ赤になったサハギンを突きながら感慨にふけっていると、向こうから同じ、色違いサハギンがどんどんやって来た。


「あっ、我らの同胞を美味しくいただくつもりか!」


「例え水がなくなっていても負けんぞ!」


「喰らえ、“ネプトゥルフよ、力を貸したまえ! 水の槍”!!」


 うおー、あいつら魔法を使うぞ!

 さながら、メイジサハギンである。

 俺は水の槍をゴロゴロ転がってやり過ごしつつ、曲がり角に逃げ込んだ。


「負けないぞ。俺も真似して“水の槍ウォータースピア”!」


「うわーっ、あの人間、魔物の魔法をコピーしてきたぞ!」


「いや、何回か見たら真似するのは難しくないし」


「ネプトゥルフ様が生み出されたオリジナルの魔法だぞ!? おのれ人間! 門外不出の魔法を模倣したあいつを生かして帰すなー!!」


 何やら激昂して、メイジサハギンがどんどこ魔法をぶっ放してくる。

 これは危なくて顔も出せない。

 びゅんびゅん飛んでくる水の槍が、対面の壁をえぐっていく。

 魔法というのは面白いもので、こうして役割を終えた後、槍は水に戻って床に落ちるのだが、少し経つと空気に溶けるように消えていってしまう。

 多分、水のように見えているが、本当の水じゃないのだろう。


「では、途中でこの水に、水ではなかったと気付かせるとどうだろう」


 一つ、この思いつきを実験する。

 ちょっとだけ曲がり角から顔を出す。


「いたぞ!! 撃て撃てー!!」


「“水の槍”!!」


 びゅんびゅんと水の槍が飛んできた。

 俺はそれらに向かって、両手の指を伸ばした。


「“魔法解体ディスバンドマジック”!」


 俺の指から、赤い光みたいなものが発された。

 エナジーボルトに似ているが、もっとふよふよと頼りなさげに宙を舞う。

 こいつ、大丈夫かなあ、と心配になったところで、赤い光は水の槍と接触した。

 一瞬、光と水がぶつかり合う。

 そして、光は水の槍を絡めとり、動きを止めてしまった。

 槍がびしゃあ、と崩れる。

 そして地面につくまえに、水は消えてしまった。

 満足気に俺の指に戻ってくる赤い光。

 えっ、お前自意識あるの?


「ま、魔法が!!」


「ええい、怯むな! 何かの間違いだ! もっと魔法を……」


「“魔法解体ディスバンドマジック”おかわりー」


「うわー魔法がー!!」


 魔法を封じてしまうと、メイジサハギンはパニック状態に陥った。

 こぞって撤退していく。

 俺は調子に乗って追いかけた。

 この海底城というのは、ぐるぐる廻る螺旋みたいな造りになっていて、しかもいくつかの螺旋が入り乱れているのだ。

 こんな複雑な構造だろ?

 迷うだろ?

 迷っただろ。


「ここどこー」


 俺はキョロキョロしながら、通ったような通ったことがないような道をてくてく歩く。

 外では、ドシン、ズシン、と音が聞こえてくる。

 仲間たちがネプトゥルフと戦闘を開始したんだろう。

 俺も合流しないとなー、なんて思いつつ、帰り道が分からない。

 いやあ、いい年をして迷子になってしまった。

 だが、こうして知らぬ道を歩くというのもオツなものだ。

 楽しい。

 結構好きだ。


 俺は気の向くままに適当に歩いていると、目の前に大きな扉が見えてきた。


「エナジー・ティンダー!」


 エナジーボルトに乗せた発火の魔法で、扉に掛けられていた錠前を焼き切る。

 むっ、これ、金属の錠前かな?

 簡単に焼ききれない。

 俺はちょっとムキになった。


「ティンダー! ティンダー! ええい、ティンダーじゃ火力が足りない! エナジー……バーナー!!」


 エナジーボルトが内包する炎が、赤から真っ青なものに変わった。

 チョロチョロとした可愛い炎だったのが、真横に向かって吹き付ける、大変攻撃的な姿に。

 そいつは金属の錠前にぶち当たると、そいつをみるみるうちに溶かして変形させていった。

 周囲が猛烈に暑くなる。

 錠前はついに、真っ赤になってとろとろと溶け落ちてしまった。


「どれ、扉を開け……あつっ!! ダメだこれ、開かないわ。……水ぶっかけてやろ!! “水作成クリエイトウォーター”」


 思いつきで冷水をぶっ放す。

 すると、恐ろしい水蒸気があがった。


「ぎょえーっ!?」


 巻き込まれて何が何だかわからなくなる俺。

 だが、始めてしまったものは仕方ない。

 魔法は急には止まれないのだ。

 そのままずっと、水作成で冷水を放ち続けていたところ。

 ようやく、錠前のあたりが普通の金属の色になった。


「おっ、熱くない。いいぞいいぞ」


 俺はご機嫌で扉に手をかけた。

 扉がボロボロと崩れ落ちていく。


「……なんで崩れるの」


 巨大な扉は、みるみるうちに、瓦礫になってしまった。

 その奥に、広い空間が見える。

 あのでかいものはなんだろう。もしかして、魔将が使ってるテーブルかな?

 俺は興味津々で、空間に踏み込んでいく。

 海底城の中は、魔法みたいな明かりで照らされていたのだけれど、ここは明らかに違う。

 何というか、部屋全体が青い。

 上を見てみて、俺は大変に驚いた。

 なんと、天井全部がガラス張りみたいになってるのだ。

 いや、これ、海と部屋が繋がってて、今、ギリギリのところで俺の魔法で、海とこの部屋が切り離されているのだ。

 我ながらとんでもない魔法を使ったなあ。


 自分のことに感心しながら目線を降ろしたら、何だかちょっと低いところにある顔と目が合った。


「おや」


「……」


 あちらさんは何も言わない。

 灰色で、カチコチに固まった、美しい女の人の顔だ。

 うん、まあゴリラじゃないモードのレヴィア姫の方がちょっと美人だな。


「もしもーし」


「……」


「返事がない」


 コツコツと、灰色の女の人の頭を叩いてみた。

 硬い。

 石になってますな、これは。

 よくよく見れば、地上で会った人魚に似てるような気がする。

 これが、人魚の本体なのかな?

 俺は、石像となっている彼女の体を、隅から隅まで点検した。

 決してやましい気持ちからではない。やましい気持ちもあったが、半分くらいだ。

 そこで、ちょっとした発見をする。

 彼女の胸元、鎖骨の間辺りに、不自然な空間がある。

 何か、嵌っていた物が抜き取られてしまったような……。

 もしかして、ここから抜き取られたものを嵌め戻せば、人魚は復活するのかもしれない。

 これはなかなか、重大な発見ではないだろうか。


「よし、とりあえず持っていこう」


 俺はそう決めた。


「“従者作成”! 人魚の石像よ、歩いてついてくるのだ」


『まー』


 俺の魔法がかかると、人魚の石像がゴゴゴゴ、と動き出して、そのままぽてっと転んだ。


『ま、ま、まままままま』


 じたばたしている。

 あっ、足が無い!!

 これは参ったなあ。

 しかも石だから水があっても沈みそうだしなあ。


「よし、ちょっと待ってろよ」


 俺はネプトゥルフの部屋を探って回る。

 すると、ばかでかいペンを何本か発見した。

 よしよし、いいぞいいぞ。

 これをこう、組み合わせてだな。ペン軸を車輪にして、人魚の石像を乗せて……。


「“従者作成”!」


 そこに、人魚の石像を乗せて走る、ペン軸の車が完成した。

 俺は後ろに飛び乗る。


「おっ、具合いいじゃないか。やっぱり人魚が石化されたのをゴーレムにすると、感じが違うな!」


『まー』


 人魚ゴーレムも中々乗り気なようだ。

 車輪を回転させて、ぶいぶいと疾走していく。


「あっ!! 人間が人魚の石像を魔改造してる!!」


「なんてやつだ!? 元は人魚だぞ!? 血も涙も無いのか!」


 メイジサハギンたちが慌てふためく中を、猛スピードで通過していくのだ。

 目指すは、ネプトゥルフが待つ戦場、なのである。

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