第69話 海を割ることにした

「これは舟ではプカプカ浮いてしまいますね」


 クリストファが首を横に振った。

 舟のままでは水の底にいけないということであろう。


「じゃあ潜るか」


「い、いーやー! 私、水に顔つけるの怖いもん!!」


 俺の提案に、さらに首をぶんぶん振るメリッサ。

 なるほど、怖いのなら仕方ない。


「どうしますかね姫様」


「私がメリッサを捕まえてそのまま水の中に連れ込めば……」


「いくら姫様だっていやなものは嫌ですーっ! パンジャ!」


『キュー!』


「むおっ、魔精霊、メリッサ側について私と戦うつもりか! その意気やよし!」


『キュキューッ!』


「あーっ! 姫様もちびっこも落ち着けーっ! 舟が、舟がひっくり返るー!!」


 レヴィアとパンジャの戦いに巻き込まれ、見事に舟がひっくり返った。

 ゼインは、あーあ、という諦めきった顔をしながら吹っ飛んで行った。

 俺は素早くフォッグチルのローブを着込み、水上にぷかぁっ、と浮く。

 しがみついてくるメリッサ。

 あとクリストファ。


「クリストファがくっついてくると重いなあ」


「ははは、すみません。ここのところ、美味しいものを食べ続けて太りまして」


「あっ、クリストファも太ったのか。やっぱり美味しいものはやめられないよな」


「そうなんですよね」


「そうだよな」


「そうですねえ」


「やーめーてー!? 今そんなやり取りしてる場合じゃないでしょー!? う、うう、ごめんなさい、私、本当に水に潜るのが怖くてー!」


 俺とクリストファのやり取りを止めはしたものの、メリッサが殊勝な感じである。

 これは反省しているみたいだが、それでもやっぱり水が苦手らしい。

 どうしたものか。


「うーむ……。水に触れずにあの城へ行くとなると、海に穴を開けるか、割るか」


 レヴィアがぶつぶつと呟いた。

 その言葉に、俺はピンとくる。


「それだ! それですよ姫様。割りましょう」


「割るのですか」


 さすがのクリストファもこれにはびっくりしたようだ。


「これだけ水がたくさんあると、生半可な魔力ではすぐに水でふさがれてしまうと思うのですが」


「うん、そこだ。そこでクリストファにも協力して欲しいのだ」


「協力しましょう」


 大変話がはやい。

 俺の作戦はこうだ。

 クリストファに、海の中で光の障壁を作ってもらう。

 それで水をちょっとせき止めてもらって、止まった水を凍らせて、凍った部分を一気に掘削する。


「俺が知ってるマクベロンの魔導師どもと、明らかにスケールが違うなこいつら」


 戻ってきたゼイン、すいすいと周囲を泳ぎながらのんきな事を言う。

 レヴィアは、俺たちにこの件は全面的に任せるつもりのようだ。


「では光の障壁を作りましょう。“前略! 光の守りを”!」


 詠唱を省略してサクッと作られた光の障壁。

 これは、水の中にドーンと縦長で生まれ、海の流れを妨害しだした。

 これに気付いたのか、海底城からイカや魚の魔物たちがわらわら出てくる。


「ウェスカー、魔物だぞ! 迎撃するか?」


「今下に潜ると、多分魔法に巻き込まれるんでちょっと待っててください」


 血気にはやる姫様をステイさせつつ、俺も魔法を使う。


「“形状変化フォームチェンジ氷の壁アイスウォール”」


『”氷の大魔法を確認、増幅開始とくもり”』


 その瞬間、フォッグチルのローブがもりもりと音を立てた。

 おお、なんだか俺の魔力や、外の魔力が増幅される感じだ!

 これ、もしかして氷の魔法を思いっきり使おうとすると増幅してくれたりするんだろうか。

 俺の手が触れた水面が、一瞬で凍りついた。

 氷は障壁で止められた水を次々に覆い尽くしていき、氷に触れた水もまた凍っていく。

 水中では、巨大イカとか人面魚も凍らされて、へんてこなオブジェみたいになっていた。

 氷の壁は、とても分厚くて、一見すると氷の床が広がっているように見える。これが海底城まで続いているのだ。


「よおし、ここからさらに行くぞ。“形状変化フォームチェンジ氷の穴アイスホール”!」


『“氷の大魔法を確認、増幅開始とくもり”』


 俺のイメージでは、人が一人通れるくらいの穴が空く予定だった。

 それが、バキバキバキッと氷の床に亀裂が走ると、一気にそこが深いところまで削れた。

 ホールというか、トンネルという大きさだ。

 これは舟ごといけるぞ。


「よし、ゼイン、舟を戻すぞ!」


「へいへい!」


 うちの肉体労働専門の二人が舟を戻し、メリッサを乗せなおす。

 そして、みんなで舟に飛び乗るわけだ。


「やりましたねウェスカー。そのローブ、前よりもあなたに馴染んでいる気がします。ウェスカーが成長したので、ローブも強くなったのではないでしょうか」


「なるほど、そういうのもあるのか」


「あるんでしょうね」


「そうなのか」


「そうなんでしょうね。さあ、次は私が行きましょう。舟の底に障壁を張り、このトンネルを駆け抜けますよ……! “前略、後略”」


 もう、これ何の魔法だかわかんないな。

 舟底に光の板みたいなのがくっついた舟は、作り出された氷のトンネルに突っ込んでいく。

 そして、海底城に向かって続くこの道を、急滑走しはじめたのだ。


「ひょー! はやい! すげえー!!」


 俺、大興奮である。


「はははは! 舟はこんなに速いものなのか! いやこれは癖になりそうだな!」


 案の定、姫様もご満悦。

 メリッサは口の端から「ひぃぃぃぃぃぃ」とか悲鳴をあげながら、レヴィアの後ろに全力でしがみついている。

 ゼインはゼインで、何やら青い顔をしながら舟の一番後ろにいるようだ。


「大丈夫か!? 大丈夫なんだよな!? こんなすげえ速度で走って、止まる方法ちゃんとあるんだよな!?」


「おっと、それを考えなくてはですね」


 クリストファがにっこり笑ったので、ゼインが絹を裂くような悲鳴をあげた。

 だが、そんな心配はしなくていいようだった。

 何故なら……。


「我輩の想定を上回る、恐るべき速度だ。なるほど、フォッグチルもプレージーナも、この迅速さに対応出来なかったか」


 大変に冷静な声がした。

 氷のトンネルの終着点に、巨大な影が佇んでいる。

 そいつは、緑色の肌をして、頭は丸くてとても大きい。口みたいなところから触手がたくさん生えている。

 背中からは、コウモリに似ているが、それよりもずっと太くて頑丈そうな羽。

 手足は太くて、大変パワフルそうだ。きっと姫様と良い勝負をするな。


「お前が魔将ネプトゥルフか!」


 姫様が船の上に立ち上がり、ぐんぐん近づいてくる相手を指差した。


「いかにも。貴様がレヴィア王女か。勇者の資格ありと聞いている。生かして返すわけにはいかん」


 ネプトゥルフはそう言うなり、翼を広げてトンネルの中で浮かび上がる。

 そして、どんどんこっちに近づいてくるではないか。

 いかん、舟は急には止まれないぞ。


「止めましょう。“聞き届けよ。障壁は守りのみにあらず。攻めるものを戒める力なり。マナスパイク”」


 クリストファの詠唱と同時に、舟の動きが、がくんと止まった。

 舟底にくっついていた光の障壁に、トゲトゲが生まれて氷に引っ掛かったのだ。

 これ幸いと、身構えるレヴィア。


「おあつらえ向きに、ここは足場になっている! 行くぞ魔将ネプトゥルフ!」


 飛び掛ってきた魔将目掛けて、レヴィア姫も跳躍して襲い掛かる。

 あの姫騎士は大変に好戦的なので、真っ先に最前線へ突っ込んでいくのだ。

 ネプトゥルフの拳と、レヴィアの蹴りが衝突する。

 物凄い衝撃音がした。

 氷のトンネルがビリビリ震える。


「かーっ!!」


 ネプトゥルフの口から、煙みたいなものが出た。

 ハーミットが吐き出していたものに似ているが、これは空気の中でも広がる煙幕みたいなものだ。


「むっ!!」


 煙がレヴィアを包み込み、そこに向かってネプトゥルフ、両手を組んだものを叩き込んできた。


「ぐわあーっ!!」


 姫騎士がぶっ飛ばされる。


「ああもう! 相手の実力も分かんねえってのに、生き急ぎ過ぎだぜ姫様!!」


 慌てて舟から飛び出したゼイン、トンネルに短剣を突き刺してそれを足場にし、氷壁を駆け上がった。

 そして跳躍し、飛ばされてきたレヴィアを受け止めて着地した。


「パンジャ!」


『キューッ!』


 次なる標的をこちらに定めたネプトゥルフに、メリッサが魔精霊をけしかける。

 青い球体は、ぴゅーっとネプトゥルフに向かって飛びながら、光の網をばんばん放つ。

 

「ちょこざいな! ……むっ、この網、絡みつくか!」


 おお、意外とパンジャが善戦してるぞ。

 攻撃力は全然ないようだが、ネプトゥルフの動きが鈍くなった。

 よし、次は俺だな。


「よし、行くぞ! とりあえず挨拶代わりのエナジーボルトだ!」


 俺は船の上で腕組みしながら仁王立ちになり、目から紫色の光線を放った。


「ぐおおっ!? め、目から魔法を!?」


 ちょっと戸惑うネプトゥルフ。

 俺は畳みかけるように、足の裏から蒸気を噴出しながら飛び上がった。


「もう一発だ!」


「同じ攻撃を喰らうか!」


 だが魔将はこれを、腕を交差させて防ぎながら、背中の翼を肩越しに繰り出し、俺に叩き付ける。


「ギョエーッ」


 弾き飛ばされて、宙でくるくる回る俺。

 だが、足裏から蒸気が出て飛んでるので、吹っ飛ばされてもすぐに戻ってくることができるのだ。

 ……あっ。

 なんか、こう、氷の中でお腹が冷えたらしくて、ごろごろと……。


「ええい、訳の分からない者よ!! 貴様は魔王様をも苦しめた危険な不安因子! ここで我輩が仕留めてくれよう! うおおーっ!!」


 ネプトゥルフの触手が俺に迫る!


「くっ、持ってくれよ俺の腹! え、エナジーボル」


 気合を入れて魔法を使おうとしたら、入れすぎて尻の方から何かが出た。


「ウェスカーさんのお尻から紫色のすごい光線が!!」


「あれもローブで増幅されているようですね」


 何かとんでもない事になっているようだぞ!

 俺は尻から思わず出てしまったエナジーボルトに押され、猛烈な速度でネプトゥルフの顔に突っ込んだ。


「な、なにぃっ!?」


 まさか触手を伸ばすよりもずっと速く、魔導師が突っ込んでくるとは思わなかったのだろう。

 魔将の触手が空を切り、俺の全身がネプトゥルフの顔面と思いっきりぶつかった。


「グエーッ」


「うごーっ!?」


 しかし、まだエナジーボルとが止まらない。

 俺は尻から噴出し、しかもローブによって強化された魔法に押され、魔将ごと海底城へと突っ込んでいく……!

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