第68話 海底の闇を晴らす

 さあ、ハーミット対俺の戦いが始まるのだ。

 奴は貝殻から、猛烈な勢いで煙を吐き出し始める。

 こっちへやって来ようとしていたサハギンは、煙に巻かれて近づけないようだ。


「援軍じゃないの?」


『あれはわしの言うことは聞かぬ。何より頭が悪いからな』


「なるほど。やっぱり魚だもんなー」


『わしもヤドカリじゃ』


「ヤドカリ……? そういうのもいるのか……」


 一つ賢くなった。


『どおれ、まずは大魔導とやら、小手調べじゃ!』


 俺の周りまで何があるのか分からなくなったところで、闇の中から真っ赤なハサミが突き出してきた。


「うおっ」


 俺は手のひらから水を作り出して、それをギリギリで回避する。

 何しろ、今の俺は下着以外裸なのだ。

 防御力がだだ下がりだから、ちょっとでも攻撃を食らったら危険だぞ。


『それそれっ! 行くぞ!』


 次々に、ハサミが繰り出され、俺を狙ってくる。


「こっちは見えないのにあっちからは見えるのか! ずるいぞ!」


『ふははは! それがわしの能力じゃからな! そおれそれ!』


「ヒェー!」


 俺は慌てて次々に水を作り出し、体を後ろに押し出すように回避する。

 ギリギリ過ぎる。

 これは俺、始まって以来のピンチだぞ。

 とうとう時間の流れがゆっくりになって感じ始めたではないか! おお、過去の光景が蘇ってくる。あれはお姫様ドレスに身を包んだレヴィア姫の胸元のけしからん膨らみ……! 騎士見習いっぽい服装をしたレヴィア姫の下から衣装を押し上げるボリューム! そして、水に潜った姫様の布一枚で辛うじて隠されているけしからん曲線の暴力……!!


「こんなところで、やられて堪るかあっ!!」


 俺の中に、むくむくと生きるエネルギーが湧き上がってきた。

 脳内に浮かんできた思い出が、全部姫様の胸元だった気がするがそこは仕方がない。

 だが、あの膨らみは俺に何かを告げていたのではないか。

 つまり……。


「水を凝縮して、柔らかく衝撃を吸収する……!! “水の柔壁アクアソフトバリア”……!!」


 俺が翳した両手の前に、ふんわり柔らかく、ボリュームのある水の塊が生まれた。


『そらっ……な、なにぃっ!?』


 ハーミットが狼狽する声がした。

 突き入れられたハサミが、ふんわりと優しく受け止められたのだ。

 力を込めて突き入れようとしても、少しずつしか進まないし、三歩ぶんくらい進むと二歩くらい押し返される。


「これぞ、姫様の胸とクリストファの魔法から発案した俺の新魔法。柔らかく包み込んでそっと押し返す魔法の障壁だ……!!」


『なるほど、感触を知っているからこそのこの高い防御力……!!』


「いや想像です」


『あっ』


 ハーミットが色々察したような声を出した。

 そして、二つのハサミが闇の中に引っ込んでいく。


『気を取り直してだ。わしの武器がハサミだけと思うたら大間違いじゃ! そおれ!!』


 闇の中から、ハーミットの貝殻が突き出してきた。

 そこから、俺目掛けて真っ黒な煙を吐き出すではないか。

 これはいかん。

 俺の周りまで何も見えなくなってしまうぞ。

 そもそも、この煙は何だ。

 それが分かれば対策もできるんではないか。


「よし、突っ込むか!」


 思い立った瞬間に行動するのが、俺のいいところであった。

 背後に水を作り出して、どんどんとハーミット目掛けて突き進む。


『何じゃと!? 突っ込んできた!?』


「その通り! 今気づいたけど密着したら真っ暗闇でも関係なくない?」


『そこに気づくとは……!!』


 俺は慌てて引っ込もうとする貝殻に、ぺたっと貼り付いた。

 表面がざらざらしているから、腹とか擦れて痛いぞ!

 これは早く何とかせねば、俺が擦り傷だらけになってしまう。

 よし、助けを呼ぼう!


「そおい!! 全身からエナジーボルト!!」


 俺のむき出しの肌全てが、強烈な紫色の輝きを放った。


『むおおおお!? は、離れよ!! わしの甲羅がビリビリ震えるうっ!!』


「エナジーボルトじゃこいつは貫けないか! だが見てみろ。あんたの煙は貫いたぞ」


 俺のエナジーボルトに押しやられて、暗闇を作っていた煙が徐々に晴れていく。

 これを見て、サハギンはこっちに押し寄せてこようとしたようだが、余りに俺がピカピカ光って眩しいので近づけないようだ。

 俺は腰回り以外全裸なので、すなわち全身ピッカピカなのだ。

 海の水は大変透明なはずなので、これだけ光れば……。

 そう思った瞬間だ。

 何だか稲妻みたいなものを纏った銛が、上の方から降ってきた。


「うわーっ」


 俺は慌てて貝殻から転げ落ちた。

 俺がいた場所にほど近いところに、銛が突き刺さり、貝殻を砕きながら爆発を起こす。


『ぎょえーっ!?』


 ハーミットも衝撃で転がった。

 来た来た、来たぞ。


「なるほど、ここから海底を暗くするものが漏れていたのか……。でかしたぞウェスカー!」


 レヴィア姫の登場である。

 後ろから、ゆったりとゼインが追いかけてくる。

 魔物たちは慌てて、レヴィアを包囲しようとしたが……。


『キューッ!』


 姫様が小脇に抱えたパンジャが、光の網を作ってサハギンたちを捕らえてしまう。

 あまり強くない魔物とは言え、それを一網打尽とは。

 やるな、腐っても魔精霊。


『キュキュー』


 俺の考えを読んだのか、パンジャが抗議するようにピカピカ光った。

 ここで、俺は姫様とゼインに合流するべく、浮上するのである。

 ぶくぶくと浮き上がり、二人に水圧を軽減する魔法を使った。

 二人の動きが、目に見えて軽くなる。


「おお、なんだこりゃ! いきなり丘の上と同じような感じになったぞ!!」


 ゼインがぐるぐると腕を振り回す。

 よくよく見ると、彼の腰やら足回りには、大量の短剣やナタのような武器がくくりつけられているではないか。


「敵はあのハサミがついたでかい貝か!! よしよし! じゃあちょっくら行ってくるぜ!」


 今やむき出しになったハーミット目掛け、頭上から飛びかかるゼイン。

 巨大な魔物はハサミを振り立てて撃退しようとするが、これをゼインは取り出したナタで受け止めつつ、ハーミットの目を狙って短剣を投げつける。

 これをいやがり、貝殻の中に魔物の目玉が引っ込んだ。


「今だ姫様!」


「ああ! ウェスカー、私を向こうに目掛けて思い切り押し出せ!」


「おっ、蹴りますか。“多重オーバークリ水作成エイトウォーター”!」


 俺は姫様の背中と自分の背中を合わせて、手足から思い切り水を作り出した。

 俺たちの体が、一気に押し出される。

 水の圧力は魔法で弱めているから、もの凄い加速がかかった。


「行くぞ!“告げる! 血潮よ水の流れと一体となれ! うねる渦の如く! 身体加速フィジカルブースト”……キーック!!」


 俺を背負う形で加速したレヴィアが、何やら新しい詠唱とともに水流を纏う。

 周りの水がぐるぐると回転を始め、俺たちの進行速度を加速させていくではないか。

 レヴィアと俺はまるで飛来する矢のように、一直線にハーミットへと向かい……。


『な、なんだその速さは!! 避けられっウグワアーッ!!』


 レヴィアのキックが、見事に貝殻に炸裂した。

 当たった部分から、硬かったはずの貝殻に亀裂が入っていく。

 ぴしぴし……ぴしぴしと音を立ててヒビが広がり、ついに、バァーンッと大きな音と共に砕け散ってしまった。

 同時に、吐き出され続けていた暗闇の煙が止まる。


『こ、こんな馬鹿なあ……! まさか、まさか復活したのは大魔導だけではなかったのかあ! ネプトゥルフ様にお知らせせねば……! ネプトゥルフ様にっ……!』


 叫びながら、ハーミットはゴロゴロと転がっていき、その先に口を開けていた、海底の亀裂に落ちていった。


「ふうーっ」


 着地と同時に、レヴィアは残心を決めた。

 その足元、ぽてっと落ちる俺。


「おっ、姫様、煙が晴れて行きますよ。ここから海の上の光が拝めます」


「おお……! 海の中、こんなに明るかったのだな……!」


 頭上に、俺たちが乗ってきた小舟も見える。

 おっ、メリッサとクリストファが覗き込んでいるな。

 やがて、完全に煙がなくなってしまうと、今度はサハギン掃討戦となった。

 これはもう消化試合だ。

 俺が下からアイロンで水を爆発させて、サハギンを水上に打ち上げる。

 これを、クリストファが練習がてら、光線を放つ魔法でこんがりと焼いていくのである。


「これで終わりかな……?」


 ようやくサハギンが見えなくなった頃合い。


「おいみんな! あったぜ……! あんなところにありやがった!」


 手持ち無沙汰で、海底を散策していたゼインが戻ってきた。

 彼が指差す先には、ここからさらに深くなった場所が見える。

 そこにあったのは、一見すると巨大な岩。

 だが、まるで空を睨む魚の頭にも似た、奇妙な形をした岩だった。

 開いた口の中から、光が漏れてきている。


「海底城だ! 行くぞ……!」


 レヴィア姫の号令一下、俺たちは魔将の城へ向かうのであった。

 ところで、クリストファとメリッサをどうやって連れてくるか……。

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