第71話 戻る海とネプトゥルフ戦

 素晴らしい勢いで人魚ゴーレムを走らせると、俺が彷徨った海底城の中も、そう大した距離では無いように思えてくる。

 ぐるぐる回って枝分かれしているが、つまりこれ、三本の螺旋が絡まりあった構造をしてて、その横に扉があって部屋がくっついているのだ。

 で、ちゃんと迷わないように目印があちこちにある。

 よくできているなあ。

 これ、魔王軍が作ったのだろうか。


『まー』


「えっ、もう出口が近い? そういうのわかるのか。よし、ゴーだ!」


 人魚ゴーレムが加速した。

 確かに、外で聞こえる戦いの音が大きくなってきている。

 海底城の壁も薄くなってきてるんじゃないだろうか。


「よーし、この辺をぶち抜いて外に出よう!」


『まー!?』


「無茶するなって? いやいや、やりたくなっちゃったんだからしょうがない。俺が工夫したこいつを食らうのだ海底城! “収束制御コンバージ超至近クロスレンジ炎の玉ファイアボール”!!」


 レヴィア姫の胸から着想を得た、あの包み込む水のバリア。

 これを火の魔法に応用した。

 ソフトな火属性の波動みたいなのを作ってみて、それで包み込みながら炎の玉を爆発させるのだ。

 割りと上手く行った。

 予定外だったのは……。


 大爆発が起こった。

 そりゃあ、四方八方に破壊力を撒き散らすのを、一方向に収束したんだからその通りだろう。

 爆発というか、オレンジ色の極太な光線になった炎の玉が、海底城の内壁を紙でもぶち抜くみたいにして破壊していく。



「よし突っ込むんだ」


『まー』


「いいからいいから」


 人魚ゴーレムを後押しして、爆発の後を追いかけさせる。 

 すると、まさに戦場の只中に飛び出してきた。

 誰もが俺たちが飛び出してきた場所を見上げている。

 俺がぶっぱなした収束炎の玉は、そのまま空を貫いて、少なからぬ海の水を蒸発させながら海上に抜けていったようだ。


「な、何をしたのだ貴様は!!」


 ゼインとレヴィアを相手取っていたネプトゥルフが、やや狼狽した声を漏らす。


「属性魔法で、世界魔法に及ぶ輝きを生み出すなど……! まるで伝説の大魔導ではないか!」


「うん、それでいいのだ」


 俺は海底上から突き出した、幾つもの突起の一つに着地した。

 人魚ゴーレムが落っこちていく。


「あっ」


 俺はびっくりした。

 しまった、人魚ゴーレムは車輪付きだからそりゃあ、狭いところにいられないよな。

 地面に落ちて、ペン軸を使ってた部分がポキっと折れた。

 ああ、良かった。人魚部分は無事だ。


『まー!!』


「ごめんごめん」


 めちゃめちゃ抗議された。

 なんかソファゴーレムよりも感情豊かだなあ。


「ウェスカーさん! そのゴーレム、人魚さんの体じゃないの!? 壊しちゃだめよー!」


 メリッサが慌てて駆け寄ってきた。


「よしよし、ウェスカーさんは何でも自分基準だからねー。怖かったねー。みんなあんなに頑丈じゃないもんねー」


「メリッサは俺をどういう人間だと思っているのか」


「ウェスカーは少なくとも、一般的な魔法使いの打たれ強さを超越していますからね」


 クリストファまでそんな事を言うのか。

 では本当にそうなのかもしれないな。

 ちなみに人魚ゴーレム、優しくしてくれたメリッサに懐いたようである。

 流石は魔物使い……。


「やめろ!! それは我輩のものだ!! 手を出すなっ!!」


 ネプトゥルフが血相を変えてこちらにやってくる。

 背中側に取り付いたゼインが、槍を突き立てているのだがそれを無視するくらいの必死ぶりだ。

 なんだなんだ。


「おーい甥っ子!? なんかこいつのノリがいきなり変わったんだが! そっちになんかあるのかー!?」


「よし、好機! ウェスカー、その状態を維持するんだ!」


 ゼインと姫様からの声が飛ぶ。

 この状態を維持とな?

 えーと、うーんと。


「そいっ」


 俺は海底城を駆け下りると、人魚ゴーレムの頭にチョップを叩き込んだ。


「やめろーっ!!」


 ネプトゥルフが激昂する。


「やめてーっ!?」


 メリッサが悲鳴をあげた。

 あれ?

 しかし、この魔将の反応。

 どうやら彼にとって、この人魚の石像はとても大事なものらしいな。

 なんか、人魚たちを封印したという聞いていたイメージと違う。

 完全にこちらに注視するネプトゥルフを、レヴィアとゼインがガンガン攻撃する。

 これを見かねてか、海底城からメイジサハギンたちが飛び出してきた。


「おお……おおおおお!! 我輩のマリエルを返すのだあああああっ!!」


 ネプトゥルフはその巨体を震わせながら、空に向かって腕を突き出した。

 すると、ゴゴゴゴゴ、と、俺がつくった氷の壁が鳴動を始める。

 いや、さっき俺がぶっ放した炎の玉で穴が空いてたんだけど。

 そこからポタポタこぼれていた水が、ネプトゥルフの動きに合わせて量を増していく。

 やがて、氷の壁の全体にひび割れが生じた。


「あっ、やばい。海がもとに戻るぞ! メリッサ、クリストファ、舟にー」


「うん! 行こう、人魚さん!」


『まー』


 人魚ゴーレムはメリッサの呼びかけに答えた後、一瞬ネプトゥルフを振り返ると、そのまま舟に向かって戻っていく。


「待てっ……!!」


 追おうとするネプトゥルフだが、その踵にゼインが繰り出した剣が突き刺さり、海底に足を縫い止めている。


「行かせねえって! そら、逃げる奴は先に逃げろ! 俺と姫様は……うん、甥っ子がなんとかするだろう」


「よし、ウェスカー来い! ゼインを連れて脱出するぞ!」


 サハギンを蹴り飛ばしながら、レヴィアがネプトゥルフの巨体を回り込んで向かってくる。


「あの人魚の像を魔将が追うなら、地上に誘い出すことができるはずだ!」


「なるほどー」


 姫様が存外に頭がいいぞ。

 俺はびっくりしてしまった。


「ぬうおおおお!!」


「うおっ」


 暴れだしたネプトゥルフに、ゼインがふっ飛ばされる。

 だが、流石は職業戦士と言ったところで、叔父さんはなんとか着地すると、全力でこっちに向かって走ってきた。


「すまん! 足止めはこれ以上無理! 頼むわ!」


「では私が一瞬、彼等の動きを止めましょう。“聞き届け給え! 守りの壁を崩し、光の網となりて敵を押し留める! 光の障壁・呪縛”!」


 こちらへ襲いかかる、ネプトゥルフとサハギンたち。

 彼等の前に、いつものクリストファの光の壁が出現したかと思うと、それは一瞬で崩れて、細い網のようになった。

 魔物たちは光の網に絡め取られ、動きを止める。


「ですが先程も言った通り、魔将レベルの相手では一瞬です。あっ、私は集中していますので誰か担いで逃げてもらえるとありがたく」


「よし」


 そこで、真っ先にクリストファを担ぐ辺り、レヴィア姫は男前だなあと思うのである。

 俺はレヴィアとゼインの背中に手を当てると、


「では、アイロン!」


 足裏から蒸気を噴き出し、二人の走る速度を加速させる。


「早く早く! 海が崩れちゃう!!」


 メリッサが舟縁をばんばん叩いて焦っている。

 パンジャも、キューキュー言っているがあれは平常運転かな。

 俺たちは舟に乗り込むが、足元である氷は既に溶けかかっている。


「じゃあこのつるつる滑るのを利用して、一気に外に出るので掴まっててくれ」


 俺はみんなにそう告げると、下向きになっている舳先に手を当てた。


「泥玉、泥玉、泥玉……っと」


 大量の泥玉を舳先にくっつける。

 これは緩衝材。

 そして……。


「待て、貴様ら!! マリエルは我輩のものだ! マリエルを返せ!!」


 早くも呪縛を振りほどき、追撃してきたネプトゥルフ。

 俺は魔将の手が舟に届く寸前、舟との中間地点に魔法を投げ込んだ。


「“特大ビッグ炎の玉ファイアボール”! そーら、ぶっ飛べ舟ーっ!」


 爆発が起こった。

 爆風が、狭い氷のトンネルを吹き荒れる。

 舟は巻き起こる炎と風を、泥玉で受け止めながら、猛烈な速度でトンネルを駆け上がり始めた。


「きゃーっ!? 速い速い速い!!」


 メリッサが悲鳴を上げる。


「ははは! これはいいな! この速度はなかなかたまらないぞ!」


 対して、レヴィア姫はご満悦である。

 一瞬で、舟はトンネルを抜け、海上へと躍り出た。

 背後で口を開けていた氷のトンネルが、みしみしと音を立てて崩れ落ちていく。

 ネプトゥルフの力と、俺の魔法によって完全に崩壊してしまったのだ。


「よし、島の方に向かって漕ぐんだ! すぐに追ってくるぞ! 浅瀬まで奴をおびき寄せる!」


 レヴィアの音頭に合わせて、ゼインと俺で舟を漕ぐ。

 姫騎士はゼインから短剣を一本借り、これをいつでも投擲出来る姿勢だ。

 この人が剣を投げるというのは、つまり本気ということだ。

 案の定、俺たちを追い、猛烈な速度でネプトゥルフが浮上してきた。

 翼は水中を移動するための器官なのだな。


「マリエル!!」


「させんぞ!!」


 手を伸ばしてくる魔将めがけて、レヴィアが短剣を投げた。

 すると、短剣は稲妻を帯びて輝きだし、空気を焼きながらネプトゥルフに炸裂するではないか。


「おごおおおおおっ!? これは勇者のみが使うという、雷電の波動ライトニング・サージ……! やはり、やはりお前は……!」


「今のうちだ!」


 ネプトゥルフが何か言っている間に、猛烈に船を漕ぐ俺たち。

 俺が水作成を同時に使い、舟の背後からどんどん水が生まれるようにしたので、船体は前に前にと押し出される。

 なかなか素晴らしい速度で、俺たちは浅瀬に帰還した。


「まさか……ネプトゥルフを海の上まで連れ出してしまうとは……!」


 迎えてくれた人魚は、目を丸くしている。

 そんなに、あの魔将は外に出てこない相手だったんだろうか。


「ほい、じゃあ人魚さん、これが石像です」


『まー』


「ええ、間違いなくわたくしの体ですね。ですけれどなんで勝手に動いて喋ってるんですか」


「ゴーレム化したので」


「なんでですか!?」


 ちょっと人魚に怒られた。

 だが、魂の存在である彼女が、石像に体を戻すのは問題ないらしい。

 人魚の姿が薄れ、光り輝く玉になる。

 これがぷかりと浮かび上がり、人魚ゴーレムの胸元に空いた穴に、スポッと収まった。

 石像だったゴーレムが、人と同じ肌の色に変わっていく。

 髪の毛が真珠色に輝き、瞳は深い海の色になった。

 ぱちぱちっと瞬く。


「何百年ぶりでしょうか……。わたくしは、マリエル。人魚たちの女王にして、海を統べる海王」


「マリエル……!!」


 浅瀬へと迫るネプトゥルフ。

 人魚……マリエルは、魔将を見て目を伏せた。


「前にも告げたとおりです、ネプトゥルフ。あなたとわたくしでは、生きる世界が違う。わたくしは光の世界を守るために、あなたをここで倒さねばなりません……!」


「えっ!? な、なんか恋バナの香りがする……!」


 決意を固めたマリエルの横で、メリッサが台無しな発言をした。

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