第66話 ウェスカー、水中で呼吸する

「うわーっ、ローブを着てると浮いてしまうからだめだー」


 いざ、魔将の海底城を探そうと水に飛び込んだ俺である。

 フォッグチルのローブが空気を含み、プカァッと浮いてしまうので、これを着てはいけないと判断した。

 適当にその辺に脱ぎ捨てる。


「ローブがないと、やや防御面で不安だな。また裸になってしまうのではないかウェスカー」


「ははは、姫様も今は裸みたいな格好ですし、俺も潔く裸みたいな格好で乗り込みますよ」


「おっ、確かにそうだな」


 俺とレヴィアで納得し、俺は下着だけ残して全部脱ぎ捨てた。

 ざぶざぶと海に入っていく。


「水の中は暗いし、息を止めるのにも限界があるからな。ウェスカー、どうにかならないか?」


「うーむ、考えて見ましょう」


 レヴィアからのオーダーが来た。

 さて、水中でも明るく見えることと、息が続く事。

 これを果たすにはどうしたらいいだろう。

 例えば……フォッグチルのローブは、中に空気が溜まってしまうから浮くのだ。

 それは潜る邪魔にはなるが、中の空気が吸えれば呼吸ができるということになる。

 潜る邪魔にならないくらいの空気を、鼻や口の周りにくっつけられないかしら。


「ちょっとやってみましょう。“エアー……リング”っと」


 目には見えないが、俺とレヴィアの顔の周りに、空気のリングが出来上がった。

 このまま沈んでみる。


「おお、水中でも息ができるし、喋る事ができるな! これは便利だ」


 水の中に潜った俺たちは、顔の周りの空気を通して海底を眺めることになる。

 

「これで長いこと、潜ってられそうですな」


「うむ、行こう」


 ということで、二人揃って泳いでいくのである。

 俺は基本的に泳ぎは分からんが、だらーっとしていると水中で体が浮くので、程よく浮いたところで足をバタバタさせる。

 すると、体が進んでいく。

 レヴィアは俺に比べると、泳ぎが巧みである。

 体をくねらせて、足を無駄なく動かして、俺の何倍もの速さで泳いでいく。


「くっ、姫様の身体能力には人間では勝てんな。……そうだ!!」


 俺はいい事を思いついた。

 足の裏に意識を集中し、


「“アイロンフルパワー”!!」


 そこから猛烈な蒸気を吐き出した。

 その瞬間である。

 周囲の水がカーッと熱くなり、次いで、どばーんっ、と爆発した。


「グエーッ」


 空中に吹っ飛ばされていく俺。

 砂浜に近い水辺に、ぺしゃっと落ちた。

 ちょうどそこで、ゼインが島の女の子に粉をかけていた。


「きゃーっ」


 島の女の子が逃げていってしまう。


「あーっ」


 ゼインが悲しそうな声を漏らす。


「ぐふーっ」


 俺が潰れたカエルみたいに呻く。

 そうして、俺がしばらくぐってりと伸びていると、気を取り直したゼインが俺を引き起こしてきた。


「甥っ子よ。もうちょっとこう、空気を読んでほしいなあ……。普段ならカッとなる俺だが、お前相手だとどうも怒気がしぼむというか……」


「うむ……。女のことイイコトしようとしているところを邪魔してしまったか。すまない。まさか水が熱したら爆発するとは……」


「ほう、水が爆発……」


 ゼインは、俺が吹っ飛ばされて来た方向を見やった。

 その辺りから、レヴィアが顔を出して、キョロキョロ辺りを見回している。

 俺を探しているのだろう。

 俺とゼインを見つけると、猛烈な速度で泳いできた。


「ウェスカー、そこにいたのか! おお、ゼインもいるか。ちょっとこの魔法に関してなのだが、欠点があるようだ」


「欠点? なんですかね。爆発するとか」


「爆発はしなかったが、空気が顔の周りにあるのに、段々息苦しくなってくる。頭がクラクラしたぞ」


「なるほど」


 不可解な現象である。


「なんだ? どういうことをやったんだ?」


「俺の魔法で、顔の周りに空気をくっつけたのだ。そうすればずっと息ができるであろう」


「ほお。そりゃいいな。だが、顔の周りにあるのはずっと同じ空気なんだろ? 吸って吐いて、とやってると、空気が汚れて苦しくなるんじゃないか?」


 ゼインが何気ない口調でそんな事を言う。

 俺とレヴィアは目を見合わせた。

 互いに思い出したものが一緒だったのだろう。

 それは、橋の街ハブーの空気だ。

 あそこの空気は臭くて、汚れていた。


「確かに、ああいう風に空気が汚れると、吸っていても苦しくなるな。ウェスカー、新しい空気を取り入れたりはできないのか?」


「それですな! ええと、例えば……“エアー・ストリング”」


 これまた目に見えないのだが、俺とレヴィアの顔の周りに、空気のリングが生まれる。

 二人でこのまま、水中に顔を付けてみた。


「おおっ? なんか、姫様と甥っ子の横の水、穴が空いてるんだが」


 ゼインの声が聞こえた。

 成功である。

 これは、水の上から、常に空気の紐が垂らされていて、俺たちの顔の周りの、空気のリングと繋がっている状態なのだ。

 風の魔法と水の魔法を使っているから、空気の紐の中では、新しい空気と古い空気が、常に入れ替わるように動き続けている。

 エナジーボルトにティンダーや水作成を混ぜたのと同じ要領だな。

 水を操作して作った隙間に風を通したのだ。


「しかし姫様、魔物がうようよいる海に潜るのに手ぶらですかい」


 ゼインが呆れた声を出す。


「ああ。この間は水中で詠唱もできなかったから、魔物を絞め殺すしかなかった。だが、ウェスカーの魔法のお陰で、これからは水中でも詠唱できるぞ。殴れるようになったということは大きい」


 ゼインが、違う、そうじゃない、という顔をした。

 だが、レヴィア姫が満足してるなら、まあこれでいいんじゃないだろうか。


「とりあえずこれを持ってってください。水中でも、この銛なら動きを妨げないから」


 叔父さんは、姫様に槍のようなものを手渡した。

 なるほど、俺やクリストファと組んで、何度も魔物を仕留めてご飯にしたあの武器だ。

 レヴィアは不思議そうに銛を弄んでいたが、ゼインからの厚意は受け取ることにしたらしい。


「うむ、礼を言う。やってみよう」


 そう言って、水中へ戻っていくのであった。

 浅瀬をざぶざぶ歩いてしばらく行くと、急激に水深が増していく。

 船が到着できるくらいの深さで、ここからはエアーストリングの活躍する水域になるだろう。

 俺はさっきの反省も込めて、足から蒸気は出さないことにした。

 移動方法は研究しないとな。


「ウェスカー、手を出せ。私が引いていってやろう」


「あっ、こりゃどうも」


 俺はレヴィアに手を引かれて、水の中を泳いでいく。

 なるほど、レヴィア姫の泳ぎが速い。

 それでも、地上を走るよりはずっとゆっくりだ。

 頭上からは陽の光が降ってきていて、海底が透けて見える。

 色とりどりの魚やら、珊瑚やら、海藻やら。貝や、太い昆虫みたいな連中も見える。あれは食べられるのかもしれない。

 帰りに、メリッサへのお土産にしてやろう。

 のどかな海中の風景を見ながら泳いでいた俺たちだったが、ある部分を越えた瞬間のことである。

 いきなり、そこから先に珊瑚も海藻も無くなった。

 魚たちも、ほとんど泳いでいない。

 そして、海底が全く見えなくなった。

 まるで海の中の断崖絶壁だ。ここから先が、以上に深くなっている。


「ここだ。ここから底を見通すことができなかったのだ。そして潜ろうとしたら、サハギンが襲い掛かってきてな。つい絞め殺してしまった」


「サハギンも相手を見れば良かったのにと思いますな」


 だが、サハギンには学習能力と言うものがないようである。

 突如、俺たちを囲むように、腕の生えた魚が大量に出現したのだ。


「ギョギョギョ……人間がまさかこの深さまでやってくるとは……」


「泳いで水に入る夏の海老……。浮かんで呼吸する事もできずに窒息するがいい」


「ちょっと待って。あいつらなんか水中で呼吸してる」


 好き勝手言ってくれている。


「数が多いな。不慣れな水中では、銛一本では危ないかもしれん」


「そうか、姫様の戦闘も考えると、対策しないとですね」


 俺とレヴィアで背中合わせになりながら、周囲を囲んできているサハギンに備える。

 サハギンたちは余裕を漂わせながら、ふよふよ泳いでいる。


「どれ、水中の主は俺たちサハギンだということを見せ付けてやろう! ギョギョーッ!」


 一匹が、猛烈な速度で襲い掛かってきた。

 レヴィアはこれを背中越しに確認すると、無造作にそっちに向かって銛を突き出した。


「ギョーウグワーッ」


 サハギン串刺しである。

 その勢いで、レヴィアの体が流されそうになる。

 だが、姫様は謎の体力で足をばたつかせ、後ろへ流れるのを防いだ。


「ふむ、この銛というやつはいいな! 水中でも、早く動かす事ができるぞ」


「姫様、今、異常に反応早かったですけど、どうやったんですか」


「私たちの顔の周りに空気があるだろう。銛と腕をここに通せば同じ動きができるぞ」


「なるほど」


 素晴らしい応用力である。

 レヴィアは串刺しになったサハギンを、えいっと足で蹴って引っこ抜くと、その辺に捨てた。

 魔物たちが、目に見えて動揺する。


「あれっ、こいつら強いぞ」


「今まで人間、水中だと俺たちに手も足も出なかったのに」


「おおおお落ち着けえ。俺たちにまだアドバンテージはある」


「一斉にかかるぞ! せーの……」


 サハギンたちが身構えたところで、俺も思い付きを実行する事にする。


「姫様、ちょっと俺にぎゅーっとしがみついててもらえますか」


「何をするか分からないが、ウェスカーの言う事なら間違いないだろう。それっ」


 レヴィアが俺の体にギュッとしがみついてきた。

 おおっ! 柔らかさとしなやかさとなんか筋肉が絶妙に。あと俺の背骨がみしみし言ってる。いかん。早く片付けよう。


「ギョギョギョーッ!!」


 サハギンたちが、俺たちに向かって突っ込んでくる。

 いい塩梅で連中が近寄ったところに、俺は手足を四方に伸ばして叫んだ。


「“アイロンフルパワー”!!」


 爆発である。


「ウグワーッ!?」


「ウグワーッ!?」


「ウグワーッ!?」


 サハギンたちが、爆発に巻き込まれて海上に吹き飛ばされていく。


「グエーッ」


 俺もぶっ飛ばされていく。

 だが、レヴィアはこれぞ好機とばかりに、吹っ飛ばされた空中で、俺を足場にして立ち上がった。


「一直線に並んだな! こうだ!」


 構えた銛を、凄まじい勢いで投擲する。

 風を裂く音がした。


「ウグ」「ググ」「グワ」「グワーッ!!」


 サハギンたちが、折り重なるようにして、銛で串刺しになる。

 俺はレヴィアを乗せて落下しながら、これで島の人はしばらく食べ物に困るまい、と考えるのだった。

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