第65話 ソーンテック浅瀬巡り
「ほう……ほうほうほう、ほぉー」
俺は感嘆の声をあげつつ、浅い海をもりもりと歩く。
こりゃ凄い。
どこまで行っても海が浅くて、船をつけた場所でも首から上が出るぞ。
で、そこから先は一見すると、真っ青とも真っ黒とも思える水の色になっていて、急激に深くなるのだとか。
逆に言うと、俺が歩き回ってる辺りは透明な海で、そういう底が透けて見える場所はずっと足が付くわけだ。
泳ぎなどと言うものと無縁であった俺ではあるが、足から何か出して水中をガンガン突き進むことはできる。しかし、足がつくという安心感は格別だな。
「ウェスカーさん、こっちこっち!」
メリッサが呼んでいる。
「なんだい」
俺がばしゃばしゃと歩いていくと、薄着になってスカートを膝上までたくし上げて結んだメリッサが、両手に何かフシギなものを抱えているではないか。
「五つ尖った部分がある生き物みたい。裏はぐねぐねしててキモ可愛いよ」
これは、いわゆる星型という形をした生き物のようだ。
メリッサの生まれたエフエクスは、長いこと薄暗がりに閉ざされて星が見えなかったから、星型というのがよく分からないのだろう。
だが、変な形の生き物だ。
「食べられるかな」
「食べられるかなあ」
俺とメリッサ、二人で頭を捻る。
「食べられません」
「うわっ」
「わーっ」
真横から人魚がにゅっと出てきたので、俺たちは大変驚いた。
メリッサなどあまりにもビックリしたので、星型の生き物を放り投げてしまった。
「あれはヒトデと言って、中身は食べるところがほとんどありませんよ。スカスカです。ただ、わたくしたち人魚のように強靭な歯があれば、あれを細切りにしたものをおやつにする事も可能でしょう」
「人魚って歯が強靭だったのか」
「基本、生食ですからね。歯と胃腸は極めて強靭です」
新しい知識が身についてしまった。
人魚はこうやって、俺たちとフランクに会話する仲になった。
レヴィアとしては、早く彼女の肉体を解放して仲間に加えたいらしい。
だが、その前に俺たちは海と言う物を知らなすぎるのだ。
ここは俺とメリッサのように、海を調査せねばなるまい……。
「ウェスカーさん! 貝! でっかい貝! これはかなり食べるところが多そうです!!」
「でかしたぞメリッサ!」
新たな獲物を発見したメリッサまで、俺はざぶざぶと走っていった。
魔物を避けて、海の生き物たちは浅瀬に集まってくるらしい。
船の向こうの一見して深いところも、他の海に比べると浅くて、そこに大量に魚もいるとか。
で、俺たちを拾った船は、こういう海の浅いところを巡りながら、魚介類や、海藻という海の植物を獲るのだそうだ。
浅瀬では、俺たちの他にも、島人の女子どもがいて、貝やら変な形をした生き物を拾っている。
「ウェスカーさんどうしよう。食べられそうなものばかりいるから、みんな獲れないよ……!」
「なんでメリッサは悲しそうな顔をしてるのだ。食べられる分だけ獲ればいいじゃない」
「も、勿体無い……!」
この娘、食べ物が絡むと大変な貧乏性になる。
腕の中いっぱいに貝を拾い、それでもなお名残惜しそうに浅瀬を見つめているので、俺は彼女の背中を押しながら浜辺に上がっていった。
「フャン!」
海産物の匂いを嗅ぎつけて、ボンゴレがパンジャを乗せて走ってくる。
なぜかこの赤猫は、海に入ろうとしないのだ。
水があまり好きではないのかもしれない。
「フャンフャン!」
「ボンゴレ待って! 毒があるかもしれないでしょー」
ざらざらと貝を積み上げたメリッサ。
赤猫に待ての体勢をとりつつ、専門家を待つ。
「はいはい。チェックしますよー」
人魚が波に乗り、スルーッと砂浜まで上がってきた。
魂だけの存在だというのに、大変軽快に動き回る人である。
俺たちみんなで人魚と呼んでいるが、本人曰く、「体と一緒に名前を封印されています。名前を取り戻さないと、わたくしは本来の力を発揮できないのです」とか。
なので、仮称、人魚。
「基本、毒があるものはわたくしが率先して食べていますので、大丈夫ですよ。全て合格です」
「わーい! 大丈夫だって、クリストファさーん!」
「はいはい」
メリッサに呼ばれ、クリストファが石で出来た板を持って来た。
手際よく、その上に貝を並べていく。
石の板は、下に隙間が空いている。
「ウェスカー、お願いします」
「おう! ワイド・ティンダー!」
俺の十指から、炎が放たれる。
それは石を伝い、貝に向かって満遍なく熱を伝えるのだ。
じゅうじゅうと貝が音を立てて、中にいる柔らかい肉が逃れようと、じたばた暴れる。
やがて彼らが静かになると、貝の中から塩水と肉汁が混じった、大変良い香りが漂ってきた。
「おっ、焼けてるな!」
「よし、一杯やるとしよう」
ゼインはその手に、貝と一緒に食べるこの島の主食、バナナとかいう果実の若いのを粉にしたものを。
レヴィアは、バナナや島の果実から作られる濁った酒を持っている。一応、メリッサ用にお酒ではないものもあるようだ。後ろに何か網を引きずっているが、魚か何かだろうか。
俺たち一行はどやどやと集まり、貝をおかずに飯を食うことになった。
「しかし、海と言うものは美味しいものに溢れているものね……。日々、驚きを感じる」
貝をむしゃむしゃ食べつつ、レヴィアがしみじみ呟く。
「俺としちゃあ、姫様のお姿に驚きを感じるんだが……」
ゼインは何をぶつぶつ言っているのか。
レヴィアとゼインは、二人で浅瀬からちょっと離れた辺りを、潜って探索していたのだ。
そのため、ゼインは腰周り以外は何も身につけていない。
流石は元騎士だけあって、全身が筋肉に覆われている。脱ぐと凄いというやつだ。
レヴィア姫も潜る仕事を自らやると宣言したので、今はごく軽装だ。
胸元と腰周り以外なにも身につけていない。
流石は幻の幻獣ゴリラと並び称されるだけあって、一国の王女とは思えぬ素晴らしい筋肉だ。
筋肉と女性らしいラインが同居している辺り、奇跡のバランスを感じる。脱いでも凄いというやつだ。
「驚きを感じる」
「なっ?」
俺がゼインに同意すると、叔父も俺の肩を叩いてうんうんと頷く。
「なんだウェスカー。私の肌をさっきからじっと見て。そんなに珍しいものか?」
「はっ、大変目の保養になりました。ありがたやありがたや」
「?」
レヴィアはよく分からない風であった。
そして気を取り直して、彼女は調査結果を話し出す。
「まず、私が潜った範囲では海底に何も見えなかった。深いところに行くと、光が通らなくなるな。とても先を見通すことができない。だが魔物は切ったぞ」
「だが、の辺りでなんかダイナミックに話が転換しましたね」
俺の言葉に、レヴィアはにんまり笑みつつ、後ろの網に包まれていたものを露わにする。
それは、一言で言うなら、腕があるでかい魚だった。
「おお、これはなんとも……」
「食べ応えがありそうですね」
「焼こう!!」
メリッサの言葉を受けて、急遽この魔物は解体され、俺たちの食卓に上る事となった。
手斧と短剣を用いた、ゼインの腕前が唸る。
「おかしいなあ……。俺、最近ずっと戦うんじゃなくて、獲物の解体ばっかやってるんだけど」
「ゼインさんの躍動する肉体美、惚れ惚れしますね。人間にしておくのが惜しいです。わたくし、人を人魚にする秘術を存じ上げているのですが」
「や、やめろぉ!?」
今度は人魚がゼインに熱っぽい視線を送っている。
筋肉好きだったか。
やがて、解体された魔物は、じゅうじゅうと音を立てて石の上で焼かれ始める。
これがまた食欲をそそる香りである。
島の人も集まってきた。
魔物はかなりの大きさがあったので、みんなで分け合うことにする。
「しかし、浅瀬の一部にまで、このような魔物が出てくるようになっているとは……! 気付きませなんだ。これでは安心して漁が出来ません……おっ、この肉美味いですな!」
長老の顔が、渋面から一気にほくほく顔に変わった。
「ああ。私が水中に潜っていると、襲い掛かってきてな。私の足を掴んで深みに引きずり込もうとしたので、組み付いて背骨を折ってやったのだ」
「なんとダイナミックな」
「普通、女人が海妖に襲われれば、溺れてあられもない姿になるものなのに」
「見ろよあの腹筋、まるで鋼だ」
「そう言えば、残った魔物の背中辺りに握りつぶされたような跡が……」
「ひええ」
「聞いたことがある。幻の幻獣ゴリラは凄まじい腕力と握力を持つという」
「あの姫騎士はゴリラの化身じゃ……」
島の男たちの囁きが聞こえるぞ。
明らかに恐れられているではないか。
「俺的には割りと姫様、普通の女子だと思うんだが」
「甥っ子の周りにはあんな女子しかいねえのか……」
ゼインが、かわいそうに、と言う目で俺を見た。
「何を言う。姫様だろ。メリッサだろ、それとゼロイド師のところのニルイダ。三人いてそれぞれ違うぞ」
「特殊なパターンしか知らねえだけじゃねえか!」
ちなみにメリッサは、相変わらず食べることに夢中である。
クリストファはクリストファで、肉以外の部分も食べられるのではないかと研究している。
あっ、内臓を食べて苦そうな顔をした。
「この魔物は、ネプトゥルフに仕える兵士です。サハギンと言い、遥か昔には私たち人魚と同じ種であったようです。ですが知性を失い、魔王に下ったとか。人間の女性を好む習性があるようです」
人魚が詳しい。
まさかこのサハギンも、襲った女性に襲い掛かられて、背骨をへし折られるとは思ってもいなかったのだろう。
よくよく見れば、よく煮えた魚の目はびっくりしているようにも見える。
せめて美味しくいただいてやろう。
「そうだウェスカー! この後、私と一緒に潜ろう!」
サハギンのでかい目玉をもりもり食べていた俺の横に、レヴィアがやって来た。
「そなたなら、水底を照らしながら遠くまで見る手段があるかも知れない」
「なるほど」
言われて見ると出来そうな気がしてくる。
「やりましょう」
俺は安請け合いしたのであった。
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