第61話 ウェスカー漁をする
「目が覚めると海の上だった」
俺はおもむろに呟いた。
なんか、うちのメンバーが甲板の上に並べて寝かされていた様子である。
「あっ、目が覚めたぞ!」
「まだ酒臭いなあ」
見張っていたらしい人々が、口々に言う。
「あっ、水ください」
俺は起き上がるなり水を要求した。
塩水がでてきた。
「真水は」
「真水は乗組員のぶんしか確保できないよ。それでなんとかしてくれ」
ちょっと意地悪な笑みを浮かべて、見張りの人は言った。
「分かった。なんとかしよう」
「えっ?」
「塩を分離する魔法なら……水、塩、それはそれぞれどっちの属性のものなの……。あ、塩って土属性なのな」
差し出された木製の器に指を差し入れて、分析する。
「水作成でもいいんだけど、ここはちょっと変わったことをやってみよう。土と水を分離……“セパレーション”」
器の中の塩水が、ぐるぐる回り始めた。
それはあっという間に、白い塩の層と水の層に分かれる。
指先を引っ掛けて、塩を引っこ抜く俺。
ぽいっとその辺に捨てた。
「な、なにぃ!?」
ぐいっと飲み干した。
おっ、これ、水作成で作った水より美味いな。
水作成の水は、こう、混ざりものが何もなくてとても味気ないのだ。
「器なら幾つかあるでしょ。貸してくれ。じゃないと船の一部を器にするぞ」
俺がてをかざした甲板が、みしみしと音を立てて変形していく。
これを見て、見張りをしていた人は真っ青になった。
「ま、待ってくれ! 今持ってくる! そ、それから船長を呼んでくるから!」
「へえへえ」
俺は適当に返事をしつつ、爆睡しているうちのメンバーを起こしにかかった。
「姫様、姫様」
「うーん」
「ヒェッ、酒臭!」
「もう食べられない……」
「王女らしからぬ寝言! 姫様、起きてください。異世界ですよ」
「異世界を食べる……むにゃ……。異世界!?」
ガバッとレヴィアが跳ね起きた。
すかさず器いっぱいの水を差し出す俺。
受け取るレヴィア。一気に飲み干す。
「むっ、“告げる、めぐる毒を排出し、血流を洗う……
「おっ、酒臭さが消えた。姫様そうやって酔いざまししてたんですねえ」
「ああ。これでどれだけ飲んでも大丈夫だ。しかし、美味い水だな……」
「でしょう。俺の水です」
「ウェスカーの水……!!」
「意味深な会話しないでください!? おはようございますー。私にもウェスカーさんの水ください」
メリッサのご起床である。
クリストファもむくりと起き上がってくる。
ゼインはあれだ。
起きてはいるのだろうが、ごろごろしながら尻をぼりぼり掻いている。
なかなか起きないタイプだな。
「よーし、それでは次々に水を作っていくぞ。あ、器が無いか。じゃあこの横の樽をだな、ええと従者作成のアレンジだから……“
樽がメリメリと音を立てて分解する。
それを見ていた船の人々が悲鳴をあげた。
中に入っていたらしい、酒がだばーっと甲板に溢れる。
「えっと、じゃあこっちは“
酒を丸い球体状にして、半壊した樽に積み上げておく。
樽から取った木材を、次々コップに変えて、仲間たちに手渡していく。
そして、水面から吸い上げた塩水を手早く真水と塩に分離して、注ぐわけである。
「ウェスカーも腕を上げていますね。今、四つくらいの魔法を同時に使ったでしょう」
クリストファが感心しながら水を飲んだ。
「うむ。こういう規模が小さい魔法は、ながらで使えるようになったな」
「すげえ器用なのなあ。詠唱とか四つあるとこんがらかりそうだが……お前詠唱しないもんなあ」
「うむうむ。だが詠唱しないから細かいコントロールまでこう、自前でやっているのだ」
「ほお……」
ボンゴレもぴちゃぴちゃと水を舐め、パンジャは何やら不思議な力で水を空中に吸い上げている。
こうしてまったりとしていると、向こうから船員を引き連れた髭の男がやって来た。
船長とやらであろう。
「目覚めたのか……。しかも……うわっ、なんじゃこりゃあ! 樽が!! さ、酒が……!?」
「全て俺の所業である」
「な、なんということを……! 木材は貴重だと言うのに! ……ではない! お前、一体どうやったのだ、これは!」
船長が俺に掴みかかってきた。
そこに、ぬっと立ち上がるレヴィア。
船長の頭を片手で押さえながら、
「お初にお目にかかる。私はユーティリット王国第二王女のレヴィアだ。ここはどこだ? そしてこの船は一体何だ?」
「うごごご、あ、頭が、頭が割れる……!!」
「船長がやられそうだ!」
「なんとかしなきゃ!!」
「うおお、船長を片腕で持ち上げたぞあの女!!」
「お、お前行けよ!」
「やだよお前行けよ!」
船員たちが何やら押し付けあっているな。
俺の横で、船長は頭蓋骨をみしみし言わせながら呻いている。
「こ、こ、ここは海だけの世界、ソーンテックだ……です。これから……サンゴ礁の島に戻るところだ……です……!」
「なるほど。では朝食を用意するように」
「は、はいぃっ! だ、だから頭を砕かないで下さい……!!」
「うむ……」
船長の身はポイッと放り出された。
悠然と立つレヴィアの背後で、外見だけなら大変威圧感のあるうちの叔父さんも立ち上がる。
「おっ、姫様、加勢が必要だったりするか?」
「ゼイン、暴力はいかんぞ」
「姫様どの口で言いますか」
メリッサの突っ込みが痛烈である。
だが、船員たちは色々な意味で恐れを成したようで、食事が出てきた。
芋をスライスして乾かしたものである。
これをガリガリと齧った。
「ううっ……。これでは、帰りまでの食料が……」
船員たちが嘆いている。
そう言えば、起こしに来た人々も、食料や水は人数分しか積んでいないと言っていたな。
何か事情があるのかもしれない。
「船の人たちよ。俺たちは別の世界からやって来た者だが、提案がある」
「な、なんだ」
船員たちは身構える。
そう構えなくていいだろうに。
「俺からも食料を提供しようじゃないか。魚を獲る」
「魚を……!? いや、だがこの海域は魔将ネプトゥルフの息が掛かっていて……」
「魔将だと!?」
レヴィアの目が光った。
姫騎士のやる気が燃え上がっていく。
「詳しい話を聞かせてもらおう。何、悪いようにはしない。ちょっとその魔将を屠るだけだ」
こうなるとレヴィアは止まらないし、話も長くなる。
俺はクリストファとゼイン、それから魚獲りに興味がありそうなボンゴレを連れて、小舟に乗ったのである。
船の操作役に、船員が一人ついてくる。
「いいっすか? この辺の魚は、すげえでかくて凶暴なんですよ。だから、獲るなんて本当に、無理ですから。俺だってこんなことやりたくないし、帰りたいっすけど、もう、こういうの役割を果たさないと、海に放り出されるから……」
「厳しいのだなあ」
「働かざるもの食うべからずって環境だな、船は。ゾッとするぜ」
俺も叔父さんも、義務ってものに縛られず、自由気ままにやって行きたいタイプだ。
船上での生活は向いていないかもしれない。
「ああ、二人とも。早速やって来たようですよ。あの大きな影が魚でしょうかね」
「フャン!」
ボンゴレがぬーっと大きくなった。
船のバランスが崩れ、船員が大慌てでバランスを取る。
「な、な、なんででかくなってるっすかこれえ!! うわあああ、お、お化けええ!? ひええ船がひっくり返るう!」
グラグラと揺れる船。
これを見て、海中の大きな影は興味を持ったようだ。
速度を上げて、こちらに近づいてくる。
それは半身を水面から体を持ち上げて来ると……。
「じ、人面ウオだ!! もうだめだあ!」
確かに、鼻先がまるで人の顔のようになった巨大な魚である。
頭の先から尻尾まで、この小舟二艘ぶんの大きさはあるだろう。
「おい、武器はねえか?」
「も、
「かえしが付いた槍か。これは面白いな……。甥っ子、ちょっとそいつの相手をしてやってくれ」
「うむ」
俺は船の中で立ち上がり、身構えた。
俺の姿を認め、人面ウオは大きく口を開けて、こちらに襲い掛かってくる。
船ごと飲み込む勢いである。
俺は船べりまで行くと、海水に手を付けて、魔法の形をイメージする。
「“
俺の手が浸かった部分から、人面ウオに向かって海面が一直線に凍りついていく。
「!?」
人面ウオの周囲が氷に包まれ、魔物は戸惑いの叫び声をあげた。
ここに飛び出すのがボンゴレだ。
「フャン!」
生き生きとした表情で、凍った水の上を走っていき、魔物の鼻っ面に猛烈な爪の一撃を叩き込む。
大きさにかなりの差があるというのに、人面ウオは衝撃で氷の中につんのめった。
「やるなボンゴレ」
「では、私も行きましょう。“
「おおっ、俺の銛が光りだしたぞ。強力になったっぽいな」
嬉しそうに、手にした得物を振り回すゼイン。
体勢を立て直そうともがく魔物に目線を向けると、銛をおおきく振りかぶって投げつけた。
狙いは正確。
一撃は、ちょうど人面の目玉の辺りを貫くように突き刺さった。
絶叫が響き渡る。
氷の上でのたうち回る魔物。
船はこれを取り巻くように周回して、俺は人面ウオの周囲を覆うように、氷の床の魔法を使っていく。
しかし、海の水はどうも凍りにくい気がするなあ。
一瞬で凍るというか、ワンクッション置いてから凍り始める。
これくらいの魔物相手ならまだいいが、相手が魔将なんかだと、この凍るタイミングが遅いのはちょっとまずいかも知れん。
研究せねば。
俺が考え込む間にも、完全に氷漬けになった魔物は、ボンゴレとゼインの波状攻撃を受けて、横っ腹を見せながら動かなくなるのであった。
「す……すげえっす……! あんたら、何なんだ、一体」
船員が感動したように言う。
「うむ。姫様が言ってたようにだな、魔将をやっつけて回っている者だ。それはそうとして、これだけ魚の肉があれば、船の人数が多くなっても大丈夫だろ?」
俺の言葉に、船員はぶんぶんと首を縦に振るのだった。
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