第60話 いざ行かん海の世界
『キュー』
「なんだろう、何か青くて丸いものが私の足にくっついているように見える。もう酔いが回ってしまったか」
ジョッキを三杯ほど空けたゼロイド師である。
駆けつけでぐいぐいとエールを飲み干すのだから、立派なものだ。足に魔精霊のパンジャがまとわりついているのは、ゼロイド師の
うちのパーティの魔力強い組である、俺とクリストファは、パンジャにライバル視されているのであった。
さて、俺も負けてはいられぬと、同じペースでエールを干した。だいぶお腹はたぷたぷになってきたので、そろそろトイレに行きたい。
隣で姫様がジョッキいっぱいの蒸留酒を注文しているが、ウェイトレスさんに丁重に断られている。
「なんということだ。ゼロイド師に対抗するためには、これしかないというのに……!」
「いやあ、普通にジョッキいっぱいの蒸留酒は引くだろ……」
エールはそこそこに、料理をつまんでいるゼインである。
叔父さんは体が大きいので、ちょうど寝てしまったメリッサが寄りかかりやすいようである。
ボンゴレを抱っこしたまま、ぐうぐうと寝息を立てている。
彼女を起こさないように、ひたすら料理を食べるゼイン。
「そうして見ていると親子のようですね」
「やめてくれ! 俺は花の独身なんだぞ。いきなりコブ付きにしないでくれえ」
年齢的には親子くらいの年の差だものな。
「ではちょっと、俺はトイレに行ってくるので」
「行ってらっしゃい。ピースの話は私からゼロイド師にしておきましょう」
お言葉に甘えて、クリストファに任せることにした。
出すものを出して、スッキリする俺。
戻ってくると、ナーバンが潰れていた。
「彼はどうしたんです?」
「ああ、ちびちびと飲んでいたのだが、私の酒を飲むかと差し出したら喜んで受け取ってな。ぐいっとやってあの姿だ」
「おっ、姫様そのジョッキの中身、透明に見えるんですけどとうとうやってしまいましたか」
「無理を通したぞ。旨い」
蒸留酒ジョッキで撃墜されたナーバンであった。
酒豪であるレヴィアの顔も、ほんのり目元が赤くなってきているので、これはなかなか効くようだ。
「それで、クリストファ。ピースはいつでも呼び出せる状態にあるということかね?」
「ええ、その通りです。ここに魔精霊が召喚されている以上、ピースは手に入っているも同然なのです。ウェスカーと姫様が、ゼロイド師の元でピースを呼び出すつもりだったようなので、呼んでいないというだけですね」
「おおっ! わ、私に見せてくれるためにか! くうっ」
おっ、酔っ払ったゼロイド師が泣いたぞ。
「甥っ子よ。こう、年をとるとな。段々涙もろくなるものでな……」
「叔父さん実感が篭ってるなあ」
俺が席についたところで、レヴィアは、さて、と声をあげた。
「では改めてだ。ピースをここに召喚する儀を執り行なおうと思う」
「おおー!」
「素晴らしい!」
「いいですね」
「えっ、酒場でやるのか。マジか」
俺もゼロイド師も大盛り上がり。クリストファはいつも通りニコニコしている。
「クリストファ、頼むぞ」
「承りました。やりましょう」
『キュー!』
青くて丸いものが対抗意識を燃やして、テーブルの上に登ってきたぞ。
「パンジャ、確かお前を使えば、俺もピースを召喚できるんだったよな」
『キュー』
「ようし、俺もクリストファと一緒にやってみるぞー」
『キュー!』
おおっ、パンジャも乗り気になってきた。
俺の肩にピュッと飛び乗ると、この青い玉から魔力が流れ込んできた。
なるほど、外付けの魔力になって、世界魔法を行使するわけか。
「ふふふ、負けませんよウェスカー。競争です」
「クリストファが闘争心を
「おおーっ! 二つの世界魔法が同時に行使されるのか! 素晴らしい!!」
絶賛してくるゼロイド師。
俺たちが何やら凄いことをしそうだと言うので、酒場にいた人々も見物に集まってきた。
「知らんぞ、俺は知らんぞ……」
ゼインがぶつぶつ言いながら小さくなっている。
そんな中、クリストファは颯爽と立ち上がると、例の魔法を詠唱した。
「“聞き届けよ。世界の理を超え、我は隔たる場所への扉を示す。ワールド・リープ”!!」
俺も負けじと魔法を唱える。
「よっしゃ、”アポート・ワールド”!」
唱え終えてから、ふと気づいた。
「クリストファ、それって異世界に跳ぶ魔法……」
「あっ、私としたことが、酔いが回って間違えてしまったようです」
「ハハハ、あるある。俺はちゃんとこうしてピースを呼び寄せたから……」
俺の手の中に、ワールドピースが出現する。
そして、ピースはクリストファの魔法に反応して輝き出した。
世界移動が始まる。
「あっ、こりゃいかん」
「ふむ?」
輝きが広がっていく。
レヴィアは鶏もものグリルを豪快に齧ったところで光に飲まれた。
クリストファは、にこにこ笑いながら光に飲まれ、ゼインはメリッサを揺り起こそうとしながら共に光の中に飲まれた。
俺の視界もまた、光に包まれる。
時間は一瞬だった。
ふと気づくと、俺たちは新しい世界の上空である。
周囲を見回して、メンバーを確認する。
姫様よーし。
「ふむ?」
まだ鶏肉食べてる。
クリストファよーし。
「いやあ、うっかりでした。参りましたね」
ゼイン、メリッサよーし。
「おおーい!? すっげえ高いところから落ちてるみたいなんだが!? どうなってるんだこれー!!」
「むにゅむにゅ……」
ボンゴレ、パンジャよーし。
「フャン?」
『キュキュー』
俺、よーし。
どうやら、酒場にいた人々を巻き込むこと無く、うちのパーティだけが世界を移動したようだ。
クリストファの魔法は、その辺りの繊細なコントロールができるのかもしれない。
「おおっ、これはまた……凄いぞウェスカー! 見ろ!」
レヴィアが俺の袖を引っ張ってくる。
どれどれ、と彼女が指し示す、落下する先を見てみるとだ。
それは、視界いっぱいに広がる青だった。
どこまでもどこまでも続く、青い色。
これは、なんだ。
これはもしかして、橋の街とエフエクスの村で見た、海というものではないだろうか。
見渡すかぎり、海、海、海だ。
「おおーっ! 本物の海ってこれなんですなあ。どこまでも果てがない……!」
俺はちょっと感激した。
こういう雄大な物を見ると、心が洗われるな。
「そんな呑気なこと言ってる場合じゃねえだろうが!? 甥っ子、なんとかしてくれー! 落っこちて死ぬのは嫌だぞおおおお!!」
ゼインの言うことも最もだ。
俺は、この落っこちる勢いをどうにかすべく、思案した。
これは、ちょうど風が大量に吹き付けてくるから……。
この風を、もっと大量に下から吹かせれば、ゆっくり行けるんじゃないか?
それと、こっちはソファゴーレムの減速装置みたいな乗りで布を広げる……。
「よーし、じゃあみんな、上着を脱いでくれ。それをいっぱいに広げて。ソファゴーレムのあれみたいにして減速するから!」
俺の指示に、みんなが従う。
寝ぼけたメリッサは、ボンゴレにほっぺをぺちぺちされて目覚めたようだ。
状況を把握すると、真っ青な顔になって上着を脱ぎ始める。
一番脱ぎっぷりが良かったのがレヴィアである。
もう、姫騎士は恥じらいとかそういうのを知らんとで言う風に、バッと服を脱ぐと、それを頭上で広げた。おおっ、下着越しとは言え、
「でかい」
「ウェスカーさん!?」
「おっと、それどころじゃなかった。行くぞ、“ライジング・ウインド”!」
次の瞬間、俺たちに向かって吹く下からの風が、強さを増した。
広げた服が、風を受けて膨らむ。
明らかに、俺たちの落ちる速度が遅くなった。
その代わり、風の音がうるさすぎて何も聞こえなくなる。
これ、呼吸もやばいな!
風が強すぎて息ができない。
落下するまで大丈夫かなー。
ぐんぐん降下していく先に、何やら海上に浮かぶものが見えた。
舟である。
あ、いや、舟はあんなに大きくないはずだよな。
見たこともないくらい、大きな舟だ。
柱が何本も立っていて、そこからソファゴーレムの減速装置みたいなのを広げている。
舟の上には人間が乗っていて、俺たちを指差して何か騒いでいる。
ちょうどいい、あの上に落っこちよう。
という訳で、俺は風の吹く方向を変えた。
どさどさーっと、舟の上に落ちるうちのパーティ。
「そ、空から人が……!!」
見たことがない服装をした男の人が、落ちてきた俺たちを見下ろして呆然とする。
舟の中から、たくさん人が集まってくるぞ。
俺は颯爽と立ち上がると、彼らに向けてあいさつしたのだった。
「訳あってこっちの世界に来たのだ。よろしくな。それで……ここ、どこ?」
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