第59話 青い玉登場

 さて、魔力の渦が収まって見ると、何やら記録用紙の上に、おかしなものが生まれているではないか。

 ぷかぷかと浮かぶ青い球体だ。


「なんだこれ」


 俺はそれをぺしっと叩いた。

 球体は『キューッ』と悲鳴をあげると、地面にぽてっと落ちた。


「あっ!! お、お前何をやってるんだ!! それは恐らく、ピースの位置を司る魔精霊だぞ!!」


 ナーバンが真っ青になって俺を羽交い絞めした。

 青い球体は俺からスススッと離れていくと、レヴィア姫の胸元にポンッと飛び乗って、そこに納まった。


「おや……? 生暖かいものが私の胸に」


 動じないレヴィアである。


「いいなあ。次は俺も乗りたい……いてっ!?」


 メリッサに向う脛を蹴られた。


「ウェスカーさんは思ったことを素直に口にしすぎです!! それでナーバンさん、魔精霊っていうのはなんですか?」


「あ、ああ。このメンバーにも話が通じる人がいて助かるよ……! 魔精霊というのはだな、私や、王族たちが持っていた座標が組み合わさって詠唱となり、作り上げたゴーレムのようなものだ。この座標を示す魔法は、一種の世界魔法なのだ。特別な才能が無いものには、例え座標が判明しても手を届かせる事ができない。これを、この魔精霊が手助けしてくれるわけだ」


『キューッ』


 青い玉が、そうだそうだ、と言わんばかりにぷるぷる上下に動く。


「別にいなくても私がピースを呼び出すので構いませんよ」


 しれっとクリストファが対抗意識を燃やしてきた。


「クリストファは世界魔法のエキスパートだからなあ。では魔精霊はお役御免ということで」


『キュキューッ!?』


 驚愕に震える魔精霊。

 それを、駆け寄ったボンゴレがぽふぽふと、肉球で撫でた。


「フャン、フャンフャン」


『キュッ、キュキュキュー』


「フャン」


『キューッ』


 魔精霊が、レヴィアの胸の上からシュッと飛び発ち、ボンゴレの頭上にストンと乗った。


「フャン」


『キュー』


 友情が成立したようだ。


「じゃあ、魔精霊ちゃんは私が担当するね。名前も魔精霊ちゃんじゃちょっと仰々しいから……」


 魔精霊は魔物カテゴリーに入るのか。

 メリッサは首を捻って、この玉の名前を考えている。


「パンジャ!」


「また不思議な名前つけて」


 俺はメリッサのこのネーミングセンスがよく分からない。

 ということで、魔精霊改めパンジャは、世界魔法を使ってピースを呼ぶという役割から解放リストラされて、うちのパーティに再就職する事になった。


「まあいいか。よろしくなパンジャ」


 俺が雑に青い玉を撫でると、パンジャは『キューッ』と言いながら滑って逃げた。


「よろしくお願いします、パンジャ」


 クリストファが近寄ると、パンジャは『キューッ!!』と激しく震えて威嚇してくる。

 彼は魔精霊の中でライバル枠に設定されたのだな。

 ゼインは、パンジャとレヴィアの胸元を交互に見て、何か深く頷いている。

 考えてる事がなんとなく分かるぞ。


「よし、では出発しよう。ここですぐにピースを呼び出してもいいのだが、それらを集めてあるゼロイド師の研究室へ行けば、新しく分かる事もあるだろう」


 レヴィアの一言で、俺たちはユーティリットへ戻ることになった。




 キコキコとソファが自転車を漕いで行くわけだが、不思議なことに魔物に遭遇しない。

 今までは、街道に小さめの魔物がちょこちょこ出てきたのだが、さっぱり見かけなくなっているのだ。

 これはどうしたことであろう。

 まるで、魔王軍が現われる前のようではないか。


「シュテルンを倒した事で、この世界から魔王軍が撤退したのだろう」


 レヴィアが妙な確信を持って告げた。


「メリッサがいた村でも、魔将を倒してから魔物はいなくなり、こちらの世界にやって来たのだろう」


「そう言えばそうですよね! 橋の街もそうだったし……。魔将をやっつけると、その辺りの魔物はみんないなくなっちゃうのかも!」


「なるほど、大発見だ」


 魔物が出ない街道と言うものは、実に安全でのどかなものだ。

 ソファゴーレムは順調に道を突き進み、やがて半日ほどで王国へと帰還した。

 もう、とっぷりと日が暮れる頃合である。

 一泊二日くらいのペースでマクベロンを救ってきた事になる。


「あっ、あの異形の怪物は!」


「おおい、レヴィア殿下が戻って来られたぞー!!」


「門を開けろー! 蹴破られるぞー!!」


 王都の門付近がにわかに騒がしくなる。

 ばたばたと兵士たちが動き回り、俺たちが到着する前に扉が開いていく。


「うむ、ご苦労だったな」


 レヴィアはにこやかに微笑みながら、兵士たちを労う。

 門を開けた兵士たちは、くたくたになって座り込んでいる。


「すっかり姫様が帰って来た時用のシフトが出来上がってますねえ」


「ああ、実に快適だ。魔王軍が現われてから、世の中も随分過ごし易くなったものだ……」


「えぇ……」


 ゼインは何を引いているのだ。


「叔父さん、大体、姫様は常にこうだぞ。というか今は非常に穏やかな状態だ」


「そ、それは分かるけどよ。王族ってことを差し引いても、絶対年頃の女子のメンタリティじゃないって……」


「姫様は姫様らしいのが一番ですよ」


「そうだよな」


「そうですよ」


 俺とクリストファが全面的にレヴィア姫を肯定したので、ゼインは自分の価値観がおかしいのじゃないかと、難しい顔をして考え込み始めた。


「……そうか、レヴィア殿下は私のことを嫌っていたのではなかったのか……。名前や顔を覚えられていないし、扱いがぞんざいだしで自信を失いかけていたのだが」


「そうそう。姫様変わってるし、今は魔王軍のことしか考えられないから余計な事覚えていられないんですよ」


「よ、余計な事……!! 私は余計な事だったのか……!?」


 メリッサの返答を受けて、ナーバンが凹んだ。

 繊細な男である。

 メリッサはメリッサで、新しく増えた魔精霊に夢中。


「パンジャは何ができるの? 魔法を使えるの? へえー、すごい! ボンゴレと合わせるコンビネーションを考えないとね」


『キュー』


「フャン」


 大変賑やかである。

 夕方、人通りも少なくなった都の道のりを、ソファゴーレムがキコキコと自転車で突き進む。

 ふと、すぐ横の窓からじーっとこちらを見ている子供と目が合った。


「ほええ、なんだこれえ」


「いけません! 姫様が帰ってくるところを見たら、ソファの怪物と恐ろしい魔導師にさらわれて頭から塩コショウかけられて食べられちゃうわよ!!」


 親に引っ張られて、子供の顔が窓から消えた。

 すぐに、窓がパタンと閉じる。


「なあソファ、お前、子供に塩コショウ振って食べる?」


『ま”』


「しないよなー。変な話だよなー」


『ま”』


「すっかりソファも表情豊かになったな。これを別の世界に連れて行ければいいのだが」


「クリストファの魔法では、ゴーレムを連れて行けないみたいですからね。ということで、お前はお留守番だ」


『ま”ー』


 ソファがちょっとガッカリしたようである。

 自転車の速度が遅くなった。

 だが、街中であることだし、ゆったり進んでもいいだろう。

 入り口近くの商業地区から、住宅の地区を抜けてまっすぐに。

 城の近くは、ちょっと高級な店とお金持ちの家が連なった辺りだ。


「姫様、ウェスカーさん、私、あのお店でご飯食べたいです……!」


 おなかを空かせたメリッサが、夕食を要求してきた。

 

「よし、そうするか」


「そうしましょうか」


「そうしましょう」


「ええっ!? 城に戻らねえのか!? いや、俺はそれでもいいが……」


「ええぇ……」


 ゼインとナーバンを除く、みんなが満場一致である。


「満場一致とは一体……」


 またゼインが悩んでいる。

 かくして、俺たちはちょっと高級そうな酒場に突撃したのである。

 そう言えば、ここは俺とレヴィアが城を抜け出して、立ち寄った店ではないだろうか。


「おい魔導師、覚えているか? ここは、私とお前が戦った場所だ」


「…………?」


 ナーバンが得意げに言ってきた。

 俺は首を傾げる。

 そう言えばここで、炎の魔法に関する気付きを得たような……。

 あっ、あれはナーバンの魔法だったっけ!


「おお、おーおーおー!!」


「お前忘れてただろう!? 魔法合戦で使った炎の魔法、私の炎の矢を応用していたよな!?」


「うむ。ある意味でナーバンは恩人だったかもしれん」


「嬉しくない……」


「まあいいじゃないか。今日は飲もう」


 俺はナーバンの肩を抱くと、一緒に酒場に入っていった。

 ナーバンもやけくそである。

 席に着くと、人数分の飲み物を頼み、料理を注文した。

 ゼインも考えるのを止めたらしい。早速給仕の女の子を口説き始めている。

 メリッサは、料理が来る前に出てきた前菜のチーズを、独り占めにしてむしゃむしゃ食べている。

 ボンゴレとパンジャは動物用らしき食べ物を、テーブルの下で賞味中だ。


「はい、エールに子どもドリンク、お待ちどう!」


 ゼインの口説きをサラッと切り抜けたウェイトレスさんが、人数分のエールと子どもドリンクを持って来た。

 子どもドリンクは、湯冷ましした水に蜂蜜と果汁を絞ったものだ。

 酔い覚ましに飲むと美味い。

 これはメリッサ用。

 全員にジョッキが行き渡ったところで、俺は立ち上がった。


「じゃあ、なんか俺たちの旅のきっかけになったシュテルンをやっつけて、ついでにマクベロンを救ったということで」


「ついでか!!」


 ナーバンの突っ込み。これはスルーする。


「みんなお疲れ様だ。乾杯!」


「乾杯! 今日は酒場の酒を飲みつくす」


「私は二杯目から子どもドリンクにします」


「ご飯! ご飯!」


「これ、ウェスカーのおごりか? じゃあ俺、一番高い料理頼んじゃおうかな」


「かんぱ……うわっ、ゼイン、押すな!」


 俺たちは大いに飲み、食い、騒いだ。

 それはもう、ユーティリット王国に戻ってきた本来の目的を忘れるくらい飲み食いした。

 やがて、すっかり日が暮れて来た。

 メリッサがこっくりこっくり船を漕ぎ始める。


「もう子どもは寝る時間だものなあ」


「私はまだ飲み足りないな。エールは弱いから、幾らでも入るぞ」


「姫様、水みたいに蒸留酒飲んでましたからねえ」


「ウェスカーも酒に強いだろう」


「お互い様でしたな、わっはっは」


「わっはっはではありませんぞ!!」


 いきなり叫びと共に、酒場の扉をバーンと開けて登場した者がいる。

 ゼロイド師であった。


「姫様が戻られたと聞いてから、首を長くして待っていたというのにいつまでも来ないから、もしやと思って来てみれば……!! ええい、この場で報告を聞かせてもらいますよ! ウェスカー、君もだ! なんなら新しい魔法もここで使うんだ!」


 ゼロイド師が飲み会に合流した。

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