第十章・ピースの向こうは海の世界

第58話 ピースはどこに消えたか

 ソファゴーレムを駆り、街道を戻っていくのである。

 道すがらに見るマクベロンは相変わらずひどい姿だったが、魔王軍を撃退したのだからこれからいくらでも復興できるだろう。

 それよりも今は、ワールドピースの行方が気になる。


「フャン!」


「あっ! ボンゴレが見つけたって! 止まってウェスカーさん!」


 メリッサが俺のローブを引っ張ってくる。

 

「見つけたって言っても、どこにも……おっ? なんか草むらから尻が突き出してる」


「そう、それ! 行き倒れてるよ!」


「これはいけませんね」


 街道脇である。

 何を考えて、そんな道外れを歩いていたのかはよく分からない。

 だが、ローブも汚れて、しわになった状態で、ナーバンとやらはぶっ倒れていたのだ。


「以前の回復魔法で、病気などがあっても回復させているはずです。念のためにもう一度使っておきましょう。レストア」


 辿り着いたあと、クリストファの魔法が使われた。

 手のひらが金色に光り、ナーバンに注がれていく。


「……確かに効果は発揮されていますが、おかしいですね」


「どうしたのだ」


「彼には何ら異常は無いということです。倒れている理由がわかりません」


「そうなのか」


「そうなんですよ」


「そうだったのか」


 メリッサがキッと睨んできた。

 俺とクリストファはそこでやり取りを止める。


「そりゃなあ。男として心が折れちまったってやつだ。……なんだ、なんでお姫様、真面目な顔をして首を傾げてるんだ? えっ、本気で全くわからないのか? ええー……」


 ゼインが頭を抱えた。

 レヴィアは本気でどういうことだか分からないようで、珍しくオロオロしている。


「なな、何だというのだ? みんなで私を見て、私に何を期待しているんだ……!? 口で言ってくれ、分からないから……!」


「あー、姫様は姫様ですからねえ……」


 メリッサが生暖かい微笑みを浮かべた。

 ちなみに。

 俺もきょとんとしているわけである。




 膝枕、というものであろうか。

 俺もついぞ体験したことは無い。

 ナーバンは実にとろけそうな顔をしながら、レヴィアの膝に頭を横たえている。


「なんだか羨ましくなってきたぞ」


「そういうものなのか? 私はよく分からないのだが……身動きできないとなると、むずむずしてくるな」


 レヴィア姫は動き回りたくて、肩とか指先とか、落ち着かない風にぴくぴく動いている。

 対して、このナーバンの満足げな表情はどういうことだろう。

 さっきまで空虚な顔をしていたくせに、こうも表情が満たされた風になったを見ると、そこまで影響を与える何かがレヴィアの膝枕にあるのかと興味が出てくる。


「姫様、次は俺、俺で」


「う、うむ」


「じゃあ甥っ子の次は俺で……」


「ゼインさんはだめ! 元気じゃないですか!」


「フャン!」


「じょ、冗談だって! そこの赤い猫大きくなってのしかかって来るのやめろよう!」


 背後が騒がしいぞ。


「ですがナーバンの顔色は随分いいですよ。男心というのでしょうか? それも回復してきたのではないでしょうか」


 クリストファが冷静に、ナーバンの状況を分析する。

 それに、メリッサも同意した。


「うんうん、やっぱり好きな人の膝枕とか一番効くよね!」


「分からない……。だが効果が上がっているところを見ると、そういうものなのか……?」


 首を傾げるのはレヴィアである。


「姫様、うちの一番の知恵者であるメリッサが言うことですからね」


「お前ら、そんな小さい女の子が一番賢いってどうかと思う……!」


 ゼインがなんだか真っ当なことを言って突っ込んだ。

 こうして、しばらく時間を過ごしていると、ナーバンはすっかり元気になったようだ。


「良かった……」


 とか呟きながら、空に向かって真っ直ぐに立っている。

 大変姿勢がいい。


「人生は捨てたものではないのかもしれない……! なあ、ユーティリットの魔導師よ」


「うむ。人生は何があっても割りと楽しいな。そこは同感だ。適当に生きるのは楽しいぞ」


「……ある意味、お前が強い理由が分かった気がする。私はどうやら、二度も助けられてしまったらしいな」


 そう言って、彼は憑き物が落ちた顔で振り返った。


「マクベロンが滅ぼされた今、私はカモネギー伯爵家のナーバンではない。ただのナーバンだ。君たちに全面協力する事を約束しよう!」


「おお、ありがとう! あと、マクベロンはさっき救ってきたんで滅びなかったよ」


「へっ!?」


 俺の返答に、ナーバンが大変間抜けな顔になった。




 このまま、またマクベロンまで戻ってナーバンを送り届けても良かったのだが、本人が、


「いや、それはとても私が居づらいので、ユーティリットまで連れて行ってもらえると嬉しい」


 などと言ったため、同行者を増やして戻りの旅路を行くことにする。

 ナーバンはユーティリット王国で、ピースの座標に関する話をした後、ゼロイド氏と会うらしい。


「マクベロンを救ってくれたこと、心から礼を言う。ありがとう……! だが、王国は大きな被害を受け、復興には時間がかかるだろう。こんな時こそ、我らの魔法が力を発揮する時なのだ。だから、唯一国のみ、無事なユーティリット王国に助力を頼みたい」


 カモネギー伯爵家は、マクベロン王国でもそれなりの権勢を誇る貴族で、政治にも口出しが出来るのだとか。

 ということで、ナーバンの一存でユーティリットからのある程度の支援を取り付けよう、ということらしい。

 一応、国には連絡をしておくとか。


「さあ、改めて、ピースの話だったな。確かに、マクベロン王国が有する、『ピース』なる強大な魔力を持った魔道具は存在している。問題は、誰もそれを見たことが無いことだ。だが、それは確かに存在して、マクベロンへと強い魔力を供給し続けている。我が伯爵家はこのピースへ繋がるという、座標の一つを代々受け継いできた」


 この座標の話、一種の魔法らしく、口伝で伝えると話した人間の記憶からは綺麗さっぱり抜け落ちてしまうし、記録に残しても認識できなくなるらしい。

 だから、ナーバンが持っている座標の知識は、彼しか知らない。

 俺たちみたいに、第三者が一つ一つ聞き集めていくしかないということだ。

 それでも、座標が全部集まって発動させるには世界魔法の力が必要だとかで。


「最後は私の出番ですね」


 クリストファが珍しく張り切っている。

 腕まくりして、気合を入れているのだが、全く日焼けしていないので真っ白である。


「肌すべすべだなあ。触っていい?」


「どうぞどうぞ」


「私もー」


 俺とメリッサで、クリストファの腕をさする。

 おお、なんときめ細かい肌なのだ。

 あと、思ったよりも筋肉あるのな。


「自重で出来る筋力トレーニングは毎日欠かしていませんからね。神懸りとしての条件で、懸垂五十回というものがあり、これが出来なくなった時点で次代の神懸りに受け継がれるという……」


「神秘的な役職なのに、なんでそこは筋肉の話になるんだよ!?」


 ゼインが突っ込んできた。

 対して、レヴィアはいちいち頷いている。


「筋肉は大事だな。私の場合、自重だけでは足りず、自前で訓練のための重しを作っているのだが……こう、最近はこの胸元が邪魔で邪魔で……」


「姫様でかいですからね」


「ひ、姫様、それ以上は戦争ですよっ……!!」


 メリッサがレヴィアに向けて一方的に火花を散らしている。

 そんな事をしている間に、ユーティリットの王城が見えてきた。

 もう少し進むと、城下町だ。


「よし、国に入る前に、座標を伝えておこう。今、私が座標を口にすることで、それは私からは認識できなくなる。君たちも記録したものを、頭の中で通して読むのはやめておいたほうがいい。記憶から消えてしまうからな」


「では、これは俺が管理しよう。詠唱とかめんどくさくて頭に入ってこないからな。だから、俺なら記憶から消えたりしないのだ。記憶しないから」


「……ひどい話だが、君が最適だな」


 記録係は俺に一任された。

 ナーバンが話し始める、ピースの座標を表す言葉。

 これを書き綴っていく。

 すると、他の王族や貴族たちから聞いた言葉と繋がり、紙に記された座標の言葉が輝き出す。


「ウェスカー、何か凄まじい魔力の奔流を感じます。これはまずいかもしれません」


「まずいか」


 クリストファの危惧の内容が分からないが、彼は俺よりも魔法に詳しいので、危ないと言うなら危ないのだろう。

 何とかせねばならない。


「魔力の渦があふれ出します! ピースを呼び出す前に、この辺り一帯に大きな魔力による災禍がもたらされるかもしれませんよ」


「なるほど、どれどれ? ええと、魔力の渦が……あ、右回りなのね。じゃあ俺が左回りの渦を作って足しておくから、これで相殺っと。ええと、魔力渦巻きマナ・ボルテックス


 座標の言葉が生み出した魔力を、俺なりに見てみて、即興で作った魔法だ。

 座標の魔力を逆回しにしただけなので、言うなれば今回みたいな事態への専用魔法。

 生まれた魔力の渦は、俺の魔法と打ち消しあってスーッと鎮まっていった。


「な……何をしたのだ、今!? 前々から思っていたのだが、君は、どういう理論で魔法を使いこなしている……!? この優秀な私の目を通しても、君がその場その場で即興の魔法を作り出しているようにしか見えないのだが……!!」


「そう、それ」


 ナーバンが上手いこと言ったので、俺は正直に肯定した。

 すると、彼は絶句したようである。


「ウェスカーは頼りになるぞ。その状況に最適な魔法を作り出すからな。魔王軍を蹴散らすには、欠かすことができない才能だ」


 レヴィア姫は何だか誇らしげであった。

 何故嬉しそうなのかよく分からんが、姫様が嬉しそうだと、俺もちょっと嬉しくなるのであった。

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