閑話:一方、魔王軍は 3

第57話 魔将が集いて会議は踊る

「博士、さっきから一体何をやっておるのかね?」


 野太い声が響いた。

 青く天蓋が輝く空間である。

 数百人が入ることが出来るほどの広さがあり、中央には鮮やかに赤いテーブルが置かれている。

 テーブルはごつごつとした突起に満ち、時折、表面に空いた穴からその中に住むものが顔を出す。

 珊瑚虫である。

 テーブルそのものが、一つの珊瑚なのだ。

 そして、ぶくり、と泡が浮かび上がり、天蓋へと漂っていく。

 突き抜けた。

 それは、天井ではない。

 海の底であった。


「会議中であろう。ようやくこうして、数百年ぶりの会合を我輩が開いたというのに、集中力が無くて困る」


『いやな、あの新参者が人間に敗れたとかでな』


「シュテルンか」


『元人間の分際で、魔王様に目を掛けられたからと粋がっていたな! 死んだか! ははは!』


 別の声が響き渡る。

 テーブルの前に座しているのは、二人。

 一人は空間の一割を覆うほどの巨躯で、海底から注ぐ青い光が、その鱗に覆われた肌を照らし出している。

 もう一人は、のっぺりと無機質な輝きを放つ、人間と魚の特徴を持った女……いや、その彫像だ。

 だが、どこか彼女の表情は挑戦的で、強い眼差しを巨躯の者に投げかけているように見えた。


「フォッグチル、プレージーナ、そしてシュテルン。瞬く間に三名の魔将が下された。これは異常事態である」


『ですなぁ。魔王様も興味を持たれたようで、人間どもに接触したようですがぁ……』


『うむ、おおむね、取るに足らぬ奴ばらだったということじゃな。だが、一人の女は勇者の資質があったという』


「ほお」


『勇者! はん! そんなん、おとぎ話だろう。俺たち魔物の天敵! 前に出てきたって時だって、俺のひい爺さんの代だったって言うぜ?』


『魔王様の言葉を疑うのかの、フレア・タン?』


『魔王様だって間違える事もあるだろうよ! それに、未熟だってならその時殺しちまえば良かったんだ』


『ところがの。一人訳の分からぬ男がいたらしくてな。人間の身でありながら、魔王様の魔法を打ち消したのだとか』


『はあ!? それこそありえねえ! 分体だろうと、俺たち一人ひとりに匹敵する魔王様だぞ!?』


「異常事態であるな」


 巨躯の者は、重々しく頷いた。


「そして、先の質問に戻るのだが博士よ」


『おう、おう。ネプトゥルフ。これはな、シュテルン子飼いの死霊術士が、彼奴めの灰を持ってきてな。一つ、わしの魔技術を試して、再生してやろうと思うてな』


『余計なことすんなやジジイ!』


『フレア・タンは苛ついてますなぁ。みどものように、大らかな心でおった方が楽ですぞぉ』


『るっせえ、ウィンゲル! てめえはいつも空をふよふよ漂ってるだろうがよ!』


『何を仰る。みどもは神々の封印を守る重要な役割を、魔王様から預かってますぞぉ』


『ああー! なんでてめえがそんな任務を受けてんだよ! それこそ、俺がだなぁ!!』


『フレア・タン、少しは静まれ』


 五人目の声が響き、一瞬、彼らは押し黙った。


『魔将のうち三名が欠けたが、シュテルンは再生できるということだな? 灰を回収できたことは僥倖であったな。魔博士オペルクの力、頼りにしておるぞ』


『任せて欲しいものじゃの。しかし、覇竜のアポカリフ殿が口を開くなど、それこそ千年振りではあるまいかね』


「それだけの異常事態ということである。重要案件なのだ。まずは、勇者になるかも知れぬ者が現われた。そして、訳の分からない、だが魔王様の魔法を打ち消す者が現われた。この情報は共有しておくべきと思うが」


『賛成ですなぁ、ネプトゥルフ殿。まぁ、連中、このウィンゲルの領域まで来ることは叶いますまいがぁ。一匹ネズミが逃げ出しましたがぁ、その後、世界は閉じてしまいましたからなぁ』


『ネプトゥルフ! てめえがヘマをこいてを奪還されなきゃ、連中は身動きができねえんだ! 分かってんだろうな!?』


「よく分かっているとも。故に、我輩はこの会議を招集したのだ。情報共有は充分かと思うが、どうか?」


『意義はないぞい』


『いいですよぉ』


『おうおう、さっさと通信を切っちまえ!』


『うむ』


「では、これにて魔将の会合を閉会する」


 巨躯の者、魔将“深海”のネプトゥルフが告げると、その空間からすべての気配が消えた。

 彼は、無数の触手に覆われた頭部を傾けると、深く溜め息をついた。

 大量の気泡が、空……海底に向けて吹き上がっていく。


「我輩が心配性なだけであろうか。どうも、胸騒ぎがするのだよ」


 ネプトゥルフの視線が、魚の下半身を持つ、女の彫像に注がれる。

 一瞬、彫像は目線を彼に向けて投げたように見えた。

 彫像ではない。

 何らかの手段で、像に変えられた存在なのだ。


「ピース。これが奪われれば、人間どもは海を取り戻すだろう。そしてうぬよ、海の娘よ。我輩は、うぬを奪われるわけにはいかんのだ。ピース以上に、な」


 海の世界を支配する魔将の呟きは、誰にも聞かれること無く消えていく。

 遥かな海底に存在する、海魔の城。

 その中心で、巨大なる魔将は、神ならぬ魔王に祈るのだった。

 この平穏が、永く永く続く事を。

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