第62話 ウェスカー、イカを食べる

 巨大な魚の魔物を獲った俺たちである。

 これをぐいぐいと牽引しながら大きな舟に戻ってくると、船員たちが驚いて、わあわあと騒ぎ出した。


「そ、そ、そいつをあんたたちがやったのか!?」


「漁の道具なんか何も持ってないじゃないか!」


 何を驚いているのか。


「いいか。海を凍らせれば魚は浮くだろう。そうしたら、武器に魔法をかけたり、魔物をけしかけてやっつけるんだ。簡単だろ?」


 俺の説明に、船員たちは目を白黒させた。

 なぜだ。

 レヴィア姫は大変納得した表情で、うんうんと頷いているし、メリッサに至ってはおいなんだその生暖かい微笑みは。


「仕方ない。実践して見せよう。俺は今ちょっと調べたい事があるので、ばんばん魔法を使いたいのだ」


 俺は舟の脇に小舟をつけると、近場の水面に手をつけた。


「“ワイド・セパレーション”」


 次の瞬間、大きな舟を包む海が、真水と塩にスパッと分かれる。

 突然舟の前方に出現した塩の山に、船員たちがどよめいた。

 それは副産物だぞ!

 本番はこっちだ。


「“形状変化フォームチェンジ氷の平原アイスプレーン”」


 俺の手が突っ込まれた場所を中心にして、あたり一体があっという間に凍りついた。

 俺の手も凍りついた。


「ギョエー」


 あまりの冷たさに、俺はガクガク震えた。


「あっ、ウェスカー大丈夫か!」


 レヴィア姫が躊躇無く、凍った水面に飛び降りてくる。

 そのまま素晴らしい勢いで着地すると、勢い余って氷を蹴り割り、水中へザブーンと没して行ったのである。


「いかん、姫様が沈んだ」


「甥っ子よ。あのお姫様、思いつきで生きてるだろ……。よく今まで生き残ってきたなあ」


「そりゃあ、姫様はめったやたらと頑丈だからな。ちょっと助けてくる」


 俺はローブを脱ぎ捨てると、鼻を摘まんで海中に身を躍らせた。

 俺は泳げないが、「”ぶびべいぼぼーばークリエイトウォーター”」俺の背後にどんどん水を作って、水中を突き進む。

 すぐに、沈んでいくレヴィアが見えた。

 なんで氷が割れたのだろう、解せぬ、という顔をしている。

 途中で、ハッとしたように泳ぎ始めた。

 どんどん浮上してくる。

 俺は彼女に向かって手を伸ばした。

 レヴィアはそれを見て、ちょっと笑った。

 俺の手をがっしりと掴む。

 そのまま、足下にガンガン水を作りながら浮上する俺である。

 勢い余ってピョーンと空中に飛び出した。

 二人揃って、大きな舟の甲板にペチッと落ちる。


「いや、危ないところでしたね」


「ああ。思いのほか冷たくてびっくりしたな!」


 笑う姫様である。

 髪や衣類が濡れて、肌に張り付いている。うむ、けしからんボディライン。


「二人とも、そのままにしてたら風邪引いちゃいますよ! 船員さん、何か体を拭くものは無いんですか!?」


 メリッサが甲板を駆け回る。

 彼女の勢いに押されて、布の端切れみたいなのが持ってこられた。

 そして、船長らしき男が膝を突いて懇願してきた。


「船が氷に包まれちまって動けねえよ。これじゃあ、島に戻れない! これをなんとかしてくれえ」


 随分腰が低くなっているな。

 レヴィア姫の説得と、俺の魔法が効いたらしい。

 船員たちも、遠巻きに俺たちを眺めるばかりで、目が合うと真っ青になって逸らす。


「なるほど」


 俺はとりあえず、凍って動けなくなったことはよく分かったので相槌を打っておいた。

 背後では、大きな魚が運び込まれているところだ。

 甲板の一部を占領するくらいの大きさで、船員が騒ぐのも構わずに、ゼインとボンゴレが二人がかりで、どんと船上に乗せた。


「解体はちょっと骨だな」


「そこは任せてください。私の世界魔法にも、攻撃を行なう魔法がありますから。“聞き届けたまえ。天よりの輝きを以って、神敵に誅を下す。輝きの刃フォトン・ソード”!」


 詠唱と同時に、クリストファの指先に金色の光が生まれた。

 それは魚に触れると、接触面を焼き焦がしていい匂いを漂わせながら切断していく。

 とても美味しそうだ。


「すごい! 魚を切り分けながら、同時に切ったところを焼いて美味しそうにさせてしまうなんて!」


「うむ、塩とか振って食べたいな」


「私も腹が減ったな」


 俺とメリッサ、そして濡れ髪を布で覆ったレヴィアが、並んで腹の虫を鳴かせる。


「この焼き加減が難しいのです。私も使い慣れない魔法ですから、実戦では使用がなかなか……あっ」


 魚を貫いた光が、船べりに触れて、ブオッとその辺り一帯を消し飛ばした。


「失敗失敗」


「勘弁してくれ! 頼む、勘弁してくれえ!」


 船員たちが伏して俺たちに懇願してくる。

 どうしたのだ、どうしたのだ。


「うう、私も気持ちが分かるなあ。ウェスカーさん、きっとみんなお腹がすいてて気が動転してるんですよ」


「なるほど。メリッサ賢いなあ」


 流石は我がパーティ一の知恵者である。

 俺たちは、親交の証として、魚を船員たちに振舞う事にしたのだった。

 何故か、船員たちはみんな泣きながら魚を食べていたような気がする。確かに、泣くほどではないが魚は美味しかったように思う。

 俺が汲み上げた、塩と分離した水を、みんな浴びるように飲んだ。

 結局、氷の溶かし方がよく分からなかった俺は、自然解凍に任せることにした。

 三日ほど舟はその場に残る事になり、その間、何度か魔物の魚が顔を出した。

 それを、ゼインとクリストファとボンゴレが獲るわけである。


「私も魚釣りがしたいな」


 と姫様が言うので、途中からメンバーを交代した。

 ここでレヴィアは、魚をギリギリまで引き付けてから殴り倒すという、画期的な漁を編み出した。

 無論、拳である。


「流石に拳はないだろう……。俺はこん棒だ、こん棒」


 ゼインも負けじと、こん棒で魚を殴り倒す。

 殴られてふらふらになった魚を、クリストファが練習がてら、光の魔法で焼いて〆るのだ。

 その度に海が魔法に触れて爆発し、舟は大いに揺れた。

 最初の内はなんか泣き叫びながら右往左往していた船員たちも、途中から慣れたようである。


「段々、クリストファさんの魔法も上達してきましたなあ。今日の爆発は小さいようで」


「クリストファもなかなかやるよな」


 船長と俺が並んで漁の様子を見守る。

 激しく揺れる船の上で、船員たちは「そろそろ塩焼きも飽きたよなー」などと言いながら、魚搬入の準備をするわけである。

 そして最終日。


『偵察に出した連中が誰も戻ってこないと思ったら!! この船が原因かーっ!!』


 何か怒りの言葉を撒き散らしつつ、ピンク色のヌメヌメした大きい魔物が出現した。

 頭が三角形をしていて、長く伸びている。大きさは、この舟の半分くらい。

 触手をたくさん生やしていた。


「ひい、く、クラーケンだああ!? こんな近海まで出てくるなんて聞いたことがないぞ!!」


「なるほど。美味しいの?」


 驚きの声をあげた船長、俺の返答を聞いて目を剥いた。


「クラーケンを食べる奴はいないですよ……。いや、イカの一種なんで、食えるかもしれないですが」


「イカとな」


 未知の生命体だ。

 これは食べてみる価値があるかもしれない。


「いや、ウェスカー、ありゃだめだ。小便くせえぞ! 臭くてとても食えたもんじゃねえ!」


 漂ってくるクラーケンの臭いを嗅いで、ゼインが顔をしかめた。


「臭い抜きをする魔法……。流石に私も、それは知りませんね……」


 クリストファが眉根にしわを寄せる。


「でも、食べるところが多そう……! ウェスカーさん!」


 メリッサから注がれる熱い視線。


「フャン」


『キュー』


 ボンゴレとパンジャも、俺に期待している……ような気がする!


「ウェスカー。そろそろ氷も融ける頃合だろう。この辺りで一つ、変わったものを食べてみるのも一興だな」


 俺の横に、レヴィアが立った。

 彼女の衣服は、船員から拝借した男物である。

 背が高くてガタイがいい姫様には、実によく似合う。

 風に靡く金髪は、ちょっと伸びたようだ。肩を超えるくらいの長さがある。


「突っ込め、ウェスカー!」


「了解!!」


 レヴィア姫からのオーダーを受け、俺は宙に舞い上がった。


『何ッ!! 我に襲い掛かってくるとは、正気か人間!? ええい、叩き落してくれるわ!!』


 クラーケンから、一際長い触手が伸びてきた。

 そこには吸盤がびっしりついていて、中から鉤爪みたいなものが覗いている。

 触れたら引き裂かれてしまいそうだ。


「とうあ! アイロンキック!!」


 俺は空中で靴を脱ぎ捨てると、猛烈な蒸気を吐き出す足で、触手を蹴った。


『ギャワーッ!!』


 じゅーっといい匂いがして、触手が白く変色する。

 クラーケンの悲鳴が聞こえた。

 落下し始めた俺は、もう一方の足から蒸気を吹きながら飛び上がる。


「援護するぞ甥っ子!」


 ゼインが、ロープ付きの銛を何本も抱えている。

 大きく振りかぶり、これをクラーケン目掛けて投げつけていく。

 全て、クリストファによる魔法強化つきだ。

 光る銛がクラーケンに突き刺さった。

 魔物は悲鳴をあげてのた打ち回る。


『な、なんということだ!! こんな怪しげな技を使う連中の情報が、なぜ今まで無かったのだ! も、もしやこやつら、ネプトゥルフ様が仰っていた勇者の一行……!?』


「次々送り込まれてくるお魚は、私たちが美味しくいただきました! あなたも美味しくいただきます!!」


 メリッサが堂々と宣言し、頭の上にパンジャを載せた。


『キューッ』


 パンジャは青くて丸い体をプルプル震わせながら、クラーケン目掛けてへろへろした光線を放つ。

 これを避けようと触手が伸びるが、光線はなんと、触手に巻きつき、クラーケンの動きを止めてしまう。

 この隙に、俺は全身からアイロンを噴出し、クラーケンの頭に抱きつくのである。

 うおー、ぬるぬるしとる。


『ウグワーッ』


 クラーケンが絶叫し、頭の三角形の辺りが焼けて白くなってきた。

 小便っぽい臭いが俺を包み込む。これはたまらん。


「臭い臭い! ええい、臭いを消す魔法を……”臭い分解デオドリゼーション”!」


「おお、今ウェスカーが使った魔法は、世界魔法ですよ。世界を構成する、ごく小さな要素に働きかけて、この組み換えを行なうとても高度なものです。余りに臭くて反射的にマスターしたんでしょうね」


 クリストファの説明に、レヴィアが分かってるんだか分かってないんだかという顔で頷く。


「つまり、ウェスカーに任せれば脱臭されるわけだな? であれば、食べることも出来るだろう。ウェスカー、そこをどけ! 止めを刺す!」


「へい」


 俺はクラーケンから離れて、舟の方に戻っていく。

 姫様は既に、その手に光り輝く剣を携えていた。

 握りの端っこにロープが結わえられている。

 投げつけて、海に落としたら大変だからな。


『ネ、ネプトゥルフ様に報告せねば……! こ、こやつらは危険すぎる! 我を食べ物としか見ていない……!』


「おっと、逃がすかよ!」


 クラーケンの全身に突き刺さった、ロープつきの銛を操作しながら、ゼインが魔物の動きを食い止める。


「観念せよ! そして、私たちの食卓に並ぶのだ! とあーっ!!」


 そこへ、レヴィアが思い切り、剣を投げつけた。

 輝く剣が突き刺さる。


『ウグワワワーッ!!』


 一瞬で、クラーケンの全身が真っ白に焼きあがった。

 巨体が水面に、ぷかっと浮かぶ。

 後は、これを脱臭するだけであった。


 初めて食べるイカの肉は、美味であった。

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