第52話 ウェスカー、城攻めをする

「では城に直行しよう」


 レヴィアの提案というか、決定により、俺たちはマクベロン王国入口から、いきなり王都のしかも王城を落とすことに決定した。

 大変脳筋な戦法である。

 俺はこういうの大好き。


「うん、どうせやらなくちゃなら、やるべきだと思います!」


「そうですね」


「えっ、俺は行きたくないな」


 満場一致で行くことになった。


「おいっ!? 俺は!? 俺、俺!!」


 ゼインが荷車で騒いでいる。

 だが、俺は叔父さんが付き合いがいい事を知っているぞ。


「叔父さん、俺がお茶を淹れてやるから一杯飲む間に考えるのだ」


「お茶かあ。お前のお茶は美味いんだけど、こう……俺は久々に酒が飲みたいなあ……」


 俺も荷台に移り、湯など沸かして茶葉を用意する。


「おや、ウェスカーのお茶ですか。私もご相伴にあずかりましょう。茶菓子の類は、メリッサさんの袋がありますから安心ですね」


「こっ、こらああああ!!」


 ソファの方から悲痛かつ切羽詰まった怒声が響いた。

 クリストファはそんな声などどこ吹く風である。


「大丈夫ですよ。マクベロンにはきっと、ユーティリットとは違うお茶菓子があるに違いありません。メリッサさんは未知の味に挑戦するべきです。私たちはその手伝いをするだけですよ」


「へえ、そうだったのか」


「そうだったのですよ」


「綺麗な顔して凄いこと言うなあ、あんた……。おっ、茶菓子うめえ。やっぱ、焼き菓子はユーティリットだな」


「あーっ!! 私のお菓子食べたー!」


 大騒ぎである。

 俺は粛々と茶を淹れると、


「粗茶ですが」


 彼らに茶を差し出した。

 男が三人で、狭い荷車に詰め込まれ、茶をすすりながら甘いお菓子を食べる。

 女子二名はソファに座って、最前列にいる。

 なんとも不思議な光景である。


「お嬢ちゃん、マクベロンが解放されたら、俺がとびきりの菓子を奢ってやるよ。うちの国のは、こういう軽快な焼き菓子と違って、ケーキの類だからな……」


「け、ケーキ……!? それって、王宮で食べたあのふっくらした、甘くて上から蜜をかけて食べる、お腹いっぱいになるお菓子……!?」


「パンケーキか。そんなもんじゃねえぞ。白くて甘い濃厚なクリームを塗ってだな。そこに赤い果実の切り身を乗せたホワイトケーキとかな。チーズクリームを混ぜ込んだチーズケーキとかな……。チョコレートケーキは絶品だぞ。蒸留酒に合う」


「ひえーっ」


 メリッサがソファの上で転げた。

 彼女の想像の許容量を超えたようだな。

 だが、聞きしに勝る凄まじい菓子文化である。


「ウィドンのカラフルシュガーなる菓子も凄かったが、マクベロンも凄いのだな……。俺はワクワクしてきたぞ」


「よし、ならばワクワクついで、ウェスカー出番だぞ」


 レヴィア姫からのお呼びが掛かった。


「ほう、俺の出番とは一体……」


 俺がアイロンの魔法で空に飛び上がり、ソファに戻っていくと、前方のレヴィアが言っていた出番とやらが見えた。

 なるほど……。

 目の前に王都。

 そこから溢れ出す、無数の骸骨兵士たち。

 あるいは、石造りの家が崩されて、それが複雑に組み変わり、石のゴーレムになる。


「おいおい、やべえぞ……! あいつら、斬っても突いても簡単に死にやしねえ! それがあんな数、冗談じゃないぜ」


 ゼインがちょっと青ざめながら呟く。


「一体一体なら物の数じゃねえが、俺はあんな大人数、相手にするように出来てねえからな!」


 叔父さんの言葉に対し、レヴィアは胸を張り微笑んだ。


「安心せよ。あれらの天敵が、ウェスカーだ。よし、行けウェスカー! 薙ぎ払え!!」


「おうよ! ワイド・エナジーボルト!!」


 俺の十指から、そして靴を脱ぎ捨てた足の十指から、二十本のエナジーボルトが放たれる。

 以前は、たくさんぶっ放すと一発ずつの威力が落ちていたんだが、随分俺もパワーアップしたらしい。

 ワイドエナジーボルトに貫かれた骸骨兵士たちが、次々に紫色の炎を上げて燃え上がる。


「ウグワーッ!!」


「こ、これはなんウグワー!!」


「空から雨のように降ってウグワーッ!!」


 その俺を、後ろから抱えたレヴィアが、縦横無尽に振り回す。

 あっ、背中に胸が当たってる!!


「おお……とんでもねえな……! 骸骨どもが、まるで蟻の群れみたいに駆逐されていくぜ……! だがよ、ゴーレムはどうする?」


「そこはそなたの出番だろう、ゼイン。それと、メリッサ」


「はーい! 行くよボンゴレ! あいつらをぶっ飛ばして!」


「フャン!」


 ソファゴーレムから、巨大化したボンゴレが飛び出した。

 ゼインも、やれやれと言いながら荷車から飛び降りる。

 背中には、槍と斧を背負っている。


 俺のエナジーボルトを掻い潜りながら、ボンゴレがストーンゴーレムに飛びかかった。

 振り落とそうと暴れるゴーレムの体を軽々と駆け上がり、その頭を咥えて力任せに千切り取る。

 そして倒れ始めるゴーレムの上に乗りながら、周囲に向かって尻尾から光線を放つのだ。


 ゼインは、背負っていた槍を持って走ると、力を込めて投擲した。

 どうやら相当穂先が丈夫らしい槍は、ストーンゴーレムの体に突き刺さり、貫く。

 一瞬動きを止めたゴーレムに向かってゼインは駆け寄りながら、その足元を斧で叩き割った。

 体を支えられず、転倒するゴーレム。

 通り過ぎながら、ゼインは槍を回収だ。


「よし、私も出るぞ!」


「あっ、姫様、ゼインが羨ましくなったからって俺を捨てて駆け出さないで下さい」


 俺はぺいっとその辺に放り投げられた。


「ウェスカー、我々はソファゴーレムを使って、彼らの後を追いましょう」


「なるほど」


 その手があった。

 視界では、レヴィア姫が何やらまた一陣の風になり、王都の周囲に陣取る魔物たちを粉砕しながら一直線に突き進んでいる。

 大物は、ボンゴレとゼインが片付ける。

 俺は時々エナジーボルトをぶっぱして、骸骨を減らす。

 クリストファは、こちらに向かって攻撃してくる魔物たちを、光の障壁を作り出してガードする。

 メリッサはお菓子を食べる。

 ……こらっ。


「だ、だって! もったいないんだもん!!」


「またおでぶになるぞ」


「なぁっ!? な、なりませーんー!! 私もちゃんと運動してるから太りませーんー!!」


「ですが、そろそろメリッサも、自衛の手段を身に着けたほうが良さそうですね」


 このようなやり取りをしつつ、大変和やかな雰囲気でマクベロン王都のへ突入を果たした俺たちなのであった。




 街中へ入り、大変な有様になっていることに驚く。

 家々は崩され、あちこちで紫の炎が上がり、道はまるで一直線に凄まじい破壊力の何かが駆け抜けたようにえぐられているではないか。


「誰がこんなひどいことを」


「私たちが今やりましたね」


 さらっと突っ込んでくるメリッサ。


「随分と静かになってしまったな。外に出てきた連中を倒し尽くしただけなのだが」


「そりゃあ、迎撃部隊全滅させりゃ、静かになるだろうがよ……。しかし、あの骸骨どもを抑えられるだけで、ここまで楽になるとは思わなかったぜ……。うちの甥っ子はすげえな」


「ああ。ウェスカーは優秀な魔導師だ。現在、魔王軍と渡り合える唯一の魔導師と言っていい」


「おっ、褒められてるぞ」


 俺はちょっと調子に乗って胸を張った。


「だがな、甥っ子よ。ここからは街の中に敵が潜んでいると思うぜ。注意して進まなきゃ……」


「ソファゴーレムで王城まで突き進めば良かろう」


 レヴィア姫からのオーダーが来た。

 全速前進、了解である。


「ソファ、全速力!」


『ま”!』


 ソファはぐるぐると足を回転させて、踏み台を連続して踏み始めた。

 自転車が猛烈な速度で走り始める。

 王城へ続く道はぐねぐね蛇行していて、家が立ち並んでいる。

 軍隊が一度に攻め込めないようにしているらしいのだが……。

 ソファゴーレムはその辺無視して、一直線に走る。


『ま”ーっ!!』


「げえっ、こっちに真っ直ぐ来やがっウグワーッ!!」


 家ごと、潜んでいた骸骨兵士たちがぶっ飛ばされていった。

 次なる家を踏み潰す。


「まさか、こっちに真っ直ぐ来るとはウグワーッ!!」


 家ごと、潜んでいた骸骨兵士と亡霊たちがぶっ飛ばされていった。

 こんな要領で、ひたすら真っ直ぐ力づくで突き進む。

 飛んでくる瓦礫などは、クリストファの魔法で防御するのである。


「ひでえ! これはひでえ! いくら魔王軍だからってあんまりだ!」


 ゼインの声が聞こえてくる。

 心優しい叔父さんである。


「叔父さん、きっと暴れて腹が減ったんだな。そこにある保存食を食っててくれ」


 俺は彼のために休息タイムを与えることにする。

 横では、既にレヴィア姫が、自主的に栄養補給をしているからだ。

 姫様は、魔王軍と戦っていない時は、割りと静かなこともまま、ある。

 今は貴重な静かな時間なのだろう。

 王城を険しい目つきで睨みながら、パンに干し肉と漬物を載せて、オリーブオイルをかけて食べながら、ぶどう酒で流し込んでいる。


「姫様、俺にも同じの下さい」


「いいだろう。オリーブオイルは多めにしておくか?」


「漬物どっさりで」


「この欲張りめ、そら、漬物大盛りだ」


「やっほう!」


 俺がレヴィアに作ってもらった肉乗せパンをむしゃむしゃやっていると、その間にソファゴーレムは王城まで辿り着いたようだった。

 城門の上から、見たことがある男が俺たちを見下ろしている。


「まさか……これほど速く到達するとはな。諸君は、無視してきた街に潜む我らの同胞が、挟撃してくるという発想はなかったようだな」


「この持って回った言い回し……。貴様か、鮮烈のシュテルン!」


 レヴィアは、食べ終わると同時に手にしたぶどう酒の瓶ごと、城門の上の男を指し示した。


「瓶を降ろしてからでいいから」


 流石シュテルン、紳士である。

 赤い甲冑を身にまとった、髑髏兜の男。

 額からは一本の角が突き出ている。


「おい、あいつは半端じゃないぞ。レヴィア姫様、あんたは強いが、あんたの技じゃあれには勝てん」


「何っ!?」


 ゼインの言葉を聞いたレヴィアが、不満げに唸る。


「技には技だ。俺が相手をするって言ってるんだよ」


 そう言うなり、ゼインは荷車を降りて歩み出た。

 おお、叔父さんカッコイイではないか。

 そして、そんな俺の袖をメリッサが引っ張る。


「ウェスカーさんウェスカーさん!」


「なんだい」


「あれ! 塔の上を見て下さい! ほら、あそこに……」


 王城の両側に立つ尖塔、その向かって左側だ。

 俺たちを見下ろす、白いドレス姿の女性がいた。

 あれは誰だろう。


「私、お姫様って初めて見る……」


 メリッサがうっとりして呟いた。

 そうだな。姫様らしいお姫様は初めてだな。

 つまり、あれは恐らく、ゼインが言っていた、小アンジェレーナというお姫様なのだろう。

 彼女を助ける算段もつけなくてはならないらしい。

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