第51話 畑からゴーレム
では行くかと言う事になり、休ませていたソファゴーレムを立ち上がらせた。
荷車を牽かせるのは変わらないんだが、そこにあった食べ物は俺たちのお腹の中にごっそり消え、空いたスペースにゼインを放り込む。
「げえ、男と一緒か……!! ああ、もう、この兄ちゃんが女だったら放っておかないくらいの別嬪さんなのになあ」
「それはどうもありがとうございます」
クリストファとゼイン、二人並んで荷車に揺られる。
ナーバンは置いてきた。
「レヴィア殿下、私も戦える! 私も連れて行ってくれ!」
とか言うのだが、レヴィアは冷徹に、
「詠唱せねば魔法を使えない者は、これからの戦いについてこれない。自分の足でユーティリットまで亡命するように」
という大変厳しいお達しを与えたのである。
確かに、魔法合戦の時も、俺の炎の玉を魔法で防ぐ余裕が無かったくらいだからな。
試合であれなら、本番なら火を見るより明らかである。
「それだけではない。あの魔導師は頭が固い。致命的だ」
俺の隣で、レヴィア姫が腕組みをしながら言う。
腕組みをすると、なるほど、胸元辺りが大変けしからんことになるではないか。
「なるほど、これはけしからんですな」
「ボンゴレ! ウェスカーさんのお尻を噛んじゃいなさい!」
「フャン!」
「いたい!」
おかしい……。何故メリッサは、いつも俺の目が姫様の胸に向いていることが分かるのだろう。
ちなみにボンゴレは、俺のお尻に噛み付いた後、「フャーン」という悲しそうな声をあげてぶっ倒れた。
「あっ、ボンゴレが悪いものを食べて……!」
「俺の尻が悪いものなのか」
おかしい、三日に一度は風呂に入っているのだが。
俺は尻をぽりぽり掻きながら、ソファに指示を出す。
俺の尻の肉は頑丈らしく、ボンゴレの牙を受けてもまたふんわりと元の形に戻っているのだ。
伊達に、魔法ででかいスケルトンを撃退した尻ではない。
「検問所の向こうは、一面の畑なのだな? 柵も随分厳重だ」
レヴィア姫がしみじみと言う。
俺は言われて初めて気付いた。その上、特にマクベロン王国に対する知見も無いので、「ほへえ」などと適当な相槌を打つのである。
その辺詳しそうなゼインは、荷車でぐうぐうと寝ている。
大変神経が太いな。
「畑は荒らされてないんですねえ。魔王軍は、エフエクスを支配した時も、人間を襲うばかりで動物とか作物には手をつけなかった気がしました」
「人間を目の敵にしているのだろうな」
「ほほお」
頭の良さそうなメリッサの言葉に、俺はまた適当な相槌を返す。
レヴィア姫は、何やら自分なりに魔王軍の動きに結論をつけて、闘志を新たにしているではないか。
「姫様が嬉しそうなら、俺はそれで良いと思う」
「私は嬉しそうだったか? いかんな」
レヴィアが自分のほっぺたを、ぺちぺち両側から叩いた。
メリッサがじーっとそれを見て、すぐに俺を見て、にやっと笑った。
子供がそんな笑みを浮かべてはいけません。
「べーつにー。私はそれじゃあ、ボンゴレを介抱してますからごゆっくりー」
「何をゆっくりと言うのだろう」
「ゆっくり進んでいては、いかな魔王軍とて守りを固めてしまうだろう」
「そうだそうだ」
俺とレヴィアの返答を聞いて、メリッサが目に見えてガクッと崩れ落ちた。
「何もいうまい……」
メリッサは、赤猫介抱に没頭し始めたようだ。
さて、レヴィアがさっさと戦いたいようなので、俺はソファを加速させるとしよう。
「よし、行くぞソファ……」
指示を与える途中で、その詠唱が響き渡った。
「“魔王よ! 溢れる土塊から御身の下僕を作りたまえ!
聞いたことがあるような声だ。
俺は声を発した主を探す。
すると、空を飛んでいるカラスみたいな奴を見つけた。
こいつの口から、人間みたいな声で詠唱が流れてくるのだ。
それも、同じ詠唱を全く変わらず、何回も流してくる。
「ややっ、ウェスカー。あれは魔王軍の魔導師が詠唱したものを、繰り返し発動させる魔物です! 姫様も気をつけてください!」
荷車から、クリストファが警戒を求めてくる。
「なるほど。しかも詠唱の内容は従者作成と来た。来るぞ来るぞ」
レヴィアが剣に手を触れた。
戦闘準備ということだろう。どうせ拳で殴るのだろうが。
ひっくり返って、メリッサにお腹を撫でられていたボンゴレも、何事も無かったかのように起き上がり、ぐるる、と喉を鳴らす。
さてはメリッサに撫でられるために死んだ振りをしていたか。
荷車側では、ゼインが身じろぎした。
俺たちが身構えた直後だ。
ソファゴーレムの目の前に、巨大な腕が突き出してきた!
それを容赦なく自転車で轢くソファゴーレム!
『も、もがーっ!?』
土の中からくぐもった悲鳴が聞こえた。
進行方向に腕を出すから。
「よし、ソファ、そのままゴー」
『ま”』
ソファゴーレムは、気分よく自転車を漕いで行く。
鼻歌まで聞こえてきた。
こいつ、いつの間に歌えるように……。
「え、ええい!! ゴーレムども、恐怖を煽るように出現するのはやめだ! 一気に行くぞ!」
空のカラスみたいな魔物が、露骨に焦った声を出した。
まさか目の前に突き出した腕を真っ向から踏んでいくとは思わなかったのだろう。
周囲の畑から、次々にゴーレムたちが慌てて飛び出してくる。
一体は土を掻き分け、上半身を乗り出したところでお尻が引っ掛かり、ばたばたする。
一体は先達の失敗を参考にし、注意深くお尻周りの土を削ってからそろーっと出てくる。あまりにゆっくり出てくるので、俺たちはすぐに横を通過してしまった。
一体は飛び出すと同時に、肥溜めに落下して嘆く。
「個性的だなあ、魔王軍のゴーレムは」
「ソファちゃんもかなり個性的ですけどね!」
メリッサがソファにちゃん付けしているぞ。
だがまあ、ゴーレムがこんなに出てくるのが遅いなら、無視して直進できるな。
俺はソファと一緒に気分よく鼻歌など奏でながら、もりもりとマクベロンの街道を突き進む。
「あー! あー! 待て! 待ってー!! 行かないでー!」
後ろからカラスの魔物が悲痛な叫びをあげる。
待てと言われて待つソファはいないのだ。
俺たちはあっという間に、畑地帯を通過した。
だが、一体だけ、骨のあるゴーレムがいたのだ。
そいつは這い出てきたゴーレムたちに支えられると、自分を前方へ放り投げるように指示した。
ゴーレムたちがみんなで、わっしょーい、とそのゴーレムを投擲する。
「おおっ、空を飛んで来るぞ!!」
落下地点が、ちょうど俺たちの進行方向である。
「ソファ、ストップ!」
『ま”!』
俺の指令を受けて、ソファがハンドル脇のレバーを倒した。
すると、俺が考案した風力式制動装置が発動する。
つまり、ソファの背中側からぶわっと巨大な布みたいなものが飛び出したのだ。
これが空気を含んで、ソファに物凄い抵抗がかかる。
一気に速度が落ちた。
「ぴゃーっ」
反動でメリッサとボンゴレが投げされそうになったので、俺は慌てて一人と一匹を抱え込んだ。
これはいかん。
ソファに体を固定するベルトもつけないとな。
ちなみにレヴィアも反動で落っこちて、ちょっと向こうの方まで吹っ飛んだようだ。
気付いたら横にいない。
そして、停止したソファの目の前に、ゴーレムは落下してきた。
肩からどたーんっと落ちて、すぐさま立ち上がる。
そして、全然痛くないヨ! とでも言うかのように、スクワットをしたり伸びをしたりする。
「元気な奴だ。よし、ここは前で誰かに足止めをしてもらって」
俺はスーッと背後の荷車を見た。
ゼインが目を逸らす。
「頼りにしてるぜ叔父さん」
「ええっ、やっぱり俺!?」
ゼインがいやそうな顔をした。
「仕方ねえなあ……。なんか、お前に言われると、姉ちゃんに言われてるような気分になって逆らう気にならねえ。まあ、可愛い甥っ子のためにちょっと頑張るか」
彼は乱雑に、手斧を一つ、棍棒を一つ、短剣を一抱えほど持つと、こっちに走ってきた。
今まさに、俺たちに掴みかかろうとするゴーレム。
この土の巨人の前に、ゼインは立ちはだかったのである。
『もがーっ!』
ゴーレムがゼイン目掛けて拳を振り回してくる。相手の身の丈は、ゼインの倍はあるだろう。
だが、この拳をゼインは避ける気配が無い。
それどころか、手斧を振りかぶり、
「おぉらっ!!」
真っ向からゴーレムの拳に叩き込んだ。
すると、ゴーレムの腕が斧の刃を境目に、真っ二つに割れたではないか。
「ゴーレムになるとな。不思議と構造が単純になるんだわ。筋肉みたいな構造の筋に沿って叩き込むと簡単に割れる」
『も、もがーっ!?』
事態を理解できないゴーレムの腕を、ゼインは無造作に掴むと、力任せに引き寄せる。
まるで体格差が無いかのように、ゴーレムがよろけて倒れこんできた。
その頭に向かって、棍棒が叩き込まれる。
ゴーレムの頭が、背中側にボッキリと折れ曲がった。
「甥っ子、覚えておけよ。何匹かやっつけたゴーレムはな、みんな首の付け根にほれ、こういう模様ができる」
ゼインは俺を見ながら解説する。確かに、ゴーレムの首の付け根に、真っ白な模様のような、文字のようなものが浮かび上がっていた。
次にゼインが手にしたのは短剣だ。
それを模様に突き立てると、
「ゴーレムは力任せに倒さなくていい。こいつを削り落とすと終わる」
ざっくりと、白い模様を削ってしまった。
すると、首が折れてもじたばたしていたゴーレムがピタリと動きを止めた。
その体の輪郭が曖昧になり、やがて、ざらざらと、元の畑の土に戻りながら崩れてしまった。
『ま”~!』
ソファゴーレムが怯えている。
そうか、ソファも首の付け根の弱点をやられれば……!
……首……?
そして、吹っ飛ばされた先から戻ってきたレヴィアが、倒されたゴーレムの残骸を見て、
「ずるい!! ずるいぞ!」
と地団太を踏んで悔しがるのであった。
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