第50話 ウェスカー、叔父さんと出会う
「見たことあると言われても俺は見たことがないなあ」
起き上がってきた、無精ひげの大男にそう言う事を言われて、俺は首を捻る。
うん、人の顔を覚えるのは苦手だが、ここ数日の記憶を探ってみてもこの人のことは知らんな。
「誰ですか」
「俺? 男に名乗るのもなあ……。そっちの美人さんになら名乗ってもいいが……あっ、私はマクベロンの騎士ゼインと申します! 美しい人、あなたのお名前は……」
「ゼイン?」
聞いたことがある気がして、俺はさらに首を捻った。
するとゼインの目の前でメリッサが、ぽん、と手を打つ。
「ウェスカーさん! ウェスカーさんのお母さんの弟がゼインさんじゃなかったです?」
「おっ……おお! そうだ、言われて見ればそういう話を父から聞いたような聞かなかったような」
「ウェスカーさん興味ないこと絶対覚えないですもんねー」
なんだメリッサ、その同情するような目は。
「あっ、そんなこと言ってる間に、姫様が口説かれてますよ!」
「姫様を口説くだと!? 命知らずな」
振り返ると、ゼインがいつの間にかそこにいて、レヴィアに何やら歯の浮くような言葉を投げかけている。
「マクベロン一の美姫と呼ばれた、大アンジェレーナですらも貴女の美しさの前には霞んでしまう事だろう! その男たちを惑わせてやまない、魅惑の肢体が俺を惹き寄せる……! おお、これほどの熱情を感じてしまえば俺は今宵一人過ごす事が辛くてたまらない! つまりぶっちゃけお茶しよう」
最後でとても潔くなった。
レヴィアは、自分より頭一つ分も大きなゼインの口説きを受けて、ふむふむと頷いていたかと思うと、
「それで、そなたはどこまで強いのだ? 戦力によってはこれから先に役立ってもらう」
「あれえ」
ゼインが心底不思議そうな顔をした。
彼は俺を見ると、
「あのさ、何か、こう、たっぷりと愛の言葉を囁いた気がするんだけど、それを一足飛びに飛び越えてこう、とても無骨な想定外の返答が返って来たように聞こえたんだよ」
「それが姫様だぞ。あと、俺はゼインの甥っ子らしいぞ」
「そうかあ、そういう姫様……ひ? 姫様!? は? えっ、お前あれ? あれれ? 甥? 甥っ子って、あーあーあー」
「まあまあ叔父さん、こっちに来るのだ。落ち着いて飯でも食おう」
「お、おう」
いっぺんにたくさんの事が起こると、頭がびっくりして思考停止するタイプの人らしい。
ゼインは大人しく俺の向かいに座った。
俺からお茶を受け取りながら、一息に熱い茶を飲み干す。
「あっ! 美味しい! うおー、お前お茶淹れるの上手いなあ……あーあー、納得だわ。お前あれだろ。ミンナ姉さんの息子の……出来が微妙なほうだから……ウェスカー!」
「その通りだ」
「ウェスカーさん、自分で微妙って認めるんですね」
「ゼインというこちらの方も、言葉を飾らないようですよ。悪意は無いのでしょう」
メリッサとクリストファの言葉を聞きつつ、ゼインは干し肉などをむしゃむしゃ食べる。
「それでもう一つの疑問なんだが、姫様って? 今俺が知る限りの姫様と呼ばれるお人は、マクベロンの小アンジェレーナ姫と、ユーティリット王国の魔王殺しの姫レヴィアくらいで」
「それそれ。この人レヴィア姫」
「レヴィアだぞ」
とは、隣までやってきた姫様の言葉。
「レヴィア殿下ーっ!」
彼女が俺の隣に腰掛けたら、さっきまで空ろな目で宙を見ていた男が、ガバッと起き上がって飛び掛ってきた。
「ほう、やる気だな! とあーっ!!」
「ウグワーッ」
座したままの姿勢から、片腕で宙に跳ね上がるレヴィア姫。
彼女の鋭い昇り蹴りが、飛び掛ってきた男を撃ち落した。
「で、殿下の手にかかって死ぬなら本望……ぐふっ」
「あ、これはいけません瞳孔が開いてますね。レストア」
飛び掛ってきた男、本当に死ぬところだったらしかったので、クリストファがさっさと回復させた。
男はすぐに目を覚ますと、今度は落ち着いて体を起こした。
「レヴィア殿下、無事だったのですね、良かった……!」
「無事も何も。誰かは知らないが、いきなり襲い掛かってはいけないぞ。反射的に迎撃してしまうではないか」
レヴィアが誰かは知らないと発すると、男はとても悲しそうな顔をした。
「な、ナーバンです。カモネギー伯爵家の……」
「?」
「あっ、これ姫様完璧に忘れてる顔だな」
俺が指摘すると、ナーバンなる男は、しおしおと力なく崩折れた。
これにはゼインも気の毒そうな顔になって、
「幾らなんでもこれはひどい仕打ちだと思うなあ、おじさんは」
「叔父さん、姫様は大体常にこうだぞ。魔王を倒す事以外は興味がないんだぞ」
「年頃の娘さんでしかもこれだけの器量でそれか!! 宝の持ち腐れと言う次元じゃないな!! というか、噂で聞いていたよりもずっとぶっ飛んでるなレヴィア姫様ってのは!」
ゼインは天を振り仰ぎ、世の無情を嘆いた。
彼的には、レヴィアは割りと好みのストライクだったようだ。
俺も気持ちは分かる。姫様胸とか大きいしな。
「まあまあ叔父さん、お茶をのお茶を」
「おおっ、悪いな。敵を振り切りながらこいつを担いでな。マクベロンの国土を昼夜通して走ってきたんだ。飲まず食わずでなあ……。ああ、美味い……。お前、お茶を淹れるのは姉さん譲りだな。この普通に淹れたはずなのに妙に美味い感覚、懐かしい……。あの人は、ダメな親族を徹底的に甘やかす人だったなあ」
「やはりか。俺も母には全肯定してもらって育てられたので、このように立派に育った」
「育っちゃったかー」
俺とゼインは顔を見合わせて、わっはっは、と笑った。
メリッサが何やらゾッとしたような顔をしている。
「ウェスカーさんが二人に増えたみたい。これはまずいよ」
「まずいのですか」
「まずいんです! っていうかクリストファさん! ウェスカーさんとのやり取りみたいに持って行こうとしないでください!」
ソファで轢いてしまった二人だったが、こうして無事に済んだ。
そのうち一人が俺の叔父だったということで、俺たちは和やかに茶を飲んで食料を食べた。
保存食だというのに、この場で半分消費するくらい飲み食いした。
ナーバンはなんだか死んだ魚みたいな目をして、「あー私はなんのために生き残ったというのだー」という哲学的な話をしている。
やはりマクベロンの次期宮廷魔導師は頭がいいのかもしれない。
そこで、唐突に痺れを切らしたのは、案の定というかなんと言うか、レヴィア姫だった。
「いつまで食事をしているのだ! あの検問所を越えれば、魔王軍に支配されたマクベロンだぞ! こうしている間にも、誰かが奴らを退治してしまうかもしれない……! それに、マクベロンの人も心配だ。早く行こうではないか」
「姫様、も、もうちょっと本音は隠しましょうよ」
優しいメリッサが、レヴィアに突っ込みを入れた。
ゼインが嫌そうな顔をする。
「俺はあそこから逃げてきたばっかりなんだけどなあ。ほら、一応こいつを連れて、ほぼ身一つで」
この発言に、ナーバンがハッと我に返った。
「そ、そうだ!! 王族の方々はどうされたのだ!? あの騒ぎの中、避難が間に合っていれば……!」
「さあなあ。あれ、絶対王族の連中を助けに行ったら、俺が死んでたからなー。団長の命令はぶっちして来た」
「なんだと!? ゼイン、貴様ーっ!! あれが……! マクベロンの魔道具の根幹となる、ピースが奴らに奪われたら、どうするというのだ!!」
ナーバンはゼインに掴みかかった。
うちの叔父はそれをうるさそうに、ぞんざいな動きで軽々振り払う。
「知らねえって。うちの家も無くなっちまって、そこまで王国にこだわる理由もねえからさ。俺はほら、ユーティリット王国に亡命して、だらだらと暮らすんだ」
「こ、この、国賊めっ……!!」
ゼインとナーバンが一触即発の空気である。
メリッサがちょっとおろおろした。
すると、空気を読んでボンゴレが割って入る。
「フャン」
「お、なんだこの赤い猫」
二人の間に、小さい状態のボンゴレがやってきた。
これで、物理的にゼインとナーバンの間に距離ができる。
なるほど、ボンゴレ賢い。
じっと目線を向けてくる子猫を踏み越えていくのは、至難の業だからな。
「もう、喧嘩はだめです!!」
「そうだぞ。振り上げた拳は、魔王軍を叩くためにある」
「姫様は黙ってて」
「む」
レヴィアがすごすごと俺の横に戻ってきた。
メリッサが強い。
「いいですか二人とも! 今はそんなことしてる場合じゃないです! 今、私たちが頑張らないと、まだ無事かもしれないマクベロンの人だって助からないし、王族の人たちだっておんなじです! あと、ゼインさん!」
「おう、なんだいお嬢ちゃん」
「ユーティリット王国に逃げてきたって、魔王軍はまたやって来ますよ! ユーティリットから奥には、まだ島がありますけど、そこには世界の果てがあります。もう、逃げられないんですよ」
「世界の果て……? そんなバカな」
メリッサの剣幕に押されて、ゼインが助けを求めるようにこっちを見た。
「世界の果てはこう、ぼよーんと柔らかいぞ」
「ウェスカーは実際に世界の果てに頭突きをしてきたからな」
レヴィア姫の援護射撃である。
「マジか……」
ゼインが引きつった笑いを浮かべた。
「それからゼイン、ナーバン、聞きたいことがあるのですが。ピースと言いましたね? それはこのようなピースですか? ウェスカー、幻の魔法でワールドピースを」
「ほいほい。幻像っと……」
俺の手の中に、ワールドピースの幻が出現した。
それを見て、ナーバンが目を丸くする。
「お、お前、それをどこで見て……」
「姫様、魔王軍の狙いは、マクベロンのワールドピースじゃないですかね」
「だろうな。ならば、叩く相手の居場所も、守るべき相手も、一箇所に集まるという事だ。やりやすいな」
レヴィア姫が不敵に笑った。
そして、ゼインを指差す。
「騎士ゼイン!」
「は、はっ!」
突如として、レヴィアはユーティリット王国第二王女、姫騎士レヴィアとしての威厳を見せた。
一声で、だらけていたゼインの背筋が伸びる。
「私たちはこれより、マクベロン王国を奪還する。ついては、そなたの助けが必要だ。案内せよ!」
「い、いやしかし」
「案内せよ」
「へ、へい……」
ということで、俺たちはゼインを仲間に加えたのである。
我が叔父は、俺に向かって囁いた。
「おっかねー……。甥っ子よ、よくあんな苛烈な女と一緒にいるな?」
「ああ。なかなか気が合うのだ。楽しいぞ」
答えた俺に、ゼインは信じられないものを見るような目を向けるのだった。
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