第49話 侵入、マクベロン王国
ソファゴーレムの動きは快調である。
車輪を得た彼は、気分よく踏み台を蹴り、道を進んでいく。
この車にも名前を与えたいところだ。自分で転がしていく車なので、自転車と呼ぼう。
「いいぞゴーレム。どんどん行くのだ」
『ま”』
調子よく自転車が走っていく。
ちょっとした魔物ならば、この自転車で体当たりすると跳ね飛ばされてしまう。
これは旅をするのにも、大変安全な装置なのだ。
「なんか、揺れが少なくなったから落ち着きますね。時々、ガタッ! って大きく揺れるけど」
メリッサは早速、王都で補充したお弁当を食べながらご満悦。
今までどたばたと走っていたソファの上では、ご飯が食べにくかったらしい。
隣では、ボンゴレが興味深そうにソファが蹴る踏み台を見つめている。
「ボンゴレにはちょっと小さいな。今度何か作ってやろう」
「フャン!」
ボンゴレは期待に満ちた目で俺を見つめた。
メリッサとボンゴレを挟んだ向こう側、レヴィア姫はご機嫌な様子で、鼻歌など歌っている。
彼女のそういう表情は珍しい。
「どうしたんです姫様。なんか気分がいいみたいですけど」
「うん? ああ、いやな。ちょっと嬉しいのだ」
「ははあ。嬉しいって事はいいことです。俺が会ったばかりの姫様は、いっつも眉間にしわを寄せてましたからね、こんな感じで」
俺が顔を作って見せると、それを見たレヴィアは吹き出し、メリッサは口にしてたお弁当を吐き出しかけて慌てて口を抑えた。
「ウェ、ウェスカーひゃん!! 食べてる時に、変な顔しないでっ」
「あっ、ごめんごめん」
「ははは、そうか! 私はそんな顔をしていたか! そのような難しい顔をしていては、世の中が皆、敵のように見えてしまっていても仕方ないな!」
笑うレヴィア姫は、なるほど、掛け値なしに美人であった。
今までは、鬼気迫る感じとか、魔王軍を滅ぼしたいオーラみたいなものが漏れ出していて、なかなか冷静に彼女の容姿を認識することができなかったのだ。
ちょっとほっこりする俺たちの前で、ソファゴーレムが何かを跳ね飛ばした。
「ウグワーッ」
『ま”』
「え、なんか大きいのをはねた? 人を背負ってた? 魔物じゃないの?」
『ま”』
「骸骨じゃなかった? そうかあ。この世界で人型の魔物って、骸骨兵士とか魔王軍の魔導師とかだけど……」
『ま”-』
「あー、肌色だったかあ。鎧を着てて、それは人間だなあ」
「どうしたのだウェスカー?」
「姫様、なんか人間を吹っ飛ばしたみたいです」
「ほう、この時期に、マクベロンの方向から来る者がいたのか。ウィドン王国からの難民は受け入れ終わっているから、マクベロンの難民か? かの国は魔王軍に包囲されてしまっているはずだが」
「いやいやいや! 二人とも何冷静に喋ってるんですか! 人をはねちゃったかもしれないんでしょ!? 見に行きましょうよ!」
すっかりお弁当を平らげたメリッサ。
そう告げるなり、ボンゴレを大きくして背中に飛び乗った。
「よし、じゃあゴーレムを止めていく。メリッサは先に、クリストファを連れて行ってくれ」
「はーい! クリストファさん出番……寝てるー!!」
「むにゃむにゃ、もう食べられませんよ……」
救助はあの二人に任せるとしよう。
ボンゴレが、未だにぐうぐう寝ているクリストファの襟の辺りを咥えて運んでいく。
彼の回復魔法なら、寝起きでも抜群の威力を発揮するに違いない。
「よし、ソファ、踏み台から足を離すんだ。そこで、俺が車輪の間にこう、
回転を泥玉で邪魔された車輪が、徐々に動きをゆっくりしたものに変えていく。
やがて、自転車は停止した。
「ウェスカー、王都に突っ込む時は思わなかったが、車輪を停止させる機能が無いと不便なものだな」
「ですねえ。どうやったら簡単に止まるようになるか考えておきます」
二人でそんな話をしつつ、ソファゴーレムから降り立つのだった。
ここは、マクベロンとユーティリット王国の国境。
少し行けば検問所があるはずなのだが……俺がぴょんぴょん飛び跳ねて目を凝らしても、それらしきものは見えない。
「あの崩れた跡では無いか?」
「あっ、ほんとだ。ありゃあ検問所が壊されてますねえ」
「魔物がいるかもしれないな。私はちょっと見てくる」
「おっ! 一国の王女なのに魔王軍と戦いたい欲求に抗えない感が出てますな! じゃあ俺も行きます」
「フャン!」
互いに何かこれからやるべき事を忘れ、崩れた検問所へ向かおうとしたところだ。
ボンゴレが走ってきて、俺の尻の辺りを咥えて持ち上げた。
「うおわーっ、ボンゴレ、どうしたのだ」
「フモフモ」
「あっ、向こう? そうか、はねちゃった人を見に行くところだった。姫様、そういうことなんで」
「むう」
レヴィアは悲しそうな顔をした。
「大丈夫ですよ姫様、魔王軍は逃げたりしませんから。ちゃんと姫様にぶっ飛ばされるのを行儀よく待ってますよ!」
「そ、そうか? そうだな!」
レヴィアがパッと明るい表情になった。
物分りが良い人である。
かくして、俺たちはメリッサとクリストファが座り込んでいる辺りに向かった。
「どうだい」
「もう回復させてますよ。ですが、傷が無くなれば目覚めるというものでも無いですからね。こうして自然に目を覚ますまでゆっくりと待つのです」
寝起きのクリストファは、眠い目をこすりながら言う。
ポケットから、王都謹製のジャーキーなど取り出して、むしゃむしゃ食べている。
彼もだんだん、俺たちに染まってきたな。
メリッサは、倒れている二人の姿を
「姫様、ウェスカーさん、二人ともマクベロンの人だと思います。服装とか、ユーティリットとは違う感じですし、ちゃんといいもの着てますから地位もある人かと。こっちの細い男の人は、首から鳥の形のペンダントつけてます」
「ほうほう。どれどれ……どこかで見たことがある顔だな」
「ああ、私も見たことがある気がする。だが思い出せないな」
俺とレヴィアは、細身の男を見て首を傾げた。
誰だったかな……。
ちなみに、その隣で大の字になっている大男は、もっと見覚えがない。
あ、いや、俺はその大男、誰かに似ているような気がしないこともない。
辺りには、大男が身につけていたらしい、槍とか剣とか、斧とか棍棒とか短剣が散らばっている。
歩く武器庫みたいな人だな。
「みんな。彼らはしばらく目覚めないだろう。こうして無為に時間を過ごしていてもよくないだろう。私はちょっと、あちらの検問所跡まで行って、そこにいるかもしれない魔王軍を蹴散らそうと思うが」
レヴィアが我慢できなくなったらしい。
「うーん、でも、この人たちをほったらかしにしてたら、魔物に襲われるかもだから危ないし……」
「メリッサ、私たちはここに残りましょう。何かあれば、きっとウェスカーが派手に知らせを寄越してくれますよ」
「うむ、任せてくれ。じゃあ、俺は姫様と一緒にちょっと遊んでくる」
「そら、行くぞウェスカー! 置いていくぞ!」
もう駆け出してしまっているレヴィア。
「ほう!! この俺に競走を挑むんですかね!? 負けませんよ!」
俺も彼女の跡を追って、猛ダッシュを開始する。
だが、なかなか追いつけない。
流石は幻獣ゴリラに最も近い姫騎士、身体能力が違うのか。
いや、問題はこのローブである。
ローブが風を受けて、大きく膨らみ、俺の加速を妨害しているのだ!
……風を受けると速度が落ちる……?
なるほど。自転車の制動の仕組みに使えそうな……ええい! 今はレヴィアに追いつくのが先決だ!
俺はローブを脱ぐと、そのまま適当に放り投げた。
すると、ぐんと俺の速度が上がる。
「むっ!! 私に追いつくためだけにローブを捨てたか! その意気やよし! だが黙って追い抜かれる私ではない! “告げる!”」
レヴィア姫は大人気なく、例の肉体強化の魔法を使用する。
既に、俺たちの目と鼻の先に検問跡が迫っていた。
そこには大量の瓦礫や木片が散らばっているのだが、これらに擬態していた魔物たちが次々立ち上がってくる。
こうして、検問に差し掛かった旅人を襲うつもりであったのだろう。
木屑を纏った蓑虫のような魔物は、頭が巨大な骸骨である。カタカタ歯を鳴らしながら、飛び込んでくる相手を迎え撃とうと、
「せいやーっ!!」
「ウグワーッ!?」
飛び込んできたレヴィアのショルダータックルを喰らって、粉々に吹き飛んだ!
やるぅ!
「俺も負けんぞ! ウインド!」
背中から猛風を吹かせて、風に乗る俺。
そのまま、検問所跡に飛び込みながら、泥玉を作っては投げ、作っては投げ。
立ち上がってくるのは、蓑虫骸骨と骸骨兵士たちなのだが、こいつらの顔面目掛けて泥玉をぶつけるのだ。
泥玉も使い込んできたせいか、俺は中に硬度や粘度の違う泥玉を仕込めるようになってきた。
中身の泥玉は、粘度を高めてある。
家畜の糞からヒントを得たアレンジである。
「うがーっ、ど、泥がまとわりついて!」
「もががーっ!」
剣で受ければ剣にべったり貼りつき、顔で受ければそのまま口の奥まで入ってくる。
骸骨たちは俺の泥だまでペースを乱し、そこをレヴィア姫の鉄拳で粉砕されていく。
うむ、彼女の拳の切れが増しているな。
もう、骸骨兵士では相手にもならない。
あっという間に、その場に隠れていた魔物たちは一掃されてしまった。
「私の勝ちの様だな!」
レヴィアは爽やかな汗をかきながら、俺に向かって笑いかけた。
うむ、彼女が楽しそうならそれでいいか。
「流石ですな!」
俺は彼女をヨイショすると、そのまま一緒に戻ったのである。
すると、どうやらぶっ倒れていた二人が意識を取り戻したようだった。
半身を起こした彼ら、そのうちの大男は、しきりに首を捻りながらぶつぶつ言っていたが、ふとこちらを向いた。
「おっ、いい女。……なんだ、男連れか……? あれ……? お前、どこかで見たような」
これが、俺と、俺の叔父ゼインとの出会いだったのである。
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