第九章・いざ追撃の大魔導

第48話 姫騎士部下を持つ気がない

 いきなりマクベロン王国が陥落とか言われて、ポカーンとする俺たちである。

 使者の人たちは、浜辺まで馬で来て、そうしたら橋の街が動いていたものだから渡れなかったらしい。

 そこで、必死に橋の街に合図を送り、舟を出してもらったとか。

 必死に漕ぎまくってやって来たので、彼らは肩で息をしており今にも死にそうである。


「まあまあ。落ち着いて茶でも飲むといいぞ」


 俺は彼らにお茶を差し出そうとし、さっきお弁当の終わりに飲み干していたことに気づく。


「よし、ちょっと待っているのだ。俺が村まで取りに行ってこよう」


「私も行きます! 食べてばっかりだとまた太っちゃう……」


「ほほう、メリッサ、やっぱり気にしてたか」


「うるさいですよウェスカーさん! ウェスカーさんだってようやくお腹が引っ込んできたところじゃないですか!」


「ぐわーっ、お腹をぺちぺちするなーっ!?」


 のんきに俺たちがお茶を取りに行くので、使者の人たちはびっくりしたようだ。


「そっ、そんなことをしている場合ではないのだぞっ!? まっ、まっ、マクベロンが落ちたら、もう残るは我らがユーティリット王国しかないのだぞ! 世界が、ま、魔王軍の手に……!」


「だから、私は以前から何度もそう言っていただろう」


 慌てる使者を、レヴィアがたしなめる。


「それに、ここから戻ったとしても一昼夜はかかる。茶を取りに行く程度、どうということもないだろう。なにせ、魔王軍は逃げないのだからな」


 背中越しでも分かる、姫騎士の嬉しそうな声である。


「姫様なんだか生き生きしてますね。私まで嬉しくなってきちゃう」


 メリッサは勝手知ったる自分の庭とばかりに、エフエクスの村で茶葉を入手する。


「あらメリッサ、もう出発するの? それじゃあこっちのお茶もこっちのお茶も持っていきなさいよ」


「我が村の英雄様の出発だな! ウェスカーさん、うちの野菜を持っていってくれよ!」


「メリッサ! それにウェスカーさんじゃないか! 今朝方ツチブタを絞めたんだ。新鮮な肉を持っていってくれ!」


 たちまち俺たちの両手は荷物で溢れかえった。

 お茶どころでは無いぞ……!!

 大量のお土産を持ってきた俺たちに、使者は驚いたようで、


「そ、そんなにたくさん舟には積めんぞ!!」


 などと言う。

 すると、レヴィアはふむ、と頷いた。


「確かにその通りだ。そなたらはこの島に残るがいい」


「へ?」


 唖然とする使者たち。


「そなたらが戻っても、魔王軍との戦いには役立つまい。それに、しばらく待っていればあの橋の街も元に戻る。そなたらは浜辺で馬を拾い、適当に帰るがいい。私たちは先に行く」


「で、ですが殿下! 我々にも役目というものが……!」


「大臣に叱られます……!」


「そんなものはどうでもいい。行くぞ」


 レヴィアは使者たちを押しのけると、舟に乗り込んでいった。


「いやあ、悪いですね。ですが仕方ないですからね」


 にこやかに微笑みながら、クリストファが続く。

 そして、ボンゴレとメリッサが荷物を抱えて乗り込んだ。


「うーん、たくさん過ぎるかも? ボンゴレ、詰めて詰めて」


「あっ、お土産を乗せたら俺の乗る場所がなくなったぞ!」


「ウェスカーは魔法でなんとかしてついてくるといい」


「なるほど」


 レヴィア姫の言葉に、俺は納得した。

 これまで開発した魔法をそれぞれ活かして、海の上を進んでみようではないか。

 俺たちは出発することとなった。

 使者たちは、呆然とそれを見送っている。

 メリッサとクリスファが、笑顔で彼らに手を振っている。

 俺もおしりペンペンとかしてみたかったのだが、残念ながら今はアイロンの魔法で空を飛んでいる最中だ。

 船に速度を合わせて飛ぶのはなかなかきついな。

 しかも、両手両足から蒸気を噴射しているのだが、これ、それぞれ別々に制御しているのだ。

 ずっとやっているとくたびれてくる。


「あっ、もう面倒くさくて限界」


 俺の我慢が切れたところで、魔法も切れた。

 ぼちゃーんっと海に落ちる俺。


「ウェスカーさんが落ちた!」


「ウェスカー、頑張って自力で飛ばなくても、もっと君らしく楽をしてみてはどうですか」


「楽、か。確かに、アイロンはしんどいなあ……」


「うむ。こうして舟を漕ぐのも労働だが、空を飛ぶほどではないと私は思う。ウェスカー、そなたは最近、色々な魔法を習得しすぎて、頭が混乱しているのではないの?」


「なるほど……!!」


 腑に落ちたのである。

 つまり、原点に戻れば良い。

 俺は、舟の後ろ側にしがみつくと、背中を預けるような体勢になった。

 そして、魔法を放つ。


「エナジーボルト!」


 俺の目から、足裏から、紫色の輝きが放たれた。

 それは海を貫き、水面を泡立たせ、舟を押す推進力を生み出す。


「おおっ! 舟が加速したぞ! よし、その意気だ。方向の操作は私がしよう」


 すっくと立ち上がるレヴィア。

 橋の街の下をくぐっていくのだが、壁際に突進していく舟を、手にしたオールでコントロールする。

 具体的には壁をオールで思い切りぶん殴って方向を変えるのだ。

 もちろん、オールは折れる。

 だがオールは二本あるのだ。

 橋の街の出口際で、またレヴィア姫はオールで壁を殴って、方向転換をした。


「そういう使い方なのかな……!?」


 メリッサが一人悩んでいるのはいつものこと。

 だが、結局このやり方で俺たちは無事に対岸にたどり着いたのだから、正しいやり方なのである。

 今度はオールをさらに何本か用意せねばな。

 浜辺では、ソファゴーレムが横になっていた。

 そう言えばこいつ、足をくじいたままであった。

 四本のたくましい足があるとは言え、やはり足であることには違いはない。


「よし、足を治すから足を出せ」


 俺はソファに足を出させて、従者作成を重ねがけして、くじいた足を新調した。

 そして、こいつの足をくじかせないためにはどうしたらいいかと考える。

 ふと、視界に橋の街の大きな水車が映った。

 あれはぐるぐる回転して、水の中を進む推進装置だった。

 ということは、同じ車輪を作って、ソファに漕がせる推進装置にすればいいのではないか。


「おや? ウェスカー、舟に向かっていって何をするつもりです?」


「うむ、ちょいとこいつを従者作成で組み直す」


 俺は舟に手を触れた。

 それが、一旦バラバラの木材になり、再び違った形で組み上がる。

 これは、橋の街の地下で見た、水車を動かす謎の装置と水車を、俺なりに解釈して再構築したものだ。

 だが、この間橋の街で、滑車をゴーレム化して気づいたのだが、俺は複数のゴーレムを長時間維持できないらしい。

 ソファゴーレムがいる限り、新しいゴーレムを作っても、それはすぐに魔力が抜けてしまうようなのだ。

 ならば、全てソファにくっつければいい。


「よしソファ! この上にまたがって、この踏み台を交互に踏むのだ」


『ま”?』


「そうそう。乗っかってな。四本足で、いっちに、いっちに、と。ああ、このハンドルを掴んでな」


『ま”?』


「そうそう。うまいうまい。いいぞ」


『ま”!』


 ソファゴーレムが乗っかった車輪が、もりもりと動き始める。

 浜辺をどんどん走っていって、すぐにターンして戻ってきた。

 重心移動による曲がり方までマスターするとは、大したソファだ。


「ウェスカーさんのゴーレム、どんどん器用になるよねー」


「メリッサにとってのボンゴレみたいなもんだな」


「フャン!?」


 話を振られたボンゴレがびっくりした顔をした。

 かくして、再び足を得た俺たち。

 ソファゴーレムが漕ぐ車に、さらに荷車を繋げて街道を突っ走る。

 実に、ソファが徒歩で走るのの倍近い速さだ。

 街道にいた魔物たちは、このソファによる爆進に逃げ惑うばかりである。

 あまりにソファが速いので、一昼夜かかるはずだった道行きが、わずか半日で済んでしまった。

 ユーティリットの王都が見えてくる。


「道を開けよ! 開けねば門を破る!!」


「うわーっ!! またレヴィア殿下だぞ!!」


「開けないと本気で門を破られるぞ!!」


「殿下、今度はなんていう化物に乗ってるんだ!?」


 兵士たちが、慌てて門を開いた。

 ここで俺は気づく。


「これはどうやって止まればいいのかね」


「どうなんでしょうね」


「どうなんだろうなあ」


「緊急事態じゃないの!? なんで二人とものんきにしてるんですかーっ!?」


 俺たちを乗せたソファゴーレムは、そのまま城壁に突っ込み、城の一角を破壊したのであった。




「勢い余って城を壊したことは……お、大目に見よう!! レヴィアも、ウェスカーとやらも今更そんな事を言っても行動を改めまい……!」


 目の前にいるのは、怒りとか焦りとか不安とか、色々な感情で顔色を青くしている国王だ。

 俺たちが城壁をぶっ壊し、あー、やっちゃったねえ、なんぞと言いながら降りてきたら、兵士たちを率いてやって来たのだ。


「ありがとうございます父上。それでは早速マクベロンの魔王軍を叩きに参ります。これはお土産ですが、他に日持ちがする食料などを補給したいのです。保存食などを下さい」


「本当に反省する気が全くないのだな……。ま、まあいい。レヴィアよ。お前はすでに、我が王国の議会によって、対魔王軍戦線における前線指揮官の役割を与えられることになった。本来であれば、議会からの使者を通して余が任命する所だが、あまりにも緊急時だ。仕方がない」


 王様曰く、俺たちが城壁に突っ込んできたので、魔王軍の襲撃だと勘違いした官僚たちが腰を抜かし、出て来られなくなってしまったのだとか。

 ちなみにレヴィアの兄のガーヴィン王子は、最近の世界情勢で胃を痛めて寝込んでいるそうだ。

 実質、動き回れるのが王様だけという。


「レヴィアよ。この言葉の意味が分かるか?」


「分かりません。このような問答はいいので、さっさと補給物資を下さいませんか父上」


「な、ならぬ! もう、お前はそうやって余の話を聞かん! いいか!? 今まではお前の言葉は、物語から抜けきれぬ夢のような言葉と思い、行動も見過ごしてきた。山奥の別荘にお前を行かせたのも、頭を冷やして立派な王族の女になってくれればと思ってのこと! だが、現実に魔王軍が現れたのだ! 大事な娘を戦場に送り出す父親がどこにいる!? それなのに、お前はホイホイと危険な異世界に旅立って……!」


 王様、胃の辺りを押さえる。


「だから、余は議会に働きかけ、王としての権利を行使したのだ。お前を指揮官とし、魔王軍との戦いは部下に当たらせる……! これで異論は無」


「お断りです!! 魔王軍は私がこの手で滅ぼします!!」


「な、な、なぜだ!! なぜそうも意固地になる!? 余が、国の皆がお前を理解しなかったからか!?」


「意固地というか、これは姫様の趣味とか生き甲斐ですからな」


 俺が話に割って入った。

 王の護衛たちが唖然とする。

 そして、慌てて俺を排除しようとしたので、俺は彼らに向かって泥玉を投げつけて応戦し始めた。


「うわーっ!? 次々に泥玉を投げてきやがる!」


「なんてコントロールだ!!」


「あの魔導師、腕を上げてやがる!!」


「父上。ウェスカーの言うとおりです」


 俺たちの激しい戦いの背後で、父と娘のやり取りは進んでいた。


「レヴィア、そんな……! 年頃の娘が、そんな趣味など……! いかんぞ、父は許さぬ!!」


「父上。聞いて下さい。これは私の趣味であり生き甲斐でもありますが……世界を守る戦いでもあるのです!! つまり、趣味と実益を兼ねている……!!」


「な、な、な……!?」


「何も言えなくなりましたね。私の勝ちだ!! よし、皆の者! 保存食を積み込め!! すぐに出立する! 部下などいらぬ! どうせ魔王軍と戦えば死ぬからな! 私の仲間だけでいい!」


「いっそ姫様、すがすがしいですよね……!」


「それでこそ姫様という気はしますね。さあ行きますよウェスカー」


「おう。ソファ、行くぞ!」


『ま”!』


 山ほどの食料を詰め込み、俺たちは王城を後にした。

 なんか、王様が膝をついてがっくり項垂うなだれているようだが、どうしたんだろうか。

 悪いものでも食って、お腹が痛いに違いない。

 さっき胃を抑えていたしな。

 

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