閑話:一方、魔王軍は 2
第47話 その頃の鮮烈のシュテルン2
魔王軍の中より現われた、巨大なゴーレムが拳を振るったのである。
マクベロン王国は今、最後の守りであった城壁を失った。
「くうっ、魔導師部隊、放て、放てーっ!!」
騎士団長オベールの掛け声に応じて、彼の背後に控えた魔導師たちが杖を掲げる。
全ての杖は魔道具であり、魔法の力を増幅する効果を持つ。
「“我は命ず! いでよ炎の精! 来たりて矢となり、三度我が敵を穿て!”」
炎の矢が、雨のように降り注いだ。
だが、それらはゴーレムの表皮で弾け、何ら痛痒を与える事は無い。
むしろ、続いて放たれた大型弩弓や、即席造りの投石器の方が通用しているように見える。
「わ、我らの魔法が……!」
「これが魔王軍なのか!!」
戦いが始まる前まで、魔王軍なる相手を軽んじていた魔導師たちが、
ゴーレムが空けた穴からは、骸骨の兵士たち、実体無き亡霊たち、小型のゴーレムに、あるいは魔法を行使する魔物の魔導師が入り込んでくる。
魔物の魔導師の詠唱は短い。
「“魔王よ、氷の礫を与えたまえ!”」
拳ほどの大きさの氷が、マクベロン魔導師陣営へ降り注ぐ。
「ぐわああーっ!! ぼ、防御の魔法が間に合わん!」
「どうしてあれほど短い詠唱で……!」
魔導師たちは多くの犠牲を出しながら、退却を余儀なくされた。
その中で一人、血が出るほど唇を噛み締めながら踏みとどまる青年がいる。
「ナーバン様!! ここは撤退を!!」
慌てて、騎士団長が駆け寄る。
ナーバンと呼ばれた青年は、強く足を踏み鳴らすと、嘆いた。
「何故だ……!! マクベロンは魔導具に長け、優れた魔導師を輩出する国だったはず……! それが、どうして奴らには、魔王軍には通用しないのだ!! 俺たちではダメだというのか! あの、ユーティリットのバカ魔導師のような奴でなければダメだとでも!」
「ナーバン様!」
貴族の子弟であるこの魔導師を、死なせるわけにはいかない。
騎士団長は必死に彼に呼びかけた。
だが、その背中にかかる声がある。
「そこの男。マクベロン王国騎士団長、オベール殿とお見受けする」
よく通る男の声だった。
振り返るオベール。
彼が見たのは、真紅の甲冑に身を包んだ、髑髏の兜の剣士。
「お前は……」
「我が名はシュテルン。魔王軍八魔将が一角、不死の軍勢を預かっている。人呼んで、鮮烈のシュテルン」
「魔将……!!」
オベールは慌てて剣を抜いた。
「遅い」
だが、剣はシュテルンが抜き放った一撃に、あえなく弾き飛ばされる。
「折れぬとは、さては名のある魔剣か? だが……
だが、それは騎士団長に傷を負わせることは無かった。
「むっ」
どこからか飛んできた、投擲用の斧がシュテルンの一撃を阻んだのである。
「団長ー。逃げろ逃げろ」
間の抜けた声が聞こえてくる。
「ゼインか!! お前はまた持ち場を離れて、こんなところで油を売って……いや、だが助かった! ナーバン様を頼む!」
「分かった。じゃあ俺も逃げるので」
気軽な口調で言いながら駆け寄ってきたのは、大柄な男である。
サイズが合う甲冑が無いのか、まるで民兵のような粗雑な軽鎧を着込んでいる。
シュテルンはその男を見て、身構えた。
年齢的には壮年に差し掛かる辺り。
頭の周りを剃り上げ、頭頂の髪だけを残している。
武装した上からでも分かる、筋骨隆々の体格。
そして、背中に背負った槍が二本、腰に束ねた棍棒が二つ、腰に下げた剣が一つ、投石器が一つ。具足には幾本かの短剣が束ねられ、全身武器の塊である。
さらには、この男の身のこなしには隙と言うものが無かった。
「お前は戦わんのか?」
剣を拾う騎士団長を見逃しつつ、シュテルンはこの大男に問う。
すると、ゼインと呼ばれた男は肩をすくめた。
「戦わないよ。だって怖いもん。ほら、ナーバン、逃げるぞ」
「ええい!? いかに昔貴族だったからとて、お前は今は平の騎士だろう! 呼び捨てにするな! うわっ、担ぐな! ひいっ、顔の前に槍が!!」
事も無げに、ナーバンを担いだゼイン。
「じゃあ騎士団長、時間稼ぎ頼みますわ」
「ああ。いかなお前とて、一人でこの軍勢を相手取れはせんだろう。私がこの場を繋ぐ。お前はナーバン様と、王族の方々をお守りせよ!」
「へいへい」
不真面目な受け答えと共に、ゼインは走っていった。
見逃すシュテルンではない。
「その男を止めよ!」
叫びながら、騎士団長目掛けて剣を振るった。
打ち合わせられたのは一合。
オベールの剣はシュテルンの技に巻かれて、撃ち落された。
返す刀に容赦は無い。
一撃で、騎士団長の首が飛んだ。
ほんの一呼吸ほどの出来事である。
しかも、シュテルンはオベールを見てなどいなかった。
見ていたのは、ゼインの背中である。
大男が魔導師を担ぎながら、腰に束ねた棍棒を引き抜く。
そして、止めに現われた骸骨兵士を、力任せに叩き伏せた。
棍棒が振るわれる度、骸骨たちがまるで玩具のように軽々と宙に飛ばされる。
それでいて、ゼインの足取りは一行に緩まない。
「うわー、俺実戦初めてなんだけど……。命を狙われるとか引くわー。練習試合で無双してるだけで満足だわー」
シュテルンは崩れゆくオベールの死体を蹴り倒し、踏み越えた。
「待つがいい、騎士よ! お前をここで逃がしてはならんと、私の勘が告げている。この場にて打ち倒してくれよう!」
抜き身のまま、剣を下げて走る。
だが、そんなシュテルン目掛けて、七本の炎の矢が飛んだ。
燃えるような眼差しのナーバンが、シュテルンを睨んでいる。
真紅の剣士は、咄嗟に炎を切っ先で連続して払う。
「しまった……!」
シュテルンは、ゼインに時間を与えてしまった事を知った。
巨漢がゴーレムを乗り越えて、背後からそれを、シュテルン目掛けて蹴り飛ばす。
「じゃあな、赤い人! もう一生会うまい!」
シュテルンがゴーレムを切り飛ばし、視界を確保した時。
既に、捨て台詞を残したゼインの姿は無かった。
不死の軍勢による包囲が薄い方向を破り、逃走したのだ。
つまり、騎士団長が言い残した王族の守護すら捨てたと言えよう。
「おかしな男だ。だが……、生き残るための鼻は鋭いのだろうな」
真紅の剣士は、得物を腰に収める。
彼の周囲では、魔王の軍勢が街を蹂躙していた。
生きとし生けるもの全てが、不死者によって狩られていく。
死んだ者たちはみな、シュテルンの軍勢を構成する一員となるのだ。
「今は見逃してやろう。たかが一人の騎士。戦況を変える力などあるまい」
剣士の足取りは、王城へと向かう。
彼の横に、腰から翼を生やした女が降り立った。
彼女の首には、一度切断されたものを乱雑に繋いだ跡が残っている。
「王族は全て、城に。魔道具の倉庫は陥落致しました」
「よかろう。では、国を頂くとしようか」
城門を守る兵士たちを、一瞬で盾ごと両断しつつ、シュテルンはマクベロン城に侵入した。
だが、そんな魔将の胸に一抹の不安が過ぎるのである。
王族をも見捨てて自己保身に走った、あの大男。
どこか、型破りな姿が、かつて戦った魔導師と被るのだ。
「まさかな」
考えすぎだ。
シュテルンは浮かんできた不安を無駄と切り捨てる事にした。
だが、その不安は図らずも的中する事になるのである。
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