第46話 広がった世界を調査すること

 エフエクスの村は、そのまんま、エフエクス村という名前になったそうだ。

 俺たちはこの村にて一泊することにした。

 橋の街の住環境はどうもよくないような気がしたからな。

 朝、何やら妙な音がして目が覚めた。

 クリストファも起きており、二人であてがわれた家の外に出た。


「目覚めたようだな」


 あっ、姫様下着姿で外に!!


「これはまたお日柄もよく」


 俺は適当な事を言いながら、じっと姫様を凝視した。


「何をじろじろ見ているのだ? さあ、音の出た先を確認に行くぞ」


「失礼ですが姫様。そのお姿はあまりにも無防備かと。少なくとも、衣服を身につけたほうが咄嗟の危険には対応できるのではありませんか?」


 クリストファがとてもスマートな言い方で、レヴィアの格好を指摘した。

 彼女はふむ、と頷くと、屋内に戻っていってしまった。

 俺は少しがっかりした。




 メリッサはまだ寝ているという事で、目覚めていたボンゴレに彼女の守りを任せることにする。

 俺たちは連れ立って、エフエクスから浜辺へと向かう。

 すると、目の前で、またあの音がするではないか。

 それは、何か大きな硬いものが動く音だ。

 聞き覚えは無い。

 だから、その音が何なのかを理解した時、俺は大変驚いた。

 それは、橋の街が立てる音だったのだ。


「橋が動いているな……」


 レヴィアですらも、驚きで棒立ちになっている。

 目の前で、橋の街がゆっくりと反転していくところだった。

 両脇についた巨大な水車が、物凄い勢いで回転している。

 ハブーはその巨体を、徐々に横向きにしていく。

 やがて、どこかで引っ掛かったのか、中途半端なところで動きが止まってしまった。


「おや?」


「ふむ、私が見たところ、一見何も無いところにぶつかってしまったようですね。いえ、あれは恐らく……」


 クリストファが詳しそうだったので、三人で島の端まで行って見る。

 すると、ハブーがぶつかっている、何も無いような空間が波打っていた。

 その向こうにはどこまでも海と空が続いているように見えるが、そうではないのだ。

 広がった世界は、ハブーの周辺と、このエフエクスの周辺にしか存在していないようだった。


「よし、ちょっと端まで飛んでいってみるわ」


 俺は二人に宣言すると、いきなり飛び上がった。

 靴を脱ぎ捨て、足の裏からアイロンの魔法を使ったのである。

 手のひらと足裏から蒸気が吹き出し、俺の体をかっ飛ばす。


「くっ、私も空を飛べたら……」


「普通人間は飛べませんから姫様は気にしなくていいんじゃないでしょうか」


 二人の言葉を背後に、俺は世界の果てと思われる、この透き通った何かに……体当たりをしてみた。

 結果、


「ウグワーッ」


 俺は何か世界の果てにボヨーンと跳ね返されて、同じように世界の果てへぶつかっているハブーの上へ落下した。

 最近、よく落下しているなあ。


「あれっ!? ウェスカー、もう帰ってきたのかい!? 実は困った事になっちまってさ」


 ちょうどそこにいたのはアナベルだった。

 隣に、ガタイのいいイケメンがいる。

 アナベル兄であろう。


「あっ! 君は、僕をプレージーナから解放してくれた人たちの一人……! 君が妹の言っていたウェスカーだったのか! ありがとう、この街を守ってくれて。そして……妹はやらん」


 突然アナベル兄が纏っていた雰囲気が変わった!

 爽やかな涼風のようだったのが、荒れ狂う嵐になったみたいだ。

 俺はこれを受けて、即座に決断した。


「やらんと言われると欲しくなるものである」


「ぬうっ! この盗人め! 例え街の救世主だろうと、僕はアナベルを守るためならこの手を機械油以外で汚す事もいとわないぞ!!」


 アナベル兄が、水車やら歯車をいじるための道具を手にしつつ、フシギな構えを取った。

 俺もそれに応じて、片足を背中側へ持ち上げて、バランス感覚を誇示する体勢になる。


「ホアーッ!!」


「キョーッ!!」


 俺とアナベル兄の魂の叫びが響いた。

 そこへ割り入ってくるアナベルである。


「やめろ!? なんかあたいを賭けて変な勝負みたいになってるけど、天下の往来でめっちゃ恥ずかしいから!? ほら、兄貴!!」


 アナベルが、彼女の兄に向けて容赦なきボディブローを放った。

 アナベル兄は、「ぬふう」と呻いてうずくまる。

 愉快な人だ。


「ごめんよウェスカー。兄貴、普段は凄く爽やかなんだけど、あたいの事になるとこうして我を失って暴れ狂うんだ。こう見えて、橋の街を管理する技師なんだよ」


「気にする事はないぞ。俺は変な人が大好きだからな。アナベル兄よ、顔を上げなさい。俺はアナベルを狙ってはいないぞ」


「ほ……本当か」


「本当だ。うちの仲間には、伝説の幻獣ゴリラを思わせる姫騎士と、こうるさい魔物使いの娘がいて、賑やかな女子は間に合っているからな……」


「なんと……! そうだったのか。どうやら誤解をしていたようだ。僕はアンドリュー。済まない、ウェスカー」


 アンドリューと名乗ったアナベル兄は、立ち上がると爽やかに微笑みながら、俺に握手を求めてきた。

 俺は彼と硬く握手を交わした。


「うっ、手のひらが湿っている」


「さっきまで蒸気を噴射していたからな。しっとりしているぞ……!」


 アンドリューが嫌そうな顔をして手を離した。

 そして、気を取り直して状況を説明してくる。


「実は、橋の街には不思議な仕掛けがいくつもしてあってね。この大きな水車、街の両脇にあるんだけど、なんだと思う?」


「この地下で粉を挽いてるとか?」


「いや、橋の街では小麦の類は手に入らないんだ。しかも、この水車は、街の地下にある大きな装置に繋がっている。水車を回すためだけにある装置だ」


「なるほど」


 よく分からんが相槌をうつ。


「そして、魔将を倒した事で、水車を回す装置に触れるようになったんだ。僕と仲間の技師たちで動かしてみたんだが……」


 アンドリューが振り返ると、彼の背後には地下に続いているらしい穴が空いている。

 そこには梯子がかかっているではないか。


「見ての通り、橋の街が動き出したんだ。つまり、街は自由に動き回れるみたいなんだ。だが……何かよく分からないものにぶつかって止まってしまった」


「うむ、あれには俺も突っ込んでみたんだが、ボヨーンと跳ね返された。世界の果てみたいなもんだな」


「突っ込んだのか!? 生身で! 君は勇気があるな。そうか……世界の果てか」


「ウェスカーは何にも考えて無いと思うなー」


 アナベルが大変的確な事を言った。

 その後、俺も橋の街の地下に連れて行ってもらい、装置とやらを目にした。

 よく分からない、歯車がごちゃごちゃ組み合わさっている。

 技師だという男たちが、わいわいとこれをいじっているではないか。


「なるほど、分からん」


 さっぱりだったので、アナベルたちに別れを告げ、またレヴィアたちの所へ戻ることにした。





 俺がぴゅーっと飛んでくると、レヴィアとクリストファ、それに起きてきたメリッサとボンゴレがいる。

 三人と一匹で、何かお弁当らしきものを食べているではないか。


「ずるいぞ」


 俺は全力でかっ飛び、砂浜を削りながら着地した。

 そして砂まみれになりながら起き上がり、猛抗議をする。


「俺が橋の街で遊んでいるうちにお弁当を食べるとはとてもずるい!! 俺も食べたい!!」


「遊んでたんですか!?」


 メリッサが目を丸くした。

 その横で、ボンゴレが大きな葉っぱで包まれたお弁当らしきものを俺に差し出してくる。


「フャン」


「あっ、俺の分も!? いやはや、これはボンゴレさんお恥ずかしいところをお見せしたね」


 俺は赤猫にへこへこしながらお弁当を受け取った。

 ボンゴレは、何、気にしないでくれたまえ、みたいな顔をして俺の肩を肉球でポンポン叩く。

 葉っぱの中身は、蒸した芋を潰した主食と、蒸し野菜に蒸した肉である。味付けは塩とハーブ。潰した芋に野菜や肉を乗せて食うのだが、これが美味い。

 まだホカホカしている芋を指で摘まみ、好きなだけおかずをくっつけて口に運ぶ。

 むしゃむしゃくちゃくちゃ食べていると、先に食事を終えていたレヴィアが尋ねて来た。


「状況は分かったの?」


「ふぉい」


 俺は返事をした。


「ウェスカーさん、口に物を入れたまま喋らないの」


「ウェスカー、お茶もありますよ」


「ふぉう、ふぁりふぁふぉう」


 口いっぱいに頬張ったお弁当を、お茶で飲み下し、俺はようやくレヴィアに返事をした。


「なんか、橋の街は動き回れるみたいですね。だけど世界の果てに引っ掛かって、ここから先にはいけないみたいだ」


「世界の果てか……!」


 ふーむ、と考え込むレヴィア。

 彼女は試しに、その辺りにあった石を拾った。

 いや、あれは貝かな?

 湖でもたまに獲れる珍味である。

 だが、この砂浜にはたくさんの貝がいるらしい。


「そーれっ!」


 拾った貝を、海に目掛けて全力で投げるレヴィア姫。

 橋の街とは別の方向だ。

 貝はぴゅーっと飛んで行き、海にぼちゃんと落ちる……かと思ったら、何か見えない壁みたいなのに当たって、ぼいーんと跳ね返されてきた。


「ふーむ。どうやら確かに壁があるようね。しかも、エフエクスの島と、ハブーをある程度の距離で囲んでいる……。私たちの世界が、越える事のできない山で囲まれていた事と同じような状況かもしれない」


 レヴィア姫、冷静に分析する。


「姫様、これはゼロイド師案件では」


「ああ。ゼロイド師に提供するとしよう。彼ならこっちまでやってきて、きゃっきゃ言いながら調査するだろうし」


 そういう事になった。

 世界のピースを集めていく事で、こうして世界は広がっていく。

 ただし、ピースが足りないと、このようにすぐ世界の果てに区切られてしまうという事だ。


「これは、次なるピースを求めねばなりませんね」


「新しいところに行くのね。でも、どうやって行くの? またクリストファさんの魔法?」


「そうですねえ」


 俺たちが相談を開始すると、橋の街の向こうから何かやって来るのが見えた。

 それは、橋の街の間を抜け、舟に乗ってこちらへ向かって来る。


「殿下ぁー! レヴィア殿下ぁー!」


「おや。城の者たちだ。随分慌てているようだが」


 レヴィア姫が臨戦態勢になった。

 何やら、きな臭い気配を感じ取ったのだろう。この人の荒事を嗅ぎ分ける感覚は正に野生の勘といった趣がある。

 舟に乗った人々は、レヴィアの見立てどおり、城からの使者だった。

 舟を漕いでいるのは橋の街の人なのだが、舟が砂浜に到着すると、乗っていた使者は今にも転びそうな勢いでこちらへ駆け寄ってきた。


「よ、ようやく追いつきましたぞ殿下!」


「どうしたのだ」


「大変なのです!!」


「大変なのか」


 俺が相槌を入れた。するとクリストファが頷く。


「大変らしいですね」


「そうか」


「そのようです」


「二人とも話の腰折らないでー!? あっ、この人たちのことは気にしないで続けて下さい!」


「はっ、はい! 大変なのです! ま、マクベロン王国が……王都が陥落致しました!」


「何だと!?」


 風雲急を告げる展開なのである。

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