第45話 橋の向こうは森の国
俺は肉を焼いた。
一心不乱に肉を焼いた。
右に生焼けの肉あれば駆け寄って焼き。
左に新たな生肉あれば茹でられる前に焼いた。
胸肉を焼き、ロースを焼き、モモ肉を焼き、タンを焼いた。
一体どこからこんなに多様な部位の肉を持ってくるんだろうと思ったが、とにかく焼いた。
果たして、この腕から滴るものは焼肉の脂か、はたまた俺の汗かと区別がつかなくなった頃、肉は全ての住人に行き渡ったのである。
「やれやれ、ようやく一息つけるな……あれっ、俺の肉は」
「ウェスカーさんが全部焼いて配っちゃったじゃないですか」
肉汁が滴る串焼きを頬張りながらメリッサが言う。
ちゃっかり自分用のを確保しているのだ。
街の住人たちは、ソファゴーレムが待機している浜辺まで行き、俺たちが持って来た食料の類も運んできたらしい。
それも全部俺が焼いてしまったので、つまりはもう肉はない。
「そもそも、橋の街の肉はどこから仕入れてたんだろう」
「橋の地下にね、家畜を飼ってるところがあったのさ」
答えたのはアナベルだ。
彼女曰く、橋の街はそれだけで、最低限の食料を作り出し、自給自足をしていたようだ。
そして、やはり住民たちに平等に配布する制度を使っていたので、メリッサの世界のように貨幣を用いていない。
「しっかし、ウェスカーが持って来たお肉は美味しいねー! あたい、びっくりしたよ!」
「おう、そりゃあどうも。だが俺も肉を食べたかったなあ……」
遠い目をしていると、何やら見た事が無い野菜が差し出されてくるではないか。
「これさ、向こうで繋がった森の島で取れた野菜だけど、これ食べなよ」
「おお……。この際、野菜でもいい」
紫色の根菜であった。
なので、俺はコレをジューッと焼いてばりばり齧った。
橋の街には塩と酢しか調味料が無いので、それをどばっと掛けるのだ。
なかなかいける。
「森の島?」
そこで疑問に思った。
橋の街で見かけた野菜は、芋しか無かった気がするのだが。
「ウェスカー、ハブーの向こうに新たな土地が繋がっていますね。恐らく、島とはあれのことでしょう」
クリストファが戻ってきたところだった。
どうやら、俺が肉を焼いている最中に橋の街の端まで歩いていっていたらしい。
「あっちには肉があるんだろうか……」
俺は遠い目をした。
「ウェスカーさんがいつになく覇気がないんだけど」
「彼のサービス精神が裏目に出てしまいましたね。これはウェスカーに肉を食べさせねばならないようです」
「フャン!」
ボンゴレが自分の分の肉を俺に分けてくれるようだ。
おお、心の友よ!
俺はボンゴレの食べかけをむしゃむしゃ食べた。
あっ、なんか元気が出てきた気がする。
「ウェスカーの無尽蔵な魔力の源は、食事かもしれんな。それだけでは足りるまい。よし、森の島とやらに行ってみよう」
レヴィア姫の宣言が決め手となった。
俺たちは、ハブーを通り抜けて森の島への向かうのである。
「また帰りにでも声をかけておくれよ! あたい、いつでも駆けつけるからね!」
「うむ。今度はアナベルの兄を紹介してくれ」
アナベルと別れ、橋の街の末端部へと向かう。
この間来た時は、ぶっつりと途切れており、巨大な水車で河をかき回していた場所だ。
そこに道が出来ていた。
相変わらず、水車はぐるぐると回っているのだが、掻いている水の透明度が全然違う。
道の先には、一面の森で覆われた場所があった。
島だ。
俺は、島と言うのを生まれて初めて見る。海だって初めてだったのだから、島だって初めてなのだ。
「おおっ、なんだあれ。なんかこう、小さいな!」
振り返る。
ハブーの向こうに、俺たちが住んでいた、四王国のある大地。
こうして見ると、でかい。
「フャン!」
ボンゴレがメリッサの腕から抜け出して、走り始めた。
「あっ、ボンゴレ待ってー!」
メリッサが後を追う。
「あっ、一番乗りは譲らんぞ!! ボンゴレ、俺の前を走ったことを後悔させてやろう!!」
俺も全速力で走った。
いや、二本足で走ったのでは、四足のアーマーレオパルドには勝てない。
ならばどうするか。
魔法である。
「ウインド!!」
ローブの端を持って、蝙蝠の翼のように広げながら、俺は叫んだ。
猛烈な風が吹く。
ローブが風を孕んで、俺ごと空に舞い上げた。
「フャン!!」
それを見たボンゴレも本気のようだ。
一気に巨大化すると、後ろを走っていたメリッサを咥えて背中に乗せた。
「ひええっ!? は、はやいーっ!!」
大地を駆けるボンゴレと、空をぶっ飛ぶ俺。
新たな島への最初の一歩を賭けて、男と男の勝負なのである。
あれっ、ボンゴレってオスだっけ?
余計な事を考えたら、俺の魔法のコントロールが疎かになった。
風が吹く方向がてんでばらばらになり、失速して落下する俺。
「うおーっ!」
橋と島が繋がるところへ、俺は尻から落下してバウンドした。
超痛い!
だが、辛うじて島への一番乗りだ。
直後に、悔しそうな顔をしたボンゴレがやってきた。
「あれっ、ここ……」
ボンゴレの背中に掴まっていたメリッサが、体を起こして周囲を見回す。
俺たちの目の前には、鬱蒼と茂る森。
だが、これは結構特徴的な森だ。
何しろ、葉っぱと葉っぱの密度が濃くて、森の中は薄暗い。
さらに、木々には無数の蔦が絡まっていて、まるで蔦の壁のような……。
「ここ、エフエクスだよ! 私の村があるところだよ!!」
「あっ、ほんとだ」
尻の泥を払いながら、俺は立ち上がった。
闇の世界だったエフエクス。
だが、空はすっかり晴れ渡り、おどろおどろしく見えていた木々も、今は青々とした豊かな森にしか見えない。
「なるほどな。私たちが真っ先に解放したエフエクスが、どこに行っていたかと思ったが……ハブーを伝わねば向かうことが出来なかったのか」
「こうして、三つの世界が繋がったのですね。めでたい事です。私はエフエクスは初めてなのですが、案内してもらえますか?」
「うん、喜んで!」
メリッサはパッと表情を輝かせて、ボンゴレの背中から降りた。
森に分け入ってみると、ここがどの辺りなのかすぐに分かる。
ちょうど、俺とレヴィア姫が落下した辺りがあるからだ。
ここで大地隆起を使って、地面を掘り起こしたなあ。
そして魔物に飲まれていたメリッサを助け出したのだ。
今は、まるでそれが遥か昔の時のことのように、掘り起こされた後には草が生えている。
「村はこの先だよ!」
メリッサは、勝手知ったる自分の庭とばかりに、明るい森の中を走っていく。
やがて、蔦の壁の大部分が取り除かれた村が見えてきた。
光の下で見ると、同じ村でも随分違った姿に感じるものだ。
「みんな!」
メリッサが声を張り上げて、手を振る。
すると、村人たちがこちらに気付いて目を丸くした。
「ひゃっ、魔物が! ……ありゃ? 魔物の横にいるのはメリッサじゃないか?」
「本当だ、メリッサだ! 生きてたのか!」
真っ先にやって来たのは、俺に絹の服をくれた服屋の店主である。
「その真っ黒なローブを着てるやつは、あの時の魔法を使う奴か!! こりゃあ驚いた……! あんたたちが出て行ったまま戻ってこなくて、そうしたらこう、いきなり空が明るくなってな。あんたたちが身を犠牲にして、この世界を救ったって話になってたんだぜ。ほれ」
店主が指差したのは、村の役場前に立つ木彫りの像だった。
それは、俺とレヴィアの姿を象っている。
雄々しく立ちながら、剣を明後日の方向に構えるレヴィアと、真横で座り込んで飯を食っている俺。
「なんで俺の像はかっこよくないんだろう」
「大体ウェスカーさんの姿に忠実だと思いますよ」
「私の像か。なんと言うか
「姫様やっぱり魔王退治は趣味でしたか。ああ、それとこの像、姫様はなんか現物の方がいいですな」
「そうか?」
「ウェスカーは自然な感じで女性を褒めますね」
「そうか?」
「そうですよ」
「そうなのか」
「またやってる……。ただ、ウェスカーさん人の変化には敏感ですよね。気付いて欲しくない事も気付くけど。でも、まさか姫様をさらっと褒めるなんて……」
「なにっ、俺はあれだぞ。そういうのはよく分からんが、俺なりに常に全力で本気だぞ」
「それは間違いないわね」
レヴィア姫は笑いながら頷いた。俺も彼女も、大体常に全力である同士なのだ。
などと会話をしていると、エフエクスの住人たちが集まってきた。
「おおっ! 一年のときを越えて、勇者たちが戻ってきてくれたか!」
村長代行みたいなことをしていた、ヒゲとスキンヘッドである。
その後ろには、むきむきマッチョの男もいる。
お前は青年団代表!!
生きていたのか。
「一年……!?」
目を丸くするメリッサだ。
「私がエフエクスからユーティリット王国に来て、まだ一ヶ月も経って無いのに……!」
「メリッサ、エフエクスの闇が晴れて、俺たちは突然、この周りにたくさんの水がある状態になったんだ。水は塩辛くて飲めないが、塩気を飛ばしてしまえば飲用にも出来る。光が強くなったから、様々な植物を食べ物として育てる事が出来た。ご先祖様が倉にしまっていた種が、次々に芽吹いたんだ」
青年団代表が語るとおり、確かに、村中に畑が広がっている。
そこに植えられているのは、俺がエフエクスで見た貧相な作物なんかではない。
青々と葉を茂らせた、実に健康的な野菜たちなんである。
ふと、俺の鼻先を、丸々と太った羽虫が飛んでいった。
羽虫も太っちょになるくらい、この世界は豊かになったのだ。
「この恵みを俺たちにもたらしてくれたのは、お前たちみんなと、そしてメリッサだ! みんな! 俺たちの英雄が帰還したぞ!!」
わーっと盛り上がる、村の一同。
橋の街といい、エフエクスの村といい、こうも持ち上げられると背中がむずむずしてくるぞ。
横目でレヴィアを見ると、彼女も同じような気持ちだったようで、複雑そうな顔をしてこちらを見た。
互いに肩をすくめるのである。
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