第44話 大体前と同じな橋の街
俺は肉を茹でる店主によって、舟の上に引き上げられた。
ローブはあれだけ水に浸かったというのに、全く濡れていない。
これは大変便利な衣装である。
「いやあ、その禍々しいローブ、やっぱり肉焼き職人か!! 一体どこに行ってたんだ? それに元のままの河なら、あんたは変な病気にかかっちまってたぞ!」
「店主よ。これは河では無いぞ」
「なにっ」
「海と言うらしい」
「う、海……!? なんだい、そりゃあ」
俺たちがやり取りをしていると、浜辺から丸太が一つやってくる。
その上には、レヴィア姫が仁王立ちしているではないか。
どうやら、浜から丸太を放り投げ、それに飛び乗ったらしい。
そして着水後も、丸太が進む力を使ってこちらにやって来ると。
姫の殻を被っていても、隠しきれないゴリラ力である。
「無事なようだなウェスカー。そちらの方は?」
「この間俺が肉を焼いてた店の主人です」
「ほう……彼が! ということは、この先に、あの橋の街があるということか。ワールドピースを手に入れることで、世界はつながっていくのだな」
「姫様もちょこっと会ったはずですが。まあ肉の事で頭がいっぱいになって覚えてないでしょうな」
「ああ。だから初めましてだな」
「は、初めまして。肉焼きの旦那、この流木の上に素晴らしいバランス感覚で立つご婦人は……?」
「ユーティリット王国の王女、レヴィア殿下だぞ。しかも、プレージーナにとどめを刺したのはこの人だ」
「ひえーっ!?」
肉を茹でる亭主はひどく驚き、舟の上でひれ伏した。
その後、舟は浜辺へとやってきて、クリストファとメリッサとボンゴレを回収した。
肉を茹でる亭主は、突然河の水が綺麗になったので、地下の工場に秘匿されていた舟を持ち出して調査にやって来たのだそうだ。
「肉焼き職人さんの肉を食った客が、俺の茹で肉を食ってくれなくなってな。暇だったんで調査に名乗り出たのさ」
「なるほど」
俺は頷いた。
ちなみに俺たちの横で、レヴィア姫が仁王立ちしている丸太が、不思議な動力で並走している。
「姫様、なんで丸太が動いてるんですか」
「よく見ろウェスカー。私がたまに足で水面を蹴っているのだ。オールを無くした時、よくこうやって舟を操ったものだ。その際、スカートは邪魔だったので毎回破いた」
「姫様らしい」
レヴィアの足を見ていると、一瞬片足がぶれて、同時に水面が爆ぜる。ああやって水面を蹴って移動するのだな。俺は水の上にいたことがないから、大変勉強になる。
それに、どうやら肉を茹でる亭主が持っている棒は、オールというらしい。
舟を動かすための道具なのだな。
「亭主、オールをやらせてくれ。面白そうだ」
「えっ、肉焼き職人の旦那がやるのかい? いいけど……」
「私も半分やりましょう」
クリストファも興味を持ったようで、オールの片方を手にした。
俺と目を合わせて、
「ではウェスカー、競争ですね」
「いいな、やろう!」
ということになった。
「男の人って、子供よねー。ね、ボンゴレ?」
「フャン」
背後で、メリッサのちょっと背伸びした物言いが聞こえたのである。
砂浜を左手に見ながら、ぐんぐんと進んでいくと、見覚えがあるような無いような……いや、やっぱりないな。巨大な橋のシルエットが見えてきた。
俺たちはあの中で活動していたので、外から姿を眺めてはいない。
だが、俺が知ってる橋のように、橋脚があって、本体が薄く上に乗っかっているというものではなく、まるで壁みたいにしてのっぺりした塊が、海の中にそびえ立っていた。
ところどころに大きい穴が空いていて、そこから水が出入りしているようだ。
「あれがハブーの外から見た姿かあ」
「おう。横っ腹にな、舟が出入りできるところがあるんだ。不思議なことに、魔物も全然いなくなっちまって、みんな橋の中を行き来しているぞ」
肉を茹でる亭主に導かれて、俺たちは舟の入り口というところに入っていった。
天井は、俺が立っていると頭をぶつけそうになるくらい。
レヴィアはちょっと前傾姿勢になってくぐり抜けた。
「思ったよりも狭いのだな」
「そりゃあもう、魔物たちに見つからないようにこっそり作った舟の入り口でさあ」
亭主はレヴィアを相手にする時は、ちょっと腰が低くなる。
姫というのが効いたな。
適当なところに舟を止めて、俺たちは降りた。
薄暗いのだが、あちこちから光が入ってきている。
橋の作りが大雑把らしくて、隙間が多いのだそうだ。
それから、橋の内部には、光を溜め込んで放つような生き物が住んでいるとか。
おかげで、足下が見える程度の明るさにはなっている。
「臭くないな。なんていうか、この変な臭いしかしない」
「これは海の匂いなのかもしれませんね」
「なるほど」
海を見てからずっと臭っていたのは、海自体が発する臭いであったか。
俺たちは、なんとなくぬめる金属製の階段を、一歩一歩上がっていく。
この橋、外から見ると石造りなのに、中から見ると鉄の柱で作られているのだな。
「ひゃっ」
メリッサが足を滑らせた。
俺は咄嗟に、手のひらを開く。
「アイロン! ええと、噴射するタイプでゴー!」
大変曖昧な俺のイメージに従い、手の中に炎と水が生まれ、合わさって強烈な蒸気となる。
これをエナジーボルトで作った筒の中に通し、メリッサの後ろへと思い切り吹き付けるのだ。
「ひゃー!! あつい! 背中が湿るー!!」
メリッサが悲鳴を上げながら、こっちに吹き飛ばされてきた。
これをキャッチである。
「うわ、アイロンやると大変なことになるな」
「た、助けてくれたことはわかりますけどもっ! ありがとうですけど、これはあんまりだと思いますっ」
俺に抱っこされて抗議するメリッサであった。
これを見て、レヴィアはふむ、と頷いた。
「暗くて滑る足場では危険だな。ウェスカー、何か滑らない魔法を使っておくのだ」
「ほいほい。えーと、それならば……海の感じなら……そうだ、
水と風の魔力が渦巻く。
海の水が持ち上がって、その中から塩が分離される。
それが、俺たちの足下を覆うように、階段の上に設置されていった。
「よしよし」
足下をガンガン蹴って俺は確認する。
すると、バキン、という嫌な音がした。
「ウェスカー、私が知るかぎり、鉄は塩水で錆びると思うのですが」
「湿気に溢れる空間と塩のカバーか……完璧じゃないか」
クリストファの指摘に、俺はハッとした。
肉を茹でる亭主は、俺の魔法を見て目を丸くしているが、状況に気づいたようだ。
すぐに、顔が青ざめる。
「に、に、逃げろーっ!? 階段が崩れるぞー!!」
俺たちは慌てて階段を駆け上がるのである。
上がりきったところで、光が見えてきた。
かすかな光ではなくて、きちんと外の光である。
「ぜえ……ぜえ……。あ、あんたたち、なんでこれだけ走って息が上がってないんだ……」
「そりゃあ鍛えてるからな。スポーツ感覚で魔将に挑む俺たちだぞ」
「ええ、姫様に付き合っていると、スナック感覚で魔物と戦うことになりそうですよね」
クリストファもよく分かってきた。
ちなみにレヴィア王女は、当然というか何というか、汗一つかいていない。
多分、出会った頃から一段とパワーアップしているのではないだろうか。
「そう、鍛え方が違うんです」
俺に抱っこされたメリッサがフンス、と鼻息を荒くする。
まあ確かに、この階段をメリッサが走るのは酷だったな。
「フャン」
ボンゴレが俺の背中を駆け上がってくる。
そして、俺の肩の辺りに捕まって、ぶらんとぶら下がった。
「なにっ、ボンゴレ、お前まで楽をするつもりか」
「ウェスカーさんって、こう……魔導師なのに凄く体力ありますよね……。魔法を使う人って、イメージだと凄く体力がないっていうか、虚弱な感じがあるんですけど」
「俺はアウトドア派だったからな! 母が死んでから、飯にありつけないことも増えたので自らのを駆け回って食料を調達したりもしていたのだ。あと魔導書は城の中庭で木にぶら下がったりしながら読んでいたぞ」
「魔導師は体が資本ですね」
クリストファがにっこり笑って俺を肯定した。
メリッサが首を傾げる。
「何か間違ってる気がする……」
「何を言う。ウェスカーは私とともに早馬を走らせたり、一晩宴会をした後で謁見できる程度には体力がある男だぞ。魔導師はこうでなくてはいかん」
「それは絶対間違ってますよ姫様ー!」
そのようなやり取りをしながら、街に出てきた俺たちである。
みんな、作業着に袖を通しているのは変わらない。
この間からそれほど日にちも経っていないしな。
だが、死んだ魚のような目をしている連中はいないではないか。
「どいたどいた! 森の島から野菜が届いたよ! 新鮮な野菜だよ! 市場で売るよ!」
荷車に山ほどの青物を載せながら、走って行く者がいる。
「森の国から仕入れた薪だ! これで肉を焼けるぞ! 排気で湯を作って茹でなくてもいいんだ……!」
こちらの耳にも、ハブーの街の活気が届いてくる。
「肉焼き職人の旦那。俺は分かってるぜ。いや、みんな、分かってる。あんたたちが魔将をやっつけて、この街を解放してくれたんだってな! おかげで、街は生き返った! ありがとうよ! 俺から礼を言わせてもらうぜ!」
亭主の言葉が街に響き渡る。
すると、道行く人々が俺たちに振り返る。
あるいは立ち止まり、あるいは駆けつけて。
「おお、あんたたちか!」
「魔将とやりあってた人たちだよ!」
「あんたたちのおかげだ! ありがとう!」
見覚えのある娘が走ってきて、俺の前に立ち止まった。
「ウェスカー! 兄貴が帰ってきたんだ! 貞操も無事だったよ! みんなあんたたちのおかげだよ!」
アナベルだった。
そうか、彼女の兄の貞操は守られたのか。
俺はちょっと嬉しくなったので、高らかに両手を突き上げて宣言したのだった。
「いいだろう。今日は俺がみんなに肉を焼いてやるとしよう……!!」
橋の街は、歓声に包まれるのだった。
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