第43話 山間を抜けるとそこは海だった

 ソファゴーレムに車を牽かせて、キーン村の方向へ向かった。

 車に載せてあるのは、まず食料。肉と野菜と調味料、その他である。

 俺たちはハブーで、茹でただけの肉とか、揚げただけの芋や魚と遭遇している。食べ物には期待できない。

 ならば自給自足しかない……!

 そう思い至ったわけなのだ。

 そして、食糧管理として車側にはクリストファがいる。

 なぜなら、


「メリッサだとつまみ食いをするからである」


「ひ、人聞きが悪いですよ!! 私だって常に飢えてるわけじゃないです! ちょっぴりだけ、ほんのちょっとだけつまむくらいで……」


「……メリッサだとつまみ食いをするからである」


「にっ、二回も言いましたね!? ウェスカーさんに言われるなんて屈辱!!」


「自分の胸とボンゴレに聞いてみるがいい。メリッサは食いしん坊。これは間違いない。なっ、ボンゴレ」


「フャン」


 ボンゴレが全くだ、という風に頷いた。


「ボンゴレが反抗期になった!」


 嘆くメリッサ。

 クリストファは俺たちのやり取りを聞きながらニコニコしている。

 食料が満載の車の隅っこで、膝を抱えて詰め込まれているのだが、それでも微笑を崩さないあたりは色々流石である。

 神々の代理人と言うのは凄いのだな。

 そして、うちのボスたるレヴィア姫だが、一見すると騎士見習いか何かかな、という軽装と、腰に挟んだ剣のみ。

 鎧の類は食料と一緒に、車に詰め込んである。

 ちなみに鎧を脱ぐと、やはり……なるほど大きい。これはけしからん。

 俺はさり気なく彼女の胸元を凝視しながら、


「姫様、大変な軽装ですけどいいんですか」


「ええ。だって魔王軍が攻めているのはマクベロンでしょう。それに、かの国は魔道具を使って、攻め寄せる魔王軍との戦いをこう着状態に持ち込んでいる。魔物がこちらにやって来ることはないのではない?」


「魔王軍と戦うことをライフワークにしてる姫様らしからぬ発言ですな。そしてまた大きい」


「今回ばかりは、私も魔王軍より、新たに現われた湖や、橋の街に興味があるのよ。元気に魔王軍を駆逐する為にも、たまには休息を取らなくちゃね」


「なるほどでかい」


 つまり休息すら魔王軍との戦いに帰結する辺り、幻獣ゴリラの如き人だが、それ故に行動が理にかなっている。


「じゃあ、橋の街で肉でも焼いて食べますか」


「とりあえずウェスカーさんサイテー」


 そう言う事になったのである。

 メリッサは何の話をしているのかな?




 ソファゴーレムは街道を爆進していく。

 また、途中で小さな魔物を何匹か踏み潰したり蹴散らしたりしている。

 前回キーン村に行った時と大差が無いので、この辺りまでは本当に、強い魔物は出てきていないようだ。

 故郷の横は素通りした。

 別に立ち寄る用事も無かったからである。


「あれっ!? ウェスカーさん、いいんですか挨拶とかしなくて!?」


「この間したら大丈夫大丈夫」


 適当に流しながら、ソファを走らせる。

 さて、村を過ぎ、丘の上に別荘を望み、この辺りで街道が途切れるという辺りだ。

 突然、辺りに連なっていた山々が途切れた。

 なんというか、そこにあった山を唐突に取り除いたみたいな、そんな光景が広がっていたのだ。


「イチイバたちがここを突っ切っていったわけだな。確かに、ちょっと踏み固められてる」


 山と山の間にあるそこは、獣道のようになっていた。

 例え崖であろうと、うちのソファはよじ登っていくであろうから、この程度の道は何の問題もない。


「よし、行けソファ。全力で突っ切っても構わんぞ」


「ウェスカーさん! 後ろの車のご飯が落っこちちゃう! あとクリストファさんも!」


 クリストファを付け足し程度に語るとは、メリッサ、この食いしんぼめ。

 だが、俺としてもクリストファが落っこちるのはよろしくない。


「よし、ソファ、のんびり行くのだ。車が横転しない程度でな」


『ま”』


 ソファは悠然と、獣道を突き進んで行く。

 牽かれている車がガタガタと揺れるが、載せられているクリストファはあっはっは、と愉快そうに笑うばかりである。

 彼は人間ができているなあ。

 左右に切り立った山を抜けていく。


「ほう、これは面白いですね。まるで、山がここだけ削り取られて道が開かれたような……」


 しみじみ呟くクリストファの言葉に、俺はうむ、と頷いた。


「でも見てみろよ。ご丁寧に、切り取った山の断面にはちゃんと草木が生えてるぜ。まるで最初からこんな形だったみたいに。こういう状況って俺、見覚えあるんだけど」


 俺の言わんとすることが、レヴィアには分かったらしい。


「幻か……。メリッサの村にあった抜け穴に、幻の魔法が仕掛けられていた。これは、それのとても規模が大きいもの……」


「えええ、これ全部に、幻の魔法がかけられて山に見せかけていたって言うんですか!? それにしたって、大きすぎますよお……!」


 メリッサが頭上を見上げて、呆然とした。

 一緒に空を見たボンゴレが、フャン、とくしゃみをする。


「世界魔法の一種でしょうね。幻と言うか、ここから先の世界が魔王によって切り取られていたのなら、ここにあったはずの山は辻褄あわせのために作られていたんでしょう。それが、元の世界が戻ってきたから消えてしまった」


 俺たちの中では、恐らく一番世界魔法に詳しい……気がするクリストファの言である。

 なるほど、そんな気がしてくる。

 俺たちはこの壮大な光景を見やりつつ、獣道を抜けていった。

 すると、突如としてパッと視界が開ける。

 そこは、一面に砂がばら撒かれた真っ白な空間だった。

 白い色の向こうで、たくさんの水がたゆたっている。

 いや、水が押し寄せてきて、引いてきて、また押し寄せてきて、と不思議な動きをしているではないか。


「湖が揺れている」


 そう形容するしか無いような光景だった。


「リナック湖も大きかったが……この湖は、なんなの。全く先が見えない……。それに、何だか変な臭いがする」


 レヴィアが顔をしかめた。

 そう言えば、この中で湖を見た事があるのはレヴィアだけだ。

 俺はユーティリット王国から外に出たことは無いし、メリッサの世界にはそもそも大きな水が溜まっている場所が無かった。


「うちは地下から汲み上げてたから……。こんなにたくさんの水、見たことない……!」


「神々の世界は雲の上でしたからね。下界にはこのように大量の水がある、海と言うものが存在していたようです。その海を司るのが、海神様でしたね。彼の奥様が主神と浮気したのが魔王に付け入られる隙になったのでした……」


「クリストファさん、今はそういうドロドロした神様たちの話はいいから。その海って言うのを教えてください!」


「はい。海と言うのはですね」


 クリストファが語り始めたので、俺もレヴィアも自然と耳を傾けた。

 なので、ソファゴーレムへ下す指示がおろそかになっていたのである。

 ソファはのしのしと大量の砂の上を歩き、そのまま砂に足を取られて転んだ。


『ま”-っ』


「うわー」


「うおお」


「きゃーっ」


「フャン!」


 レヴィアが咄嗟に跳躍し、ボンゴレは巨大化したあと、メリッサを咥えて退避。

 俺はそのまま砂に頭から突っ込んだ。

 ずぼっ! という感じで首まで入ってしまった。

 うわー、目や鼻や口に砂が入ってくるぞ!

 なんとサラサラした砂であろうか。

 俺が知ってる砂は、もっと小石やら虫やらが多かったように思う。

 あ、いや、小石っぽいものが口の中に入ってきた。

 それが口の中で、モゾモゾ動き出したぞ。

 虫かしら。


「ウェスカー無事か? まあ無事だろうが。クリストファ、食料は大丈夫?」


「はい、車は横転せずに済みました。ですが、ソファが足を挫いてしまったようですね」


 砂に突き刺さった俺のことをスルーしながら、仲間たちが会話している。

 なにっ、ソファが足を挫いただと?

 それはよろしくない。

 俺は砂から脱出しようともがいた。


「ああもう! みんな、ウェスカーさん苦しそうじゃないですか! ボンゴレ、助けてあげて!」


「フャン!」


 ボンゴレが近づく気配がする。

 こいつは大きくなっても、足音を立てずに歩くのだが、鼻息が荒いからすぐ分かる。

 ボンゴレは俺の尻の辺りを噛むと、そのまま力任せに引っこ抜いた。


「うおーっ」


 勢いよく抜かれてしまい、俺はそのまま宙に投げ出された。

 見下ろすと、ボンゴレの口には俺のズボンがある。

 つまり、俺の下半身は下着のみである。

 ぬうっ、なんという開放感。

 俺はぴゅーっとそのままぶっ飛んでいき、水の中にぼちゃんと落ちた。


「うわー、なんだこれ塩辛い」


 落下したついでに、水をたっぷり飲んだのだが、これが大変塩辛くて堪らない。

 こんな湖では、飲み水に使えない。

 これはやはり、湖では無いのではないか。クリストファの言う海というものではないのか。

 俺は考え込みながら、ぷかーっと水に浮かんで流されていった。

 すると、向から近づいてくる者がある。


「ありゃ。誰か服を着たまま泳いでやがる。幾ら河が綺麗になったからって、来たまま泳ぐ奴が……アッー!!」


 それは、俺が初めて見るものだが、本で読んだ事があるものだった。

 舟である。

 その上におっさんが一人乗っていて、木の棒を水中に突っ込みながらこちらに向かって来る。


「あ、あ、あんたは、肉焼き職人……!!」


「その声は、肉を茹でてた店主か!!」


 橋の街以来の、意外な再会なのであった。

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