第八章・広がる世界

第42話 いきなり新しい道ができる

 魔王オルゴンゾーラが退散すると同時に、俺たちを包んでいた何かフシギな世界は消え失せていた。

 そこは、実に見知った場所である。


「おお! 戻ってきたか! しかし、前回よりも時間が掛からなかったみたいだな。ほんの一日くらいだったぞ」


 そこは、ゼロイド師の研究室だ。

 俺たちが出発した場所だな。


「ゼロイド師、新しいピースだぞー」


「うほお! 流石!」


 ゼロイド師、飛び跳ねて喜んだ。

 俺がスッと彼に向かって投げると、ゼロイド師はぴょんと飛び上がってワールドピースをキャッチし、着地し損ねてテーブルを巻き込み、がらがらがっしゃーんと倒れた。

 羊皮紙の書類が空を舞い、怪しい薬品が撒き散らされ、煙がもうもうと上がって大変な惨事である。


「うおわーっ」


「きゃー! ゼロイドさんが! クリストファさん、癒しの魔法を使ってください! ゼロイドさんに何かあったら私……美味しいお茶とお菓子をもらえなくなっちゃう!」


「なるほど、確かにそれは困る!! クリストファ、俺からも頼む」


「分かりました。ではレストア」


 クリストファが回復魔法を使った。

 すると、なんと倒れたテーブルと、テーブルの上に置かれていた書類や薬品も、時間をまき戻すようにして元の位置に帰ってくるではないか。


「レストアは、あらゆるものを元の状態に戻す魔法ですからね」


「なるほど」


 俺は頷いた。

 こうして見ていても、レストアだけは構造が分からない。

 神々の力を行使するそうなので、力の出所が他の魔法と違うからだろう。


「ふう、危ないところだった。クリストファだったね。ありがとう。さて、これでワールドピースは二つになったわけだが……」


「三つではないの?」


 レヴィア姫が尋ねた。


「私たちは先ほど、魔王の影と戦ってきたのだけれど、奴が言うには私たちが持つワールドピースは三つらしい」


「魔王と戦ったのですか!? 殿下、よ、よくぞ無事で……」


「ああ、ウェスカー、メリッサ、クリストファの助けが無ければ分からなかった。私はまだまだだと思い知らされたよ。だから、鍛えなおしてリベンジする……!!」


 レヴィア姫が、瞳にめらめらと闘志の炎を燃やしている。

 うむ、魔王は大変強かったのだ。

 うちで真っ先に前線へ飛び出していく姫様は、戦力強化が必要だろう。


「姫様、あの、ピースの話だったんじゃ……?」


「あっ、そうだった」


「ピースが三つ。ゼロイド師、他に知らない?」


 ゼロイド師は首を捻った。


「いや……私もピースのことは、見たことも聞いたことも無いな。実はここだけの話、ユーティリット王国はそういった実利に結びつかないジャンルの研究は疎かになっていてね。執政を取り仕切る官僚たちが、国民にアピールできる分野にしか税金を分配しないのだ」


「よし、父上に言っておこう」


「あっ、殿下! これは愚痴ではないので! その辺りくれぐれも!」


 ゼロイド師も大変だなあ。

 だが、どうやら彼は三つ目のピースとやらは知らないらしい。

 一体どこにあるのやら……。

 考えなければならないことは幾つもある。

 まず、今考えるべきことは。


「お茶にしよう」


「さんせい!!」


「フャン!」


 メリッサとボンゴレが飛び上がった。




 俺たちは、城の官僚たちが使う食堂で、お茶とお菓子をつまんでいる。

 出てくる焼き菓子が、しみじみ美味い。

 だって、塩や酢をぶっかけなくても味がするし、ぱっさぱさでもないのだ。


「美味い……。救って良かった、異世界」


「いつもの焼き菓子だろう? ウェスカーは何をそんなに感動しているんだ」


 最近、腹回りが気になるらしいゼロイド師は、お茶のみである。


「いや、今回行った世界は橋の上に街があったんだが、そこで出るご飯がひどくて。本当にひどくて。信じられないくらいひどくて」


「そこまでか……」


 俺の横では、メリッサが無言でもりもりと菓子を口に詰め込んでいる。

 あれはまたぽっちゃりする食べ方だ。


「しかし、橋の上の世界と言うのは興味があるな。どういう世界だったんだ?」


「うーん、橋の上に街の全部があるんだが、見た事が無い仕掛けがたくさんされていた。あちこちに、水車や風車の歯車みたいなのがあって、それが全部鉄でな」


「ほう……。魔法はどうだった?」


「なかった。それよりも、食べ物がただ茹でただけの肉と、揚げただけの魚と芋しかなくて……」


「ゼリーで固めた魚と、そのままパイに突き刺した魚はあった」


 レヴィア姫が淡々と語る。

 どうやら、俺も知らぬろくでもないご飯を食べていたらしい。

 かくして、俺たちが語る異世界の話を、ゼロイド師が興味深げにメモするという状況がしばらく続いた。

 お腹一杯になったメリッサが、うつらうつらし始めた頃合である。


 物凄い音を立てて、食堂の扉が開いた。

 なんだなんだと振り返ったら、真っ赤な顔をしたイチイバが立っていた。


「たったったったたたたた」


「たたたたた?」


「違う! 大変だ、大変なんだ!! 師匠はいらっしゃるか!?」


「私はここだ。どうした、イチイバ」


 ゼロイド師が手を振ると、イチイバは猛烈な勢いで駆け寄ってきた。


「大変です師匠!! 何と言えばいいのか、俺も分からないんですが、その……」


「落ち着きなさい。お茶でも飲んだらどうだ?」


「じゃあ遠慮なく」


「あっ、それ俺のお茶」


 俺のお茶をぐいーっと飲むイチイバ。

 関節キスである。


「ふう、人心地つきました。いや、あのですね、大変な事になりました。我がユーティリット王国は、三つの王国に通じる道のほかには、山ばかりだったと思っていたのですが……」


「ああ。人を寄せ付けない、険しい山々に囲まれているね」


「突然、キーン村の東部に、巨大な湖が出現しました……! それも、果てが見えないとんでもない大きさです! リナック湖など、これと比べれば水溜りだ……!」


「……イチイバ、幻でも見たのではないか?」


「いえ、俺もそう思ったのですが、あれは本物です! それどころか、湖にはとんでもなく大きな橋がかかっており……」


「あれっ? ハブーの街じゃね?」


 俺が呟くと、イチイバが凄い勢いで振り返った。


「う、ウェスカーお前、何か知ってるのか!? どうして橋の上に街があることを知っている!!」


「やっぱりな」


 俺と、レヴィアとクリストファは顔を見合わせた。


「私たちが魔将を倒した事で、ハブーの世界がこちらと繋がったのでしょうね。神々の世界からこちらへ来ることが出来たくらいです。世界を封印している魔将を倒したのですから、封印されていた世界そのものがこちらに出現したとしてもおかしくはありません」


 クリストファの分析に、レヴィアがなるほど、と頷いた。


「つまり、ワールドピースを手に入れることは、新たな世界をこちらに呼ぶことに繋がっているというわけね。もし、そこにハブーが存在して、さらに先には新たな国があるなら、四王国の歴史始まって以来の大発見になるということね」


 姫様は比較的落ち着いている。女言葉だからな。

 というかこの人、まともな事を言えたのか。

 最近ずっとゴリラモードだったから、理知的な言葉を語るレヴィアに大変な違和感を覚える。


「では実際に行ってみるといいな」


「そうしよう」


 俺の提案にレヴィアが乗り、メリッサもクリストファも異論は無いようだ。

 だが、これに慌てたのはイチイバである。


「ちょ、ちょっと待てお前たち! あと殿下!? まずはゼロイド師から陛下へ報告をしてだな、それから調査団が派遣されるから、その結果を待ってから検証して……」


「イチイバ、そういう暇は無いだろ。第一、何やら面白そうなものがやって来たんだから、真っ先に行かねば損だろう」


「お、お前なウェスカー!? そういう問題では……」


「構わん! 私が全ての責任を取る! 父上にはそう伝えておくように! さあ、早速行くぞ!!」


 レヴィアが王女らしいところを見せた。

 権力をちらつかせて、イチイバの抵抗を強行突破である。


「よーし、来い、ソファ!」


 俺は窓から身を乗り出して呼びかけると、指笛を吹いた。

 すると、ここから離れた城の一角で、ずどんと煙があがった。

 わあわあと、城内の人々が騒ぐ声が聞こえる。

 食堂から見える向かいの建物の窓に、何か大きいものがぶち当たる。

 それはぎゅうぎゅうと無理やり体を窓に押し付けると、壁を半ば破壊しながら飛び出してきた。

 ソファゴーレムである。

 手にはフック付きロープを携え、それをぐるぐると回転させている。

 ゴーレムはフックをこちらに投げ……ロープにぶら下がりながら建物と建物の間を渡ってくる。


「なんか……あの子、器用になってますねえ……」


「彼はもしかすると、ウェスカーの成長に呼応して強化されていくのかもしれませんね」


 ソファは俺たちが覗く窓の真下にたどり着くと、ロープを掴んだまま、俺たちを招いた。


「よし、行くぞ!」


「ほう、ソファが動くのか! これは面白いな!」


「四人いるけど座れるかなあ?」


「いざとなれば、ソファに車を牽いてもらえばいいでしょう」


 俺は窓から飛び出した。

 レヴィアも、躊躇なく窓枠を踏み越え、メリッサはボンゴレに乗って。クリストファは背中から光の翼を生やして、ゆっくりと。

 さあ、新たな世界を見に行くのだ。

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