第41話 魔王登場なのだ

 魔将プレージーナは、見事、レヴィア姫によって討ち取られたようだ。

 その証拠として俺の手に収まったワールドピースが、輝きを放ち始める。

 俺たちを元の世界に戻すのだろう。


「皆さん、気をつけて下さい! これは……何か大きなものがやって来ます!」


 不意に、クリストファの声が響いた。

 ボンゴレはメリッサを背中に乗せて合流。レヴィアも俺のすぐ横に着地してくる。

 うむ、あとちょっとずれていたら俺がクッションになるところであった。

 危ない危ない。


「どうしたクリストファ」


「皆さん、落ち着いて下さい。私があの時に感じた反応が、急速に近づいているのです」


「反応? クリストファ、そなたは何か、相手を感じ取る能力があるのか?」


「神々の力を行使すれば、そのような効果を発揮することは可能です。私は神々の世界が魔王によって封印された時に、前もってこれを仕掛けていました。間違いありません。全く同じ反応がこちらに来ます」


「なるほど」


 レヴィアの目が細められる。

 どうやら、何がやって来るのかを理解したようだ。


「その前に、魔力の補給を頼む」


「あ、はい」


 クリストファがいそいそと、魔力をレヴィアに譲り渡す。

 彼もかなりの魔力オドを内包しているので、レヴィア姫が消費した魔力を補給したり、レヴィア姫が負った怪我を治したりと大変便利なのである。

 大体レヴィア姫だな。


 そして、俺は気づいた。

 頭上に空いた大穴から見える空は、曇天である。

 魔将が倒されて、徐々に晴れ渡っていくものの、そこにピシリ、とヒビが入った。


「あ、空が割れる」


「なにっ」


「姫様! 剣を構えても届かないですから! なくしちゃいますから!」


「“聞き届けよ、以下省略! ブライトウォール”!!」


 神々へ届ける詠唱を省略し、クリストファが俺たちを包むように光の壁を作り出す。

 その直後、世界が消失した。

 いや、俺たちが、ひび割れた空の彼方へ吸い上げられたのだ。


「あれ? もしかして、クリストファ。これってなんか敵の大ボスが出てこようとしてたりする?」


「そうなんですよ」


「そうなのか」


「そうなんです」


「早くない?」


「様子見のつもりかもしれませんね」


 今回の俺たちのやり取りには、メリッサのツッコミは入らない。

 状況がそれどころではなかったせいだろう。


『やあ、お待たせしたかな? 勿体ぶっても良くないと思って、こちらから顔見せにやって来たよ』


 いきなりそいつは現れた。

 赤い礼服姿の、背が高い男である。

 瞳の色が黒く、白目の部分が金色だった。


「あっ、もしかしてオルゴンゾーラですか」


『そう、その通り。僕が魔王オルゴンゾーラだ。このところ、立て続けに僕の配下とする魔将が下されているようだね。十二のピースのうち、三つが君たちの手に落ちた。これは由々しき事態だ……』


「とうっ!!」


『あっ』


 いきなりレヴィア姫が剣を投げつけた。

 空気を読まない人である。

 魔王絶対殺すガールなので、当の魔王を前にして我慢できなかったのであろう。

 仕方ない。


『これはどうやら……君に秘められた力の欠片が芽生えようとしているようだね。とても危険だ』


 剣は狙い過たず、オルゴンゾーラを名乗る男の体に突き刺さった。

 だが、魔王はその顔に、笑みを貼り付けている。


『ちなみに僕は、分かたれた世界に貼り付けた影にすぎない。影を殺すことは出来ないだろう? だから君たちは僕を殺すことは出来ない』


 その目が、大きく見開かれた。

 魔王は歯を見せて笑った。


『だが影であっても魔将程度とは比べ物にならない。君たちを殺す程度ならば造作もないということだ。ほら、このように』


 魔王の腕が、空間を叩いた。

 そこがひび割れ、俺たち目掛けてひびが伸びてくる。


「むっ!!」


 ひびと触れた光の障壁の一部が砕けた。

 大変な攻撃である。

 実際に体に当たったら、どうなることだろう。


『世界ごと君たちを割り砕く。ああ、橋の世界ハブーは新に魔将を作り出し、管理させておくよ。君たちはご苦労様。全くの徒労だったねえ』


「魔王!! なんて卑怯な搦め手を使ってくるのか!! 正々堂々殴り合え!!」


『いやなこった。僕は楽をして敵を殺す主義なんだ。君がここまで来られるならば、言うことを聞いてあげてもいいが……君は弱すぎるんだよ』


「おのれっ……!!」

 

 魔王と俺たちの間に、ひびが入る。

 俺たちの周囲の空間もだ。

 このままでは、粉々に砕かれてしまうだろう。

 ところでこのひびは、どういう原理かな?


「クリストファ、光の壁をちょっとだけ開けてね」


「ウェスカー、何をしようというのですか!?」


「これって多分世界魔法だと思うんだよね。ちょっと分析してみるから」


「なるほどわかりました」


「分かっちゃうの!?」


 メリッサがいつものツッコミをしてきた。

 よしよし。

 光の壁は、俺がくぐれる程度に開いた。

 俺はよちよちと這い出てくる。

 すると、俺目掛けてひびが伸びてきた。

 それが、フォッグチルのローブとぶつかりあって火花を散らす。


「おっ、いけそう。どれどれ」


 俺は指先で、世界に入ったひびをつんつんつついた。

 指を近づけると、吸い込まれそうな感じだ。

 これはつまり、ひびに見えるけれど、なんでもかんでも吸い込んでしまうよく分からないものがあるということだ。


「炎の玉、ほいっ」


 炎の玉を出したら、吸い込まれた。

 元素魔法が効かないっぽい。


『……そこの君、何をしている? というか、君が身につけているのはフォッグチルのローブか。僕が作り上げたアーティファクトじゃないか。……なぜ人間が平気な顔をしてそれを纏っていられるんだ?』


「うむ、なんとなく大丈夫なんだ。で、このひび、なんとなく分かってきた。ええと、世界魔法か。こういう感じ……」


 俺はひびの上と下の空間を、掴むイメージをした。


世界接着グルー・ワールド


 空間が掴めた。

 そして、上と下でぎゅっと寄せて、むぎゅぎゅっと押し付ける。

 よーし、くっついた。


『はあ……!?』


「よし、みんな。俺がこのひびを全部くっつけていくから、後からついてきてくれ」


「でかしたぞウェスカー!」


『おい。おいおいおい、おいおいおいおい、待てよ、待ってくれよ! 何をしているんだ君は!? なんでそんなことが出来る!?』


「そりゃあ魔法だもの。原理があるなら応用だってできるさ。ほっ、はっ」


 俺はひびを、ぺたぺたとくっつけていく。 

 その後ろにぴったりと、レヴィアがついてくる。

 ボキボキと指を鳴らして、殴る気満々である。


「素晴らしい、ウェスカー。君は恐らく、誰もが成し得なかった偉大なことを行っています。やはり、君についてきた私の判断は正しかったのです」


「でもウェスカーさん、中腰でへんてこな踊りを踊ってるみたいで、こう……。見る人が見ればかっこいいのかな……?」


「実に頼りがいがある男だ! 私の目も確かだったということだ! さあ魔王オルゴンゾーラ! 今すぐ殴るぞ! そこを動くなよ!!」


『冗談じゃない。そんな訳のわからない男がいるなんて報告、上がってきてないぞ。シュテルン、僕への報告を怠ったな!?』


 魔王の顔から笑みが消えた。

 彼はやたらに長い犬歯をむき出しにしながら、怒りの表情を浮かべる。


『だから、不確定要素はここで消しておく。死にたまえ!! 爆裂スプリット火球ファイアボール!!』


 俺の頭ほどの大きさの炎の玉が、魔王の手のひらに生まれた。

 彼はそれを、指先で俺に向けて弾いてくる。

 俺の両手は、世界に生まれたひびを貼り付けるので忙しい。

 とても、普通に・・・魔法で迎撃など出来ない状態だ。

 ではここは、基本に帰るほかあるまい。


「エナジーボルト!!」


 俺は目玉から、紫色の光線をぶっ放した。

 よし! 前よりも光線が太いぞ。


『なんだそれは!? どうして人間が、目から魔法を放てる!? 本当に人間なのか!?』


 俺のエナジーボルトが、爆裂火球を迎え撃ち、押し返した。


『ぬうう!』


 魔王が憎々しげな表情をしつつ、火球を握りつぶした。


「ほい、接着終了! 姫様アタック!」


「おう!!」


 何だかボンゴレに指示を出すメリッサの気分である。

 レヴィアが俺の合図とともに飛び出した。

 目を見開いた魔王の頬に、姫騎士の右ストレートが叩き込まれる。


『なんの、この程度ーっ!!』


 魔王からも拳が伸びる。

 クロスカウンターだ。


「ぐわああーっ!!」


 レヴィア姫が吹っ飛ばされた。

 そりゃそうだよなあ。

 魔王がパンチで倒れたら話にならない。

 それはそうと、俺は両手を頭上に翳した。


「ウインド!」


 俺の周りから、上に向かって猛烈な風が吹く。

 レヴィアは風の壁にぶち当たって。下に落っこちてきた。

 キャッチ!


『理解不能だ。これは本体に伝えなければいけない情報だよ。君は……危険だ』


 オルゴンゾーラは俺に向けてそう言うと、徐々にその輪郭を薄くしていく。


『これから、すべての世界は、君たちを迎え撃つ用意を行う。覚悟していることだ』


「どうぞどうぞ」


 魔王は俺をじろりと睨みつけると、完全に姿を消してしまったのだった。

 

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