第40話 腐食のプレージーナ
「さあ、解放だ。みんな逃げろ逃げろ」
外への出口を展開する。
イケメンたちが、一斉に逃げ出そうとしている状況である。
この世界の魔物たちには、地下工場であれば好きな場所に出口を開けられる力があった。
そのため、クリストファがスベスベ人形にお願いして、おばちゃんたちがいる作業服工場へと出口を開けてもらったのである。
「あら! 魔物が出てくると思ったらイケメンが出てきたわよ!」
「半裸のイケメンなんて、眼福眼福!」
おばちゃんたちの嬉しい悲鳴が聞こえてくる。
喜んでもらえて何よりである。
今日も良いことをした。
「これで最後のイケメンが逃げますね! フフフ、イケメンさん、私を撫でてくれていいんですよ!」
スベスベ人形が、何やら期待を込めてクリストファに振り向いた、その時である。
『もうーっ、ようやく変な泥を払い落として戻ってきたら、なーにこれは!? どうして私のイケメンがみんないなくなってしまっているの!!』
ついさっき聞いた声だ。
スベスベ人形が、慌てて飛び出した。
「イケメンさん危ない、ウグワーッ」
腐食のプレージーナ。
あの魔将が帰ってきたのである。しかも、クリストファ目掛けて何やら攻撃を放ったらしい。
すんでの所で、それは飛び出したスベスベ人形がカバーした。
だが、代わりに彼はばったりと倒れたのである。
「スベスベさん!」
クリストファが駆け寄る。
「イケメンさん、俺はもうだめなようだ……! だが、最後にあんたに手を握ってもらえて満足だ……!!」
「スベスベさん、諦めてはいけない。レストアの魔法で癒やしましょう」
「いや、これは……俺たちはみな、プレージーナ様から生み出された分身……。今、元に戻……」
そう呟く途中で、スベスベ人形はどろりと溶けて、崩れ落ちた。
人形であったものは泥になり、鉄骨の隙間から河に流れ落ちていく。
そこに、プレージーナがいた。
白と泥の色が混じった翼の、長い髪の女。
「出たな魔将!!」
レヴィア姫が嬉しそうに叫ぶ。
そして、鉄骨に突き刺さっていた剣を回収した。
『女!? 私の神聖な根城に人間の女が!! 馬鹿な! なんて、なんて汚らわしい!!』
翼が羽ばたくと、プレージーナの体がすいーっと上昇してくる。
彼女に触れた鉄骨は、たちまち腐って崩れ落ちた。
そこに魔将を通す穴が開き、プレージーナは俺たちの目線まで上がってくる。
「スベスベさんをやりましたね。許しませんよ」
クリストファが静かな怒りに燃える。
例え魔物であろうと、イケメン同士のラブラブが好きな者であろうと、分け隔てなく慈しむ心までイケメンの男、クリストファなのだ。
「ううっ、なんだか食欲をなくす臭い……」
この場で唯一テンションが低いメリッサ。
鼻を摘みながら、じりじり後退する。
『あら、あなたたち女の方が、私には耐えられない臭いを発しているわ! だから女は嫌なのよ! この世界に、私以外の女はいらないの! あとはイケメンだけでいい!! だから、ちょうどいい機会だわ! 全ての女をこの瞬間から殺してやる! あとしょぼくれたオジサンたちもついでに殺す!』
「待つのだ。ということはおばちゃんたちに手をかけるという事だな」
『あら……』
盛り上がっていたプレージーナが、今気づいたとばかりに俺とクリストファを見る。
『上で見かけたイケメンと、微妙な男じゃない。あなたたちは特別に活かしてあげてもいいわよ』
「おばちゃんはいいぞ」
俺は腕組みをしながら、語った。
『は?』
「手際よく作業服を畳み、大の大人である俺をちゃん付けで呼ぶ……。おばちゃんはいいぞ」
『何言っているのあなた?』
「何。俺の中に、今おばちゃんたちを守ろうという闘志が湧き上がってきただけだ」
「いいぞウェスカー。その意気だ。全ての魔王に与するものは倒さねばならん! 例外はない!」
レヴィア姫が身構えた。
「ボンゴレ、やっちゃって!」
「フャン!」
さあ、戦闘開始である。
『あっという間に終わらせてあげる!!』
プレージーナが翼を大きく広げる。
そこから生まれたのは、泥の津波だ。
足下の河から水を吸い上げて、それを汚染しながらこちらに押し流してくる。
「よし、シャボンスプラッシュだ」
俺の手から、石鹸水の流れが溢れ出る。
最近気づいたんだが、元素魔法はある程度、その元素に親しいものが近くにあると効果を増大するようだ。
なにもないところで炎の玉を使うよりも、火種の近くで使ったほうがいいというわけだ。
ということで、俺はせっかくだからこの河の水を使うのだ。
『小癪!!』
石鹸で泡立つ水と、汚染で泡立つ水がぶつかり合う。
魔法というのは、一回発動してしまうと、自動的に一定時間効果を発揮し続けるものらしい。それを行うのが詠唱だが、俺はこれをしない。
だから、魔法の効果時間や強さは、ぶっちゃけると俺の気合次第で変化する。
「難しい言葉を使う人だな! どういう意味だ!!」
『ええ……』
プレージーナは泥水を放ちながら、呆れ声を出した。
「ウェスカー、これは生意気であり、非常に腹が立つ相手だということです」
「なるほど」
丁寧に説明しながら俺の横に並んだクリストファ。
彼はプレージーナを見据えながら、魔法を使用する。
「“聞き届けよ。かの剣に守りを。かの鎧に祝福を。
クリストファの背中に、光が広がった。
そいつは、一見して翼に見える。
光の翼が羽ばたく。
『お、おおおおおおっ!?』
プレージーナが呻きながら後退った。
背中の泥の翼が、クリストファの翼が放つ光が、魔将を焼いている。
そして、何やら俺の石鹸水がピカピカ光り出していた。
「なんぞ」
よく分からないが凄いことになっている。
これは俺だけではない。
「おお、私の拳と足が光っている。これなら直接魔将を殴れそうだ!」
プレージーナは触れたものを腐らせるようだ。
ゆえに、剣を投げる機会を伺っていたレヴィア姫だったが、クリストファの輝きを腕に受けて、殴り倒せるという実感を得たらしい。
「ボンゴレも光った!」
メリッサが興味深いことを言ったので、俺はよそ見をした。
ほんとだ!!
「フャン」
赤猫が、得意げな顔をしてピカピカ輝いている。
『ええい、この光は神々の魔法!? それはオルゴンゾーラ様が封印したはずではなかったの!?』
「私一人が上手く逃げ延びて、ウェスカーたちに拾われたのです」
「うむ。俺が拾った」
『余計なことを……!! ぬうっ!』
プレージーナの泥水が中断する。
真横から、レヴィア姫が仕掛けたのだ。
具体的には、泥水の奔流目掛けて拳を叩き込んだ。
光るパンチが、水の流れを跳ね飛ばす。
「いかな流れであろうと、次が流れてくる前に片っ端から弾いてしまえばいい!」
「姫様、その理論はおかしい! っと、ボンゴレも続いて!」
「フャン!」
レヴィアが真横から攻め、ボンゴレが頭上から襲いかかる。
慌てて、プレージーナはその場から飛び上がった。
俺の石鹸水が標的を失って、その辺り中に飛び散る。
シャボン玉が、橋の下の地下空間を覆うという、大変幻想的な光景になった。
「ああ、これは綺麗ですね」
「うん、思わぬ光景になってしまった」
クリストファと俺は、ちょっとほっこりした。
そんな俺たちをよそに、ボンゴレの爪と、尻尾から放つ光線がプレージーナを追う。
『アーマーレオパルドですって!? 過去に私たちが滅ぼしたはずのまつろわぬ魔物が、どうしてまだ生きているの!?』
「ボンゴレだけではないぞ!」
ボンゴレの尻尾を掴んで、一緒に飛び上がってきていたレヴィア姫。
反動をつけて、その背中に飛び乗る。
ボンゴレを足場にして、再びレヴィアはジャンプ。
「外であればその翼で逃げられるだろうが、ここは閉鎖空間! 逃さん!」
『くうっ! 狭くて暗くてじめじめしたところが好きな性分が仇になるとは!! ぐええっ!』
プレージーナの胴に、レヴィアのキックが決まる。
光り輝く足は、当たったところから魔将の肌を焼くようだ。
煙があがり、プレージーナの腹が砕けて、土塊となって落ちてくる。
『おのれ人間の女! これだから女は! しかもよくよく見てみれば美形! 腹が立つ! さぞや男たちにちやほやされて生きてきたに違いないわ!』
「それは違うぞ。姫様は性格がアレ過ぎて全然もてないぞ!!」
俺は即座にプレージーナの言葉を否定した。
「そう、その通り!! 私はもてないぞ!! 勘違いしてもらっては困る!!」
レヴィアは力強く宣言しつつ、ボンゴレの背中に掴まった。
ボンゴレは壁面に爪を立て、ぶら下がるようにして体を固定している。
何故かメリッサが顔を覆って、「ああー、女子としてそれはダメですその発言は」とか言っている。
いつも何に対して嘆いているのか。
『えっ、そうなの?』
プレージーナがちょっと嬉しそうな顔をした。
「隙ありだ! ウェスカー!」
「ほい! アイロンフルパワー!」
なんか合図をされたので、よくわからなかったが俺は適当に魔法を使う。
俺の体が蒸気の奔流で飛び上がる。
おばちゃんを守った時は、咄嗟のことだったので気づかなかったが、俺は服を破かない、新たな飛行方法を確立したのである。
さて、ここからどうしよう。
「よし、いいぞウェスカー! とう!」
「ぐわーっ、俺が踏み台にー!」
俺の背中に着地して腕組みするレヴィア姫。
「メリッサ!」
「はい! ボンゴレ、行ってー!」
「フャン!」
壁を蹴り、ボンゴレが襲いかかった。
『ふん!! 翼のないアーマーレオパルドなどに!』
翼をはためかせて回避する魔将。
だが、これをレヴィア姫は狙っていたようだ。
「行くぞ! “告げる! 滾れ血潮! 奮えよ筋肉! 風の力! 炎の力! あと水の力!”」
俺が放つ蒸気が、レヴィア姫に集まっていく。
この人の詠唱、回を重ねるごとに曖昧なふんわりした部分が無くなっていくな。
「“元素掌握、
レヴィア姫が光り輝く。
そして、俺を蹴りながら魔将に飛びかかった。
俺は蒸気をすっかり吸われていたので、ポトッと落ちる。
「喰らえー!!」
レヴィア姫が拳を構えながら、魔将に迫る。
魔将はあざ笑いながら、翼をはためかせた。
『何度も同じ攻撃をする! 翼があるという……なにっ!!』
レヴィア姫の攻撃を回避しようとするプレージーナ。その全身を覆うかのように、無数の光線が降り注ぐ。
ボンゴレの尻尾光線だ。
正式名称は知らないが、これで相手の動きを止めたわけであろう。
動きを止めた魔将の腹に、レヴィア姫の拳が叩き込まれた。
『おごぉっ!!』
「ふぅんっ!!」
レヴィア姫の二の腕の筋肉が、女子としていかがなものかと思うほど盛り上がる。
握り込まれた拳は捻じりこまれながら、振り抜かれる。
何やら、凄まじい勢いで爆発が起こった。
プレージーナが巻き込まれて、粉々に砕け散る。
爆発はそのまま、天井を砕き、橋をぶちぬいて空に抜ける。
巻き込まれた人がいなかったことを祈ろう。
かくして、落下した体勢のまま空をみあげていた俺の手のひらに、キラキラと輝きながら落ちてくるものがあるのである。
「ワールドピースだ。魔将はみんなこいつを持ってるのかね」
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