第39話 機械仕掛けの地下迷宮

「こっちですぜイケメンさん!!」


 すっかり友好的になり、俺たちを先導する元、泥巨人……今はスベスベした人形なので、仮にスベスベ人形と呼ぼう。


「ありがとうございます。頼りにしていますよ」


「ハイ」


 スベスベはうっとりとクリストファの笑顔を見つめる。


「頼りにしてるぞよ」


「うるせえ変な魔導師! 黙ってついてくればいいんだよ!」


 すっかり友好的なのは、クリストファだけにだったようである。

 俺は先程作り出した魔法を使い、


石鹸作成クリエイトソープ


 迷宮の地面に落ちていたわけのわからない油が石鹸に変わり、俺の手の中に移る。

 そして、これを水作成とウォームで削って飛ばすのだ。ピンポイントでスベスベ人形の目に飛ばす。


「ウグワーッ!! 目が、目がああああ」


「ぬはははは」


 ぴゅっぴゅっと石鹸水を飛ばす俺。

 スベスベ人形が苦しみもがきのたうち回る。

 そんな俺の前に立ちふさがるクリストファである。


「それ以上いけない」


「あっ、そうですか」


 俺は魔法をやめた。


「石鹸水が目に入ると大変痛いのです。さあスベスベさん、顔を上げて下さい。詠唱省略、“レストア”」


「えーっ!? その魔法、詠唱を省略できたんですか!?」


 目に入った石鹸水を取り除く、回復魔法である。

 メリッサがすかさずツッコミを入れた。

 クリストファはきょとんとして、


「だって、戦闘中に長い詠唱などやっている暇がないでしょう? え、以前の詠唱ですか? 一応これは神々の力を行使していますので、詠唱して彼らに敬意を表したほうが後々面倒がないでしょう」


 あの詠唱は、人間関係というか、神人関係的な理由から行われていたのだ。

 驚きの事実である。


「なあクリストファ、今度俺にもそれを教えて」


「いいですよ」


「ええっ!? あっさり教えていいの!? 神様たちの力を使うんでしょ!?」


「メリッサ、ツッコミ入れ続けていると疲れるぞ」


 俺は彼女の頭を撫でた。


「ひい、髪に石鹸が! ボンゴレ!!」


「フャン!」


「ぐわーっ、顔に肉球パンチがーっ」


 大変状況が停滞してきたところで、沈黙していた我らが将、レヴィア姫が動いた。


「それで、もうすぐ魔将の居場所か?」


 ボンゴレをひょいっと首の皮をつまんで持ち上げつつ、俺とメリッサを力づくで引き剥がす。

 そして、今にも剣を投擲して魔物をコロス!! みたいな目でスベスベ人形を見つめるのだ。


「あ、は、はい! ここから先は我々魔物の住処ですので、そこを抜ければプレージーナ様が!」


 ただならぬ殺気に、恐怖を感じたらしきスベスベ人形。

 そんな彼を、クリストファが優しい微笑みで癒やす。


「では案内の続きをお願いします。頼りにしていますよ」


「ハイ」


 鞭と飴による立て続けの攻撃。

 こうして、俺たちはこの魔物の案内を受けながら、迷宮の半ばへとやって来た。

 周囲は風車の中の歯車みたいなものが壁面に取り付けられており、ぐるぐると回っている。

 そして、歯車はその上に張り巡らされた、無数の管を操作しているようだ。


「これで排気を操作しているようですね。橋の下には無数の工場があり、そこから排気が生まれ、これを管を使って街中に張り巡らせて使用しているわけです。では、この歯車は誰が動かしているのでしょう」


「排気じゃないの?」


 俺の返答に、クリストファは首を傾げた。


「では、排気がない時は誰が動かすんですか?」


「排気がないときは、人力じゃないの?」


「人力……それですよウェスカー」


「それなのか」


「それですよ」


「そうなのか」


「やめてえ!」


 メリッサが怒った。

 俺とクリストファがこの状況になると、必ずメリッサが割り込んでくるな。

 あまりカリカリしていると胃に悪そうなので、密かに心配である。


「先を急ぎましょう。おや、向こうからも魔物が」


 通路は本当に魔物の住処になっているようで、体が腐った大柄な死体みたいな魔物や、様々なゴミや動物の死骸を体内に浮かべた緑色のゼリーみたいな魔物が行き交っている。

 彼らは、スベスベ人形と顔見知りのようだ。


『あらドロギガス、今日はすっぴんなの? あらやだ! そっちの人間の男、とってもイケメンじゃない!』


『プレージーナ様が喜ぶわねえ! だけど、勿体無いからつまみ食いくらいしてもいいんじゃない?』


 声は野太かったり、ぶくぶくと泡が吹き上がるような響きなのだが、口調がなんとなく女性的である。


「全員女性なのかもしれんなあ」


「ウェスカーさん、あれは女性じゃなくて、オネェって言うんですよ……! この世界、ほんといや……」


 メリッサが色々大変そうだ。

 そして、すぐ横で剣に手をかけたままうずうずしているレヴィアも、本当に大変なことになりそうだ。


「まだか? まだなのか? 私は今にも剣を抜いてしまいそうだ……! ああ、ここにも魔物! あそこにも魔物! くそ、くそくそっ、生殺しだ! くっ、いっそひと思いに殺す……!」


「いかん、姫様がくっ殺す状態になった。クリストファ案内を急がせるんだ」


「それはいけませんね。スベスベさん、ちょっと急いでもらえませんか。血の雨が降りそうです」


「血の雨?」


「あなただけが頼りです、スベスベさん」


「ハ、ハイ!」


 クリストファが耳元で囁くと、スベスベ人形はまたぽわーんとした表情になった。

 それから何度か魔物とすれ違ったのだが、俺はひとまず、レヴィアにフォッグチルのローブを被せて視界を隠し、これらを乗り切った。

 何だかその間、姫騎士が「ぐっ」とか「なんだこのローブは、生命力を削られるっ」とか言っていた気がする。

 まあ後でクリストファのレストアをかければいいだろう。

 そして、ついに開けた空間に到着したのである。


 そこは、橋の中にあるとは思えないほど広い場所だった。

 足の下には、ごうごうと音を立てて、あの汚い河が流れている。

 俺たちの足下は、幾重にも張り巡らされた鉄の棒だ。

 足を踏み外したら落ちてしまいそうである。

 そして、鉄の棒の上に、巨大な歯車が幾つも並んでいた。

 これらはゴウンゴウンと音を立てて動いていたのだが、問題は歯車を動かしている者たちだった。


「あっ、男のひとたちが半裸でレバーを回してる!」


 メリッサの声が響いた。

 その通り、そこでは、割りと見た目がイケている男たちが、死んだ魚のような目をしながら、歯車に繋がったレバーをぐるぐると回していたのだ。

 この歯車が、迷宮の中の歯車に繋がり、排気を操作していたのだろう。

 人力だったのだ。


「うぐっ」


 一人の男が、膝をついた。

 疲労しきっており、立ち上がれないようだ。

 そこに、見張りらしき魔物が駆け寄ってきた。


『こらっ、休むな! え、もう立ち上がれない? グフフ、ならばお姉さんがマッサージをしてあげよう……さあ、お姉さんの部屋へ……』


 外見は、口紅を塗った唇に泥の胴体がついたような姿で、お姉さんという一人称は少々盛っているではないかという印象を受ける。

 魔物が男を担ぎ上げたところで、俺はこの印象を問いただす欲求に逆らえず、口を出した。


「お姉さんと言うが、あんたはもしや男の人ではないか」


『!?』


 いきなり声を掛けられて、魔物がビクッとする。

 男を落っことした。

 彼は鉄骨の隙間から、河へと落下しそうになる。


「ボンゴレ!」


「フャン!」


 赤猫が一気に巨大化し、落ちかけた彼を回収した。

 俺はそれを横目に、進み出る。


「男の人でもお姉さんという一人称を使うものなのか」


『人間……!! 自由な人間がどうして地下に!? し、しかも……イケてない!! ええい、どこから入ってきたと言うの!?』


「あんたは……お姉さんではないのではないか?」


 俺と魔物が、真正面から対峙する。


「やばい、あいつは魔性の副官、ドロリップだ!」


『お前はドロギガス……の中身。今日はすっぴんなのね。だが、すっぴんで私の前に立つとは無礼千万! ついでに人間を手引したわね、裏切り者め!』


「ひいっ」


「すっぴんの方が罪が重いのね……」


 メリッサは疲れたような声を出す。

 彼女の隣に、ボンゴレが戻ってきた。

 男の人は失神しているが、無事である。

 うわ言のように、「アナベル……!」とか呟いているから、多分アナベルの兄だろう。


「待って下さい、魔物の人。いいえ、ドロリップさん」


『むっ、お前は……あらイケメン』


「彼は、愛ゆえに我々をここに案内したのです。彼は悪くありません。いえ、誰も悪くは無いのです。愛の前では誰もが無力なのですから」


『なるほど』


「なるほど」


 俺とドロリップが納得した。

 だが、相手は流石、魔将の副官である。


『……って思わず説得されるところだったわ!! やはり、プレージーナ様の見立て通り、イケメンは危険……! お姉さんの部屋に持って帰る……!』


「ウェスカーやっちゃって下さい」


「うむ」


 レヴィアに預けたローブを引っぺがす。


「姫様、ゴー!」


「魔物か!! やっていいのか! やるぞ! そいっ!!」


 視界が開けたレヴィア姫は戦闘モードであった。

 彼女は言葉を発すると同時に、腰に差していた剣を抜き打ち、ドロリップ目掛けて投げつけた。


『なにいっ!? ま、まさか明らかに禍々しいローブの下に姫騎士がいて剣を投げつけウグワーッ!!』


「あー、ぺらぺら喋るから」


 剣はドロリップの口の中に飛び込み、その奥にあったらしい核を貫き、そのまま背中側から飛び出して、鉄骨に突き刺さった。

 ドロリップが溶けていく。


「すっきりした……」


 レヴィアは、大変いい笑顔をしながら天を仰ぐのであった。

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