第53話 ウェスカー、お姫様と遭遇する

 口を半開きにして、ぼーっと塔の上の白いドレスの人を見ていると、メリッサにお腹をぺちぺち叩かれた。


「メリッサ、既に俺の腹は引っ込んでいるぞ……!」


「でも柔らかい。ウェスカーさん筋肉つけなよ! ……じゃなくて、なんか魔王軍が集まってきたり、あの赤くて強そうな人が飛び降りてきたりしてるんだけど! 何ぼーっとしてるの! お姫様を助けようと考えてたの?」


「いや、ぼーっとしていた」


 俺は素直を美徳としている。

 メリッサが、ぽかーんと口を開いたあと、またお腹をぺちぺちして来た。


「うおー、やめるのだメリッサ、お腹が波打つー」


「ウェスカーさん! そんな場合じゃないでしょー!!」


 そんな事をしていると、メリッサを守るボンゴレを掻い潜り、空飛ぶ骸骨兵士が襲い掛かってきたりするのだ。


「よし、エナジーボルトだ」


 俺は耳から紫の光線を放って骸骨兵士を叩き落した。


「ウグワーッ!?」


 敵は墜落しながら煙になって消えた。


「ひえっ、今どこからエナジーボルト出したの!?」


「指差すのが面倒くさくて」


「そういうところで不精して新しい技を生み出すのどうかと思う!!」


「俺は耳をちょっと動かせるので便利なんだぞ。ほれ」


「うわっ、ホントにぴくぴく動いてる!! ウェスカーさんどうでもいい特技ばっかりあるよね? ……あ、ボンゴレ、ジャンプして攻撃よ!」


「フャン!」


 メリッサの意識が、始まってしまった戦闘に行った。

 クリストファが大きな光の壁を作って、周囲から押し寄せる骸骨兵士の集団を食い止めている。

 溢れてきたものを、ボンゴレが叩くというやり方だ。

 今、俺たちが差し向かっているのは、城門の上から降りてきた魔将、鮮烈のシュテルン。

 久しぶりに会った。


「君は確か、国を見捨てて逃げた騎士だったと覚えているが、どういう了見でそのような恥知らずが戻ってきたのかね? まさか、君にも騎士としての矜持が一欠片でも残っていたとでも?」


 軽やかに語りながら、赤い魔将は、剣を叩き付けて来る。

 これをゼインは手斧二丁を交差させて受け止めつつ、


「戻ってくる気なんかあるわけねえだろ!? だがな、成り行きだ! 成り行き上戻ってきた!」


 両手のゼインと、片腕で拮抗するシュテルン。


「呆れた男だ。騎士としての誇りなど無いというわけか。その場の勢いに流されて生きるなど、君にこの場に立つ資格など無い!」


 シュテルンの残る腕が、剣の柄に添えられた。

 あっという間に、魔将のパワーがゼインを上回る。

 このまま押しつぶされるかと思いきや、ゼインは手斧で剣をがっちり挟みこみながら、捻った。


「うるせー! こちとらその場の乗りで生きてるんだよ! 今回はまあ、あれだ! 中身はアレだが綺麗なお姫様と、初対面の甥っ子のためにだな! ってかお前はうるせえんだよ!」


 シュテルンの力を受け流しつつ、相手の腹に向かって蹴りを叩き込む。

 これを受けて、シュテルンはやや下がった。

 二人の距離が空く。

 その隙に、ゼインは手斧から槍に武器を持ち替えている。

 剣の間合いの外から、攻撃を仕掛けるのだ。


「いいか! 誰もがこうして危地になったら英雄的な気持ちを持つと思うんじゃねえ! 俺は常に自己保身なんだ! だがたまに気まぐれでこうして戦うんだよ! それの何が悪い! 俺だぞ! 俺はこうなんだからこれでいいんだ!!」


「むっ、明らかに低俗な人格の割りに、何と言う的確な槍捌き……!」


 穂先で突き、払い、回転させて上から振り下ろし、体を軸にしながら振り回し、脇から穂先が飛び出してくる。

 リーチを充分に活かした戦い方である。


「ほお……! これが優れた戦士の戦い方か!」


 おっ、レヴィア姫の目がきらきら輝いている。

 この人、戦い方が我流だったっぽいからな。

 そのうち叔父さんに教わるといいのではないか。


「ゼイン、後で私に戦い方を教えてくれ!」


「いいけどちょっと待ってな! 今流石に余裕が無い!」


 ゼインが次々に繰り出す槍の攻撃を、シュテルンは剣一本で巧みに捌く。

 受け流し、跳ね上げ、隙あらば懐に踏み込んでくる。


「冗談だろ。こいつ、とんでもねえ剣の腕だ!」


「君も私が戦った人間の中では、一番の使い手だ……!」


 これは大変いい勝負をしておる。

 俺はそれを見ながら、ふーむと考えこんだ。

 状況がこう着している気がする。

 ならば、俺は俺で別行動をしていいのではないか。


「みんな。ちょっと俺は上に行ってあのお姫様と喋ってくる」


「いってらっしゃい」


「ウェスカーさん、失礼が無いようにね!」


「フャン!」


「アンジェレーナ姫は気難しいぞ!」


「後で私も行くからな」


 みんなに見送られて、俺は飛ぶ。


「アイロンフルパワーだ」


 手足から蒸気を噴出しながら、上昇していく。


「させるかーっ! 両手両足が塞がっていては抵抗できま」


「耳からエナジーボルト!」


「ウグワーッ!!」


 迎撃に飛び掛ってきた、空飛ぶ骸骨兵士を両耳からの光線で撃墜しながら飛ぶのである。

 この技は使うと、しばらく耳がホカホカしてしまうのが欠点だな。

 あと、アイロンの魔法は手足がびっしょりと濡れる。

 もっと快適に空を飛び、そして楽をしながら空中戦ができるようになりたい。

 要研究である。


「くそっ、あの魔導師、耳から攻撃してきやがる!! 人間じゃねえ!」


「全体を包囲して攻撃だ! 耳の穴は二つしかない! 一度に二回しか攻撃できないはずだ!」


 城から飛び出してきた骸骨兵士たちが、俺の足元や頭上、正面に背後と、包囲するようにして襲い掛かってきた。

 あっ、これは本当に攻撃する箇所が足りん。


「バカめ! 魔導師がたった一人で突出するからだ! 死ねえ!」


 骸骨兵士の槍が迫ってきた。

 これはいかん、とりあえず急場しのぎをするしかあるまい。


超至近クロースレンジ炎の玉ファイアボール! 起点、俺!!」


 思いついたことをやってみた。

 この瞬間、俺のむき出しになった部分、頭全体を起点として、炎の玉が発生、大爆発した。

 襲い掛かってきていた骸骨兵士が、炎に巻かれながら「ウグワーッ」と四散する。

 俺も自分の爆発にやられ、「グエーッ」と吹き飛ばされる。

 しかもアイロン続行中なので、爆発で下斜め方向へと弾き飛ばされる形になる。

 俺は錐揉み状態になりながら、城の尖塔へと突っ込んだ。

 石壁をぶっ壊しながら、俺の体がめり込む。

 ふう、フォッグチルのローブが無ければ危なかったところである。

 だが、魔法は急に止まれない。

 俺の手足のアイロンの魔法が、まだまだ蒸気を吐きながら、俺の体を上に押し上げていくのだ。


「あいたた!? 痛い痛い痛い! 城にゴリゴリ擦れてる!!」


 俺は塔の壁をゴリゴリ削り落としながら、猛烈な勢いで上昇する。

 そして、頭上にせり出した、塔最上階のバルコニーが迫る。


「エナジー・フレイム!」


 俺の目から、エナジーボルトを纏った炎の矢が飛び出す。

 そいつが螺旋を描きながら、頭上のバルコニーの一角を粉々に破壊する。


「きゃーっ!?」


 甲高い悲鳴が聞こえた。

 俺はバルコニーの穴から飛び出すと、ようやく人心地ついてアイロンの魔法を解除した。

 瓦礫の上に、シュッと着地する。


「ふう、危うく死ぬところであった」


「……あ、あ、あなたは一体……!?」


 汗を拭う俺に掛けられた声。

 すぐ目の前に、白いドレスで黒い髪の女の子がいた。

 なるほど、大変な美女である。

 レヴィア姫の次くらいに可愛い。


「ウェスカーです」


「う、ウェスカー……? な、何者なのです? その禍々しいローブ、そしてしっとり濡れた手足……きゃっ!? なんで裸足なの!?」


「話せば深い訳があってですな。あっ、あなたお姫様? 小アンジェレーナ様?」


「そ、そうですけど……」


「そうでしたか」


 俺は彼女が何者なのか確認を終えて、満足した。


「じゃっ、俺はこれで」


 俺はそのまま、戦場へ戻るのである。

 テラスに足を掛けて、再びアイロンの魔法を……。


「待って待って! おかしいでしょ!? いきなり飛び込んで来て名前を聞いて満足して立ち去るとかありえないでしょう!?」


「ぐわーっ、襟首を掴んで後ろに引っ張るぐわーっ」


 引き摺り下ろされてしまった。

 このお姫様、なかなか凄いパワーだ。

 彼女は力仕事を終えて、肩で息をしつつ、


「いい? ふ、普通、こうして魔王に囚われの王女がいたら、飛び込んでくるのは王女を救うために戦う勇者様でしょう……!」


「そういう話ありますなあ」


「でしょう!! だから、あなたはきちんと役割を果たさなければならないの!! ほら、役割を果たして!!」


「変わった人だ」


 俺はしみじみと呟いた。

 なるほど、叔父さんが言っていた、気難しいとはこういう事か。

 だが、彼女を連れたまま空を飛ぶとまた、帰るのが大変そうだ。

 骸骨兵士たちは空を飛びながら、こちらを伺っているしな。

 俺の魔法を警戒しているようだが、同時に、お姫様に攻撃が当たらないように命令されているらしい。

 そんな奴らの足元に、下からピュッとフック付きロープが飛んできたのである。


「あっ」


 骸骨兵士の一人が、がくんと高度を下げる。

 そして、彼は足元を見て、悲鳴をあげた。


「な、何か昇ってくる!!」


「私だ!!」


 聞きなれた声がした。

 ロープを凄まじい速度で昇りきると、声の主は骸骨兵士を足場にして、その頭を踏み壊しながら別の骸骨兵士に飛び移る。


「ウグワーッ!?」


 またも骸骨兵士を足場にし、次々に飛び移りながらこちらに近づいてくるではないか。


「おっ! 姫様、こっちこっち」


「おお、先に王女を確保していたか。やるなウェスカー!!」


 レヴィア姫は快活に笑うと、そのまま最後の骸骨兵士を思い切り蹴り飛ばしながら、こちらに跳躍した。


「ウグワーッ!?」


 テラスに着地する、姫騎士。

 アンジェレーナ姫は俺の襟首を掴んでガクガク揺さぶっていたのだが、現われたレヴィアを見ると、パッと手を離した。

 俺の頭がごつんと床にぶつかった。


「あっ……あなたは、一体……!」


 声色が違うぞ。

 俺のときは、普通に素で戸惑ってる声だった。


「ユーティリット王国第二王女レヴィア。貴女を救いに参った。プリンセス・アンジェレーナ」


「まあ」


 アンジェレーナの頬がばら色に染まる。

 あれえ……?

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