第37話 合流しながら地下を目指す

「お肉の匂いがします!!」


 バーンと扉が開かれたので、振り返るとやっぱりメリッサだった。

 美味しいものの気配があると、理性を振り捨てる系少女である。

 一時、年齢から幼女と形容したところ、本人からきつく少女である旨を注意されてしまった。

 こだわりがあるのだなあ。

 メリッサの背後には、腕組みをして仁王立ちのレヴィア姫がいる。

 その佇まい、姫騎士と言うよりは女豪傑である。


「やはりウェスカーか! 魔将が出たと聞いたぞ。まさか二人きりで倒してしまったのではあるまいな!? ずるいぞ!!」


 クリストファは二人の様子を見て、ポカーンとなった。

 あの二人が理性を吹き飛ばすシチュエーションと言うのがあるのだ。

 レヴィアは魔王絡み、メリッサは美味しいもの絡み。

 そうなると普段のまともそうな印象が崩れるので、びっくりしてしまうのは分かる。

 だが、それでもお代わりした肉をもりもり食べることをやめない辺り、クリストファもなかなかである。


「姫様、メリッサ、こっちに来て肉を食べよう」


「魔将はどうしたのだ!!」


「追っ払っただけですよ。ちゃんと美味しいところは姫様に取っておきますから」


「おっ、そうか」


 途端にレヴィアはご機嫌になった。

 どっかりとアナベルの隣に腰掛けて、肉を要求してくる。

 俺はもう手馴れたもので、右手でミディアムレア、左手でウェルダンを焼きながら肉をサーブしていく。


「あんた凄いな……!! 肉焼きの才能があるよ!!」


 店の亭主が俺をべた褒めである。


「頼む! この店に残ってずっと肉を焼いてくれないか!? 俺の一生のお願いだ!」


「なにっ、そんなラブコールを受けたのは初めてな気がするぞ。あ、いや。姫様の一緒に魔王を倒そうコールも似たような感じだな……」


 俺はチラッとレヴィア姫を見た。

 ナイフで突き刺した肉を持ち上げ、獣のように食いちぎっている。

 素晴らしい食べっぷりだ。


「亭主、済まんが、俺が肉を焼き続ける相手は決まっているのだ」


「そ……そうか。そうだよな。あんたほどの肉焼き職人が、こんな場末の食堂に留まってるはずがねえ。あんたの肉焼きを見てたらよ。俺も、茹でてるだけじゃいけねえって思えてくるんだ」


「火加減には気をつけろよ。それから、火傷にもな」


「へへっ、あんた優しいな」


 俺と店の亭主が有情を交し合っていると、みんな大体、たらふく食って満腹になったようだ。

 俺もお弁当代わりに、肉を何枚かもらっていく。


水作成クリエイトウォーター……うーむ、脂は水で流しただけでは流れないなあ」


 水を作って手を洗っていると、周囲に人が集まってきた。


「うわあ、きれいな水だ」


「水が何も無いところから!」


「あんた何者だ!?」


「まさか水掘り職人……!」


「おいみんな、ここに綺麗な水を掘り出せる職人がいるぞ!!」


 人だかりが出来始める。

 これを見て、レヴィア姫はぼーっとしていたが、クリストファは危機感を覚えたようだ。


「姫様、ウェスカーはサービス精神旺盛なので、これでは彼ら全員に水を振舞い、さらに何日か時間がつぶれますよ」


「なにっ」


「た、確かにウェスカーさんならやりますよねっ!!」


 彼らは俺の心が読めるんだろうか。


「フャン」


「ボンゴレまで俺を止めようというのか」


 赤猫に脛の辺りをぺちぺちされ、俺は困ってしまった。

 今にも、水とかどばーっと出したいぞ。

 すると、クリストファが微笑んだ。


「ウェスカー、大丈夫です。私たちがこの世界を救えば、水も綺麗になりますからみんなハッピーです」


「なるほど」


 俺はとても納得した。


「この世界を救うだって……? まさか、あんたたちプレージーナを倒すっていうのかい!?」


 人だかりから進み出てきた、作業着の長老っぽい男が驚きを見せる。

 これに対して、レヴィア姫は迷いの無い返答をするのである。


「無論だ。魔将を倒すなど道程の途中に過ぎない。私たちが目指すところは、魔王オルゴンゾーラの打倒である」


 どよめく民衆。


「お、オルゴンゾーラだって……!?」


「それが魔将のボスの名前かよ……!」


「なんておっそろしい響きなんだ……!」


 不安そうな彼らに向かって、メリッサは可愛く力こぶを作って見せた。


「大丈夫です! 私たち強いんですから!」


「そう、私たちは強い」


 レヴィア姫もぐっと力こぶを作って見せた。

 メリッサの仕草を見て、みんなほっこりし、次に姫のほうを見て、みんな納得したようだ。


「あの力こぶただものじゃねえ」


「抱きしめられたらへし折られそうだぜ」


「ふふっ、そうだろうそうだろう」


 ひそひそ囁きあう男たちの声を聞いて、レヴィアはご満悦。


「あの、女子としてそれで喜ぶはどうかと思います」


 メリッサが突っ込んだ。

 ともかく、これで俺たちの方針は決まった。

 いつも通りと言うかなんと言うか、魔将の居所目掛けての突撃である。

 さて、どこから行こうと話し合っていると、アナベルが俺の肩を叩いた。


「あたいの働いている工場からいけるんじゃないかな。ついてきなよ!」


「うむ、頼んだぞアナベル! その方々……そうだな、魔将に挑む勇ましき人々、勇者と呼ぼう! 勇者を確かにプレージーナの元まで導くのだぞ! ああ、そうだ勇者殿! 一つ、わしからアドバイスを……!」


 長老っぽい人が手招きした。

 俺が近寄っていくと、彼は懐から丸いものを取り出す。


「これは、工場の灰油から作られる石鹸でしてな。あのような汚いものから、洗浄するために欠かせぬこのような素晴らしいものが出来上がるのです。先ほど、水だけでは肉の脂が落ちなかったようなので、これを……」


「水作成……おおっ! これは面白いように脂が落ちるぞ! ありがとう」


 俺は石鹸を受け取ると、濡れたままローブのポケットに突っ込んだ。

 長老が何故か、あっ、という顔をした。

 うむ、この石鹸、もしかするとプレージーナ撃退のヒントになるかもしれない。

 色々考えてみよう。


 俺たちはアナベルに導かれながら、一路地下工場へ向かう。

 そもそも、工場と言うものが何なのか良く分からないのだ。


「アナベル、工場とはどういうものなんだ?」


「ああ、工場ってのはね、みんなで集まって一つの物を作るところのことさ。あたいの工場では、この作業服を作ってる」


 俺たちは鉄の箱みたいなものに乗り込んだ。

 アナベルが箱の中身に突き出している棒を掴み、「えいっ」とばかりに引き降ろす。

 すると、箱がガタガタと動き出した。


「ほう、魔法の力で箱を上下させているのね」


 レヴィア姫が感心しつつ、箱の上下を見回す。

 天井はなくて、腰から下までの高さの箱に、買い物籠の肩掛け紐のような金属部分が上に張り出している。

 その部分を繋ぐように、太いロープが結わえられた滑車があり、これがくるくると回って箱を下に降ろしているのだ。


「魔法なのかなあ? なんか、工場からでる排気を使ってロープをまわしてるって話みたいだよ。だから、排気が途切れると」


 ガッタン、と音を立てて箱が止まった。


「あー、排気が止まっちゃった。あっちで何かあったね。また排気が来るまでこのまま待つしかないよ」


「不便なものだな」


 レヴィア姫は不満顔である。

 魔将と戦う機会が先延ばしにされるのが気に入らないのだろう。


「よし、俺の出番だな」


 俺は腕まくりした。

 要はこの滑車を回せばいいのである。

 そのための魔法を使えば良い。

 さて、どんな魔法が合っているだろうか。


「従者作成。箱と滑車よ動き出すのだ」


『ま”』


 滑車と箱が応えた。

 そして、ガラララララッと回りだす。


「ぎゃーっ!?」


「きゃーっ!?」


 アナベルとメリッサが悲鳴をあげた。

 メリッサは慌てて、俺にしがみついてくる。

 アナベルはレヴィアに飛びついたが、流石姫様である。いきなり飛びつかれても微動だにしない。


「ははは、これは速くていいわね」


 笑ってらっしゃる。


「あーれー」


 あっ、クリストファが放り出された!


「ボンゴレ! クリストファさんを掴まえて!」


「フャン!」


 メリッサの命令に応じて、ボンゴレが一瞬で巨大化しつつ飛び上がる。

 クリストファの襟の辺りを咥えると、壁面に着地した。

 そして、どんどん下降していく箱を、壁を走ることで追いかけ始める。


「箱と滑車のゴーレムめ、張り切っておる」


 だが、こいつはソファと比べてなんとなく、従者作成の利きが悪い。

 今にも効果が切れてしまいそうだ。

 従者の魔力は、作成した魔導師の魔力オドで補う。

 だから魔導師が魔力切れを起こすと、ゴーレムは元になった物に戻ってしまうのだ。

 ちなみに、今、俺の魔力は満タンである。

 魔力切れは考えられないんだが。


『ま”-っ』


 箱と滑車のゴーレムは、いきなりそう叫ぶと、ガタンと傾いて動かなくなった。

 元に戻ってしまった。


「あっ、排気が来てるよ! これで動くね!」


 元から動く物への効きは悪いんだろうか。

 結局、箱はその後、排気切れに見舞われること無く、ゆっくりと地下に降りたのである。

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