第35話 ここの魔将は腐ってる

 ハブーとか言うこの橋だけしか無い世界。

 どこまで行っても橋である。

 正しくは世界の果てがあるんだが、果てから先は、この汚いドブのような河がざあざあと流れ落ちる滝になっていた。

 その滝の手前で、橋の両脇には巨大な丸くてギザギザがついたものが、ゴウンゴウン音を立てて回っている。


「こりゃあなんだい」


 近くに、しかめっ面のじいさんがいたので聞いてみた。


「これっておめえ、こりゃあ歯車に決まってるだろうが。こうやって橋と川底を繋いで、水を滝に送り出してるのさ。そうしないと、汚れが溜まってたちまち河が止まっちまう」


「そうなってるのか。へえ」


 この世界は随分代わった構造をしているようだ。

 汚い河と、橋しかない。

 俺はぶらぶらと元来た方向を戻っていく。

 すると、野次馬たちに囲まれたレヴィア姫とクリストファの姿があった。


「どうしたの」


「ウェスカーさん、やっぱりあの二人目立ちすぎますよ。すっごい美男美女なんですもん。見た目からじゃ中身はわかんないですもんね。みんな野次馬になってて、二人が移動するとついてくるんですよ」


「暇なのかな」


 俺は、野次馬たちの姿を観察してみた。

 みんな、一様に作業着だ。

 作業着は油汚れがついていて、独特の臭気を放っている。

 男も女も飾りっ気がなく、顔も黒く汚れていて見分けがつかなかった。

 確かにこの中だと、一見してザ・姫騎士っていうレヴィア姫や、謎のイケメンであるクリストファは目立つだろう。

 路地裏に咲いた二輪の花みたいな。

 あっ、俺詩人だな。


「どうしましょう、ウェスカーさん!」


「どうしようってそれはもう。あれだよあれ」


「具体的な話をしてください!」


「ええと、じゃあみんなの気をそらして二人を連れ出そう。燃える泥玉バーンボール


 俺は、ぶすぶすと煙を上げる泥玉を作り出した。

 これを、


「そいっ!」


 とばかりに人混みの中に投擲する。

 爆発力を極限まで抑えてあるから、危険は少ない。

 その代わり、爆発を起こすと違った効果がある。


「うわーっ!」


「飛んできた弾が破裂したぞ!」


「なんだこの煙ー!!」


「ぺっぺっ、こ、これ、土だ!」


 このように、破裂して乾いた土埃を辺り一面に撒き散らすのだ。


「うわあー」


 クリストファも悲鳴をあげた。

 彼はこういうのに慣れていないのだな。

 レヴィア姫は流石である。

 野生の勘で俺の意図を汲み取り、クリストファをひょいっと麦袋を担ぐようにして肩に載せ、こちらに向かって走ってくる。

 この世界の人々は、こんな姫騎士の雄々しい姿を見ることがなくてある意味幸いかもしれない。


「よくやってくれたウェスカー。じろじろと見られて居心地が悪かったのだ」


 最近気づいたのだが、姫はリラックスしていると女言葉が多くなる。

 緊張したり、興奮していると男言葉が増える。

 今は男言葉なので、危うく戦闘モードになりかけていたのだと判断できるわけだ。


「とりあえずご飯にしよう」


 俺が提案した。

 人間、腹が減ると気が立つものだ。

 俺たちは手近な、食堂らしき施設に入っていった。




「なんだこの料理は!!」


 レヴィア姫がキレた。


「姫様、まあちょっと待つのです。主人、この料理は何かね」


 俺は運ばれてきた、一見すると茹でただけの肉の塊を指差して尋ねる。

 店の主人は重々しく頷くと、


「茹でただけの肉の塊だ」


「貴様ーっ!?」


「私もこれはあんまりだと思います!! いざとなればボンゴレをけしかけます!」


 レヴィアにメリッサが加勢した。

 これは止まらんぞ。


「ま、まあ待ってくれあんたたち! ほれ、ここに油でギトギトに揚げた芋と魚もある……! 何を文句を言うことがあるのかね……!」


「ひどい、ひどすぎます」


 メリッサがハラハラと涙を流した。

 いきなり、食堂は混乱の極みにある。

 さて、俺が分析してみよう。


「主人。この世界の料理は、茹でるのと揚げるのがメインなのか?」


「それ以外に料理の方法など無いだろう」


「なるほど」


 俺は納得した。

 テーブルの上には、塩と酢が乗っており、これを掛けて適当に味をつけ、一人ひとりに用意されたナイフで削いで、ナイフで刺して食うわけだ。


「いやあ、懐かしいですね。心がやすらぎます」


 ニコニコしているクリストファ。


「クリストファ。もしや神々の国のご飯はおいしくなかった?」


「神々は美味しいものを食べていたようですが、私たち神の代理人は偶然、料理が出来るものがいませんでしたので、常にこのようなものを食べていましたね」


「かわいそう」


 メリッサが目を潤ませながらクリストファの肩を叩いた。

 そんなメリッサの食環境だって、闇の世界から出てくるまでは悲惨だったはずなのだが。

 ユーティリット王国ですっかり美食に目覚めてしまった少女なのである。


「まあ出てきたものは出てきたものでいただこう」


 俺は仲間たちに宣言した。

 塩をパッパと振って食べる。

 ふむ、お湯の中に肉の旨味や脂が逃げてしまっていてパッサパサだ。

 塩と酢をたっぷり掛けて、やっと食べられる。


「おっ、魔将許せんな」


 俺は唐突に怒った。

 さっさとこの世界を救って出ていくためである。


「ウェスカーが本気になったようだな。これは私も本腰を入れなければな……!」


 まずいまずい言いながら、出された料理もどきを平らげたレヴィア姫。

 俺の怒りに呼応して、やる気を漲らせている。


「私も、こんなひどいご飯が出て来る世界は救って、あの美味しいご飯を教えてあげないといけないって思います……!」


「フャン」


 メリッサはその気だが、ボンゴレはこの茹で肉が嫌いではないらしい。

 むしゃむしゃ食べている。

 獣だから塩とか少なくてもいいのか。


「なるほど、皆さんがやるならば私も協力しましょう。どこから魔将の話が出てきたのかは知りませんが、いるというなら戦うこともやぶさかではありません」


 クリストファは淡々と、だが俺たちの闘志に同意を示す。

 かくして、この不味い食堂の飯が、俺たちの団結を高めたのである。


「ところで主人、この世界は魔将に支配されてるの?」


 クリストファに言われて、俺はそれぞれの世界に、必ずしも魔将がいる訳ではないのではないかと考えた。そこで、地元住民である食堂の主人に聞いてみる。

 主人、まだ俺たちが飯を食っているというのにタバコを吸い始めた。

 レヴィア姫が無言で剣を投げる。

 タバコが切断された。

 主人が腰を抜かしてぶっ倒れた。


「お、お、おお俺は、あんたたちがまるで魔将みたいにおっそろしいよ」


「で、主人、魔将はいるの?」


「ああ、いるぜ。この街の地下にはな、迷宮が広がってるんだ。で、その底で河と接する下水の中心に魔将が住んでるって噂だ。そいつがこのひでえ状況を作ったって誰もが知ってるんだけど、迷宮は危険だし、下水は汚いしで誰も辿り着けねえ」


「そやつの名はなんだ?」


 壁に突き刺さった剣を抜きながら、レヴィアが尋ねた。


「女だ。魔将は、“腐食のプレージーナ”って言いやがる。時折地上に出てきて、見た目がいい男をさらって行きやがる……!」


「男性だけしかさらわれないのですか?」


 クリストファの質問に、主人は頷いた。

 青い顔をしている。


「あの魔将、いい男同士に恋愛の真似事をさせて、それを眺めて酒を飲んで飯を食うのが好きらしいんだ……。おっかねえ……」


「はあ」


 レヴィアがきょとんとした顔をした。

 メリッサは頭痛がするのか、頭を抑えてぐったりした。


「だそうだ、クリストファ」


「なるほど、ウェスカー。僕たちは危ないようですね」


「危ないのか」


「危ないのですよ」


「そうなのか」


「そうでしょうね」


 そういうことになってしまったか。

 これは魔将の性質として、貴重な情報である。

 後で何かに使えるかもしれない。

 俺は懐から出した羊皮紙にメモしておいた。


「では、めいめいこの世界のことを調べることにしよう。俺はちょっと、新しい魔法のヒントを探して徘徊してくる」


 俺が宣言すると、クリストファが手を上げた。


「でしたら、私もご一緒しましょう。ウェスカーだけでは、さらわれた時が心配ですしね。姫様も、メリッサとともに二人一組で動くのが良いのではないでしょうか」


「なるほど、合理的だな」


 この提案にはレヴィアも納得である。

 かくして、男子組と女子組で分かれて行動することになった。

 外に出て早々、どぶのような臭いが漂っている。

 この中では、流石の俺もあまり食欲がなくなる。

 それに、料理の出来からしてこの世界での食事はなかなかにワイルドすぎる。

 買い食いはやめておこう。


 男二人でぶらぶらと橋の国を歩くのである。

 きょろきょろ見回して、表の道、裏の道と隅々まで歩いてみる。


「こうして歩いていて、突然魔将にさらわれたら面白いですね」


 クリストファがはっはっは、と笑った。

 俺もはっはっは、と笑った。


『アッー!! 男が二人で歩いてる! 二人で! 親密に!!』


 叫び声が聞こえた。

 振り返る俺たち。

 そこは、橋の外側だ。

 何もない空中に、女が立っている。

 背中から白と茶色のまだらになった翼を生やし、顔は黒髪で覆われて見えない。

 だが、その奥から爛々と輝く瞳が俺たちを見ていた。


「あれ、魔将じゃね?」


 俺はそいつを指差し、呟いたのだった。

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