第七章・臭い河の橋の国
第34話 次なる目的地は橋の国
その後、やって来た姫様捕獲隊は、レヴィア姫が完全体に戻っている事に気づき、慌てて逃げていった。
なぜ逃げるのか疑問だが、異世界から戻ってきたレヴィアには、投網も吹き矢も通じなくなっているそうで、彼女は城の兵士や魔導師から恐れられているらしい。
「では、また明日だな。ゼロイドがどうやら、あのワールドピースとか言う物体を解析したらしい」
「ほう」
流石はゼロイド師、優秀である。
明日になれば、また新しい進展を聞くことが出来るだろう。
俺たちはレヴィアと分かれ、めいめいの部屋に戻ることになった。
メリッサには、ボンゴレと一緒に客間が与えられているし、俺は専用の部屋がある。
クリストファは俺の客ということで、同じ部屋で寝ることになった。
「ベッドが一つしか無いのだ」
「では一緒にベッドで寝ましょうか」
「そうなるな」
そうなった。
流石に男二人でベッドで寝ると、窮屈である。
うーむ、と俺は考えていたのだが、はたと気がついた。
ソファゴーレムを呼び込めばよいではないか。
かくして、王城の廊下を歩いてきたソファを室内に招き入れ、厳密なクリストファとのじゃけんの結果、俺がソファで寝ることになった。
次は勝つ。
「おはようございます」
クリストファの挨拶で起こされた。
どうやら、メリッサが俺たちを朝食に呼びに来たらしい。
スコーンにジャム、柑橘類とお茶という恐ろしく美味い朝食を、貪るように食うメリッサ。
俺はスコーンの食い方をクリストファにレクチャーする。
「こう塗ってかぶりつくのだ」
「ほう、ナイフで切り分けてナイフで刺して食べないのですね」
「ナイフで刺すのか? 神々の世界はフォークは無いのか」
「ありますよ。フォークは海神の武器でしょう。そんなものでスコーンを突いたら消滅してしまいます」
話が通じているような通じていないような。
まあ、今回のスコーンは手づかみであるからして問題ではない。
神々の国とやらでは、こういうのも一々ナイフでお行儀よく切るものらしい。
「さあ、朝食の最中だが、ゼロイドを連れてきたぞ」
朝っぱらから大変元気なレヴィアがやって来た。
ここ最近、閉じ込められることが多く、姫様のような生活を送っていた彼女の髪はそれなりに伸びてきている。
「姫様、ふつうにしてれば凄くきれいなのにね」
口の周りのジャムを指で拭いながら、メリッサが呟く。
無論、拭いたジャムは舐めるのだ。
レヴィア姫の横には、寝起きらしいゼロイド師の姿がある。
魔術師は朝に弱いらしい。
「済まないが、目覚ましに濃くて渋いお茶をくれないか。ああ、砂糖はいらないから」
ゼロイド師は茶を要求し、これは俺が手ずから淹れる。
俺のお茶を淹れる腕前はちょっとしたものだぞ。
「茶だ」
俺がサーブした茶を、ゼロイド師は美味そうに飲んだ。
そして人心地がついたらしく、ポケットに入れてきた世界のピースを取り出し、語り始める。
「これを見てくれ。私はこの数日間研究を行い、ワールドピースが直接繋がる別のピースへと手がかりを残していることに気づいたんだ」
彼が何か詠唱を行う。
すると、ゼロイドがピースに向けた手に、小さな闇が生まれた。
これを、ピースの角ばった切り口へとあてがう。
闇はピースを覆うかと思われたのだが、違った。
切り口から闇を貫くように、光の線が伸びているのだ。
「分かるかね? 私は昨夜、これをいじりながら寝落ちしたのだ。最近では枕代わりにして寝ているくらいなのだが、どうやら茶を飲みすぎたらしく、シモのものが近くなって目覚めてな。用を足して帰ってきたら気づいたのだ」
「ゼロイド、その辺の生活のディテールはあまり聞きたくない」
「そうですか殿下……。まあいい。帰ってきた私が見たものは、暗闇の空間に光を放つピースだったのだよ。これは、ぼんやりとした輝きを常に放ち続けている。この光の形を図にしてみると、こうなる」
ゼロイドは羊皮紙に、彼が見たという光の形を書き始める。
それは、門の形に見えた。
「新たな世界への扉だ。ピースは己が繋がる片割れを求めているんだ」
「おお!!」
レヴィアが鼻息を荒くした。
大興奮である。
「姫様、マクベロンが攻められてるらしいけど、そこはいいの?」
「ああ、かの国はユーティリットからの協力を拒んでいるようね。我が国に借りを作れば、終戦後に何かしら利権をむしられると考えているのだろうけど。こちらの官僚たちも、あちらが頭を下げるまで待って、マクベロンが所有する魔道具の権利を幾らか買い取れないかと、そのようなことばかり試算している」
「つまりは?」
語るにつれて、レヴィアの顔が険悪になっていく。
俺はその先を尋ねてみた。
「まだ平和ボケしているのよ!! このままだと焦土になるっていうのに!!」
怒りに満ちたレヴィアの拳が、世界のピースを叩いた。
ゼロイド師が、アッー! と叫ぶ。
一瞬場が静まり返るが、流石は世界のピース、なんともないぞ。
そして、ピースが放っていた光がパッと強くなった。
「ああ、これはいけそうです。失礼ですがウェスカー」
クリストファが目を細めた。
「私にもお茶を一杯くれませんか。それとその光を通じて別の世界への扉を開くことができます」
「おう、砂糖はいる?」
「砂糖無しでお願いします」
「大人だね」
「いやいやいや! ウェスカーさん、普通に対応してるけど、違うでしょ!? クリストファさん取ってつけたようにすごく重要そうなこと言ったよね!?」
メリッサの鋭いツッコミが入る。
おお、そう言えばお茶の要求の後に何か言っているような。
レヴィア姫が目を光らせた。
「クリストファ。そなた、異世界へ移動する魔法を持っているのか?」
「はい。私は神々の力を使うことが出来る神懸りです。こうして分かたれた世界への扉があるならば、それを開くことは造作もない」
「神々の力を使った魔法……つまり、世界魔法ということか!」
ゼロイド師興奮。
「よし、今すぐ乗り込むぞ! 魔法を使うんだ!」
レヴィア姫興奮。
「よし、お茶が入ったぞ。砂糖は入れてないがちょっと渋めにしておいた」
俺、お茶をサーブ。
大変な状況になってきた。
クリストファは一瞬考えた後、お茶を手に取ると、
「ではいただきます」
ふうふうやってお茶を冷まして、ちょこちょこ飲み始めた。
動じない人だ。
半分ほどお茶を飲んだところで、彼は言った。
「すみませんが、一度に言われると覚えていられないので、ゼロイドさんとレヴィア姫、また同じことを言ってくれませんか」
単純に俺の話が最後だったので、それに反応しただけだった。
だが、結果的にクリストファのマイペースが、レヴィアとゼロイド師に冷静になる時間を与えたようだ。
「そうだな。私は武器も用意していなかった。準備をしてくるとしよう」
「ああ、私も色々と記録用紙を持ってこなくては! おいクリストファくん! もっとゆっくりお茶を飲んでいていいぞ! ああウェスカー! お代わりだ! もう一杯淹れてあげたまえ!」
「へいへい」
「ウェスカーさん、私もお茶ください! お砂糖は四匙で!」
「へいへい」
俺はせっせとお茶を淹れる。
そして、途中から燃えてきて、八人分くらいのお茶を淹れて並べた頃、レヴィアとゼロイド師が戻ってきた。
「茶が増えているな。こんなに誰が飲むんだ?」
「さあ」
俺は首を傾げた。
だが勿体無いので、俺が全部飲んだ。
お腹がたぽたぽである。
「さあ参りましょう!」
クリストファが立ち上がる。
世界のピースを指差し、彼は詠唱を行う。
「“聞き届けよ。世界の理を超え、我は隔たる場所への扉を示す。ワールド・リープ”!!」
ピースが放つ輝きが、大きく広がる。
それは、レヴィアを飲み込み、メリッサとボンゴレを飲み込み、クリストファを飲み込んだ。
そして俺は、茶菓子が入ったバスケットを小脇に抱えると、その光の中へと飛び込むのだった。
一瞬で光が消えた。
「ついたみたい? ……なんか、臭い」
メリッサが鼻をつまむ。
なるほど、おかしな臭いがするところだ。
これはなんだろう。何かが腐った臭いだろうか。
「人が多い世界ですね。なんというか、とてもゴミゴミしています」
クリストファの感想通り、俺たちは人混みに只中に出現したようだ。
周囲では、俺たちの登場に押しのけられたらしく、何人かの人々が倒れている。
誰もが足を止め、俺たちを注視していた。
「ふむ……服装は、ユーティリットのものと変わらないようだが……随分と飾り気がないな。それにあの汚れは、油汚れか」
レヴィアの見立てに俺も同意だった。
作業着のような人間ばかりだ。
彼らの服は一様に、何らかの作業によって汚れており、その黒ずみは油のように見えた。
「あのさ、ここどこ?」
俺はとりあえず、手近な人に聞いてみた。
それはがっしりとしたおっさんで、俺が押しのけたらしい人物だった。
彼は不思議そうな顔をして俺を見ると、すぐに顔色を変えた。
「そ、そ、その服は、魔王軍の……?」
「うむ。魔将フォッグチルをやっつけてもらったものだ」
「な、なんだって?」
「それはいいから。聞きたいのだ。ここは何と言う世界だ?」
「世界って……お前。この辺りは見ての通りさ。行き止まりがあって、汚れて淀んだ河と、そこに掛かるでかい橋が、この世の全てだ。橋の町ハブー。それがあんたのいう、この世界の名前だよ」
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