第33話 これが本当の癒やしの魔法

 ソファゴーレムはもりもりと丘を駆け下りる。

 そしてキーン村の柵をまた軽々と飛び越えた。

 うちの親たちに挨拶していかんとな。

 頼みは解決したということを話しておく必要がある。


「おおっ!? この異音……やはりウェスカーだったか。随分早かったのだな」


 ちょうど、家々を立て直しているところに父がいた。


「おう、調べてきたぞ。あそこに別の世界が溢れ出してきていたらしいが、ここに張本人を連れてきている」


 横にいるクリストファを指し示す。

 彼はソファの上に立ち上がり、礼儀正しく一礼した。


「はじめまして、こんにちは。神々の代理人、クリストファです。安心して下さい。もうあの家から、神々の世界ゴッドランドは溢れ出ることはありません」


「お、おう」


 父が何やら唖然としているな。


「父よ」


「な、なんだウェスカー」


「挨拶挨拶。大事だぞ」


「お前に言われるとは……!! こ、こんにちは。そうか、クリストファーさん、ありがとう。それとウェスカー、これからどうするんだ?」


「ああ、王都に戻る。姫様の怪我を治さんといけないからな」


「そうか……」


 父はちょっと考えた後、何やら決意した表情で口を開いた。


「お前には話していなかったが、お前の母……ミンナの生まれ故郷はマクベロン王国だ。ミンナが嫁に来てから、家は没落して見る影もなくなってしまったようだがな。だが、ミンナの弟があの国で騎士をやっているはずだ。何かあったら、彼を頼るといい」


「ほお」


 初耳である。


「ミンナの弟の名は、ゼイン。お前の叔父に当たる。ミンナいわく、気が弱くて臆病だが、腕っ節は立つとかなんとか……。まあ、私がお前にやれるのはこの話くらいしかないのだ。役に立てばいいが」


「いやいや、ありがとう父よ。兄の結婚式にはまたこっちに来られるといいな」


 俺は父に手を振った。

 そして、キーン村を後にしたのである。




 流石に三人と一匹乗っていると、ソファゴーレムの速度も落ちるようだ。

 行きはランニングくらいの速度だったのだが、帰りはジョギングくらいのノリで流しているのが分かる。


「おお、ここは信奉者たちの島によく似ていますが、もっとずっと広いのですね。海がどこまで行っても見えません」


「海?」


「海?」


 俺とメリッサが首を傾げた。


「海というのは、伝説の湖のことだろう。どこまでも果てが見えないほど広い湖があって、多くの魚が住んでいるという」


「ウェスカーさん、そんなことを知っていたんですね……! ちょっと驚きました」


 メリッサが何故か感心している。

 クリストファは俺たちの反応にふむふむと頷く。


「そういうことですか。こちらの世界には海が無いんですね。お二人には是非とも海を見ていただきたいものですよ」


「ほう、そんなに凄いの」


「凄いのです」


「凄いのか」


「そうなのです」


「そのやり取りやめて!?」


 メリッサが俺の腕をぺちぺち叩いて抗議してくる。

 俺とクリストファが会話していると、不思議と噛み合うのだが、メリッサがとても嫌がる。

 やはり男同士の会話は二人きりでした方がいいようだ。

 そもそも、俺は男同士の語らいなどしたことが無いからな。

 クリストファとの会話が一々とても新鮮なのだ。

 とりあえず、会話にはメリッサも交えてバランスよくしよう、ということになった。

 結局話す内容がなくなり、しりとりなどをしつつ王都へ向かう。

 到着した時は、もう夜であった。


「あっ」


 門番の兵士が、ソファゴーレムを見た瞬間に冷静さを失った。

 二人でバタバタと騒ぐと、応援らしき兵士がわーっと湧いてくる。

 俺はソファの上で立ち上がった。


「出迎えご苦労」


「来たな魔王の尖兵め!! その異形のゴーレム!! 禍々しいローブ!」


「あ、ちょっと待てよ。あれ、あの男、違うんじゃないか?」


「本当だ。あいつ魔法合戦で見たことあるような」


「あの時は裸だったような……」


 俺を見てちょっと慌てた者がいたが、残りの兵士は集まってヒソヒソ話を始める。

 そして、結論が出たらしい。


「その奇行、そして突飛な恰好。魔導師ウェスカー卿ですね。ウェスカー卿を外に留めていると致命的なことになるとガーヴィン殿下から命が下っております。どうぞ、穏便に、穏便にお入り下さい」


「へーい」


 ということで、俺たちは王都にやって来た。


「すっかり顔パスだな。俺も偉くなったものだ」


「違うと思います」


 メリッサが即座に否定してきた。

 何が違うのだろう……。

 王城へ続く一本道を、ゴーレムでのっしのっしと歩く。


「ほう、これが王都というものですか……。人がこれほど、高度な社会と都を築くとは……」


 クリストファは感慨深げである。

 彼は彼なりに感じ入るところがあるのだろう。


「私が知る人間の集落は、貫頭衣に漁と採集の生活をしていましたからね。神々の住まう島は天高く浮かび、信奉者たちが住まう島々は海に浮かび、それぞれに分かれて暮らしておりました」


「なるほど」


 よく分からんがそういうことなのだろう。


「俺も実家があの村だから田舎者だぞ。王都に来た時は美味いものばかりでびっくりしたものだ」


「私も闇の世界の村でしたから。本当に王都は美味しいものばっかりで……」


「食べ物の印象ばかりではないですか」


「フャン」


 王城の門にたどり着いたところで、ボンゴレが何事かに気づいて頭上を見つめる。

 そして、俺の膝の上からメリッサの膝の上に移動する。

 メリッサは小さいので、ボンゴレを抱っこするようにしないと抱えきれない。


「あら、ボンゴレどうしたの? 甘えたくなった?」


「フャン」


「ハハハ、ボンゴレもまだ子どもだからなブベッ」


 笑った俺だったが、いきなり上空から何かが降ってきて俺に直撃した。

 ソファゴーレムも落下物の衝撃に耐えられず、背中から倒れていく。

 クリストファが素早く跳躍し、メリッサを拾い上げて空に舞い上がった。

 俺はそのまま、降ってきたものと一緒に転倒である。

 ソファゴーレムが激しく地面を叩き、受け身を取った。


「おお、下に人がいたと思ったらウェスカーじゃない。王都の外に行っていたの?」


「むむっ、この顔の上にあるものから聞こえてくる声……姫様か」


「そうだ、私だ」


 すっくと立ち上がるレヴィア姫。

 さては俺の上に載っていたのは彼女の尻であったか。

 どうやら彼女、また城からの脱走を企てたらしい。

 無謀な高々度からの脱出で、運良く俺をクッションとしたようだ。


「ふむ、人が増えているようだが、そなたは誰だ」


「こんにちは、初めまして。私は神々の代理人、クリストファと申します」


「ユーティリット王国が王女、レヴィアだ。神々の代理人と言ったか?」


「姫様、クリストファは噂の神懸りですぞ」


「なにっ!!」


 俺の言葉に、レヴィアが食いついてきた。


「かつて読んだ物語のままではないか! 魔物使い、そして神懸り! 一応ウェスカーが大魔導なら辻褄が合う! あとは戦王と海王だな」


「戦王は姫様じゃないの?」


「いや、まだまだ私は弱い。魔法を使わねば、魔将と戦うことすらできないのだからな」


 遠い目をするレヴィアである。

 彼女の背後でメリッサが、


「普通魔将とは、戦うこともできないんじゃないでしょうか……」


 とか呟いている。

 一人感激しているレヴィア姫だが、クリストファは彼女の外見をまじまじと見つめている。


「失礼ですが、包帯をなさっておられる様子。それはファッションですか? 怪我ですか?」


「おお、これか」


 レヴィア姫は、寝間着らしき着物の胸元を開いてみせた。

 メリッサが「きゃっ」と言ってボンゴレの目を覆う。


「フャン!?」


 レヴィアの胸元は、包帯で覆われていた。

 まだ、血が滲み出しているようだ。

 傷が塞がりかけるたびに、こうして激しい運動をするせいであろう。


「傷ですね。では治しましょう。失礼」


 クリストファはそう言うなり、手のひらをレヴィアに向けた。


「“聞き届けよ。世界の理を変え、我は穿たれた傷跡を復元す。レストア”」


 手のひらが白く輝いた。

 同時に、レヴィアの胸の包帯に滲んでいた血が消滅する。

 目に見えて、彼女の血色が良くなった。


「……おっ!? なんだ!? 急に体が軽くなったぞ。それにそなたの今の詠唱は」


「はい。世界魔法レストアです。傷を癒やすのではなく、元の状態に復元します。これはこの素晴らしき出会いを与えてくれた友、ウェスカーへの礼の代わりですよ」


「そうか……! ウェスカー、よくやってくれた! これですぐにでも戦えるぞ! 見ていよ魔王軍!」


 魔王軍絶対滅ぼすガールの復活である。

 クリストファはそんな彼女のやる気に満ちた様を、ニコニコと見つめている。


「これだけやる気がある方なら、きっとすぐにでも魔王軍を追い払ってくれそうです」


「うむ。魔王軍と戦うのが生き甲斐のような姫様だからな」


「女子としてどうかと思います!」


 万全の体調となったレヴィア姫を迎え、再び新たな冒険の予感を覚える夜なのである。

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