第32話 神懸りさん見参
翌朝、朝飯を平らげると、俺とメリッサは丘の上の別荘に向かった。
やはりここは、ソファゴーレムで行くべきだろう。
このあたりの魔物は、ソファゴーレムに乗っていれば相手にならない。
二人と一匹で優雅に朝の散歩と洒落込みながら、足下では踏まれたり蹴飛ばされたりする魔物たちの悲鳴を聞く。
「ウェスカーさん、村の人たちの反応から、嫌われてばっかりだと思ったけど、家族とはちゃんとしてるじゃないですか」
「そう? そうなんだろうなー」
メリッサが何を思っているのかよく分からなかったが、俺は適当に返事をしておいた。
ソファはがっしがっしと手足を使って丘を登っていく。
手足がむきむきだから、手近な岩を掴んでは軽々と体を引き上げ、ちょっとした出っ張りに足を引っ掛けてはそこから体を楽々と押し上げる。
頼りになるなあ。
「ウェスカーさん、なんでこのゴーレム、歩きやすい道がある方じゃなくて、丘の裏の崖から登ってるんですか……?」
「案外、挑戦することとか体をいじめることに喜びを感じるタイプかもしれん」
「フャン」
ボンゴレがあくびをした。
この一見危険な崖登りも、赤猫からすると退屈な道行きなのかもしれない。
そして、ソファはついに崖を登り終えた。
肘掛けの辺りが上下しているから、息が上がっているらしい。
「この子、芸が細かいですよね……」
「俺もそういうの意識しないで作ってるのだが、なんかそうなったのはどうしてなんだろうなあ」
辿り着いたのは、俺とレヴィアがシュテルンと戦った、王国の別荘である。
ここがふわふわと、宙に浮いているように見えたという話だったが、さて。
「ところでメリッサ。まだ残っていればだが……」
「なんですか?」
「この別荘で保管されている茶葉や干し肉やらが最高でな……」
「えっ……!!」
メリッサがすごく怖い目になった。
「食べなくちゃ……」
うん、そういう本気を感じる目だったよ。
俺たちは朝飯を食ってさほど経っていないのだが、食べ物を求めて別荘の中へ突入した。
警戒心とかとは無縁なので、ババーンッと派手に扉を開く。
すると、何やら白い服を着た男が廊下をてくてくと歩いているところだった。
「あっ」
「あっ」
俺とその男で、互いにびっくりする。
「あんた誰」
「こんにちは」
俺が尋ねたら、向こうが挨拶してきた。
なんて礼儀正しいんだろう。
「こんにちは」
「こんにちは」
「フャン」
俺たちも挨拶を返す。
すると、向こうの男性はほっこりした笑顔になった。
「素晴らしい。挨拶していれば世界は平和ですよ。さあ食事にしましょう。ちょうどお茶を淹れたところです」
かくして俺たちは、このよく分からん男の人と会食することになった。
通されたのは別荘の台所である。
台所……?
そこに車座になって食べる。
覚えがあるお茶や干し肉、あとは見たことがない揚げ物があった。
「まずは自己紹介からしましょう。初めまして。私はクリストファ。見ての通り、神々の世界ゴッドランドに住まう神々の代理人です」
「ほー、これまた大変なご職業で」
俺が適当に返事をすると、クリストファと名乗った男もほほえみながら、いやいや、と返した。
一見して、清潔感という言葉が服を着て歩いているような男だ。
薄茶色の癖のある髪を長く伸ばして、顔はなかなかの美男子。服もパリッとしていて好感が持てる外見である。
「ご、ご、ご、ゴッドランド……!!」
何かメリッサが干し肉を口に含んだまま、目を丸くして腰を抜かしている。
「知っているのかメリッサ」
「ん、ぬぐ、もぐもぐもぐ……ごくんっ、知ってるも何も! 神様の世界ですよ!」
「なんだって」
「ええ、神々の世界ゴッドランドは、メリッサさんと仰るのですか? 彼女の言われた通り、神様の世界です」
「なるほど、まさか神様の世界だったとは」
俺は感心した。
そして、自己紹介を返していないことに気づく。
「俺はウェスカー。見ての通り魔導師だ。凄いぞ」
「凄いんですか」
クリストファが感心してきた。
「凄いのだ」
「そうなんですね」
「そうなのだ」
「あああ、なんか頭が悪くなりそうな空間です、ここ……!」
メリッサが俺たちからちょっと距離を取った。
なぜだろう。クリストファは、どうも俺と大変気が合いそうに思える。男でここまで気が合いそうなのは初めてだ。
「ではメリッサさんの自己紹介を……」
「あ、うん、メリッサです。ええと、一応魔物使いです。ゼロイドさんが言ってたんだけど、魔王の支配下にいない魔物と交流して、味方にできる、みたいです。こっちがボンゴレ」
「フャン」
「なるほど、そうなんですね」
クリストファはうんうんと頷きながら、理解した旨を示した。
「では私から見て、皆さんは信頼がおける気がするので、これから大変なお願いをしようと思います」
「うむ。あ、ちょっと待って。俺たち、この別荘が空に浮かんだみたいになるって聞いて調べに来たんだけど、なんか知らない?」
俺は、自分たちが引き受けた用事を思い出し、クリストファに尋ねた。
すると彼はあっさりと頷き、
「それは簡単です。この家が、今ゴッドランドと繋がっているんですよ。どなたかがここで、不安定かつ強大な魔法を使ったようで、それによって世界の壁が一時的に破れてしまったのです。お陰で私は、魔王軍の手から逃れてこちらに来ることが出来ました」
「なるほど」
俺は納得した。
「ちょちょ、ちょっと待ってウェスカーさん!? この人、クリストファさんはゴッドランドから来たんでしょ!? なら、なんで魔王軍から逃げてるの……!?」
「ほんとだ」
メリッサが呈した疑問に、俺もびっくりする。
するとクリストファは深く頷いた。
「そうなんです」
「そうなのか」
「そうなんですよ」
「だから二人でよく分かってないのに分かっていないことを理解し合うのはやめて!? 頭がおかしくなりそう! クリストファさん、はい!」
「はい」
メリッサに話を振られて、クリストファが神妙な顔になった。
「どこまで話しましたっけ」
「ほら、ゴッドランドがうんちゃらかんちゃら」
俺はよく覚えていないのでそれっぽい返答をする。
すると、これで彼は納得したらしい。
「ああ、ゴッドランドが魔王軍に侵攻されて、神々のことごとくが魔王によって封印された辺りでしたね」
「多分そう」
「えええええええええ!?」
俺は納得したというのに、メリッサの驚きようよ。
「驚かれるのは無理もありません。魔王オルゴンゾーラは強大です。神々はかの魔王と戦いましたが、ちょうど主神が海神の奥様に手を出しておられまして、神々の間で壮大な痴話喧嘩が起こっている最中でした。神々は団結できず、オルゴンゾーラに各個撃破されてほとんどが封印されました」
「他人の奥さんに手を出すのはだめだね」
「ああ、いえ、他人ではなく海神は主神の兄でして」
「なるほど」
俺は納得した。
横では、メリッサがぐったりと天井を仰いで転がっている。
「ああ……もう……」
「そういう訳で、神々の代理人であった私はとりあえず逃げました。神々の封印を解くことができる、勇者の存在を探すためにです。皆さんが仰っていた、この家が浮かんで見える光景とは、この家からゴッドランドが一時的に溢れ出した姿でしょう」
「なるほど。色々大変だったんだな。よし、とりあえず俺たちが協力しよう」
俺はクリストファの肩を叩いた。
「俺は成り行き上、魔王軍の魔将フォッグチルを倒した程度の魔導師だが、うちの姫様は魔王絶対倒すガールだからな」
「なんと……!! 世界を渡ってすぐに、このように快く協力してくれる方に出会えるとは! しかも魔将を倒したと!? 素晴らしい……! こちらからもよろしくお願いします」
「引き受けた」
俺は安請け合いした。
そういうことで、クリストファが仲間になったぞ。
これはレヴィア姫に報告しないとな。
「あ、それでクリストファは何ができるの」
ソファゴーレムは、クリストファを載せるとぎゅうぎゅうだった。
なので、ボンゴレが俺の膝の上に鎮座している。
あっ、あっ、ボンゴレ、俺のお腹で遊ぶのはやめるのだ。
「私は神々の代理人です。言うなれば、彼らの力を現実のものへと変換し、行使する役割を担っています。国によっては、私を“神懸り”と呼ぶ方もいるようですね」
「なんか聞いたことがある気がする」
レヴィア姫が言っていたような。
「そのような訳で、私は神の力を一時的に行使できます。ですが神といっても、下準備をせねば大きな魔法は使えません。なので、彼らが封印された今、私はせいぜい傷を治したり、空間を歪めて跳躍する程度しかできませんね」
「なるほど。だけど傷を治せるのはすごいな。ちょうど姫様が怪我してるからこれから王都まで行こう」
「怪我人が? それは一大事ですね」
かくして俺たちは、王都へ戻るのである。
メリッサが、俺とクリストファを交互に見てとても微妙な表情をしてくるのが気になりはするのだが。
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