第31話 田舎の食卓と村で何があったのか

 俺とメリッサとボンゴレで地主邸へ戻る。

 戻る途中にある建てかけの家や、荒れてしまった畑などで俺は魔法を使い、村人たちは俺の親切振りに泣いて喜んでいたようである。


「あの不思議な形の家と、高くそびえたった畑はどうやって使うんでしょうねえ」


 なんだメリッサ、妙な事を気にして。


「いいかメリッサ。こういう時に試されるのが、人間の創意工夫ってやつなんだ」


 俺は年上っぽい事を言ってやって、ちょっとドヤ顔になった。

 メリッサが向けてくる笑顔が、妙に生暖かかった気がする。



 丘を登っていくと、ちょうどパスカーが帰ってきたところだった。

 兄はソファゴーレムが突っ込んだ我が家を見て、絶句している。


「こ、こ、こ、こりゃあなんだあ……」


「おう、ただいま。今直すよ。従者作成、木材よ組みあがれ」


 俺が魔法を下すと、バラバラになった家の建材が起き上がり、地主邸が組みあがり始める。

 じっと見ていると、どうやら木材が足り無そうである。


「ちょっとその辺りの木も使うね。従者作成、木よ木材になって組みあがれ」


「お、おいウェスカーやめろ」


「何をするつもりだ」


 父と兄で俺を後ろから止めにくる。

 だが残念ながら、詠唱をしない俺の魔法は口にした瞬間から発動しているのだ。

 俺の足元から、木片が立ち上がる。

 木々はしばらく抵抗している風だったが、何本かがボキリとへし折れて、成人男性の足を生やして歩き出す。


「ああああ、わ、我が家の庭があああ」


 父が叫びながら、くたりと地面に突っ伏した。

 木材たちは自らの意思で、自由に組み合わさっていく。

 やがて、ぐにゃりと捩れた寄木の煙突みたいな家が完成した。


「どうだ、元通りだろう」


「あああああ」


 父が白目を剥いてまたぶっ倒れた。

 年だろうか。


 夕飯になるまで、俺とメリッサとボンゴレは離れで過ごす事にした。

 離れは、俺が旅立った時のままの姿をしている。

 家の中に入ると、埃っぽかった。


「掃除しなくちゃ」


 メリッサがやる気を出して、あらゆる窓を開け、部屋の扉をあけて、ぱたぱたと埃をはたきだした。

 汚れたものをガンガン洗っていると癒されるのだそうだ。

 この働きぶりなら、じきにぽっちゃりメリッサからシュッとしたメリッサになることだろう。

 俺はと言うと、ちょっと実験である。

 炎の玉は、今まで攻撃と空中移動にしか使っていなかったが、火と土のバランスを変えることで、土だけを相手に飛ばせるかもしれない。

 すると、最初に用意する泥玉も、意識して水の量を減らしたほうがいいのではないか。

 家の中で使うと家が燃えるので、庭先で実験を行なった。

 掃除の邪魔になるからか、ボンゴレが追い出されてきている。

 赤猫は興味深げに、俺の股の間から顔を出した。

 実験を見学するつもりだな。


「炎の玉だと、あれができちゃうからな。ええと……燃える泥玉バーンボール


 ちょっと炎の小さい炎の玉が出来た。

 じーっと見ていると、徐々に炎は小さくなり、プスンと消えた。


「燃えるものが無いから消えるか」


「フャン」


「どうしたもんかな」


「フャン」


 ボンゴレが、枯れ草を咥えて来る。


「おっ、どうした。そんなもん持ってきたら燃えちゃうだろ。……燃えちゃうか。燃えちゃうな!」


 俺はしゃがみ込み、ボンゴレの顎の下をがしがし撫でた。

 赤猫がゴロゴロと喉を鳴らす。


「よし、もう一回、燃える泥玉バーンボール!」


 炎の小さい玉が生まれる。

 そこにすかさず、枯れ草を投げ込む俺。

 すると炎は大きくなり、泥玉の中の僅かな水分を熱して気化させたようだ。

 泥玉がパーン、という音とともに弾ける。

 辺りに真っ黒な土が撒き散らされた。

 成功である。


「よし、用途はよく分からんが、新しい魔法ができたぞ。あとはこの枯れ草に当たるものを魔法に組み込めないものかな」


 その頃になると、日が暮れる時間になっていた。

 メリッサは、離れの掃除をざっと終えたらしく、満足げである。

 俺たちはやることも無くなってまったりとした。

 そこに、夕食のお呼びがかかる。


 奇怪なオブジェとなった地主邸にて夕食である。

 父の地主殿は渋面だったが、大きく溜め息をつくと普通の顔に戻った。


「ともかく、ウェスカーが独り立ちできたことはめでたい。私はパスカーの事ばかり構い、お前の事はぞんざいにしてしまっていたが、今となっては反省している。確かに、ミンナの教育は個性的で、ゆえに個性的なお前が誕生してしまったが、お前は難しい文字だって読めるし、とうとう魔法まで修めて魔導師になってしまった。これはキーン村始まって以来の快挙なのだ」


「なるほど」


 色々言っていてよく分からないが、つまりは俺を祝ってくれるようだ。

 それはそれでありがたい。

 パスカーは微妙な顔をしているが、とりあえず、と前置きを口にした。


「俺はじきに結婚する。そうして親父の跡を正式に継ぐ事になる。そうなれば、ウェスカー、お前はこの村にいたままでも晴れて自由になったはずだ。だが、自分の力で進む道を見つけたのならば、それはそれで良いことだと俺は思う。まあ、人間性は昔のままのようだが」


「ああ、人間は簡単には変わらんからな」


 俺は頷きながら、用意された酒を煽った。

 おお、この妙に濃厚なエール。

 キーン村では、エールに香りをつけるハーブが取れないので、果汁を絞って入れるのだ。

 常に使用される麦の量は、趣味でエールを作っているおっさんたちの当番次第なので、濃かったり薄かったりする。

 今年は濃いようだ。


「この村のご飯も、素朴だけど美味しいですね」


 メリッサはよく食う。

 パンをもりもり食べ、その上にシチューを盛り、もりもり食べる。

 シチューをもりもり食べ、そこに煮豆を注いでもりもり食べる。

 彼女を見て、父が微妙な顔をした。


「ウェスカー。いくらなんでも若すぎやしないか? まだ子供だろう」


「何を言っているのだ父は」


「あ、いや、そんなつもりが無いのならいいんだ」


 何のことであろうか。

 パスカーは察したようだが、何も言わなかった。

 話が途切れたので、俺から質問を飛ばす。


「それで、俺が旅立った後の村はどうなったんだい?」


「ああ、大変だった。あの時は、魔物たちの襲撃を姫様のせいだと疑って悪かったな。まさか世界中に魔物があふれ出すとは……。殿下は本当のことを仰ってたのだなあ」


 しみじみしているが、何やらくたびれた印象も感じる。


「パスカー、随分父は丸くなってしまったな」


「ああ。お前がいなくなってから、焼け跡を再建していたのだが、そこを魔物の群れが襲ってきたんだよ。幸い、小さい魔物だったので、みんな家の中に閉じこもってやり過ごしたんだ。家を壊すほどの力は無かったからな。だが、家畜はみんなやられてしまった。その後、親父は方々の村に頭を下げて家畜を分けてもらったり、再建する金を融通してもらったりだな」


「なるほど」


 大変だったらしい。

 それで、くたびれて代替わりを決意したということだろう。

 魔物が出現して、キーン村も随分と変わってしまったのだ。

 村人たちの俺に対する反応は昔とそう変わらなかったのだが、まあ人間はそう変われるものではないと思うので、別に気にはならない。


「それじゃあ、魔法合戦は見に来れなかったわけだな。俺が大活躍だったのだが」


「ああ、それどころじゃなかった。お前、出てたのか……」


「うむ。初日に魔王軍が登場してな。俺と姫様で大暴れであった。おかげで初日で中止になったんじゃないか。あ、その後で飛ばされた闇の世界で助けた少女がこのメリッサ」


「です」


 もぐもぐしていたシチュー載せパンを飲み下し、メリッサが頷いた。

 これを聞いて、父と兄が露骨にホッとした表情を見せた。


「そうだったのか……。いや、お前のタイプがどういう女性だったか分かってなかったから、ついに子どもに手を出したかと心配してなあ」


「親父、都会ではそういうこともあるんだろう。うちだと、あと五年は年を取らないといけないだろ?」


 彼らは一体何の話をしているのだろう。

 俺は理解できなかったので、メリッサに聞こうとしたのである。

 すると、この娘は何やらぷりぷりと怒っている。


「そんな訳ないでしょー。もう!」


 なんだなんだ……!?


「そうだ、ウェスカー。山の上に、王族の別荘があっただろう」


 食事の終わり際だ。

 いきなり父が話を振ってきた。


「ああ。俺と姫様でシュテルンと戦ったところだな」


「そ……そうだったのか……!? ええとな、ドミートがそこまで狩りに出かけていったんだが、森の様子がおかしくなっていてな、迷ってしまったらしい。そこで、見たそうなんだが……別荘が、まるで空に浮かんでいるように見えたらしい。それは夕方のことで、目をこすったら元に戻ったそうだが……」


「なるほど」


「様子を見てきてはくれんか。あそこは今は、魔物が徘徊して誰も近寄れない。だが、魔導師になって魔物と戦えるようになったお前なら」


「いいぞ。行ってこよう」


 俺は安請け合いした。


「いいんですかウェスカーさん? こう、わだかまりとかないんですか?」


「何を言っているかは分からんが、なんか面白そうじゃないか。よく分からない事が起きてるんだぞ?」


 俺の返答に、メリッサはため息を吐いた。


「そうだった。こういう人でした。うん、いいですよ。私とボンゴレも一緒に行きます!」


 そういうことになり、翌日はあの別荘に向かうのだ。

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