第30話 偉そうに視察するのである
「王都で職って……ウェスカー、お前一体何をやらかしてきたんだ」
父が俺を見て、不安げな顔をする。
何が不安だというのだろう。
あれか。村にいた頃とは打って変わって、大きな職務を得た俺が、見違えるほどに精悍な顔つきになって戻ってきたから戸惑っているのだな。
ははは、息子の成長を素直に喜べばいいものを。
「ウェスカーさんが太って戻ってきたからびっくりしてるんじゃないですか」
「メリッサ、お腹をなでるのはやめるのだ。これから痩せるんだから」
「うそだあ」
「ええい、お前のお腹もなでさせろー」
「きゃー!」
状況についていけず、呆然と立ち尽くす父を背に、俺はメリッサを追いかけて駆け出したのである。
しかし、ちょっと走ったらすぐに息が上がった。
だめ、死んじゃう。
ここ数日、ずっとトイレとお風呂以外動かないで暮らしていたから、走ったら心臓がびっくりしている。
対するメリッサは流石である。
ぽちゃっとして来たと言うのに、素晴らしい健脚で随分先まで行ってしまっている。
「くっ、少々運動しすぎたようだ。甘いお菓子とか甘いお茶で栄養補給せねば……」
チラッチラッと辺りを見るが、村人は俺と目が合うとサッと目線を逸らして立ち去ってしまう。
シャイなのだろう。
俺はじっとその場に座っていたが、誰もお茶を持ってきてくれないので、諦めて立ち上がった。
村は自給自足なのかもしれないな。
とりあえず走るのはやめて、ぶらぶらと村を歩き回る事にした。
我が家がある小高い丘を下ると、畑や家々が広がる場所になる。
焼け跡の家が点々としている。
以前シュテルンの軍団に襲撃されてから、まだ村が立ち直りきれていないのだろう。
焼け跡のまえには掘っ立て小屋が幾つもあり、向こうでは男衆がみんなで家を組み上げている。
こうして順番に家を再生していくわけだな。
「やあお疲れ様」
「げえっ!? 誰かと思ったらウェスカー! な、なんだその禍々しいローブは!!」
家を建てているところに挨拶に行ったら、そこには兄のパスカーもいた。
パスカーは俺を見て、顔を青ざめさせる。
「明らかに近くにいるだけで冷気が漂ってくるような、何だか腹のそこから恐怖が湧いて来るローブなんだが、そんなものどこで手に入れたんだ? というか、着ていて平気なのか!?」
「いいだろう。野宿の時にはポカポカ暖かくて、日照りの時には涼しいのだぞ」
俺はローブを見せびらかした。
くるりと回ると、ローブの裾から紫色の冷気が溢れ出す。
触れた草花がしおれ、あるいは凍りついた。
あっ、こんな効果があったのか!!
何かに使えそうだな。
そこで思い出す。
ローブを見せびらかしに来たのではなかった。
「パスカー。俺は王都で職を得たのだぞ。凄いぞ。魔導師になった」
「何を頭のおかしなことを言っている。いや、お前はいつでも頭がおかしかったな。さっき家の辺りが騒がしかったのも、お前が帰ってきてみんな悲鳴をあげたのだろう」
どうやら、兄は魔法の存在を信じないらしい。
それは人生を損しているのではないか。
魔法は素晴らしいぞ。
「お、そうだ。俺に良い考えがある」
まさに魔法的発想。
俺は指先に魔力を込めた。
「ウェスカーの良い考えだと!? や、やめろ」
パスカーが何故か必死に止めようとしてくる。
だが、ちょっと待て。魔法は急には止まらないのだ。
「従者作成。材木よゴーレムになり組みあがれ」
俺は思いついた魔法を放った。
すると、建てかけの家の周りに積まれている材木から、逞しい成人男性の手足が生えてきた。
彼らはむくりと起き上がる。
周囲の男たちは一瞬、呆気に取られていたが、すぐに顔を歪めて絶叫し、走り回る。
歓喜の踊りかな?
「よーし、お前たち、いい感じに組みあがるのだ。そう、出来上がりはフィーリングで。任せる」
『ま”』
材木ゴーレムたちが、建てかけの家に集まっていく。
そして、ガシャンガシャンと合体を始めた。
見る見る組みあがっていく。
実に壮観である。
「あああ、お、俺の家があああ」
この光景をへたり込んで見上げているのは、村人のヤンスである。
最近三人目の息子が出来たそうで、娘が欲しいのに男しか生まれないのだとか。
元気な男の子が三人なら、こういうアバンギャルドな家でもいいではないか。
完成した、鳥の巣に酷似した前衛的建造物を眺め、俺は満足した。
「ヤンス、安心するんだ。こいつはまだ生きてるから、何かあったら家に足が生えて逃げ出す。上手く飛び乗れば家族ごと逃げられるぞ。良かったな」
「な、なんなんだよそれはあああ!?」
俺は微笑みながら答えた。
「俺もよく分からん」
人助けは気持ちよいものである。
俺は本格的に、村の中を見回るつもりになった。
どういうわけか、パスカーがついてくる。
「お前を一人にしたら、明らかに村が危ない……! いいか、俺はもうすぐ結婚式を控えているんだ。お前が村を滅茶苦茶にしたら、それどころじゃないだろうが」
「なに、安心してくれパスカー。俺が村を守ってやろう」
「そうじゃないだろ!? 俺がお前から村を守らないといけないんだって! ああくそ、相変わらず話が通じねえ!」
「何を興奮しているんだ? 俺が村を守るんだろう?」
おかしいな。
会話が堂々巡りになってきた。
どうも昔から、兄とは話が合わないのだ。
ぷりぷりと怒るパスカーを引き連れながら、村の中を視察する。
「おおアニタ。相変わらずあれだな。胸とか大きい」
「ウェスカー!? い、生きていたなんて……!」
村にいた頃、俺を相手にしなかった女たちの集団がいたので近づいていって気さくに声をかける俺。
彼女たちは一様に引きつった表情で、こちらを見ている。
「うむ。魔導師になって、ちょっとしたものである。美味しいお菓子など差し入れするなら今だぞ」
「ウェスカーが魔導師なんて……。嘘でしょ? 魔法使ってみなさいよ」
「おっ、魔法が見たいのか。俺はサービス精神旺盛なんだ。いくぞ、ええと、
俺の目の前で大爆発が起こった。
きちんと、爆発が俺の前だけに来るように調整していたのだが、いやはや、指向性を持たせた爆風の威力は凄いな。
俺はピューッと空を飛んだ。
そして流石はフォッグチルのローブ。
全くダメージがない。
何やら見下ろす下界では阿鼻叫喚の有様だが、一体どうしたんだろうな。
心なしか、パスカーや女たちが、煤だらけになってぶっ倒れたり悲鳴をあげたりしている。
爆風で、核にしていた泥が飛んだのだな。
泥を飛ばす、か。
何かに利用できるかもしれない。覚えておこう。
俺は空高く打ちあがり、しばし空中遊泳を楽しんだ後、ピューッと落ちてきた。
おっ、下にいるのはメリッサではないか。
地元の子供たちも一緒だ。
「おいお前、よそものだろ! よそものには気をつけろって母ちゃんがいってたぞ!」
「なによ、上等なふくなんか着てじまんしてるつもり? あんたなんて、こうよ!」
女の子がメリッサ目掛けて泥の玉を投げつけた。
メリッサはどこ吹く風といった様子である。闇の世界で生き抜いてきたわけで、まあ精神的にはタフな方の子供であろう。
で、投げつけられた泥玉は、ボンゴレがピョンと飛び上がり、肉球で受け止めて打ち返した。
「ぎゃー」
服に泥玉を返された女の子が悲鳴をあげる。
「こいつ!」
「やっちまえ!」
子供たちが木の枝や石を握って襲い掛かる。
メリッサは据わった目のまま、
「ボンゴレ、驚かしてあげて」
「フャン!」
指示を出した。
アーマーレオパルドのボンゴレが、一気にその体を巨大化させる。
まあ、大きい馬くらいのサイズになるよね。
この大きさの猛獣とか、子供たちは見たことが無いので、ピタリと足を止めて、全員が腰を抜かした。
「ぎゃ、ぎゃああああ」
「おばけええええ」
「ママああああ」
そこに落下する俺である。
ボンゴレの目の前辺りに、ぺしょっと落ちた。
落下寸前に泥玉を大量に作ってクッションにする。
「せいっ」
背中から泥玉に落ちた。
泥が周囲に飛び散る。
ボンゴレはメリッサの襟を咥えてジャンプし、これを回避する。
「ぎゃー!」
「ぎえー!」
子供たちは押し寄せる泥に吹っ飛ばされて、泥だらけになりながら転がっていった。
俺はすっくと立ち上がる。
「ウェスカーさん! この村の子たちってサイテーね! こんな良いお洋服に泥玉を投げようとしたのよ! あ、泥玉作って回りに撒き散らすウェスカーさんはもっとサイテーです」
「うむ、まあこの村は変わってるからな」
「あー、ウェスカーさんのふるさとだもんね。変わってても仕方ないね」
俺とメリッサで、ははははは、と笑う。
子供たちはふらふらしながら起き上がり、俺たちを怯えた目で見ている。
メリッサが意地の悪い笑みを浮かべて、ボンゴレの脇をなでた。
ボンゴレが、物凄い咆哮を放つ。
「おぎゃあああああ」
「たべられるうううう」
「まものがでたよおおお」
子供たちが散り散りに逃げ去ってしまった。
満足げなメリッサである。
「やっぱり私、この村の子供たち好きじゃないです。もう、ほんとに何なのかしら」
「メリッサは精神年齢というやつが高いのかもしれんな。よし、家に戻るぞ。飯にしよう!」
「やったあ! 私、この世界のご飯大好き!!」
かくして俺たちは地主邸に戻るのであった。
ああ、あそこも半壊してたから、建て直してやらねばならんな。
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