第29話 キーン村、大いに戦慄す

 どたどたどたっとソファが街道を駆け抜けていく。

 最初の内は、走るたびに振動が尻を直撃して大変なところであった。


「ウェスカーさん! ウェスカーさん! お尻が、お尻がー!」


 メリッサが涙目になって訴えてくる。

 俺も俺で、振動で打たれ続けた尻がじんと痺れるわけで、これはいかん。

 このままでは尻の肉が取れてしまいそうな恐怖を感じる。

 ということで、ソファゴーレムの走り方を微調整する。

 どたどた走るのではなく、シュシュシュッと走りつつ、ソファ部分は常に揺れない感じ。


「安定して走るには……そうか、腕が必要だ!」


 俺はピンと来た。

 今日の俺は冴えてるね。


「従者作成。ソファゴーレムよ腕を生やせ!」


『ま”』


 俺の魔法が発動すると、ソファゴーレムの肘掛のあたりから、逞しい男の腕が生えてきた。

 そいつが指先を真っ直ぐに伸ばすと、疾走にあわせて前後に強くスイングし始める。

 おおっ、揺れが安定した!


「あっ、よ、ようやくお尻が人心地つきました!」


「フャン!」


 メリッサは安堵した風だが、さっきの振動を楽しんでいたらしいボンゴレは不満がおである。

 俺の膝まで上って来て、我が立派になったお腹を肉球でペチってくる。


「やめるんだボンゴレ。そこはお前のおもちゃじゃないぞう」


 かくして、俺はボンゴレにお腹をペチられながらソファゴーレムを走らせる。

 ちょっと走ると、魔物がいた。


「あっ」


 俺はびっくりする。

 魔物なんて、レヴィア姫を助けたあの時まで見たこともなかったのだ。

 つまり、ユーティリット王国周辺には全く魔物がいなかったことになる。

 なのに、今目の前に、「普通にこの辺にいますが何か?」という顔をして魔物がいるのだ。

 見た目は、骨の甲冑を纏った大きなカラスに見える。

 そいつが俺たちの接近に気付き、翼を広げて威嚇してきた。

 威嚇したが、向かって来るのが手足の生えた疾走するソファである事に気付き、


「カァァ!?」


 驚きの余り威嚇の姿勢で固まった。

 容赦なく、骨カラスの上を疾走していくソファ。


「カォェー!?」


 倒したようだ。


「こっちの世界にも魔物はいるんですね」


「うん、俺もびっくりした。びっくりしてソファをそのまま走らせてしまったが、全然オーケーだったらしい。シュテルンが来る前は、この国には魔物なんていなかったのになあ」


 すっかり街道は危険になってしまったのかもしれない。

 どうりで、道行く旅人をあまり見ない。

 とにかく、ソファを走らせていれば大丈夫だろうと、シュシュシュッと景気よくゴーレムの疾走に身を任せるわけである。

 大体、三回くらい魔物に遭遇した。

 全部ソファーで踏んでいった。

 横目で見ると、ソファよりも大きそうな魔物も街道から外れるとちらほらいるようだ。


「これでも街道は安全な方なんだなあ」


「こっちの世界も物騒ですね……。あっ、ウェスカーさん、何か見えてきました」


 メリッサが前方を指差す。

 そこには、俺とレヴィア姫が馬を拝借した馬場があった。

 あそこの主人が性悪で、姫様をなんか値踏みしてたんだよな。

 ソファがシュシュシュッと走っていって到着すると、馬場から武装した男たちが飛び出してきた。


「ななな、なんだおめえはあああ!?」


「ひい、ソファの化け物! なんておぞましい姿をしてるんだ」


 馬場に雇われた腕自慢たちだろう。

 武器は棍棒、盾代わりにお鍋の蓋、体にはまな板を巻きつけている。

 だが腰が引けているぞ。


「静まれー。これは俺が作ったソファゴーレムなのだ。俺は魔導師だから当たり前なのだ」


 俺は宣言して、ソファゴーレムを座らせた。

 ソファが膝を折り、姿勢良く座る。それでも随分高いなあ。

 俺はえっちらおっちら下まで降りて、メリッサの脇を抱えて降ろしてやった。


「こ、子供扱いしないでください!」


「ははは、子供では無いか」


「もー!」


 メリッサが俺の太ももをぺちぺちする。

 そんな俺たちを呆然と見ていた男たち、慌てて馬場の主人を呼んできた。

 馬場の主人、俺の顔をすっかり忘れたと見える。


「だ、誰だお前は!? その禍々しいローブ、まさか魔王の手下……!」


「あっ、魔王とか言ってる! ちゃんと姫様の望んだ世界になったなあ。良かった良かった」


 俺は安心した。

 こうしてみんなが魔王軍の存在を知り、その恐怖に怯える世界。

 これこそレヴィア姫が望んだ理想郷であろう。

 世界はちゃんと良くなって行っているのだな。


「おい主人、トイレを貸してくれ。あと食べ物を売ってくれ」


 俺たちの用事はそれであった。

 街道の脇で済ませても良かったのだが、魔物がうろうろしている。

 これは危険である。

 トイレの見張り番としてレヴィア姫がいないと、少々心細い。


 俺たちは、馬場でそれなりの食べ物を手に入れ、出すものを出し、また旅立った。

 このソファがなかなか早く、しかも馬と違って休憩がいらないので、思った以上に速く街道を進む事ができる。

 弱点は、正面から風をもろに受けてしまうので、向かい風の時が大変なくらいだな。

 あとは、どうしても四本の足でバランスを取りながら走るから、慣らされた道以外は苦手なようだ。

 少なくとも乗っている俺たちの尻が持たない。

 そんなわけで、ソファは疾走を続け、夕方前にはキーン村に到着した。


 懐かしき村、と言うわけでも無い。

 多分、離れてからひと月も経ってないんじゃないだろうか。

 村の周囲には、獣避けの柵があったのだが、それがさらにものものしい、棘付きのものになっていた。

 ここで俺、思いつく。

 この柵を使って、ソファゴーレムのジャンプ力を調べてみようじゃないか。


 俺たちが村にシュシュシュッと走りながら近づくと、村に出来上がっている見張り台から、狂ったように鐘が打ち鳴らされた。

 おっ、なんだなんだ。

 歓迎してくれているのだな。


「ウェスカーさん、明らかに警戒されてるんですけど本当にふるさとなんですか?」


「間違いないぞ。ほら、歓迎の人たちが出てきた」


 見覚えある村の男たちである。

 手にはそれなりにしっかりした槍を持っている。

 だが、彼らの顔にあるのは怯えである。

 近くに魔物でもいるのだろうか。

 俺はソファの上に立ち上がると両手を広げた。


「キーン村よ! 俺は帰ってきた!」


「うわああああ! あ、あ、あいつはああああ!?」


「ウェスカーが悪の魔導師になって帰ってきたぞおおおお!!」


「うわああ、復讐される! 奴は村を滅ぼすつもりなんだああああ!」


 男たちがへっぴり腰になる。

 すると、ちょうど彼らの姿勢が低くなるので、これは飛び越えるのにちょうどいい。


「よし、行くぞソファ。ホップステップジャンプだ。村人はステップ辺りで行こう。ゴー!」


『ま”』


 ソファゴーレムが加速した。


「ひぃぇええええ」


 メリッサが肘掛に掴まる。

 ボンゴレは実に楽しそうに、ソファ中央に陣取って風を一杯に浴びる。

 俺はと言うと、ローブが風を受けて体ごと持っていかれそうになり、


「うおー」


 ギリギリのところで背もたれに引っ掛かった。

 そして、ソファゴーレムがホップする。

 街道がえぐれた。

 着地は村人たちの目の前。


「うぎゃああああ化け物おおお!?」


「もうだめだああああ!」


 そしてステップ。

 村人たちを飛び越え、門が設けられた大きな柵の前に着地する。


「こっちに来た!」


「だ、大丈夫! この柵は魔物たちを何度も防いできたんだぞ! 柵の頑丈さを信じろ!」


 ソファゴーレムは着地の勢いを生かしたまま、そこで大きくジャンプした。


「あっ────!!」


「ととと、跳んだぁぁぁ!?」


 ソファの巨体が、村の柵を高らかに飛び越える。

 空中でソファゴーレムの手足がばたばたとし、その動きに従うように、ぐんぐん飛距離が伸びていく。

 おお、あれに見えるのは地主の家。つまり我が家ではないか。

 ゴーレムは狙い過たず、地主宅に向かって突っ込むと、扉をぶち抜きながら着地した。

 そのまま、家をメリメリと半壊させながら地面を滑る。

 ちなみに、着地の衝撃で俺とメリッサがポーンッと投げ出された。


「ひえー」


「ひゃー」


 メリッサの方は、跳躍したボンゴレが巨大化し、襟元を咥えて見事に着地する。

 俺は地面にぺしょっと落ちるところで、先に着地したボンゴレが肉球でぺちっと俺をはたき落とした。

 肉球のワンクッションがあったお陰か、衝撃波少なかった気がする。

 そしてこんな状況でも、汚れただけで破れないローブ。

 いいローブだな、これは。

 フォッグチルに感謝せねば。


「ひいい、な、なんだこれはあ!?」


 叫びながらうちの父親が飛び出してきた。

 そして、半壊した家を見て唖然とした。


「父よ、帰ってきたぞ。ただいま」


 俺はそんな父に向かって、礼儀正しく帰還の挨拶をした。

 振り返る父。

 彼の顎が開き、カクンと音を立てて開ききった。


「お、お、おま、お前、ウェスカー、その格好は……」


「うむ。ついに俺も王都で職と言うものを得たので、故郷に凱旋してきたのだ」


 俺は胸を張りながら告げたのである。

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