第六章・故郷でびっくり大魔導
第28話 ウェスカー、ソファに乗る
レヴィア姫の容態が安定するまでは仕事は無いという事で、俺は暇を出された。
別に王国に仕えたつもりはないんだが、魔導師という役職とお給料を貰っている以上、体面上は王国所属という扱いになるのだそうな。
うーん、堅苦しいの嫌い!! 退職したい!
ゴロゴロしながらお菓子や果物を食っちゃ寝する俺だが、絶対安静のはずのレヴィア姫も毎日俺の部屋にやって来ては、
「かくまって欲しい。魔導師どもが私をベッドに縛りつけようとするのだ! 一日トレーニングしないと体が気持ち悪い!」
などと実に肉体派な事を告げてくる。
全身包帯だらけなのだが、この人は外見にダメージがあるだけで、中身は完全に回復しているだろう。
俺の部屋で散々、自重でできるトレーニングをやった後、それでは飽き足らずに中庭へ飛び出して行き、演舞めいた訓練を行なう。
当然発見される。
宮廷魔導師総出で拘束の魔法をかけて、治療室へ連行する。
このような毎日だ。
あ、俺?
俺は、昼過ぎになるとゼロイド師に呼び出され、俺がゴロゴロしているソファごと運ばれていくのが日課である。
俺があまりにも、呼び出されても出不精を貫くので、イチイバが考案したソファを走らせる車とやらが取り付けられてしまったのだ。
ゼロイド師の元に行くと、必ずお茶とお菓子が出るため、途中でメリッサが合流してくる。
「メリッサ、毎日甘いお菓子を食べているからぽちゃぽちゃしてきたな」
「しっ、しーてーまーせーんー!! ぜんっぜんふとってまーせーんー!!」
「いたい! 叩くな叩くなー」
「ウェスカーさんこそ、あからさまにお腹が出てきたじゃないですか」
「えっ、ほんと?」
「フャン」
俺とメリッサは肥えた。
心なしか、ボンゴレも毎日栄養豊富な猫まんまを食べ、丸くなってきた気がする。
「いかんなあ」
俺は危機感を覚えながら、動くソファの上でごろ寝し、頭上に設置した皿からフルーツを掴み取って貪り食った。
「痩せなきゃ」
塩辛く味付けされたナッツをぼりぼり食べ、蜂蜜入りの蒸留水を飲む。
「痩せなきゃなあ」
塩辛いナッツは蜂蜜水が進むな。暴力的過ぎる!
「おお、来たかねウェスカー! そしてメリッサ嬢!」
ゼロイド師の研究室へ到着した。
「ウォーイ、来ましたー」
俺が寝転んだまま手を振ると、メリッサが目をキラキラさせながら尋ねた。
「ゼロイド先生、それで今日のお菓子はなんですか!!」
「フャン」
「うむ、お菓子は今出させよう。それで、この間話した世界情勢だが、いよいよウィドン王国が魔王軍に攻め落とされたようだ。今朝方、王国の使者がやって来て、報告の後『ぐふっ』と言って息絶えたところだ」
「急展開ですな」
「ああ。いよいよ我がユーティリットのほかには、マクベロン王国しか残っていない。だが、マクベロンの分からんちんどもめ! わが国からの共闘要請を蹴りおった!」
「そりゃあまた大変ですな」
「うむ、大変なのだ。知っての通り、マクベロンは独自の魔法と魔道具を開発し、先鋭化させている。彼らの詠唱の規格は魔道具と連動するため、ウィドン王国の物を基本とする我ら三王国とは違うのだ。そのため、彼らは独自である自分たちこそ至高であるという傲慢な思想に囚われている」
お菓子と果物の盛り合わせが出てきた。
俺とメリッサは歓声を上げて、むしゃむしゃと食べ始める。
「近く、城下にはウィドン王国からの難民がやってくることだろう。彼らの住まい、食事、そして扱いをどうするか……実に頭が痛い問題だ。だが、そんなことは執政官たちに任せればいい。言ってしまえばどうでもいい」
ゼロイド師が大胆な事を言い出した。
すぐ横で聞いていたイチイバが、ギョッとする。
ちなみに彼の兄妹弟子であるニルイダは、癒しの生命魔法の使い手なので、レヴィア付きの治療役でここにはいない。
「ウェスカー、君が異世界から持ち帰ってきたこの物体だが、我々宮廷魔導師団は、“ワールドピース”と呼ぶことにした」
「魔将が呼んでたまんまですよね」
「うむ、我らは魔法のプロであってネーミングのプロではない。その辺は少々雑になるんだ。それで、これだが……恐らく、このピースはこの世界を指し示す魔法的な模型ではないかという結論に達したのだ」
「なるほど」
わからん。
「つまり、世界のどこかに、このピースに描かれた形の土地が出現しているという事だ。外部が曲面を帯びているから、恐らくこれらを集めると、球体として完成するのだろう。つまり……この模型は、世界の形が本来は球形である事を表しているのだ!!」
ゼロイド師がすっごい楽しそうな顔で告げた。
ふむ、と俺は頷く。
「丸いってのは分かったんですけどね。丸かったら、下にいる奴は落っこちるんじゃないですか」
「うむ、その疑問は私も感じたところだが、大体魔法的なアレとかコレみたいな力が働いて落ちないんだろうと結論付けることにした」
「アバウトですなあ」
「いや、それについてはおいおい調査する事になるだろう。だが、今重要なのは、これはもしかして、メリッサ嬢のいた世界の形をあらわしているのではないかと言うことだ。つまり、メリッサ嬢の住んでいた闇の世界が、この世界に現われたということだ。闇の世界は、元々この四王国と同じ世界に存在していたということだよ」
「ええっ!? じゃ、じゃあ私、帰れるんですか!?」
ホームシックの気配の欠片も見せていなかったメリッサだが、故郷の村に帰れる可能性を示唆された途端、懐かしいものを思い浮かべる表情になった。
「この美味しいお菓子、みんなにも食べさせてあげたいなあ……でもその前に痩せなくちゃ」
「そうだなあ、今のメリッサはぽちゃぽちゃだもんなあ」
「もー!! ウェスカーさんだっておでぶじゃないですか!」
「うおー、お腹をぺちぺちするなあー」
とまあ、ここ数日で俺たちが持ち帰ってきた情報などから、様々な事が分かったのだという話であった。
一通り話が終わり、俺たちも食べ物を食い尽くした頃だ。
「実際、ウェスカーが動くたびに、何か世界の大きな流れのようなものが動いているように見える。君はどんどん動きたまえ。以前伝えたように、我らは君を全面的にバックアップしよう。ところで、暇ならたまには故郷に顔を出してはどうかね?」
そんな事を言われた。
言外に、俺は研究などの場では徹底的に足手まといだし、城の中にいてもゴロゴロするだけで太っていくから、里帰りついでにダイエットして来いいう含みがあるのだろう。
「そうだな。じゃあちょっと里帰りしてきます」
「私も行きます!」
「フャン!」
そういうことになり、俺はメリッサとボンゴレを連れてキーン村へ顔を出す事になったのだ。
「それじゃあゼロイド氏、俺たちが旅立つにつき、一つ魔法を覚えたいので魔導書を閲覧したいんですけど」
「ほう、何かね?」
「従者作成の魔法ですわ。ほら、ゴーレムを作るやつ」
「特級の土属性魔法か! 驚いたな、ついこの間初級魔法を読んでいたというのに、もう特級魔法に手を出すようになったのか」
「泥玉は今でも大活躍ですがね」
「素晴らしい! 初級魔法こそ全ての基本にして究極! より一層励みたまえウェスカー! ……ところで、特級魔法の魔導書は室外への持ち出しを禁止していてね」
ここで読めという話になった。
とんでもない分厚さの魔導書が取り出されてきたので、俺は一々全部読むなんてのは面倒くさくてたまらない。
「ウェスカー! その菓子と果汁で汚れた指で食うのか! 手を拭け手を!!」
「イチイバは母親みたいなことを言う」
「お前な!? ユーティリット王国に僅かしか存在しない、従者作成の魔導書なんだぞ!? 一冊で家が買えるんだ!」
「へいへい」
俺は手を拭き、サラッと従者作成のさわりを読んだ。
よし、大体理屈は分かった気がする。
これ、生命魔法の組み合わせなんだな。
自分の生命を土に貸し与える。
だから、魔王軍があれだけ大量のゴーレムを連れてきたのはとんでもない事だったんだな。
というか、もしかしてオエスツーの人間の命を使ってゴーレムを作ったのかも知れんな。
「よし、メリッサ、ボンゴレ、ソファに乗れ」
「? うん、乗ってどうするんです?」
「フャン」
二人が俺と一緒にソファに腰掛けたところで、俺は魔法を唱える。
「“
俺の言葉に応じて、ソファがぶるぶると震えだす。
やがて、ソファが俺たちを乗せたまま、すっくと立ち上がった。
「おお!!」
ゼロイド師が嬉しそうな声を漏らす。
俺たちの視界は随分高くなった。
ソファが無事にゴーレム化したらしい。
「ひい、化物!」
イチイバが腰を抜かした。
一体、なぜそんなに怯えているのだ。
ゼロイド師が、奥にある鏡を指し示す。
「?」
鏡に映った姿を確認する。
そこには、ソファに四本の足が生えている何かが立っていた。
筋肉質の男性の足である。
踵に車輪が生えている。
すごいな。なんていうかすごい。
「よし、ゴーレム、キーン村へ行くのだ!!」
『ま”』
ソファが俺の命令に応じた。
四本の足が滑らかに動き出すと、城の廊下を駆け出していく。
角から現れて、ぶつかりかけた兵士が悲鳴をあげた。
「ひゃあー!? ば、化物ォ」
背後からは、ゼロイド師の興奮した大声が響き渡る。
「素晴らしいぞ! 既にあるものをゴーレムに変える! 移動という機能に特化したそれは、ウェスカーがさぼりたいという気持ちの権化だ! 君はどこまで魔法の可能性を引き出すのか!? 私は今からワクワクして仕方がないぞ!」
いざ、ソファは走る。
俺の故郷に向かって。
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