第27話 世界のピース

「ウグワーッ!」


 クラゲに似たフォッグチル本体は、叫び声をあげながら消滅して行った。


「こ、これでは私がオルゴンゾーラ様からお預かりした世界のピースが人間の手に渡ってしまい、この闇に包んでいた世界が元の世界に復帰してしまうううう! 申し訳ございませんオルゴンゾーラ様ぁぁぁ!!」


 おおっ、最後まで盛大に敵の情報を漏らす奴だ!

 こいつは生かしたまま情報を垂れ流させてやれば良かったんじゃないか、などと考える。


「やった……! 魔将の一人を打ち倒したぞ……!!」


 そんな俺の目の前で、レヴィア姫はあちこちから血を吹きながらガッツポーズ。

 そしてそのまま、ばたーんとぶっ倒れた。

 あっ、さすがにダメージがでかすぎたか。

 魔将の強さとは、まともにやりあえば幻獣ゴリラの力を持つ姫騎士でも、甚大な被害を被るくらいのものらしい。

 要対策であろう。


「姫様ー!?」


 メリッサが慌ててレヴィアに駆け寄っている。


「大丈夫だメリッサ。意識はあるわ。だけど血を流しすぎて動けない。肉とか食べたい」


 メリッサに膝枕された姫騎士が、何か怪我人らしからぬ元気な事を呟く。


「しかし姫様、なんかフォッグチルはまたべらべらと話してましたね。そこにパサッとローブだけ落っこちてるんで、調べてみますわ」


「ああ、頼む」


 俺はのこのことフォッグチルだったローブに歩み寄る。

 そして、ふと自分の格好に気付く。

 上半身裸である。

 下半身は今回守り通した。

 だが、絹の服は熱に弱かったようで、あちこち布地が縮んでぱつぱつになっている。

 俺はローブを手にすると、スッとごく自然な動作で着込んだ。

 おお、これならばズボンを脱いでも気づかれまい。


「な、なんで魔将のローブを着てるんですかウェスカーさん!?」


「あ、いや、今からズボン脱ぐから」


「どうして!?」


「ぴちぴちで痛いんだよね。大丈夫、脱いでもローブ着てれば風邪引かないから」


「ひ、姫様、大変です! ウェスカーさんに言葉が通じないです!」


「そうか? ウェスカー、ズボンを脱ぎながらでいいからそこに何か落ちていないか調べてくれるか?」


「へい」


 俺はズボンをびりびり破きながら脱ぎ捨てて、その場にしゃがみ込んだ。

 おお、確かに何か落ちている。

 ローブを取り去った跡には、何か球面と平面で構成された歪な青いものが。

 青いものの、丸みを帯びた側には、ぐねぐねとうねった線で何かの形が描かれている。

 その部分だけ真っ黒になっていたのだが、それが見ている間に、どんどんと緑と茶色に染まっていく。


「なんだこれ」


「フャン!」


 俺が首を傾げていると、隣でこの物体のにおいを嗅いでいたボンゴレが、鋭く可愛い声を出した。

 ちなみに、もうボンゴレは子猫サイズである。


「おっ、ボンゴレもローブに入るか」


 俺がスッとローブの前のほうを開くと、ボンゴレは嫌そうな顔をした。

 失敬な、ちゃんと下着は二日前に替えたぞ。


「フャンフャン」


「えっ、違うの? おいメリッサ、この猫なんて言ってるの」


「ええっと……、城が崩れるって、そんな感じのことを……」


「すごい、ボンゴレの鳴き声が分かるのか。メリッサは魔物使いだなー」


「えへへ……じゃないですよ! 城が崩れるって大変じゃないですか! に、逃げ、逃げなくちゃ! ああ、でも姫様は倒れちゃってるし!」


「まあ何とかなるのではないか」


 俺は根拠もなくそう言った。

 すると……。

 俺が手にしていた、青い物体がぼんやりと光りだしたではないか。

 同時に、地面が揺れ始めた。

 ガタガタと震えているが、この揺れはどうやらこの城だけのものではない。この世界の全てが揺れているらしい。

 次の瞬間、物体の輝きが一気に強まり、俺たちは目を開けていられなくなった。




「もういいかな?」


 俺はなんとなくそう思って目を開けた。

 周囲が明るい。

 まだ手にした物体が光っているのかと思ったが、どうやら違うらしい。


「ありゃ。周りが明るいんだ」


 俺は立ち上がった。

 きょろきょろと周囲を見回すと、何だか見覚えがあるような気がする。

 ここは……魔法合戦の会場ではないか。


「おっ、戻ってきた」


「ええっ……!? こ、ここはどこですか!? 空が明るい……! 空気が美味しい……!」


 メリッサが目を丸くして、空を見上げていた。


「しかし……グラウンドは荒れたままだなあ。あれから一日ちょっとしか経ってないもんなあ」


 俺たちが降り立った会場は、先日魔王軍の連中が暴れた跡のままである。

 地面は掘り返され、あちこち焼け焦げて、ゴーレムの残骸があちこちに積み上げられている。


「じゃあ、ちょっと俺は様子見に行って来るね。姫様用の食べ物とか買ってくるから……あっ、お金がない」


 大変な事に気付いてしまった。

 先日、俺は自分を巻き込んで炎の玉を連発したのだが、あの時に、少しだけ残っていた給料を焼き尽くしてしまったらしい。

 あれがあれば、とうもろこしくらいは買えただろうに。

 もったいない。


「メリッサ、お金ちょうだい」


「大の大人がなんで私にたかってるんですか!? っていうかお金なんて私の村じゃ使ってないですから」


「そうかあ。じゃあ姫様お金ちょうだい」


「よかろう」


 姫様は服の裾をめくると、そこから何かを引きちぎった。


「いざと言うときのために、ゼロイド師が縫い付けてくれていた金貨だ。これで買えるだけ肉を買ってきて」


「へい」


 俺は金貨を握り締め、意気揚々と王都に繰り出した。

 そして王都の人々は、俺が身につけている禍々しい黒いローブを見てパニック状態に陥った。


「ひ、ひいー!! ま、まだ魔王軍がああああ!!」


「いやあああ! ぺたぺた歩いて近寄ってくるうううう!」


「ひいいい! 店先の林檎を手に取って食べ始めたああああ!」


「ご主人りんご美味しいね」


 何かみんな、俺を恐れて逃げ惑うので、俺は面白くなって全部の店に立ち寄る事に決めた。

 十軒目くらいに立ち寄って店先の食べ物を食べていたら、向こうからフル武装の兵士たちと見知った顔がやってきた。


「止まれ、魔王の配下め!」


「まだ残っていたというの!? 逃がさないわ!」


 イチイバとニルイダではないか。

 俺は、「イヨー」と手を振った。

 すると、奴らの緊張と恐怖に強張っていた顔が、呆気にとられたものになる。


「……おい。もしかして、もしかしなくても、お前ウェスカーか?」


「うむ」


 俺は店先に並んでいたパンを手に取ると、齧った。

 バターが欲しい。


「まさか……。だって、あなたとレヴィア殿下は、謎の光に包まれて消えてしまったはずじゃあ……」


「帰ってきたよ。あと姫様血だらけなので肉を欲しがっているんだ」


「血だらけ!? 大変! ウェスカー案内しなさい!!」


「いてて! 耳を引っ張ってはいけない」


 俺は血相を変えたニルイダに引っ張られていくことになってしまった。

 そんな訳で、俺たちは回収された。

 俺たちが魔法で闇の世界に行った後の話を聞くと、色々大変だったようだ。

 だが、俺は闇の世界の貧しい食べ物のせいでひもじかったので、もっと大変である。

 話は聞き流して、ひたすら飯を食った。


「ぐえー、もう食えねえ」


 ローブを纏ったまま食堂の椅子を幾つか並べてベッドにし、そこに転がっている俺である。

 姫様は傷を癒す生命魔法の使い手たちによって、集中的に治療が行なわれている。

 メリッサとボンゴレはイチイバが連れて行ってしまった。

 異世界の人間ということで、重要な情報を持っているのでは、というわけである。

 俺はなんか食堂に放置された。


 しばらく転がっていると、お腹もこなれてきたので、散歩をすることにした。

 俺がローブをずるずる引きずりながらぺたぺた歩くと、道行く連中がギョッとして、俺に道を開けてくれる。

 ぬはは、愉快愉快。

 このローブを着ていると、下がパンツ一丁でも寒くないし、裸足で石畳を歩いても痛くない。

 優れものだ。

 洗濯の必要もないようなら、ずっと着ていよう。

 布団代わりにもなるな。


「おお、君も無事だったかウェスカー!」


 すると、後ろから声が掛かった。

 この、俺に対して対等に接してくる感。


「ゼロイド師じゃないか」


「ああ私だ。君も無事なようでよかった。異世界の少女から話を聞くに、また新たな魔法を生み出したらしいな」


 うきうきしながら話しかけてくる。


「ふふふ、生み出しちゃいましたよ。聞きたい? 聞きたい?」


「是非教えて欲しい……! だ、だが今は私の欲望は置いておいて、色々と君にも話さねばならんことが多くてね」


「今お腹一杯なんで難しい話されたら俺寝ますけど」


「お茶とお菓子を出すぞ」


「行きましょう」


 見事な交渉術で、俺はゼロイド師の下へ行くことになった。

 やって来たのは、いつもの研究室である。

 あの涙と鼻水を誘発する魔法薬の煙はない。

 中では、メリッサがお茶とお菓子を貪るように食べていた。

 ボンゴレは肉の塊を食べている。


「ようメリッサ。この世界のお菓子は美味しいだろう」


「お、お、美味しいなんてものじゃないですよ!! 甘いです! 頬っぺたがおちますううう!!」


「ユーティリット王国の焼き菓子は最高だからな」


 俺も腰掛けて、メリッサの皿から焼き菓子を取ろうとした。

 その手の甲を、彼女が叩いてくる。


「いたい!」


「ウェスカーさんでもこれ以上踏み込むとボンゴレをけしかけますよ!! 戦争です!!」


「やだ、お菓子を前にした少女が怖い」


「焼き菓子はまだある。さあ食べたまえ食べたまえ」


 ゼロイド師が横から出てきて、袋一杯の焼き菓子を大皿にザラザラっとあけた。

 俺とメリッサが歓声をあげる。

 ゼロイド師大好き!


「では、食べながらでいい。話を聞いてくれ。これから我々、宮廷魔導師はレヴィア殿下と魔導師ウェスカーを、全面的に支援していくことになる」


「もふぉう」


 口いっぱいに菓子を詰め込みながら頷く俺。


「その前に、現在の世界の状況について解説して行こうじゃないか」


 お茶とお菓子を前にして、ゼロイド師のプレゼンが始まる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る