第26話 闇道のフォッグチル

「どれ、では私がお前たちの力とやらを見極めてやろう……!」


 フォッグチルが大きく腕を広げた。

 俺は奴の足下にいきなり炎の玉を投げた。


「そいっ」


「あっ」


 フォッグチルがびっくりしてちょっと飛び退いた。

 奴の足下の氷が溶け、穴が空いている。 

 だが、不思議な事に炎の玉は爆裂しなかった。


「いきなり詠唱もなしに攻撃とは、びっくりするではないか」


 フォッグチルがまた元の口調に戻っている。

 怒った様子は無いので、こいつはなかなか心が広い。

 レヴィア姫はと言えば、氷の床と化した足下の具合を確認している。

 滑ってしまっては、とても戦闘にならないからだろう。

 だが、ここに救世主が現れた。


「フャン」


 いつもの可愛い鳴き声と共に、巨大化したボンゴレが爪を立て、しっかりと氷の床に立っているではないか。

 なるほど、天然のスパイク。

 これを見て、レヴィアは躊躇なくこの赤猫の背中に飛び乗った。

 フォッグチルはボンゴレを見ると、霧の中に浮かんだ光みたいな目を大きくした。


「なんと……アーマーレオパルドがまだ生きていたとは……! いや、ここで消してしまえば、魔王オルゴンゾーラ様に報告する必要はなくなるだろう」


 オルゴンゾーラ!

 それが魔王の名前のようだ。


「魔王の名まで知ることができるとはな。この世界に来て本当に良かった……!」


 しみじみとレヴィアが呟いた。

 何だか、万感の思いが込められているように思う。

 フォッグチルはそんな姫騎士を見て、首を傾げた。多分理解できなかったのだろう。


「まあ良い。お前たちはもはや、元の世界に戻ることはできぬわ。この私が分割し、支配した闇の王国の土に還るがよい!」


 フォッグチルが襲い掛かってきた!

 何か凄く重要っぽい情報を吐いたぞ。

 こいつ、ポロッポロ重要な話をお漏らしするな。


「“フォッグチルの名に於いて命ずる! 霧よ刃となれ”」


 青白い手を高く掲げる魔将。

 その手の間から霧が生まれ、それらは凝結して透き通った刃物になる。

 これが俺たちめがけて、ガンガン降ってくるのだ。


「ひ、ひぃえええ」


 ついさっきまで普通の村娘だったメリッサが悲鳴をあげる。

 俺は彼女をひょいっと抱えつつ、


「泥玉泥玉泥玉!!」


 泥の壁を作る。そして泥の中に腕を突っ込みながら、魔法をさらに使用。


炎の玉ファイアボール!!」


 爆発が起こった。

 超至近距離での炎の玉だから、いつもの俺の服を焼いてしまう魔法と同種である。

 だが、今回は泥玉という壁を設けてある。

 メリッサを抱っこしているので、一緒にすっぽんぽんになるわけにはいかないからな!


 泥玉の壁の向こうで、霧の刃と炎の玉が激突する。

 俺はこいつを連打して、フォッグチルの攻撃を凌ぐ形だ。

 これを回避して回り込みつつ、ボンゴレが駆ける。

 その上には、腕組みをしたレヴィア姫。

 赤猫に乗るのは初めてだろうに、なんで鞍もないのにそんなに安定して乗っていられるんだあの人は。


「この世界には名残惜しいが、魔将は倒さねばならない……! 死ねえ!!」


 レヴィアの咆哮と共に、ボンゴレが加速した。

 なんか一緒に、猛獣らしい咆哮をあげる。

 姫騎士はその上から、一気に跳躍した。


「“告げる! 滾れ血潮! 奮えよ筋肉! 風っぽい大気の奔流を纏いて今必殺の! 斜め落下ダイナミック・ナイト攻撃・キック”!!」


 跳び上がるや否や、どこからか吹き付けてきた風を全身に纏い、レヴィアが空中で軌道を変える。

 そしてどんどんと加速しながらフォッグチルに突っ込んでいく。


「何っ!? 剣を抜かないだと!?」


 フォッグチルがまた驚いた。

 こいつは律儀な奴なのではないだろうか。

 魔将はレヴィアを迎え撃つべく、片腕をそちらに向ける。

 放たれるのは、霧の刃だ。


「ええいっ、こなくそーっ!!」


 襲いかかる刃の雨の中、レヴィアは男らしく真っ向から突っ込む。

 鎧は破壊され、肌は切り裂かれるが、勢いは死なない。


「ちぃっ!」


 舌打ちとともにフォッグチルが飛び退こうとした。

 そこに襲いかかったのがボンゴレである。

 鋭い爪と牙が、魔将の退路を断つ。


「むうう!! アーマーレオパルドめ、どけえ!!」


 振り回された魔将の腕が、硬化した体毛に弾き飛ばされる。

 なるほどー、アーマーレオパルドねえ。

 俺が感心している間に、レヴィアのキックがフォッグチルの腹をぶち抜いた!

 ……ように見えた。

 だが、結果は違った。


「ぐわーっ!」


「フャーン!」


 キックはボンゴレに命中し、レヴィアは狙いをそれたために着地に失敗、そのまま氷の上を転がりながら滑っていった。

 おや。

 腹をすり抜けたな、今。


「ククククク、私にはそのような攻撃は効かないのだよ」


 肩を震わせて、フォッグチルは笑う。

 うーん。


「ボンゴレー! あわわ、攻撃が効かないなんて、やっぱり魔将は恐ろしいよ! どうしたら勝てるの!? まるでお腹に何もないみたいに姫様がすり抜けちゃった」


「それだメリッサ。ナイスナイス」


 俺はピンと来た。

 ということで、俺はある魔法を唱えた。

 次の瞬間である。


「おりゃー!」


 フォッグチルめがけて俺が走ってくる。


「!? 魔導師が正面からだと? 何を考えている! 死ね!」


 魔将は俺に向かって手を翳した。

 そこから霧の刃が生み出され、俺めがけて突き刺さってくる。 

 だが、である。

 すかすかっと刃はすり抜け、俺の姿は消えた。


幻像イリュージョンだと!?」


「そのとおりだ」


 俺は作ってあった泥玉を投げた。

 それが、ぺしょっとフォッグチルの頭に当たる。


「うわーっ、ぺっぺっ」


「頭には当たるのね!!」


 メリッサがびっくりして叫んだ。

 ぎょっとするフォッグチル。


「ボンゴレ! 頭狙い!」


「フャン!」


 姫騎士のキックを食らって、さすがのアーマーレオパルドも無傷では済んでいない。

 だが、ボンゴレは雄々しく立ち上がり、尻尾を構えた。

 触手のように枝分かれした尻尾の先端が、青白く輝く。

 そこから放たれたのは、魔法のような光線だ。

 あの金属っぽくなっているところからはこんなものが出たのか!

 そして、レヴィア姫も全身傷だらけに見えるのだが普通に起き上がる。


「でかしたぞウェスカー、メリッサ! せええい!!」


 ボンゴレの光線に紛れながら、魔将に襲いかかる姫騎士!


「ええい!」


 フォッグチルは焦りの色を見せて、空に舞い上がった。

 最上階だけあって、このフロアの天井は高いのだ。


「空を飛ぶと、飛行と攻撃に魔力が割かれるからやりたくはないのだが」


「なるほど」


 またお漏らししたフォッグチルの解説を聞いて、俺は頷いた。

 魔法で飛びながら魔法で攻撃などするからである。

 魔法で飛ぶと同時に自分ごと攻撃すればいいのだ。


「メリッサ、ちょっと離れていたまえ」


「え? う、うん」


 メリッサがちょっと離れたところで、俺は足下に泥玉を作成した。

 そして躊躇なく、そこに炎の玉を叩き込む。

 起こる爆発。

 舞い上がる俺。


「なんとぉ!?」


 フォッグチルは慌てて、また背後に霧を作り出した。


「“フォッグチルの名に於いて命ずる! 霧よ、壁となれ!”」


 生まれたのは、フォッグチルを包む壁である。

 だが、これも重さがあるようで、出来上がった瞬間に落下を始める。

 フォッグチルはそれに合わせて、壁に包まれながら降下していくのだが。


「方向転換超至近クロースレンジ炎の玉ファイアボール!」


 俺は自分の真横に発生させた爆発でぶっ飛ぶ。


「ぐわーっ」


 うむ、やっぱりこの爆発には慣れないな。

 俺は体ごと霧の壁に突っ込むと、ぶち当たると同時に、もう一発超至近炎の玉をぶちかました。

 砕け散る壁。

 ぶっ飛ぶ俺。


「な、な、なんという破壊力!! お前、恐怖心が無いのか!? 至近距離でこれだけの火力の魔法を!」


「いや、怖いけど仕方ないじゃないか。そうしないと飛べないだろ?」


 何を言っているんだこいつは。

 俺の返答に対し、フォッグチルは一瞬絶句した。

 そしてすぐに、


「お前の考えが分からん。お前は、私が知る人間の思考パターンから大きく逸脱している……! 私が取得したデータが乱れる! お前は危険だ! 私の精神衛生上危険だ!」


 宣言し、全身から霧を吹き出した。

 体内に満たされていた霧も、外へ溢れ出す。

 一瞬だけ、フォッグチルのローブの中にある本体が見えた。

 それは、頭の部分に浮遊するクラゲのような魔物だった。

 そして……フォッグチルの向こうで、剣を振り上げるレヴィア姫の姿。

 あれは剣を投げつけるということである。

 つまり必殺。


「魔将フォッグチル! 貴様の最後だ!」


「な、何っ!?」


 魔将は慌てて振り返った。

 だが……魔法は急には止まれない。

 発動した霧は、刃に姿を変え、俺めがけて放たれるところだった。

 フォッグチルが持つ全ての霧を使ったのだ。

 壁を作る霧が残っていない。


 次の瞬間、投げつけられた剣がフォッグチルの頭に突き刺さり、クラゲのような本体を真っ二つに切り裂いた。


「グエ────!!」


 絶叫が響く。

 俺は俺で必死で、飛んでくる霧の刃を炎の玉で迎撃していた。

 もう、追いつかないよこれ!

 しぬー!

 というところで、赤い疾風が俺の間に飛び込んだ。


「アッー!! あなたは、ボンゴレーッ」


「フャン!」


 アーマーレオパルド・ボンゴレは、全身を覆う赤い毛を逆立て、硬化させた。

 それが、降りかかる霧の刃を防いでいく。

 だが、防御も完璧では無いらしい。

 それなりに、刃が体に届いているようだ。

 腐っても魔将の魔法だからな。

 俺も支援をしよう。

 確か、霧を使って氷を作るなら、足下の氷が元々は霧だから……。


形状還元フォームリダクション


 俺の周囲の氷が、一部だけ霧の姿に戻る。


形状変化フォームチェンジ氷の壁アイスウォール!」


 霧は俺の意思に従い、ボンゴレの前に回り込んだ。

 そして即座に硬化して壁となる。


「フャン!?」


「うむ」


 俺はボンゴレにぐっと親指を立ててみせた。

 動物はいいな。

 人間よりもわかりやすい。

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