第25話 ぶち抜け、地下から第七階層

 地下から城に入ると、そこは一面が戦場であった。

 戦場を作っているのはうちのレヴィア姫一人しかいないのだが、地下へと集まってきた魔物が、慌ててこの姫様に襲いかかる。

 レヴィアは既に、あのパワーアップする魔法を使っているらしくて、そんな魔物を千切っては投げ、千切っては投げ。

 だが、いかにも効率が悪いな。


「姫様、戻って戻って」


 俺はレヴィアに声をかけながら、手のひらを広げて身構えた。

 俺の意図を察したというか、もういい加減慣れてきたのか、手近なでかいのを蹴り飛ばして壁にしながら、レヴィア姫が戻ってくる。

 彼女の頭越しに、俺は指先全部に意識を集中する。

 こいつらは骸骨や亡霊ではないから、エナジーボルトの効きもそこそこだ。

 集中してぶっ放せば、ヒェピタみたいにやっつけられるかもしれないが、それこそ押し寄せる波のような魔物たちに対しては効果が薄いな。

 ってことで、アイディアだ。

 全部の指先に炎の玉ファイアボールを作ったらどうだろう。

 即断即決即実行。


「フ・ァ・イ・ア・ボ・ー・ル・お・ま・け!!」


 すべての指の先端に、小さな炎の玉が生まれる。

 こいつに魔力を注ぎ込んで、もりもりと大きくして……。

 ギリギリまで引き付けた魔物の群れに向かって、これをエナジーボルトで押し出す!

 どうやら俺のエナジーボルトは右曲がりに癖がついているらしい。

 誰しも癖はあるものだが、お陰で押し出した魔法は右方向に回転しながら敵に向かって突っ込んでいく。


「なっ、なんだこれはーっ!?」


「人間が炎のブレスを!?」


「退け、退けーっ!?」


 魔物から口々に声があがるが、魔物は急に止まれない。

 先頭から順番に、俺の連続ファイアボールが炸裂していく。

 あちこちで魔物がぶっ飛び、壁が砕け床が抜け落ち、天井が崩れてくる。


「危ない! ボンゴレ、できる?」


「フャン!」


 メリッサの指示を受けて、ボンゴレが前に出た。

 そしてまた巨大化し、その毛を硬質化させていく。

 まるで真っ赤な鎧に身を包んだ魔物だ。

 それが、崩れてくる天井を一身に受け止めて、弾き返し始める。

 うおー、便利じゃないか。


「ふっ、やるな……」


「フャン……」


 俺とボンゴレの間に、なんか戦友っぽい絆めいた何かが芽生えかけた。

 よーし、ボンゴレがいるなら調子に乗って、俺はもう一発今のをやっちゃうぞー。


「あっ、名前をつけないとだめだな。えーと、フィンガー・ファイア・ボールズ!」


 要領を掴んだので、幾らでも連打できるぞ。

 俺はボンゴレと並びながら、哄笑と共に魔法をぶっ放しまくった。


「いいぞいいぞ」


 後ろでレヴィアが満足そうに頷いている。

 周囲は爆発やら崩落やら、魔物たちの悲鳴やらで大変な有様だ。

 常識人のメリッサは、おろおろと俺たちを見回している。

 大丈夫だ。多分。


「来るぞ! 天井が抜ける!」


 レヴィアが叫んだ。

 それと同時に、一階の床であったはずの天井が抜け落ち、轟音と共に崩れ落ちてくる。


「ぬわーっ!!」


 叫びながら落下してきた真っ黒な巨人、あれ一階を守っていたボスだろうか。

 なんか抜けた床の下に転げ落ちていったからよく分からん。


「ウェスカー、もっとだ。もっと撃て!」


「アイアイ! フィンガー・ファイア・ボールズ! これはおまけだ!」


 靴を脱ぎ捨てて足の指からもぶっ放す。

 こうなると立っていられないので、メリッサにお願いしてボンゴレの尻尾を使った。

 案の定、触手みたいになったボンゴレ尻尾は、俺を抱え上げて持ち上げられるではないか。

 俺はさながら、浮遊しながら魔法をぶっ放す装置である。


「ふはははははは!」


 俺の笑い声と共に、今度は新な天井が落下してきた。


「ぬわーっ!!」


 叫びながら落下してきた黒いマントを着た怪人、あれは二階を守っていたボスだろうか。

 なんか抜けた床の下に転げ落ちていったからよく分からん。


「ここから上は流石に届かないようだな。ウェスカー、同時に魔法を使えるか?」


「同時に魔法? なるほど、そういうのもあるのか」


 メリッサが、そんな無茶な! という顔をしたが、俺としてはレヴィア姫のこの提案、なるほどなんである。

 何しろ、ユーティリット王国で戦った女魔導師は、翼を骸骨の頭に変えていっぺんに詠唱をしていたはずだ。

 頭がたくさんで一つの魔法詠唱をすれば、きっと発動は早くなる。

 なら、頭が一つしか無い俺はどうすればいいか。

 詠唱がない分、早口でいっぺんにたくさんの魔法を唱えればいいのではないか……?


「これだ……! 姫様それいけますぜ!」


「やはりな」


「そんな非常識なあ」


 対象的な二人の反応を横に、俺はポッカリと口を開けた、底抜けの床へと踏み出した。


大地隆起ライズアップ! 横からね! そして大地隆起の上に大地隆起と大地隆起と大地隆起! 上に向かってフィンガー・ファイア・ボールズ!」


 城の壁を破って、盛り上がった地面が生えてくる。

 俺はこれをどんどんと連続させながら上に登っていき、頭上に向かって炎の玉を連打するのだ。

 いやあ、元素魔法って外の魔力を使うから、幾らでも使えていいなあ!


「よし、ウェスカーに続け! メリッサ、私の肩に乗れ!」


「は、はいぃ! ボンゴレ、行ってウェスカーさんを守ってあげて!」


「フャン!」


 ボンゴレが後ろから駆け上がってくる。

 そして、俺が今ぶちぬいた三階の崩落から守ってくれるのだ。


「ありがてえありがてえ」


「フャン」


 また俺とボンゴレが目と目で通じ合った。

 これはもうマブダチだな。


「ぬわーっ!? なんだこれはーっ!?」


 また一人でかいのが落下していった。

 この城、一階ごとに番人を設けてるんだな。実に用心深い。

 で、四階もぶち抜き。

 今度は空を飛べる番人だったので、


「どらぁっ!!」


 メリッサを抱えたまま跳躍したレヴィア姫が、跳び上がった番人の頭に飛び蹴りをぶちかました。


「ぬわーっ!?」


 バランスを崩してきりもみ落下する番人。それを踏み台にして、大地隆起で作った上り坂へ復帰してくるレヴィア。


「ふん、飛べる魔物がいると思っていたら案の定だ」


「姫様ぁ! わ、私を抱き上げたまま攻撃しないでくださいぃぃ!」


「済まないな、ついうっかり体が動いてしまった」


 レヴィア姫にとっては、メリッサ一人くらい大した重さじゃないのだろう。

 かくして、掘削作業は進む。

 城の中身は、床を抜いてしまえば塔のような構造になっており、俺の大地隆起は、塔の壁面にそってぐるぐると、まるで螺旋階段のような形になってきていた。

 第五階層ともなると、慣れたものである。


「フィンガーファイアボ」


「させるかぁ!!」


 いきなり第五階層の番人が飛び出してきた!

 奴は大地隆起の上に着地すると、その牛のような頭からフンス、と凄い鼻息を吹いた。

 体はマッチョな人間、頭は黒牛という姿だ。

 なんだこりゃあ!


「ミノタウロスという魔物がいると本で読んだ! こやつはそれだろう! よし、私に任せよ!」


「姫様! 私は下ろしていってくださーい!」


 メリッサに言われて気づいたようで、レヴィアは慌てて彼女を下ろしてからミノタウロスに向かい合った。


「さあ勝負だ!」


「ちっぽけな人間風情がこの俺を相手に……うっ、あ、足場が小さい!」


「せえい!!」


 巨体を大地隆起で作った螺旋階段に乗せたものだから、ミノタウロスは足の踏み場がなくて戸惑っている。

 この隙を見逃すレヴィア姫ではない。

 例によって剣を腰に佩いたまま、ミノタウロスの足下めがけて飛びかかると、正確無比な前蹴りで魔物の膝を蹴り砕いた。


「ぐうわーっ!? な、なんて馬鹿力!! ふ、踏ん張れぬ! 落ちるぅ」


 牛頭の巨体は、そう叫ぶと底の抜けた床めがけて落下していった。


「体格で劣るなら知恵で挑めばいいのだ」


 得意げにレヴィアは言いながら、不敵に笑む。

 だけど今のは完璧なほどに力押しだった気がする。


「よし、次行ってみよう!」


 同じ流れで第六階層の床をぶち抜き、壁にしがみついていた番人をレヴィアが蹴り落とし、そしていよいよ、多分最上階の第七階層だ。

 この床も、俺は例によってぶち抜いた。

 魔将何するものぞ!

 床に落ちて滅びるがいい。

 だが。

 流石に魔将は格が違った。


「飛べるのだよ」


 そいつはふわふわと浮きながらそう言った。

 ならば、とレヴィアがいつもどおりの飛び蹴りをしようとすると、奴は指をパチリと鳴らす。

 すると、突然城の中に霧が立ち込めた。

 霧は集合し、固まっていくと、氷の床に変わってしまっていた。


「私のところまで、まさかこんな頭の悪い手段で向かってくるとは思わなかった。だが頭が悪すぎて想定すらしていなかった手段だ。結果論的に見事というほかない」


 そいつはパチパチと拍手した。


「あんたがフォッグチル?」


「その通り。諸君をこの闇の世界へと招き入れた、魔将、闇道のフォッグチル。それが私だ」


 そいつの姿は、闇に浮かぶ真っ黒なローブだった。

 ローブの中身は白い霧に満たされていて、光り輝くめだけが見える。

 袖から突き出した青白い腕が印象的だった。


「我ら魔将はあまり仲がよろしくなくてな。事情はわからないが、シュテルンに一泡吹かせたという人間の戦士と魔導師。あと……そこの子ども。私が手ずから葬り、後でシュテルンを煽ってやるとしよう」


 あっ、こいつ性格悪いやつだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る