第五章・突撃、魔将のお城

第24話 フォッグチル城門前~さらば愛しき青年団代表

 突如発生した霧は、何やら肌にべったりとまとわりつく。


「これは不快だな」


 レヴィアが顔をしかめて言うので、俺はなるほど、と手を打った。


「じゃあ霧を晴らしましょうか。超至近クロースレンジ炎の玉ファイアボール


 服が焼けないように、腕まくりをした後、腕を思い切り遠くに伸ばしての魔法である。

 前方に青年団代表がいる気がするが、俺はそんな些細なことにはこだわらない大らかな男だ。

 かくして魔法は発動し、爆風が霧を吹き散らす。


「ウグワーッ!!」


 青年団代表もぶっ飛ばす。


「きゃーっ」


 悲鳴をあげたのはメリッサだ。

 この娘は、抱っこしているボンゴレに向かって指示を下す。


「あの人を助けて!」


「フャン」


 さすがにそれはサイズ的に無理だろう、と俺は思ったのだが、メリッサから指示を受けたボンゴレは、地面に降りたつや否や、そのサイズをいきなり大きく膨れ上がらせた。

 俺よりもでかくなったのだ。

 そして、突如猛烈な速度で走り出した。

 落下していく青年団代表に追いつくと、それを背中で受け止め……あっ、立ち上がって、前足で? こっちに打ち返してきた?


「ウグワーッ」


 青年団代表が戻ってくる。

 これを、待ち構えていたレヴィアががっしりと受け止め……からのサイドスープレックス!


「せえええいっ!!」


「ウグワーッ」


 マッチョは頭から地面にめり込んでしまった。

 戦闘不能である。


「これはひどい」


「ひどいねえ」


「うむ、ひどい有様だ」


 俺、メリッサ、レヴィアが口々に言い、そのまま三人でフォッグチル城へ向かうことにした。

 物事には犠牲がつきものである。

 メリッサは目が泳いでいるので、自分に責任は無いと言い聞かせている。

 レヴィア姫は素だろう。あの人、飛んでくるものならなんでも打ち返したり投げたりしそうだしな。

 俺?

 俺は当然無実だ。

 瑣末な話はおいておいて、散らした霧は戻ってくる気配がない。

 というか、炎で焼いた箇所だけ霧が消失したようだ。こいつら、霧に見えて魔物か何かなんじゃないか?


「姫様、メリッサ、ちょっと真ん中に集まって」


「どうした?」


「なあに」


 集まったところで、俺は左右の霧に向かってそれぞれ腕を突き出し、


連続ダブル炎の玉ファイアボール


 魔法を使った。当然、次々と爆発が起こる。

 メリッサが「きゃあー」と叫びながら耳を押さえてしゃがみこんだ。

 ボンゴレも真似をして、同じ格好で小さくなる。

 レヴィアだけは、油断していない仕草で周囲に睨みを利かせている。


「ウェスカー、この霧が魔物によるものだと判断したのだろう? 大当たりだ! そおいっ!!」


 次の瞬間だ。

 レヴィア姫はそう言いながら、腰から抜いた剣を投げる!

 彼女の辞書に、剣を振ると言う選択肢はあまり無いのか。

 投擲された剣は、霧の中を突き進むと、何者かに突き刺さった。


「ギャエーッ」


 叫びが響いた。

 それと同時に、霧が一気に薄くなってくる。

 すっかり霧が晴れてしまうと、その向に隠されていたフォッグチル城が明らかになった。

 そして、城の門にあたる部分で、何か大きなものがぐったりと伸びている。


「……貝?」


 湖でしか獲れない珍味である、二枚貝のとんでもなく大きな奴が、肉の辺りを剣で貫かれて絶命していたのだ。

 この貝が、霧を発生させていたと言うのだろうか。

 貝殻の間から、だらりと肉厚な肉が伸びて、ぴくぴくと痙攣している。

 これはなんとも……。


「美味しそうだなあ。姫様、ここらで腹ごしらえにしませんか」


「いいわね、そうしようか」


 城門前で昼食ということになった。



 肉厚な貝肉を、レヴィア姫が手際よく切り分けていく。

 ……この人王女様だよな?

 なんで肉を切り分ける作業がとても巧みなのだろう。噂だと、お姫様ってのは上げ膳据え膳で、自分じゃ何もしないって話だったが、この人は割りと何でも一人でやる。

 それから、切り分けるのに剣を使っている。


「さあ、食べるとしよう」


 むしゃむしゃと、魔物であった二枚貝の肉を食べる。

 大変ジューシーである。

 火元は俺の炎の玉で、火力を微調整して焼いた。

 これに、俺がメリッサが持っている塩の類をかけて食う。

 美味しい。


「うまいうまい」


 俺が両手と口をべたべたにして食べていると、すぐ横でボンゴレも同じようにして食っている。

 レヴィアは土が盛り上がったところに腰掛け、肉を一口大に千切りながら口に運んでいる。

 素手で食べる様子もさまになっている。

 ……あれ? この土が盛り上がっているのは。


「姫様、ここ、俺たちが降りてきたところじゃないですか?」


「おや?」


 レヴィアが立ち上がり、尻の下にあった盛り上がりを確認した。

 確かに、俺が大地隆起で掘り起こした辺りだ。

 そこに向かって、ボンゴレがずるずると貝肉を引っ張っていくではないか。

 俺はふと立ち上がり、ボンゴレの後ろから忍び寄ってわき腹をつついた。


「フギャーッ!!」


 ボンゴレがびっくりして毛を逆立て、しかも巨大化して振り返って俺に向かって襲い掛かってきた。


「ハハハハハ! やはり魔物、本性は隠せないな! さあ来い! 互いの貝肉をかけて勝負だ!」


「あー! またウェスカーさんが変なことしてる!!」


 まだ付き合いが短いはずのメリッサが、「また」呼ばわりである。

 しかし、ボンゴレはどういう種類の魔物なんだろうな。

 奴の肉球攻撃を泥球で受け止めながら、俺は考えた。

 赤い猫。

 赤猫の魔物だろうか。

 よく分からん。

 戻ったらゼロイド師に聞いてみようっと。

 だが、この俺らしくもなく思考してしまったのが命取りだったようだ。


「フャン!」


「ウグワーッ」


 俺は肉球パンチにぺちられ、隆起した土に向かって吹っ飛んだ。

 その前にレヴィアが立っている。

 おっ、これはいかんぞ。

 案の定、レヴィア姫は俺に向かって身構えると、


「せえええりゃあああ!!」


 そのまま捻りを加えたフロントスープレックスの勢いで、俺を土の塊に叩き付ける。


「グエー」


 あわや俺も一巻の終わりかと思われたその時だ。

 案外脆かった土の隆起が崩れ、俺はその下にある空間に落下していた。

 べちょっ、と落ちる俺。

 絹の服が泥だらけである。

 もう、最近泥と近しすぎて、泥に塗れていると安心感すら覚える。

 さて、ダメージもなく起き上がる俺。

 キョロキョロと辺りを見回すと、そこには赤いキラキラしたものが散らばっている。


「なんだこりゃ」


 近づいてつついてみると、それは赤い結晶であった。

 この色合い、なんとなくボンゴレのものに似ている。

 さては、あの猫、俺が使った大地隆起で目覚めた魔物だったりするんだろうか。

 魔王の配下では無いらしいことと言い、色々謎は深まるばかりだ。

 だが謎とかは全部ゼロイド師に丸投げしよう。

 俺はこの空間をのしのし歩くと、ボンゴレがいた辺りに向かって魔法を放った。


大地陥没ケイブフォール!」


「ニャーッ!?」


 ぼこっと天井の土が崩れて、ボンゴレが落下してきた。

 念のために広い範囲に魔法をかけたから、レヴィアとメリッサも落ちてきたぞ。

 メリッサはお尻を打ったらしく、涙目になりながらお尻を押さえて、


「んもう! ウェスカーさん!!」


 怒られた。

 レヴィア姫は当たり前のような顔をして、普通に着地している。それどころか、既に周囲を見回して、穴の中を観察しているではないか。


「ちょうどいい。地上から行ったのでは、わざわざ迎え撃ってくれと魔王軍に言うようなものだからな。地下から奇襲をかけるとしよう」


 思考全てが魔王軍絶対殺すルーチンになる姫騎士!


「ウェスカー、何か横に土を掘れる魔法は無い?」


「炎の玉とか?」


「埋まってしまうだろう。もっと、一直線に魔王軍の足元を掘り返して、あわよくば地下に打撃を与えられるような魔法だ」


 オーダーを受けて、俺はちょっと考える。

 さっき使った大地陥没は、言うなれば大地隆起を逆にした応用の魔法だ。

 これを何かと組み合わせるとどうだろう。

 俺は、フォッグチル城があるであろう方向に向かって、手のひらをかざした。

 この魔法は横向きだから、落とし穴というよりは掘り進むわけで。


大地掘削アースディグ……」


 考えるのが面倒になった。


炎の玉ファイアボール!」


 次の瞬間、土の側面がぼこっと抉られ、その先で大爆発が起こった。


「ウェスカーさんのばかああああ!? 姫様がダメだって言ったじゃないですかあああ!?」


「大丈夫、爆発した分すごく掘れてるから! ほら、崩れないうちに掘った方向にダッシュ!」


 俺はメリッサの背中を押しながら走り出した。

 横をボンゴレが行く。

 ちなみに先頭は、先に何があるかも分からないのに、躊躇と言う言葉を知らぬレヴィア姫である。

 彼女はそのまま駆け抜けると、その先に開いていたらしい空間に飛び込む。

 そして、何かを殴り飛ばしたようだ。


「グヘエ!」


 魔物が殴り倒された声がする。

 いきなりおっぱじめたぞ、あの姫騎士。

 これはもう、一緒になって暴れるしかねえ。


「ヒャッハー! 新鮮な魔物の巣窟だぁーっ!」


 俺はテンションを上げると、むやみにエナジーボルトを乱射しながら戦場へと飛び込むのであった。

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