第23話 まもの使いメリッサ?

 村の外に出てきた。


「ここは……地下の畑と繋がってるッス」


 青年団代表が唸る。

 俺たちの前に、大きな穴が開いているではないか。

 それがずーっと地下深くまで通じている。

 代表いわく、地下の畑とか。


「穴掘っただけで繋がっちゃうなら、やっぱりこのつる草では防げて無かったんじゃない?」


「うっ」


 代表が顔をしかめた。


「うむ。役人の一人が魔将の手下だった以上、この村が生き残っている理由は、フォッグチルが意図的に見逃していたからとしか考えられない。恐らく理由は……もっと、人間たちに絶望を味わわせるに違いない……! くっ、なんと残忍な……! 倒し甲斐がある」


「……ウェスカーさん、お姫様ってずーっとああなんですか?」


 メリッサが俺にこそこそ話をしてくる。

 この娘、俺が精神年齢が近いとでも思っているのか、やたらとフレンドリーだな。


「そうだぞ。姫様は女らしい事とかしないで、常にああやって魔王軍を倒す事だけにまい進してる女子なんだぞ」


「ええーっ、あんなにきれいなのに、可哀想」


「わっ、私は可哀想じゃないぞ!!」


 レヴィアの耳に届いたようだ。

 彼女は肩を怒らせて抗議して来る。

 そんな俺たちの後ろでは、青年団の人々が穴を前に、何やら思案している。


「これは……潜ってみるしかあるまいなあ」


「下がいつもの畑なら安全だろ。まさか魔物が入り込んでいるはずがない」


 それは危険な発想だぞ。

 彼らは、下が安全な村の範疇だから、当然安全であるという考えをしている。

 穴が空いているのだから、村の中であってももはや外と思ったほうがいい。


「あぶないぞー」


 俺は珍しく親切心を働かせ注意した。

 だが、彼らはふんっと鼻で笑う。


「腰でも抜けたか!」


「目から光を出す化け物は安全な村でも怖いと見える」


「あー、ウェスカーさんがずっといたずらしてたから、すっかり嫌われちゃった」


 メリッサが、やれやれ、という感じで俺のわき腹をぽふぽふ叩く。


「そこは割りと慣れてる」


 なので、ダメージはない。

 むしろ、なんだか青年団の連中が、良からぬ状況に突き進んでいるような気がしてならない。

 今も、穴を広げて自ら降りていこうとしている連中は、この先に危険が待っているかもしれないなどと、欠片も想像していないようだ。


「見てろメリッサ。あれは絶対、何か絶叫とかあがって、誰かが犠牲になるやつだ」


「縁起でもないこと言わないでウェスカーさん!」


 俺の言いように、メリッサが頬を膨らませて怒る。

 俺がそのほっぺたをつつくとさらに怒った。


「なんだ。彼らは下に行ってしまうのか? 案内はどうする」


 不満げなのはレヴィア姫である。

 彼女としては、一刻もはやく魔王軍と戦いたいのだ。

 姫騎士のハートは、既に魔将の城にてフォッグチルと斬り結んでいるに違いない。


「ちょっと待って欲しいッス。自分ら、青年団ッスから。村の安全を守る役目があるッスから」


 青年団代表が、今にも飛び出しそうなレヴィアをなんとかなだめている。

 さて、青年団の人々が下に潜って、少しばかり時間が経ったぞ。

 突然、凄い悲鳴があがった。

 まるで何かとんでもないものに出くわしたような、そんな声だ。


「な、何ッスか!?」


 代表が仰天し、穴に飛び込んだ。

 そして彼はマッチョだったので、上半身がつっかえた。

 じたばたじたばた動く。

 みっしりと穴にはまっているので、びくともしない。


「た、助けて欲しいッス!」


「そう言われてもな、俺は非力なので!」


「ウェスカーさん、そんなこと言わずに!」


 メリッサに懇願されたので、仕方ないな、やるかという気持ちになった。

 マッチョの手を握って引っ張る。

 びくともしない。


「ふむ、あんたはスーパーヘビー級だが、俺はどうやらスーパーベビー級のようだ! 残念」


「諦めないで欲しいッス!!」


「待て待て。力だけが全てじゃない。ちょっとじっとしてろよ。地面隆起ライズアップ


 俺が魔法の名を呼ぶと、マッチョがはまり込んでいた辺りの地面が盛り上がってきた。

 これで、徐々に青年団代表を押し上げようとしう寸法なのだが。


「!? い、い、痛いッス!! 尻を噛まれた! 尻を魔物に噛まれたッスー!!」


 代表が騒ぎ出した。


「なに、魔物か!? いや、しかしおかしいな」


 一瞬、瞳に喜色を浮かべたレヴィア。すぐに戸惑いながら首を傾げた。

 何を疑問に思ってるんだか。

 だが、俺は俺で魔法行使の真っ最中。

 もこもこっと土が盛り上がっていき、とうとう代表がすっぽんっと地面から抜けた。

 マッチョが放物線状に吹き飛んでいくのだが、その尻に何かくっついているではないか。


「ありゃなんだ?」


「ねこ?」


 メリッサが呟く。

 落っこちてきたマッチョの尻には、赤い体毛の猫らしき動物が齧りついていたのだ。

 メリッサが駆け寄っていく。


「だめよ! そんなもの噛んだらお腹壊しちゃうわ!」


「確かに」


 俺はメリッサの言葉に納得。

 男の尻はいかんよな。

 猫は、メリッサに後ろから抱きかかえられると、カパッと口を開いて代表の尻を解放した。


「フャン」


 おかしな鳴き声を放つ。

 赤くてらてらと輝く体毛をしており、その中に金色の筋が走っている。

 目玉の色はオレンジ色で、あろうことか、尻尾が何本もある。尻尾の先端には毛がなく、一見してそこだけ金属質の光を放っていた。


「猫じゃないなあ。なんだこれ」


 俺は手を差し出して、「お手」とやってみた。

 すると、猫(?)は肉球のついた腕を振り上げ、凄まじい勢いで俺の手のひらに叩き込むではないか。


「ふおーっ」


 俺の体が、腕を支点にして一回転した。

 そのままぶっ倒れてしまう。


「すごい力なんだが。ちょっと待って。それ絶対猫じゃないから。姫様、ほら、魔物魔物」


 赤い猫(?)は大人しく、メリッサの腕の中に収まっている。


「だめよウェスカーさん! この子、こんなに大人しいのに」


「大人しいかー」


 俺が立ち上がり、再び近寄ると、フーッと毛を逆立てて怒ってきた。

 全然大人しくない。


「姫様、魔物魔物」


「うーん」


 煮え切らない態度のレヴィア姫である。


「ただの動物でないことは分かるのよ。だけど、ほら。この魔物からは、魔王軍の臭いがしない。これでは私はやる気になれない」


 臭い!?

 何を言っているのだろうこのゴリラ姫は。

 まさか、敵と味方を臭いで判別していたということはないだろうか。

 ありえる。


 結局、メリッサはこの魔物を抱っこしたまま降ろさないし、レヴィア姫はやる気がない。

 ということで、このよく分からないものに対する態度は保留ということになった。

 だが、村の畑に通じている穴の底では、青年団の一行が痺れた状態のまま転がっているところが発見された。

 この赤い猫(?)は、間違いなく魔物だろう。


「魔物だと思うんだけどなあ。メリッサは危ないからそれをポイすべき」


「ボンゴレちゃんです! 今名前をつけました。私が世話するから飼います!」


 いつの間に名前まで。

 俺がレヴィアをちらっと見ると、彼女は別に構わないという風である。


「魔物なのだろう? ならば戦力になるはず。魔王軍に与していない魔物を味方につけられれば、今後の戦いも有利に運べるだろう」


「姫様、本当に魔王軍と戦うことしか考えてないなあ」


 俺はちょっと感動した。

 そして、ボンゴレに尻を噛まれたマッチョはというと、しばらく尻をさすっていたのだが、少女と猫と姫騎士の前で大の男がへたり込んでいるのはかっこ悪いと思ったのだろう。

 ちょっと勢いをつけて立ち上がった。


「みんなは悲しい犠牲だったッス」


「犠牲になっちゃったよ」


「一人残った自分は、必ずやレヴィア姫様をフォッグチルの城まで送り届けるッス!」


 俺のツッコミにも動じない。

 男というのは、女の前では格好をつけるもののようだ。


「ところでレヴィア姫様。あの、メリッサがどうしてここまで……」


「うん? 彼女は魔物の子どもを手懐けた、立派な戦力だ。頼りにしているぞ」


「へっ!? ひゃ、ひゃい!」


 メリッサはいきなり戦力扱いされて、目を白黒している。

 多分何も考えないで後をついてきたのだろう。

 ボンゴレはメリッサの腕の中で、「フャン」と鳴いた。

 こいつ、本当に何者なんだろうな。




 道なき道を、マッチョに案内されて進む俺たち。

 この中で、唯一普通の娘であるメリッサには、体力的にきついのではないかと思われたが、そこはボンゴレが前に立ち、上手い具合に通りやすい道に誘導している。

 よく分からないが、ボンゴレは完全にメリッサに懐いたようだ。


「あの娘は、魔王に従わぬ魔物の心を開く力があるのかもしれないな。そんな、魔物使いと呼ばれる人間の物語を読んだことがある。その中には、道を切り開く者、戦王。神々の権能を使いこなす、神懸り。海という無限に広がる湖を支配する、海王。そして……あらゆる魔法を従える究極の魔導師、大魔導」


 レヴィアの瞳が俺を捉える。


「魔王が出てきたのだ。そんな伝説の存在が次々に現れても、不思議ではないな」


 そう語る彼女は、割りと、ちゃんと女性らしく見えたのだった。


「そろそろ、霧が出てくるッス……! なにもないところから、ブワァっと出るッスよ……!」


 代表は明らかに内申怯えているような声だが、女たちの手前、去勢を張って引かない。

 まあ仕方ない。

 ここは俺も前に出るとしよう。


「よし、どんどん行こう、どんどんな」


 俺は代表の横に並ぶと、のしのしと歩き出した。

 たちまち、マッチョを追い越す。


「お、おいあんた! 命が惜しくないッスか!?」


「ビビってたって仕方ないだろ? 魔王軍をどうにかしないと、村では甘いお菓子も食えんのだ。そんなん生きてる意味がないだろ。それに、まあ俺がその大魔導様なら、これくらいの状況は切り抜けられるさ」


 俺が鼻歌交じりに、次なる一歩を踏み出した瞬間だ。

 周りがブワーッと、一挙に霧に包まれた。


「来た!!」


 マッチョが震え上がる。

 ボンゴレは、フーっと唸りながら毛を逆立てた。

 メリッサがこの赤猫に追いつき、抱き上げる。

 レヴィアは不敵に笑いながら、剣を抜いた。

 俺はぼーっと突っ立っていた。


 目の前に、忽然と城が現れる。

 霧の中にある、白い色をした、異形の城。

 捻くれた城。

 そいつが、魔将、闇道のフォッグチルの居城なのだ。

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