第22話 ウェスカーが飲むエフエクスのお茶は苦い
「ウェーッ、ペッペッ!」
あまりの苦さに口に含んだお茶を吐き出す俺である。
「わっ、汚い! だめでしょウェスカーさん!」
メリッサに叱られた。
十歳くらい違う女の子に大の大人が怒られている風景というのも、なかなか無いのではないか。
だが、今のこの部屋の空気は大変重苦しくなっており、俺がお茶を吐き出したくらいでは軽くならない。
なぜならば……。
「まさか……村の中にフォッグチルの手下がいたとは……!」
「それがまさかサムソンだったなんて……!」
ヒゲとスキンが頭を抱えて呻いている。
サムソンって誰だったっけ。あのスマイルの名前か。
村の役人二人と、俺とレヴィア、そして世話役のメリッサ。
さらに、村の青年団代表らしきマッチョな青年がここにはいる。
青年は、チラチラとレヴィアを見ている。
今のレヴィア姫は、この村原産である絹の服に袖を通し、お湯で髪や体を洗ってサッパリ。
肩口で金色の髪を切りそろえた、毅然とした眼差しの美女に戻っている。
これが戦闘になると、泥と血に塗れて幻の幻獣ゴリラもかくやと言うすさまじい姿に変わるのだから、世の中は無情である。
ちなみにこの血は、大抵の場合敵の返り血だ。
レヴィア姫、シュテルン以外には遅れを取ったところはみたことないから、かなり強いのだろう。
裏を返すと、シュテルンは非常に強い。
俺とレヴィア姫二人がかりでやっつけられなかったしな。
「村の中にも魔王軍がいたというのか。では、間違いなく、魔将はこの村を泳がせているだけだろう」
レヴィア姫は冷酷な声音で断じた。
いや、俺は聞き逃さないぞ。ちょっと語尾が上がった。あれは絶対ウキウキしてる。
何せ、俺が悪魔神官ヒェピタをやっつけた話をしたら、地団太を踏んで悔しがっていたのだ。
「つまり、魔将フォッグチルは、その気になればいつでもこの村を滅ぼす事ができるということだ! なんという奴らなのだ魔王軍! 力だけではなく、絡め手も使えて、しかも人間たちに希望を与えておいてそこからどん底に突き落とす! なんたる邪悪! 吐き気を催すような邪悪! そうでなくては!!」
「おっ、姫様がヒートアップしてきて本音が出てきたぞ」
「レヴィア様やめてええ」
メリッサが悲痛な声を出したので、レヴィア姫は我に返ったようだ。
落ち着いて席につき、茶を飲んだ。
そしてとても苦そうな顔をする。
ね、そのお茶苦いよね。
「メリッサ、砂糖ある? え、生産してない? そんなあ」
俺は悲しい気持ちになった。
太陽が昇らないらしいこの世界では、まともな作物が育たないらしい。
甘いものなんてもっての外なのだ。
俺が大好きな甘い果物とか、焼き菓子とか砂糖菓子とかは食べられないということだ。
それに、この世界の肉の味気ないこと。
地下で育てられている、地中ブタとか言うのを料理するのだが、肉がとても泥臭いのだとか。
臭いを抜く為に、とにかく茹でる。
水だけは地下水からたっぷり汲めるそうで、それを使ってひたすら茹でる。
茹でて茹でて、肉汁とか何もかもなくなったパッサパサのを食べる。
「この世界には食べる喜びがないじゃないか」
「それでも、生きていられるだけましなんです。外の世界で取れるキノコは、村人にとって最高の嗜好品なんですよ!」
「なるほど」
だからこそ、危険を冒してメリッサは外にキノコ狩りに来たというわけか。
「姫様、これはこの世界を救わねばなりませんぜ」
俺は進言した。
レヴィアも頷く。
「うむ。強力な魔将もいる。これは倒さねばならない。私が倒す。他は任せる」
「そうですね。俺もこの世界で甘い食べ物を食べるために頑張りますよ」
俺とレヴィアは、ガッチリと硬い握手を交わした。
こちらの意思が固まったので、いつまでも頭を抱えて動こうとしない役人たちは放っておいて、独自に動く事にした。
「私たちは今から魔将フォッグチルを倒しに行く。どこに住んでいるか知らないか?」
レヴィアの質問に答えたのは、青年団代表のマッチョだった。
「ウッス、自分、外をパトロールした時に見たことあるッス。あれは霧の中に浮かぶ城だったッス。自分ら、霧の中に迷い込んでもうダメかと思ったッスが、城を見つけたらすぐ後ろに村へ帰る道があったッス!」
よく分からない説明だ。
だが、マッチョはすっかりレヴィア姫にメロメロで、なんとか役に立ちたいと道案内に志願してきた。
「ありがとう。頼りにしているわね」
ちょっと女の子らしい言葉遣いでマッチョの決意を労うレヴィア。
無意識だろうが、罪作りである。マッチョはもっとメロメロだ。何か、レヴィアからマッチョをメロメロにする光線でも出ているんだろうか。
村長会館から出てくると、青年団一同が俺たちを待ち受けていた。
「おおっ、出てきたぜ!」
「レヴィア様ってお姫様なんだろ?」
「うつくしー」
「やべえ、胸でけえ」
ざわざわしている。
俺がスッと前に進み出て、レヴィア姫と彼らの間にたち、腕をバタバタさせて視界を妨害すると、物凄いブーイングが上がった。
「ひっこめー!」
「なんだおめー!」
「ぶちかますぞおらー!」
故郷に帰ってきたかのような安心感。
いやがらせは心地よいなあ。
「こんな人なのに、実は凄い魔法使い様だなんて……世の中わかんない」
メリッサが溜め息をついた。
そんな、すっかり大所帯になった俺たちがやって来たのは、悪魔神官ヒェピタことスマイル、本名サムソンが部下たちとともにたむろしていた、村はずれだ。
「ここにウェスカーさんが来てたから、私が追いかけてきて声をかけたんです。そしたら、サムソンさんがいて、村の人もいて、みんな魔物になってました……! 今思い出しても、怖くて体がすくんじゃう」
「ふむ、ちょうどつる草が絡まって、外とは行き来できないようになっている。これは他にある村の壁側と同じように見えるけれど……」
レヴィアが歩いていって、手の甲でつる草の壁をパァンッとスナップを利かせて殴った。
つる草が爆ぜる。
だが、みっしりと詰まったつる草の壁は、それでもまだまだ健在だ。
「すげえ」
マッチョがポカーンと口をあけて、レヴィアを見ていた。
彼自身、それなりに戦える人間なのかもしれない。レヴィアが強いらしいという事ははっきり分かるのだろう。
俺は違いがよく分からん。
「ふむ」
俺もレヴィア姫の真似をして、つる草をパーンと手の甲でスナップを利かせて殴ろうと……。
すかっと空を切った。
俺は殴ろうとした腕の勢いに引っ張られて、壁があるはずのところに倒れこんでしまう。
「うおー」
盛大に土煙があがった。
絹の服が泥だらけである。
「ウェスカーさんが消えた!」
「あの邪魔な野郎が壁に呑まれた!」
「良い気味だ!」
「そのまま戻ってくるな!」
「ほう、これは……魔法でつる草のように見せているな。恐らくは、光属性の魔法かもしれない。そういうものがあると、ゼロイド師に聞いたことがある」
俺からすると、つる草の壁には人が通り抜けられる程度の穴が空いており、そこから壁の内側……村の様子が見える。
だが、向こうからは倒れた俺が見えないようだ。
どういうことかな?
光属性の魔法?
俺は何も無い空間に手を伸ばし、握ったり開いたりした。
「あ、なんかある」
実体ではないが、魔力のようなものがある。
よし、こいつを吸ってみよう。
元素魔法を使うときの要領で、外の魔力、マナを取り込むイメージを浮かべる。
すると、魔力が腕から体内に流れ込んできた。
それと同時に、村の側にいた一同が驚きの声を上げる。
「いきなり壁が消えた!!」
「あいつがぶっ倒れてるぞ!」
「死んだのか!」
あまりに勝手なことを青年団の男たちが言うので、俺はいたずらをすることにする。
「ウボー」
とか言いながら起き上がって、目から威力を弱めたエナジーボルトを出す。
すると青年団は、
「ほぎゃあああああ!?」
「目が光ったあああああ!?」
「お化けええええ!!」
などと叫びながら、逃げ出したり腰を抜かしたり。
ちなみにここで起き上がる際、足の裏から太ももの裏まで、
こうすることで、俺はあたかも転倒状態から踵の力だけで起き上がったように見える。
わはは、驚いている!
俺は余りに楽しかったので、ふひゃひゃと笑ってしまった。
「無事なようね。なるほど、これが光魔法の
横を真顔のレヴィア姫がスッと通過して行った。
マッチョはレヴィアが平然としているので、ちょっとビビッている風ではあったが、我慢して踏みとどまったようだ。
「あ、悪趣味な真似はやめろッス!!」
怒られた。
俺は鼻をほじる。
「ウェスカーさん! みんなが怖がるから、変な事やめてください!」
メリッサに怒られた。
「は、ごめんなさい」
俺は素直に謝った。
しかし、
今度試してみようじゃないか。
一同揃って、この抜け穴から村の外へと向かいつつ、俺は色々と企みごとをするのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます