第21話 ウェスカーも歩けば魔物に当たる

 俺は何やら分からぬ虫の糸で織られた布を手に入れたぞ!!


「ウェスカーさん、これは絹の服です。私たちはそう呼んでます」


「キヌとな。なんだかてかてかつるつるしていて肌触りがいいな。高そう……」


「私たちはお金を使いませんから。昔は使ってたそうですけど、魔将がこの世界を支配してからはずっと……」


「なるほど」


 興味のない話になりそうだったので、適当に相槌を打って流した。

 俺はメリッサを従えて、村の中を練り歩くのである。

 レヴィア姫は魔力切れでぐうぐう寝ているが、俺は今も普通に、全身に魔力がみなぎる心地だ。

 いや、常に大体、このような無駄な元気がありあまっているから、魔力がみなぎっているのかどうかは定かでは無いのだが。


「しかし……どこまで行っても変わらない風景だな」


「そうですか? 店と、家と、畑。必要なものは全てあるでしょう」


「なんかねえ、遊びが無いっていうかねえ、俺は退屈で死にそうになる光景なの。いたずらとかしたいが、家畜も表には出てないし……」


 キョロキョロと見回す。

 害鳥もいないのか、畑にはかかしも立っていない。

 ひょろひょろと、頼りない麦みたいなのが生えているばかりだ。

 俺はその麦っぽいのの前にしゃがみ込み、じーっと見た。

 すると、麦っぽいのの花の中から、これまた生っ白くてひょろひょろした羽虫がはいでてきて、ふらふらーっと飛んでいった。

 あんな頼りないのでも、きっとあいつが受粉させて麦の実を作ってるんだなあ。

 虫を追いかけることにする。


「あっ、ウェスカーさんどこ行くんですか!? 勝手に歩きまわらないで下さい! 村を危機に晒したくないので!」


「ふはははは、俺は心の赴くままに動くのだ。人喰い樹から助け出されたばかりのメリッサでは追いつけまい」


 俺は哄笑しながら走った。

 大人気もなく走った。

 メリッサの声が聞こえていたように思うが、すぐ聞こえなくなった。

 俺がぶっちぎったのだ。

 俺の勝利だ。


「ふっ……」


 俺は心地よい疲労とともに、この勝利に酔いしれた。

 勝てそうな相手に勝つのは気持ちいいのう。

 そして、気づく。


「ここはどこだ」


 初めてやってきた村で、いきなり案内役をぶっちぎって疾走してしまったのだ。

 思ったよりも村は広い。

 俺は周囲のことなど気にせず、畑を駆け抜け、塀を飛び越え、家の壁をよじ登って屋根から飛び降り、木々を伝って走っていたので、もはやここがどこかなのかすら分からない。

 周囲は常に、黄昏時くらいの明るさだ。

 あちこちの家々の軒先に、灯りが吊るされてはいるが、それくらいしか目印になるものはない。

 ふむ、これは……。


「冒険と言うやつだな」


 見知らぬ土地!

 案内人は不在!

 見知った人間も皆無!

 頼みとなるのは俺の力だけだ。

 これはなかなか燃えるシチュエーションではないか。

 どれ。

 俺は特に見通しも予定もなく、全く灯りが無い方向へとのしのし歩いていった。

 すると、目の前に繁みがある。

 俺はこれに真っ向から飛び込み、


「とう! とあっ! ほあっ!」


 とか叫びながら枝葉をかっこよくへし折り、前進する。

 テンションが上ってきた。

 ちょっと勢いをつけて繁みの中を走る。

 すると、この繁みという奴が、どうやら土属性の魔力と深く関わっているらしいことがなんとなく唐突に理解できた。


「あっ、新しい魔法できそう」


 頭にアイディアが湧いてきたので、俺は繁みを抜けたところで、魔法を試すことにする。

 さあ、抜けた。

 繁みを脱したぞ。

 いざ魔法を使ってみるか、というところである。

 目の前に、びっくりした顔のおっさんがいる。

 おっさんと、彼を護衛する村人がいる。

 このおっさん、どこかで見たことが……。


「お……おやおや。誰かと思えばウェスカー殿ではありませんか」


 びっくり顔が、スマイルになった。

 あっ、こいつは村の三役人の一人のスマイルではないか。


「やあスマイルさん。何をしてるんですか。繁みを突っ切って走ると気持ちいいですよね」


「い、一体何を言って……? いや、いやいやウェスカー殿。ここから先はつる草に覆われて、出ることは叶いません。何もありませんから、帰られた方が良いですよ」


 スマイルは、何だか妙に汗を垂らしながら言う。

 護衛の村人たちも、うんうんと熱心に頷いているではないか。


「なるほど、そうしよう」


 俺は頷きながら、繁みへと戻っていった。

 そして、背後でスマイルたちがホッとした頃合いを見計らって飛び出す。


「あっ! 帰ったのではなかったのか!」


「役人様! こやつ、まさか我らの企みに気づいて……!?」


 村人が迂闊な事を言う。

 俺もとりあえずそれに合わせておくことにした。


「そう、その通り。きさまらの企みなどお見通しだぞ魔王軍!」


 ちょっとレヴィアっぽい。

 姫様みたいなことを、一回はしてみたかったりするんだよな。

 すると、スマイルの笑顔がスーッと消えた。

 こいつ、笑顔になると目が細くなるんだが、瞼の奥の目が笑ってないんだな。

 冷酷な目が俺を見通してくる。


「力のほどが知れなかったから、フォッグチル様へお前のことを報告しようとしていたのだが、ばれてしまったのなら仕方ない。わしは闇道のフォッグチル様の右腕、悪魔神官ヒェピタ! ウェスカーとやら、お前をここで殺してやろう!!」


 スマイルが叫ぶなり、奴の額がぐわっと開いた。

 第三の目だ。

 肌の色が一気に真っ青になり、人間とは思えない外見になる。

 護衛の村人二人も、真っ青な肌に筋骨隆々の怪物になる。


「あっ、ほんとうに魔物になった!!」


 俺はびっくりした。

 あまりにびっくりしたので、逃げた。


「あっ!!」


 俺がすごい速度で逃げたので、スマイル改め、ヒェピタもびっくりしたらしい。


「こら! 逃げるな! この状況で一目散に逃げるやつがいるか!! ええい、繁みが邪魔で追いかけられん! 仕方あるまい、フォッグチル様の予定が狂ってしまうが、村ごと焼き払うとしよう!!」


 焼き払うとか言っている。

 せっかくレヴィアがぐうぐう寝ているのに、焼かれては敵わない。

 そう言えば今頃、レヴィア姫はあられもない格好で寝ているのではないだろうか。

 その、貴婦人のあられもない格好を覗かずに焼かれて良いものか?

 否、断じて否である。

 俺は必ずやレヴィア姫のあられもない格好で寝ている様を拝むのだ。


「やれやれ、どうやら本気にならねばいかんようだな!」


 俺は繁みの中で振り返った。

 顔に枝とか葉っぱがバキバキ当たる。


「痛い痛い痛い!! ああもう! 枝邪魔! ええと、枝操作コントロールブランチ!!」


 土属性を操るイメージで、枝に意識を向ける。

 すると、俺を包むすべての枝が、ぐいっと曲がって道を開けた。

 俺の周囲に、ぽっかりと空間が出来上がったことになる。

 そこへ、ヒェピタが放ったらしい炎の魔法が飛び込んできた。


「なにっ!? 枝が避けた!?」


 ヒェピタの驚く声が聴こえる。

 俺は向かってくる炎めがけ、咄嗟に馬鹿の一つ覚えエナジーボルトを放つ。

 赤い炎の魔法と、俺の目から放たれた紫の輝きが衝突し、拮抗する。


「ば、馬鹿な!! 目から魔法を!? お前、本当に人間か!?」


「人間が目から魔法を撃てないという話はない! だって俺が出来るからな! よし、次はこれだ! 口からビームエナジーボルト!」


 目から放ちつつ、口からもエナジーボルトを撃つ荒業だ。

 裸になった時、全身から魔法を放てることに気づいた俺である。

 目もいけるなら、当然口からもいけるだろうという発想だった。

 無論いけた。

 一つの魔法に集中していたヒェピタは、俺の口から放たれたエナジーボルトに対応できず、胸元にもろに食らって吹っ飛んだ。


「グェアーッ!」


「ヒェピタ様!?」


「畜生、この化物め!」


 村人だった怪物二匹が、おっかなびっくり俺に襲い掛かってくる。

 その時である。


「ウェスカーさん!? もう、声が聞こえたと思ったら、こんなところに……」


 なんと、繁みの向こうからメリッサが現れたのだ。

 俺を探していたのが、戦いの音を聞きつけてやって来てしまったらしい。

 彼女は状況を目にすると、驚愕に目を見開いて固まった。

 これを見て、ヒェピタがにやりとスマイルを作る。


「魔人兵ども! あの娘を人質に取れ!! ウェスカーよ、メリッサの命が惜しければ」


「隙あり!! エナジーボルトオオオオオッ!!」


 俺は目からエナジーボルトを放った。


「グワワーッ!?」


 ヒェピタの顔面にもろに当たった。

 奴はエナジーボルトを目から、鼻から、口から叩き込まれると、やがて体を膨れ上がらせながら、全身から紫の輝きを放ち、爆発四散したのだった。


「えっ!?」


 魔人兵と呼ばれた元村人が、びっくりして立ち止まる。

 今まさに、メリッサに襲いかかろうとしたところだ。

 馬鹿め、メリッサに気を取られて隙を見せるからいかんのだ。

 俺は、ヒェピタが命令を出した瞬間を狙って、思い切りエナジーボルトを叩き込んだのである。

 魔人兵は、俺とメリッサと、爆発したヒェピタのいたところを交互に見て、おろおろした。


「エナジーボルト!」


「ギョエーッ!!」


 片付いた。

 メリッサは、何が起こったか全くわからない、という顔をしており、徐々に状況を理解したようでぺたりとへたり込んだ。


「そ、そんな……。まさか、村の中にまで魔物がいたなんて……」


「うむ。スマイルがまさか魔将の副官みたいなのだったとはな。びっくりだ」


 俺の言葉に、メリッサが今にも心臓が止まりそうな顔をしたのが印象的だった。

 何を驚いているんだろう……。

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