第20話 隠れ村にて情報集め

 道すがら、茫然自失としたメリッサから聞き出した情報だ。

 この世界、エフエクスはもともと、平和な世界だったらしい。

 だが、ある時突然やってきた魔将、フォッグチルが空を黒い霧で包み込んでしまった。

 それから、森は魔物で満たされ、村は外の世界と断絶されてしまったらしい。

 隠れ村以外の村はみな襲われ、滅ぼされた。

 逃げ延びた人々を受け入れ、村はなんとか生き延びているとか。


「ここが隠れ村か」


 メリッサを肩に担ぎながら、姫様はそれを見上げた。

 一見すると、複雑につる草が絡み合った塊のように見える。

 とても高いところまでつる草は続いていて、向こう側を伺うことは難しい。

 第一、この世界は暗くて、まるで黄昏の世界だ。

 光が乏しいと、なおさら向こうが見えない。


「お、降ろして下さい。入り方があるんです」


 求めに応じて、レヴィアはメリッサを降ろす。

 少女はつる草の下までしゃがみ込むと、大量に葉っぱが積もったところを掘り返し始めた。

 すると、大量の葉っぱと見えたものが、ごそっと一気に取れる。

 固めてあるのだ。そして、これが入り口の扉だったらしい。


「こっちです!」


「ふむ、案内しろと言っておいてなんだが、私たちをそんなに簡単に信用していいのか? 私たちはもしかすると、魔王軍の手先かもしれないぞ」


 レヴィア姫の投げかけた言葉に、メリッサは相変わらず、俺たちへの不可解なものを見る目のまま振り返った。


「魔王なら、もっとちゃんと騙そうとしてくると思います。あなたたち、おかしすぎですもん」


「これは一本取られましたな姫様」


 俺は笑ってしまったが、レヴィア姫は何を言われているのか分からないらしく、首を傾げたのだった。




 隠れ村に入ると、そこは一見して普通の村だった。

 子どもたちがわいわいと騒いで回っており、並ぶ家のあちこちには、軒先にぼんやりと灯りが灯っている。

 普通と違うのは、空が無いことだ。

 空までもつる草に覆われて、伺うことはできない。


「隙間があると、そこから魔物がやって来ますから」


「なるほど」


 俺は納得した。

 メリッサに案内されながら進むのは、村の村長会館とやら言うところである。

 ここには村の役員が三人いて、彼らの合議制で村を運営しているのだとか。

 会館の中には、長いヒゲ、スキンヘッド、アルカイックスマイルの三人の役員がいた。


「私はユーティリット王国の王女レヴィア。故あって、この世界に落とされた。だが、そなたらと私たちの利は一つである。魔将とやらを倒そうではないか」


 始めはやってきたレヴィアの美貌に驚いていた彼らだったが、姫様がいきなり本題に切り込んだのでさらに驚いた。


「ちょ、ちょっと待ってくだされ! いきなり情報量が濃密すぎて心臓がびっくりしました」


 ヒゲが胸を抑えて脂汗をかきかき。


「うむ、まずは自己紹介を。我らは……」


 おっさんたちの名前などどうでもいいので覚えていない。ヒゲ、スキン、スマイルの三人で良かろう。


「ひとまず礼を言わせてもらいましょう。我らが村の民、メリッサを救っていただき、ありがとうございました」


「礼には及ばない。彼女の連れを救うことはできなかったのだから。それよりも、知る限りの魔将に関する情報を伝えてもらいたい」


「落ち着いて下さいレヴィア姫様。この村には村のやり方というものがございます。まずは、民家を一軒お貸ししますので、ゆっくりと旅の疲れを癒やしてくださいませ」


 最後に言ったのはスマイルである。

 どうも、この三人の役員はのんびりしている。

 レヴィアが生き急いでいるだけかもしれないが。

 彼女は大変不満そうだったが、それでも連戦の疲れと、牢獄(特別室)で編み出した魔法で随分魔力を消耗したらしい。

 本日は一泊することを了承したのである。


「ウェスカー。私は生命魔法を幾つか使えるが、あまり多く使うと、息切れがしてくるのだ」


「なるほど」


 道すがらだ。

 俺たちの世話役にメリッサが任じられ、メリッサも、


「普通の人がこの人たちと接していたら頭がおかしくなります! わかりました、私がやります!」


 と悲壮な決意を固めて役割を受諾した。

 彼女は非常に気を張った表情をしつつ、俺たちを案内してくれる。

 村は思った以上に広く、途中から、つる草と生い茂った木々が交じり合うようになってきた。

 この辺りには灯りが少なく、どうやら畑のようなものが幾つか見える。

 そして、畑の脇には小さなトンネルのようなものが掘られているではないか。


「あのトンネルはなに?」


「地下にも、光がいらない野菜を作るための畑があるんです。あとは家畜も飼っていますから」


「ほー。自給自足だ」


 俺は感心した。


「ウェスカー、私は感じたのだが、そなたの魔力もまた、自給自足のようなものなのではないか? あれほどのエナジーボルトを放って、息切れひとつしないのはおかしい」


 レヴィア姫の話がさっきと繋がった。

 なるほどなるほど。言われてみれば、俺は魔力切れという感覚を知らない。

 レヴィアは実際、魔法合戦会場での戦いでかなりの魔力を消費したらしく、疲れているようだ。

 疲れていても魔物の木くらいはねじ伏せる辺り流石だが、コンディションはどうしても落ちてくるとか。

 対して俺は、次々に魔法を使い続けても全く問題ない。

 魔法を使った後はいやに腹が減るが。


「恐らく、ウェスカーは外から魔力を供給する能力を持っているのだろう。それと、食べたものをすぐに魔力に変えられるのだ。そうだ。そうに違いない」


「なるほど」


 一分の隙もない理論である。

 感服つかまつった。


「では、私は一眠りするがそなたはどうする?」


 家についた後、レヴィア姫はさっさと鎧を脱ぎ捨てた。

 何やら鎧下も脱ぎ捨て始めたので、俺はじーっと真面目な顔をしてみていたのだが、ぷりぷり怒り出したメリッサに外に出されてしまった。


「お腹も減ったので、その辺をぶらぶらしてきますよ。あと服が葉っぱなんで、服をもらいに行きます」


「そうするといい。ふぁ……。後で私の分の食べ物ももらってきてくれ」


「へい」


 そういうことになったので、俺はメリッサと共に家を後にした。


「メリッサはついてこなくていいのに」


「ウェスカーさんを一人で行かせたら、なんだかひどいことになりそうな予感がしたんです!」


 ひとまず服の入手だ。

 この村に来て思ったのだが、メリッサも、他の村人たちも、てかてかと光沢のある、妙にきめ細やかな布地の服を身に着けている。

 明らかに高級そうなんだが。


「これは糸巻蛾の幼虫から取れる糸で織ったんです。昔交流があったという他の国では、羊という動物の毛を使ったそうですが、この村にはいませんから」


「虫の糸かあ」


「ウェスカーさんの分ももらえますよ。行きましょう」


「よし」


 行った。

 この村は貨幣がなくて、村人全員が役割を与えられてそれに従事している社会だった。

 村人であるというだけで、衣食住に困ることはない。ただし、労働の義務がある、と。

 被服を担当する村人は、よそ者である俺をじろりと睨んだ。


「よそ者なんて珍しいけど……まだ何の役割ももらってないんだろ? 働かないやつにやる服は無いね」


「そんなことはない。俺は魔王を倒すので役割があるぞ」


 村人は一瞬目を丸くしたあと、鼻で笑った。


「そんなこと出来るものかい。人間に、魔王は倒せないよ」


「うちの姫様どっちかっていうとゴリラに近いから、そこはクリアしてる」


「話が通じない奴だね!? いいか、魔物ってのは強力でな!? 人間じゃどうやったってやっつけることなんか」


「よし、では魔物をやっつけた魔法を見せよう。超至近クローズレンジエナジーボルトだ」


 俺はしゃがみ込むと、そこらの地面に射程を思い切り短くしたエナジーボルトをぶっ放した。

 いつもの手に宿るエナジーボルトと違って、さらに至近距離で、ぺったりと手が触れた状態でなければ効果を発揮しない、圧縮された魔法だ。

 次の瞬間、地面が高らかに吹き上がった。

 爆裂したと言った方がいいかもしれない。

 俺も吹っ飛ばされたが、そろそろこの感覚には慣れている。

 余裕の表情でつる草が覆う天井までぶっ飛んで、俺はそのまま天井に突き刺さった。


「ぐわーっ」


「す、すげえ……!!」


「この人は、私を食べてた人喰い樹をやっつけた人だよ。魔法を使えるの……!」


 メリッサの言葉を受けて、村人の声色が変わった。


「なんてことだ。それじゃあ、もしかして……俺たちは助かるかも知れないってことか……? 分かった。俺はあんたに賭けよう。俺の責任で、一着くれてやる!」


「おお、ありがたい。だがその前に俺を助けてくれ」


 つる草に吊るされながら、俺は足をぶらぶらとさせたのである。

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