第17話 魔王軍アタック

「魔王軍と戦ったですって……!? ということは、お前たちがシュテルン様に傷を負わせた、姫騎士と魔導師……!!」


 レヴィア姫の言葉に反応したのは、オエスツー王国魔導師を率いている、露出度の高い女の人だった。

 なんか色々俺にアプローチしてくるので、おっ、これはとうとう俺にもモテモテな時代がやって来たなと思っていたが、違ったらしい。

 いや、敵と味方に分かれた恋人たちというのもオツなものである。


「ほう……貴様、シュテルンと言ったな。では、あの赤い骸骨騎士の縁者……つまりは魔王軍か!」


 妄想にふける俺の横で、姫様は戦闘モードな声色に切り替わる。

 平時はちょっとは女らしい言葉遣いをするのだが、こうなると国王や王子も震え上がる、ユーティリット王国一の問題児に切り替わるのだ。


 そして、レヴィア姫をじりじりと包囲し始めたのは魔王軍……ではなくて、自国の兵士たちだ。

 彼らは手に手に、獣用の投網を持ち、あるいは彼らに紛れた黒服連中は、吹き矢を構え、屈強な兵士に至っては相手を取り押さえる用の先が二股に分かれた太い棒を持っている。

 どれだけ姫様は恐れられているのだろう。

 尊敬してしまうな。


「そなたら! 私を相手にしている場合では無い! あれはオエスツー王国の皮をかぶった魔王軍だぞ! 敵はあちらだ!」


「姫様は声が通るなあ」


 俺はしみじみと感心した。

 ガーヴィン殿下は風の魔法で声を広げていたが、レヴィアは腹から出した声を会場中に響かせている。

 すると、噂のガーヴィン殿下がおつきの兵士を連れて走ってきた。


「いい加減にせよレヴィア!! 俺の顔に泥を塗るつもりか! これは次代の王となる俺の、各国への披露目を兼ねてもいるのだぞ!!」


「兄上では話にならん!! 父上を出せ!」


「話にならんとは何だ!? 陛下は上の席で腰を抜かしておられる!! お前がめちゃくちゃをやるから、陛下の面子も丸つぶれだぞ!!」


「兄妹げんかがはじまったぞ」


 俺は見物する事にした。

 取り巻いている兵士たちも、呆然とした様子である。

 状況はこのままぐだぐだになるかと思われた。

 だが、それでは済まない者たちがいたのである。

 もちろん魔王軍だ。

 いきなり無視された形になった魔王軍は、強硬手段に出た。


「ま、ま、まさか、私たちが無視される事になるとはっ……!! 人間ふぜいが舐めるなああああっ!!」


 露出度の高い女魔導師が叫ぶと、彼女の背中から翼が飛び出した。

 蝙蝠の翼である。

 そして、彼女に従う黒フードたちが次々にフードとローブを脱ぎ捨てていく。

 現す姿は、岩石でできた巨人や、見上げるほどの大きさの骸骨、あるいは実体がない黄色い亡霊みたいなものに、兜の目元を赤く光らせた甲冑などなど。

 観客席のあちこちから悲鳴が上がった。


「ええいっ、兄上と下らん口論をしている場合では無い!」


「待て、どこにいくレヴィア! 話はまだ終わってはウグワー!!」


 おっ! ガーヴィン王子を蹴り飛ばしたぞ!

 王子が放物線を描いて空を飛んでいく。

 兵士たちが慌てて、その後を追いかけていった。

 レヴィア姫包囲網に穴が空いたのである。


「あとはウェスカー、蹴散らせ!」


「合点承知。ははは、まさか兵士に向かって魔法をぶっぱなすとは思わなかったなあ。せっかくだから色々試してやろう」


 俺がやる気になったのを見て、兵士たちは目を剥いた。

 彼らも、俺とナーバンの試合は見ていただろう。

 炎の玉ファイアボールは大変危険な気がするので、しばらく封印だ。

 もっと平和な魔法で兵士たちを、安全に無力化しようではないか。

 俺は靴を脱ぎ捨てると裸足になった。

 手指、足指合わせて二十指。

 全てから魔力を放つイメージ。


「ワイドボール」


 俺の周囲に、二十個の泥玉が出現した。

 

「ワイドボール」


 さらに二十個。


「ワイドワイドワイドワイド」


 泥玉が積みあがっていく。

 それらは脆い泥玉である。

 自重に負けて、泥の雪崩が発生した。


「うわーっ、泥が、泥がーっ!!」


 泥に足を取られて、兵士たちが転倒していく。

 レヴィアはそんな泥の雪崩を剣で一閃、道を切り開きながら走り始めた。

 倒れた兵士を足場にして、華麗に疾走していく。


「ぐへえ」


「うぼお」


「あふん」


 踏まれるたびに兵士たちが悩ましい悲鳴を漏らす。

 さて、俺も姫様の後を追うとしよう。

 俺は尻の下に泥玉を作り出すと、そこに圧縮した高温の炎を叩き付けた。

 すると、泥玉が猛烈な爆発を引き起こす。

 この爆風に乗って、俺は空を飛ぶのだ。

 ただ、思いつきはしたものの、実際に使って飛んでみたら問題点が発覚した。


「いてっ、尻いてっ!? この飛び方はだめだ! 尻を防御する方法を考えないと」


 ズボンの尻の辺りが焼けてしまった。

 炎に強いズボンの開発が急務である。

 さて、空を飛ぶ俺を、魔王軍側から飛来する、骨の翼を生やした骸骨戦士たちが迎え撃つ。


「ば、ばかな! 人間が空を飛ぶだと!?」


「いや落ち着け! あいつは爆風で吹っ飛んでるだけだ! 妙に正確な狙いでこっちにやって来てるが!」


「方向転換はできまい! 死ねい!!」


 空飛ぶ骸骨戦士たちが、俺に向かって切りかかってきた。


「ふふふ、空中で吹っ飛ばされている人間が方向転換できないなどと、誰が決めたのかね」


 俺はニヤリと笑い、


超至近クロースレンジ・炎の玉ファイアボール!」


 先ほど生み出した危険魔法を目の前で放つ。


「ウグワーッ!?」


 もろにくらった骸骨戦士たちは、骨の翼や体の一部を破壊され、地面に落下していく。

 無論、俺も巻き込まれて別の方向に吹っ飛ぶ。


「グエーッ」


「おお、やっと来たなウェスカー! さっきと同じのを何発か上から降らせるのだ!」


 無茶振りに過ぎる。

 だが、人間、頼られると嫌な気はしないものだ。

 俺はあちこちの服を黒焦げにしながらも、懲りずに超至近炎の玉をあちこちで連発する。

 その度に、魔王軍から悲鳴があがり、俺も悲鳴をあげてあっちこっちに吹っ飛ぶ。


「くうっ、あの人間の魔導師、頭がおかしいのか、頭が狂っているの!? 無詠唱の上に、全く動きが読めない! まさか自分ごと魔法攻撃を仕掛けてくるなんて!!」


 魔王軍の女魔導師が焦った声をもらす。

 そこに一直線に突っ込んできたのが、レヴィア姫だ。


「貴様がこやつらの主と見た! お命頂戴!」


「あの爆風の中を一直線に!? あなた正気!? ええい、ゴーレム!」


『もがーっ!』


 レヴィアと女魔導師の間に立ちふさがったのは、ウィドン王国のマークを一撃で倒したあのゴーレムと同じタイプだ。

 そいつはガッツポーズを取ると、また『もがーっ』と黒い光線を放とうと……。


「ウェスカー! 私もあの牢獄の中でそなたに負けぬよう、新たな魔法を生み出していたぞ!」


 あっ、特別室じゃなくて牢獄って言っちゃった!

 それを聞いた観客席がざわざわ。国王が胃の辺りを押さえて辛そうな顔をする。


「“告げる! 滾れ血潮! 奮えよ筋肉! 燃え上がるアレとか吹き付けるコレとかを纏い、筋力エンハンス強化ストレングス”!! でやあああああああ!!」


 凄い早口で詠唱すると、レヴィア姫の走る速度が加速した。

 彼女の体が赤く輝く。

 レヴィアは篭手に覆われた拳を構えると、目の前に聳え立つゴーレムの膝目掛けて、思い切り叩き付けた。

 ぶつかった瞬間、ゴーレムの片足が凄い音を立ててへし折れる。


『も、もがーっ!?』


 崩れ落ちてくるゴーレム目掛けて、レヴィア姫は超高角度のキックを放つ。

 その一撃で、岩の巨人は粉々に砕け散った。


「待て! 待て待て待て!? 貴様、ちょっとした生命魔法しか使えなかったのではないのか!?」


「使えるようになったのだ! 覚悟!!」


「くっ!! “魔王よ、障壁を”!」


 女魔導師が、緑色の光の壁を生み出す。

 それが、レヴィアの放った回し蹴りと衝突した。

 壁が割れる。


「馬鹿な!? 物理的な攻撃だけで魔法防壁ガードバリアを!? 貴様、生命魔法ではない! 纏っているのは元素魔法の力ね!?」


「よく分からないが、さらに覚悟っ!」


 剣を腰に下げているのに、ひたすら拳と蹴りに物を言わせるレヴィア姫。

 女魔導師を追い詰めていく。

 あれはおとぎ話で読んだ、ゴリラという幻獣に似ている。気がする。

 ということで、俺はレヴィア姫ゴリラモードと名づけた。


 さて、俺である。

 気付くと素っ裸であった。

 被服の類は全て、炎の玉で燃えてしまったのだから仕方ない。

 難燃性の服の開発が急務である。

 だが、素っ裸になると凄まじい利点がある事に気付いた。

 全身を、エナジーボルトの発射箇所に出来るのだ。


全方位オールレンジエナジーボルト! ハハハハハハ!」


 俺は高笑いしながら、戦場にエナジーボルトの雨を降らせる。

 避ける隙間さえ無いようなエナジーボルトに撃たれて、骸骨戦士や亡霊たちは次々に倒れていく。

 ところで、股間から出すのはちょっとよろしくないな。ここだけは自粛して泥玉を被せておこう。

 そんな俺の前に立ちふさがる、恐らくは魔王軍の強力な戦力。

 巨大骸骨だ。


『おのれ化け物め! これ以上はやらせんぞ!! 不死者軍が副長、ガシャ・スケルトンが貴様をここで食い止める!!』


「フフフ! その意気やよし! 来るがいい、遊んでやろう!」


 俺は高らかに宣言すると、空中を回転しながらガシャ・スケルトンへと襲い掛かるのであった。


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次回にて導入編終了。

「そして魔法は尻から出る」をお楽しみに!

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