第16話 しかし合戦は継続するのか

 グラウンドの端にある扉が開き、控えの魔導師たちが走ってきた。

 彼らは崩れ落ちたオエスツー王国の黒フードの残骸を、さっさと掃除する。

 全く、検分とかやらないのだ。

 風の魔法を使ってザッと吹き散らしたあと、染みや汚れは水の魔法で洗い流す。


「それでは合戦再開です!」


 審判の一人が宣言すると、観客席がわっと沸いた。

 その反面、ユーティリット王国のガーヴィン王子は青い顔をしている。

 いきなり、オエスツー王国が観客席に攻撃を加えようとしたのだから焦ったのだろうと思いきや。

 チラチラと崩れ落ちた特別室の塔を見ている。

 彼の周りに部下らしき連中も集まってきていて、何か話し合っているようだ。


 レヴィア姫の対策会議かな?

 だが、姫様が来ると決まったなら、俺はちょっと張り切らねばならんな。


「オエスツーの魔導師、やっぱりゴーレムだったな。観客席を向いたのは、誤動作だったのか?」


「そうかもしれないわね。やっぱり特級魔法だもの、難しいに決まっているわ」


 イチイバとニルイダの会話を余所に、俺は次の合戦プログラムに目を通す。

 上質な紙に、焼き刷りプリントという魔法で合戦のプログラムが刻まれているのだ。

 しばらくは、オエスツー王国とウィドン王国の試合が続くらしい。


「あとは、恒例のことだが……ウェスカーのさっきのあれは、なんだ?」


「おお、あれか」


 俺は魔導師席まで飲み物を売りに来た売り子さんから、冷えたビールを買ったところである。

 陶器のジョッキに並々注がれた黄色い液体は、ほんのり良い香りがする。


「エナジーボルトを細く伸ばすと、射程距離が伸びるのは知ってるだろ?」


「初耳だぞ!? というか、エナジーボルトの形状を変化させる研究をしている魔導師なんて、ユーティリットにはいないはずだ……」


「そうか。あのな、そうやって細くして伸ばしたエナジーボルトで、炎の矢の魔法を包むのよ。そうしたら、何やら絡み合って螺旋みたいになった。ゴーレムって言うそうだが、あのオエスツーの奴は炎が通じにくいんだったよな。だから、エナジーボルトと一緒にぶつけようってことにした。なんか螺旋になったら貫くパワーみたいなのが増したなあ。あ、お姉さんナッツもちょうだい」


 俺はジョッキのビールを呷りながら、ぼりぼりナッツを食べる。

 塩味が効いていて大変おいしい。

 王都は食べ物が美味しくて最高だな。


 イチイバは、俺が話した魔法の仕組みを理解できなかったらしく、しきりに首を傾げていた。

 ニルイダに至っては理解を諦めた様子である。

 彼女は、生命魔法や水属性魔法の、補助的な魔法を専攻してるらしい。戦闘用の魔法は専門外なんだな。


 あれ以後、オエスツーはすっかり大人しくなって、観客に攻撃は仕掛けないようだ。

 おっ、なんか黒フードが腕を飛ばしてウィドンの魔導師をぶっ飛ばした。

 あの魔法なんだろうなあ。

 やがて、俺がビールをお代わりしているうちに、オエスツーとウィドンの合戦は終わった。

 そんなこんなで、合戦はオエスツー王国の勝利。

 これは大番狂わせだったようで、観客席はどよめきと歓声にあふれる。

 貴族たちの席からは、大げさな嘆きの声とともに、高級な紙で作られた紙吹雪みたいなのが飛び散った。


「あれなに?」


「貴族や豪商たちは、合戦の結果で賭けをしているの。一回の勝負で、町の一角が建つくらいのお金が動くと言われてるわ」


「なるほど」


 では、結構な連中が損をしたみたいだな。

 心なしか、ビールとナッツが美味くなった気がする。


「おいウェスカー、次は俺たちの出番だぞ」


 イチイバに指摘されて、プログラムを見たらなるほど。

 グラウンドを整えたら、ユーティリット王国 VS マクベロン王国だ。

 初戦は若手魔導師同士の勝負、と。


「ニルイダは補助専門だから、俺と一緒に出てユーティリットの若手魔導師の実力ってのをみせつけてやることになる。ウェスカー、お前はせいぜい師匠の顔に泥を塗らないようにしておけよ!」


「ほい」


 師匠ってゼロイドのことか。

 彼は離れた師匠席から、俺のさっきの魔法について聞きたそうな顔をしてチラチラこっちを見ている。

 だが、周囲の中堅や師匠魔導師連中に囲まれて、今年のオエスツー王国の異常な強さについて意見を求められている。

 腐っても宮廷魔導師なので、こうやって意見を求められるのだな。


 やがて、グラウンドで新たな合戦の開始が告げられた。

 イチイバとニルイダが、やる気満々の顔になって出て行く。

 俺はビールをお代わりした。


 見た感じ、マクベロンの若手はそれなりに腕がいいみたいだ。

 全員が木製の杖をもっており、これが魔法を増幅しているように俺には見えた。

 マクベロン王国の魔導師は、道具を使って強化してくるタイプなのかもしれないな。

 これに対して、イチイバとニルイダはコンビネーションで立ち向かい、善戦した。

 だが、若手同士、実力が近かったんだろう。

 杖による増幅を受けたマクベロン側が、最後は魔法で押し切り、イチイバとニルイダはばったりとグラウンドに倒れ伏したのだった。


 ゼロイドが「ああ~」と残念そうな声をあげる。

 そして、ついに他の魔導師を無理やり掻き分けて、こっちまで走ってきた。


「ユーティリットの若手の矜持は、君に掛かっているぞウェスカー!! 頑張るのだ!!」


「なるほど」


「頼むぞ……! どうやらレヴィア殿下が脱走したらしい。間違いなくここにやって来るが、その時に我々が不甲斐ない姿を晒していたら考えるのも恐ろしい……!!」


「レヴィアはそんなこと気にしないと思うなあ」


「君が負けると殿下の顔に泥を塗る事になる! より一掃、彼女が口にする魔王襲来の話が受け入れられなくなるぞ!」


「それはちょっと困りますな。よし、俺は頑張ると決めたのです」


 俺はすっくと立ち上がった。

 お腹がビールでたぽんと鳴った。


 ゼロイド師の熱視線を背中に受けながら向かった先は、グラウンドの中央。

 先にその場に立っている男へ、観客席から黄色い声援がかけられている。


「きゃー! ナーバン様ー!」


「三年経って、ナーバン様は本当に男前になられたわね!」


「あたしがあと十歳若ければ放っておかないのに!」


 女性人気一番、マクベロン王国若手魔導師筆頭で、カモネギー伯爵が長子、魔導師ナーバンである。


「来たな、金魚のふんめ!」


 その金魚と言うのを俺は見たことが無いのだが、何やら罵倒の文句のようだ。

 このナーバンと言う男、俺が知らぬ語彙を持っているのだな。伊達に貴族の生まれではない。


「そのふんだが、俺とお前で一対一なのか」


「そうだ。一回戦は団体戦、二回戦は大将同士の一騎打ちと決まっている!」


「えっ、俺が大将だったの!?」


 初耳である。


「何をアホ面をしているのか!! この間の夜の出来事はまぐれだったと、俺は証明する為にやって来たのだ。マクベロンの栄誉と共に、俺は貴様を倒し、俺自身の栄光を手に入れる!」


 熱く宣言すると、ナーバンの周囲がぼんやりと赤く輝きだした。

 あれは魔力が集まってきているのだ。

 審判が慌てて、試合の開始を告げる。

 周囲は、ナーバンへの声援に包まれている。

 奴は余裕の笑みを浮かべながら、詠唱を始めた。


「我は命ず! いでよ炎の精! 来たりて炎の矢となり、七度、我が敵を穿て! 炎の矢フレイムアロー”!!」


 瞬時にナーバンの周囲に生まれた七本の炎の矢。

 これを見て、会場はわっと沸いた。


「行け!」


 ナーバンの指示に従い、矢は俺に向かって襲い掛かる。

 俺は一瞬考え込んだ。

 この間は、エナジーボルトを手に宿してはたき落としたが……。

 これ、風の魔力でコーティングされているから、割と直にいけるんじゃないだろうか。

 実際に試してみる事にする。


 俺は手を伸ばし、炎の矢の一本を掴み取った。


「あつっ! だが火傷するほどじゃないな」


 空いた左手にエナジーボルトを纏い、炎の矢をギリギリで防ぎながら、摘まんだ炎を分析する。

 炎には核がない。

 風が炎の形を保って、推進力の元にもなっている。

 これに核を与えるなら……。


「ボール」


 俺は土の初級魔法を唱えた。

 俺の場合、手が触れている範囲にしか魔法が展開しない。そのため、泥玉ボールは俺が摘まんだ炎の矢の中に出現した。

 瞬時に、泥玉が乾いた。

 俺は手を翳しながら、炎を圧縮する。炎は、赤を通り越え、黄色っぽい白色になった。

 すると、泥玉の一部がとろけ始めたのだ。持ってるだけで周囲が超暑い。

 こいつを、押し出す。


「エナジーボルト!」


 結果、紫の輝きに包まれ、芯を得た炎の矢は、まるで炎の玉とでもいうべき形になった。

 これが放物線状に、ナーバンへと向かっていく。

 

「名づけて、炎の玉ファイアーボール


「な、なにぃっ!?」


 炎の矢を退けられると同時に、見知らぬ魔法で反撃されたナーバンが狼狽した声をあげた。


「わっ、“我は命ず! いでよ炎の精! 集いて壁となり……”だめだ、間に合わん!!」


 ナーバンは詠唱を中断し、グラウンドに身を投げて辛うじて、炎の玉を回避する。

 だが、炎の玉の核は脆い泥玉である。

 地面にぶつかると同時、それは燃え上がりながら砕け散り、灼熱の破片を辺りに撒き散らした。


「ぐっ、ぐわーっ!?」


 やっぱりなあ。

 俺、詠唱はまだるっこしいと思っていたのだ。

 唱えなければ攻撃できないし、防御する時なんか間に合わないだろう。

 鮮烈のシュテルンとやりあった経験から言うと、もっと工夫しないと戦闘には使えない。


 会場は、期待の俊英であったナーバンが、俺と言うなんだかよく分からない奴にやられてのた打ち回っているので、騒然としている。

 その時だ。

 会場と外とを繋げていた通用門が、突然音を立ててぶち破られた。

 鉄で出来た巨大な門が、グラウンドを弾みながらぶっ飛んでいく。

 あちこちから上がる悲鳴。


 周囲から、ユーティリット王国の兵士たちが駆け出してきた。

 全員フル武装である。

 一体、何が起ころうとしているのか。


 知れている。

 俺はナーバンを無視すると、ぶっ飛んできた扉をひょいっと回避し、そのまま通用門に向かって歩き出した。

 手を上げて、挨拶する。


「いらっしゃい姫様。ちょうど俺がかっこいいところを見せるところだぞ」


「それはちょうど良かったわ。魔王軍と戦った魔法使いの実力、存分に見せてやるのよ、ウェスカー!」


 現われたレヴィア姫は、そんな事を大声で仰ったわけである。

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