第15話 早くも暗雲立ち込める
散々、ウィドン王国の陣営で飲み食いして、彼らの会話に耳を澄ませる。
どうやら、かの国は大変豊からしい。というのも、国内に通貨の元となる貴金属を発掘できる鉱山を抱えているからだとか。
この辺りに存在する四つの王国、ユーティリット、マクベロン、ウィドン、オエスツーは共通の貨幣を使っている。
銅貨と銅板と銀貨と銀板と金貨と大金貨である。
うちのキーン村なんかは田舎ゆえ、あまり金を使う機会がなかったが、王都にくるとよく目にするようになる。
銅貨は親指の爪くらいの大きさで、これ十枚で銅板一枚の価値。
銅板五枚で銀貨一枚の価値。銀貨十枚で銀板一枚の価値。
銀板五枚で金貨一枚の価値。金貨十枚で大金貨一枚の価値……らしい。
たまに相場が変化するとか。
俺はまだ、金貨と大金貨は見たことがないなあ。
それで、このウィドン国は豊かな国なので、じゃぶじゃぶ金を使って良い服を買い、各国から食べ物を取り寄せて贅沢の限りを尽くしている。
彼らに言わせると、ユーティリットなんかは質実剛健の野暮な国。
マクベロンは森が多く、それを使った木工で栄えているので、下等な職人の国。
オエスツーはリナック湖という大きな湖が国土の大半を覆う、漁業の国。
というわけで、他の三王国を見下しているようだ。
いやな奴っぽい国なのだが、割と彼らを褒めると、いい気になって優しくしてくれる。
富める者は貧しいものに施すんだそうだ。
「いやはや、今年こそ魔法合戦は、我らウィドン王国の優勝ですかな?」
「うむうむ。最新の魔導師の杖がありますからな。ですが、マクベロン王国も、木製の魔導師の杖を作って対抗してきたという噂ですぞ」
「なんと、木製とは貧乏臭い。やはり煌びやかな金銀で作った魔導師の杖こそが本物ですな」
魔導師の杖とな。
「かっこいい杖ですね。何かウィドン王国の技術の粋が込められている感じがして、尋常ではない猛烈なパワーを感じて実際凄そうです」
俺が言うと、師匠級らしき魔導師は髭をしごきながら笑った。
「そうだろうそうだろう。どうだ、君も魔導師の端くれなら持ってみるかね? まあ、特級魔法を扱えるほどの実力がなければ力を発揮しないのだがね」
貸してもらえた。
おほー、ずしんと重いぞ!!
こんなもん持って戦ったりは無理だ。
試しに魔法も使ってみる。
「えーと、ボール」
泥玉を足元に作ってみた。
普通の泥玉だった。ちょっとだけいつもよりツヤツヤしている。
気持ちだけ魔力を増幅するっぽい。
だが、一番の効能は、持っていると大変派手でかっこいい、ということだろう。ハッタリ能力は大変向上する気がする。
「お返しします。俺には早いみたいで」
「ンン? そうかね? ははは、君も腕を上げてこの杖を使えるほどになりたまえよ!」
ウィドン王国は見た目重視、と。
そんな事をしていたら、イチイバとニルイダがようやくやって来た。
イチイバは木製の杖を、ニルイダは水晶玉を持っている。
「おいおい、ウィドン王国の中で何やってるんだ!? なんで仲良くなってるんだよお前!?」
「有意義な時間だった」
くちくなったお腹を撫でながら、我がユーティリット王国勢と合流する。
俺は、彼らからしても新参者もいいところなので、イチイバとニルイダくらいしか話しかけてこない。
何やら、ユーティリットの魔導師たちは気位が高いらしい。
ウィドン王国曰く、質実剛健な田舎者というが、それだけに実力を見せないとこちらを信用してくれないという事か。
では実力を見せれば良いのである。
すぐに、開会式が始まった。
今年の主催者であるユーティリット王国からは、ガーヴィン王子が主催者代表として登壇し、風の属性を使った拡声の魔法でもじゃもじゃ何か話している。
直立不動でそれを聞いているのは、うちの王国の魔導師たちばかり。
マクベロンはリラックスした姿勢だし、ウィドン側はあろうことかテーブルを出してきてお茶会をしているし、オエスツー王国は謎の黒フードの数が増えている。明らかに大きさが人間じゃないのが結構混じっているんだが、誰も気にして無い。大らかなんだなあ。
オエスツーを率いているらしい選手団代表は、黒髪で白い肌の露出度が高いお姉さんであった。
耳が尖っていて額に宝石が埋まっている。
変わったお洒落だ。
彼女をぼけーっと見ていると、あちらさんも気付いて、こっちをみてにっこり笑った。
俺も、ニヤリと笑い返す。
その後は、暇だったので王子の話が終わるまで、俺はグラウンドの草をむしっては丸めて捨てていた。
途中でダンゴ虫を発見し、奴らを指でつついて丸めることに熱中してしまった。
六匹まで丸めて、規則的に並べ、転がしたダンゴ虫が他のダンゴ虫に当たった時、どのように他のダンゴ虫は転がるのかを調べていたら、周囲の人々が動き出したようだ。
「終わったか。有意義な時間だった」
「お前、殿下の話だってのにずーっと虫をいじってただろ!? ありえねえ!」
イチイバはこちらをきちんと見ていたようだ。
「イチイバは面倒見がいいのだな。いいパパになるぞ」
俺が朗らかに笑って彼の肩を叩くと、イチイバは凄い顔をした。
「そうじゃないからな!? 殿下がめちゃくちゃお前のこと見てたから! 青筋立てて見てたから! 自国の次期王となるお方が話してるってのに、無視して草むしりとか虫いじりとかありえねえからな!?」
「あのままだと寝てしまう気がしたので、俺なりに眠気を紛らわせるように努力したんだ。お陰で今は寝ていないぞ。大したものだろう」
イチイバがひきつけを起こしたみたいになってぶっ倒れた。
忙しい男である。
これを見てニルイダが慌て、
「だめよイチイバ。ウェスカーとまともにコミュニケーションを取ろうと思っては……!! “告げる。我が体内を巡る
ニルイダの手のひらが白く輝くと、白目を剥いていたイチイバが徐々に落ち着いてきて、黒目が戻ってくる。
「はあ、はあ、はあ、すまないニルイダ。危うくウェスカーにやられるところだった……!」
新しい魔法じゃないか。
俺が読んだ魔導書には書いてなかったから、きっと上級の生命魔法だろう。
魔法の名前を覚えたぞ。
それに、大体どういう感じで魔法が発動するか把握した。
今度使ってみよう。
俺たちがそんな風に、親交を楽しんでいると、既に会場では合戦の試合が始まってしまったようだ。
内容は、ウィドン王国若手魔導師 VS オエスツー王国若手魔導師。
やって来た係員たちに、俺たちはグラウンドから追い出された。
観客席の真下に、魔導師用の席があり、そこに座って試合を見ることになる。
「見ろ、ウィドン王国め、また無意味に煌びやかな杖を作ってきたぞ。相変わらず何の力も無いのだろうに」
「あそこまでギラギラしていると悪趣味よね……。それより、オエスツーの魔導師……あれはゴーレムじゃないのかしら? 魔導師の姿が見えないわ」
ウィドン王国の若手魔導師マークが出てきていた。
彼と相対するオエスツー側は、マークの三倍くらいのサイズがある黒いフードの何者かだ。
マークは余裕の笑みで、
「フフフ、体の大きさと魔法の華麗さには何の関係も無いさ。さあ、真のゴージャスな魔法と言うものをみせてあげよう!!」
あの、金銀で作られた猛烈に重い杖を構えて、何やらポーズを決めている。
杖を持った手がプルプルしているから、支えるだけで精一杯なんだろうなあ。
審判がやって来て、二人の間に立ち、ボディチェックをする。
どうやら問題なしと判断したらしい。
「明らかに片方は人間じゃないのに!?」
ニルイダが不満を口にしている。
だが審判が問題ないというから問題ないんだろう。
かくして、試合が始まった。
「さあ受けてみよ! この僕の華麗な大魔術!! 風の上級魔法と水の上級魔法をブレンドした、氷の嵐を今ここに! ”我は命ず……”」
『もがーっ!!』
黒フードが両腕を持ち上げ、ガッツポーズを取った。
その瞬間、フードの中の暗いところから、真っ黒な光線みたいなものがマーク目掛けて降り注ぐ。
魔法の詠唱をする暇も無い!
「な、なにぃーっ!?」
マークは驚いた顔のまま、もろに光線を浴びてしまった。
グラウンドで爆発が起きる。
他の魔導師が吹かせたらしい風が、すぐに爆発の煙を吹き飛ばしてしまった。
そこには、マークがお尻を高く突き上げたかっこ悪い姿勢でぶっ倒れていた。
尻がひくひく動いている。
生きてる生きてる。
「ウィドン王国の魔導師が着てるローブは、高い魔法防御性能があるからな。あれがなかったら、命が無かっただろう。オエスツーのあいつ、洒落にならねえぞ!」
イチイバが青ざめて叫んだ。
審判が試合の終わりを告げる。
だが、オエスツーのでかいのは止まらなかったのだ。
そいつはなんと、観客席に顔を向けて、
『もがーっ!!』
ポーズを取った。
「そんな、観客があぶないっ!」
ニルイダが叫んだ。
「ふむ」
俺は指先を構える。
即座に、エナジーボルトを細く引き絞るイメージをする。
「ピンホール・エナジー……」
何となく思い出したのは、マクベロンの魔導師、ナーバンの炎の矢だ。
「フレイム」
なので、即興で付け加えた。
俺の指先が紫色に強く輝く。同時に、赤い輝きが生まれ、赤と紫が絡み合いながら放たれた。
細い糸のような射撃が伸び、今まさに観客席に黒い光線を吐こうとしていた黒フードに当たる。
ちょうど、後頭部あたり。
当たった箇所のフードが燃え上がり、魔法は黒フードの本体に当たって……。
『も、もがーっ!?』
突き抜けた。観客席の頭の上辺りを、赤と紫の螺旋になった魔法が突き抜けていく。
黒フードの口から吐き出されるはずだった光線は、あろうことか黒フードの後頭部から吹き出した。
次に、そいつの耳の辺りから。やがて、黒い光線は黒フードの全身を貫いて吹き出して、そいつ自身を包み込み、焼き尽くしてしまった。
オエスツーの魔導師席で、代表の女魔導師が立ち上がった。
こっちを熱い視線で見つめてくる。
俺はウィンクを返した。
「どうだい、かっこいいだろう」
だが、状況はさらなる混乱へ向かいつつあったらしい。
視界の端で、俺は見てしまったのだ。
レヴィア姫様を幽閉している、特別室の塔が崩れ落ちていくのを。
来るぞ……!!
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