第三章・魔法合戦の開催と終了のお知らせ

第14話 魔法合戦初日のこと

 上級魔導書を読み込んだ俺である。

 上級からは文章表現が大変難しくなり、読んでいる内に何度も寝落ちした。

 そのために、魔導書によだれの染みを作ってしまい、サラッと斜め読みした程度でよだれ染みを隠して返却したのである。

 まあなんとかなるであろう。


「ほう、お前、その面構え。やる気だな」


 いつもは先輩風を吹かせてくる、ゼロイドの弟子のイチイバだが、今日はすっかり戦友気取りである。

 俺の胸を拳で小突いてきた。


「頼りにしてるぜ」


「私たち三人が、若手魔導師部門の選手になるわ。よろしくね」


 ニルイダも俺に握手を求めてくる。


「その余裕の表情……。きっと、火と土の上級魔導書をマスターしたのね。恐ろしい人だわ」


 おっ、なんだこいつら。

 俺に無茶振りして、ろくに魔導書なんか読んでないという告白をさせないつもりだな。

 そうやって逃げ場を塞いでいく手腕は大したものである。

 まあ、彼らが期待する理由は分かる。

 本日が、魔法合戦の本番だからだ。

 既に、各国の選手が会場入りしているという。


「よし、俺たちも会場に行こうぜ」


「ええ、腕が鳴るわ。師匠から受けた教えを、この合戦で存分に発揮しましょう!」


 二人がやる気になっている後ろを、俺はのこのこと歩いて行く。

 この国に認定された魔導師となった俺は、この数日間で若干の給料を受け取っていた。

 つまり、今俺には自由になる金がある。

 俺はスッと道を外れると、近くにある露天で美味そうな匂いがする揚げ芋を購入した。

 次に、会場近くで売られている棒飴を購入した。

 次に、会場入口で売られている鳥の串焼きを購入し……。


「おいっ!? ウェスカーお前、なんで両手が塞がってるんだ!? その山のような食い物はなんだっ!?」


「ちょうど使える金があってな」


 全部使い切ったところである。

 むしゃむしゃと食う。

 合戦会場は、ユーティリット王国王都に作られた闘技場である。

 一般客の入り口と、選手入り口が分かれている。

 棒飴をガリガリかじりながら、一般入り口を観察した。

 それなりに羽振りの良さそうな人々が入っていく、小さくて造りの良い入り口。

 その辺を歩いている普通のおじさんおばさん、兄ちゃん姉ちゃんが入っていく、大きくて雑な造りの入り口。

 観客席もきっと、別々の階層にあるのだろう。

 格差社会である。


「おいウェスカー! あまりアホ面をして貴賓入り口を凝視するな! あそこには、将来俺たちのパトロンになってくれる貴族がいるかもしれないんだぞ!」


「なるほど。彼らは魔法合戦で、俺たちの腕を見て青田買いにくるわけだな?」


 納得した。

 俺は貴族たちに向けて、両手を開いて構えた。


「じゃあサービスだ。俺の実力を見てもらおう。ワイド・エナジー・ウォーター」


 俺の十指から、紫の輝きが放たれる。

 それは、ぐねぐねと蛇行しながら貴賓入り口を守る壁を乗り越え、あるいは隙間から入り込み、


「スプラッシュ!」


 俺が合図を送ると同時に、弾けた。

 つまり、中身に抱え込んだクリエイトウォーターをぶちまけたのである。


「ヒャアーーーーー!?」


「み、水がああああああ!?」


「なんじゃあこりゃああああ!!」


 貴族たちの悲鳴が響き渡る。

 頭から大量の水をかぶったり、背中から水を入れられたり、ズボンに水を突っ込まれたりした叫び声だ。

 俺はもう爆笑した。

 笑うしかないだろうこんなもん。

 ぶっ倒れて痙攣するくらい笑っていたら、イチイバが真っ青になって、


「なななな、なぁにをしてるんだお前はあああ!?」


「恵まれた立場の人にいやがらせをするのが俺の趣味でな」


 彼の疑問には答えておいた。

 例え魔導師になっても、俺の中の芯になる部分は曲げられんな。


「いいか!? 貴族は金やコネを持ってる! それに、有力な町の商人ともつながってるんだぞ! 敵に回したら王都では生きていけないんだ! もっと立ち回り方を覚えろ!」


「俺はレヴィア姫様のお付きみたいなもんだからなあ。苦情は姫様にどうぞ」


 そう言うと、イチイバは「えっ」という顔をして押し黙った。

 金とコネは強いが、金もコネもあってついでに戦闘力もある者には弱いのである。

 かくして、貴賓入り口の大混乱をよそに、入場する俺たちなのだった。


 選手控室にやって来る。

 各国ごとに部屋が決まっており、ちょうどマクベロン王国の一団もやって来たところだった。

 見覚えのある顔がいる。

 レヴィア姫に言い寄っていた魔導師、ナーバンだ。


「いたか、レヴィア殿下の金魚のフンめ……! 貴様のような目から魔法を放つ化物には負けんぞ……!!」


「ナーバン様もウェスカーのあれを見たのね……」


 ニルイダが気の毒そうな顔をした。

 マクベロン王国側は、ナーバンを始めとして、みんな俺たちに対抗心を露わにしつつ接してくる。

 だが、ユーティリット側は、揚げ芋を食べるのに忙しい俺と、あちらさんを気の毒そうに見つめるニルイダ。そして、まだ貴族たちからの報復を恐れて青い顔をしているイチイバ、ということで、マクベロン王国を気にしている余裕などない。


 一方的な対峙が続き、そろそろマクベロン側がくたびれて来た頃合いである。

 魔法合戦に参加する残り二国の一つ、オエスツー王国の選手団がやって来た。

 全員、黒いローブにフードを深く被って、身の丈がおれよりも頭一つ分はでかい。

 歩くたびに、ガッシャガッシャ音がする。

 鎧を着ているのだろうか。

 あまりに異様な雰囲気に、ナーバンも驚いたようだ。俺たちから、オエスツーの選手団へと視線が移る。

 この隙に、俺はイチイバとニルイダと共に、控室へ入ることにした。


「オエスツー王国とやらは、でかくて鎧を着てないと魔導師になれない国なの?」


「いや、そんな話は聞いたことが無いが」


 ようやく落ち着いてきたらしいイチイバが、俺の質問を否定してくる。


「魔導書の魔法を、一つでも多く覚えるために心血を注いでいる私たち魔導師には、体を鍛える暇なんて無いわ。あの大きい人たちは、もしかするとゴーレムかもしれないわね」


「なるほど、そういうのもいるのか」


 ゴーレムとは、特級の土属性魔導書に記載されている、従者作成の魔法が生み出す怪物なのだという。


「あるいは、リビングアーマーとかな」


 イチイバが語るリビングアーマーは、やはり特級の土属性魔法にある、従者作成の魔法で生まれる金属の怪物。

 どれも専門化した魔法なので、これらの使い手は、通常の魔法の修得に時間をかける余裕がなくなるのだとか。


「だとすると、今年の魔法合戦は荒れるぞ。従者クリエイト作成サーヴァントに特化した魔導師がいるってことだからな。俺たちも戦術を考えていかねばならないだろう」


「そうね。従者に対しては、水と風の魔法が通用しにくいし、火も決定的なダメージにならないから……」


 二人が相談を始めてしまった。

 俺は一人、ぼーっとしているわけである。

 ふと、小さな窓があるのを見つけた。

 これは会場の外側を向いているようで、覗くと、ちょうど王城が見えた。

 ほう、あれに見えるは、レヴィア姫が監禁されている特別室だな。

 心なしか……塔の先端が傾いて見える。

 気のせいだろうか。

 あれ?

 ちょっとグラッとした。

 

 特別室の中では、レヴィアは日々研鑽を積んでおり、見に行くたびに壁や天井や床が破壊されていたので、長くはないと思っていたのだ。

 合戦している最終に、レヴィアも見物にやってくるかもしれないな。

 それでは、俺もちょっと気合を入れて、我が姫様に良いところを見せてやろうではないか。


「ちょっと先に出てる」


 二人にそれだけ告げて、のっそりと合戦用のグラウンドに出てきた。

 各国の若手代表、中堅代表、師匠級代表が出てきている。

 入り口付近にたむろしていたのは、ウィドン王国の連中であろう。

 みんな、造りのいい服を着て、お洒落に決めている。


「おや、君はその身なりを見るに清掃員だね! ちょうどよかった。ちょっとその辺りを清めておいて貰えるかな? 我々の服の裾が汚れるのでね!」


「待ってマーク。彼ったらユーティリット王国の魔導師の紋章をぶら下げているわ。どうやら今回の合戦に参加する選手みたい」


「ええっ、本当かいキャシー! みすぼらしい格好をしているから、すっかり清掃に雇われた下層市民だと思っていたよ」


 なんかマークとキャシーとかいう二人組みが、HAHAHAHAHAと笑う。

 なるほど、ウィドン王国はこういうノリなのだな。

 把握した。

 俺はごく当たり前みたいな顔をしてウィドン王国の選手団の中に入っていくと、みんなが談笑しながら摘まんでいるお菓子を食べた。

 情報収集である。


「えっ!? ちょっと待って。君、当たり前みたいな顔して僕らの中に混じってきたけど!?」


 マークがちょっとびっくりして後を追ってくる。


「ああ。このお菓子うまいねー。ユーティリットだと焼き菓子が多いけど、これは何か違うけどコツとかあるの? ウィドン王国はさすがだねー」


「おっ、分かるかい!? これはね、泡立てた卵の白身を使ってふんわり焼いた生地に、色をつけた砂糖液を塗って……」


 得意げにお菓子の説明を始めた。

 俺は、ウィドン王国側の給仕にお茶を要求しながら、ひとまずここに居座る事にしたのである。

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